鬼哭 | ナノ
 




瑠璃に言われた通り奥の部屋に布団を引けば、萌黄の仕事はひとまず終わりらしい。
休憩してこい、ということはそういうことだろう。

だが、蘇芳が土産とふざけたことを言いながら連れてきた人物が気にならないわけじゃない。
コッソリとその顔を拝んだところで罰は当たらないだろう。
そう考えると、萌黄は早々に休憩を切り上げて奥の部屋へと足を向けた。



「あ」
「あ」



奥の部屋に向かう途中、帰る途中だったのか蘇芳とばったりと会った。
二人して口を開いたまま、思わず固まる。
これが松葉ならまだしも、どうしてよりによって蘇芳なんだ、と内心愚痴を零す。
何も話さない、この空白の時間が妙に居心地悪い。
そう思うならさっさとこの場から立ち去ればいいのに、とわかっている。
わかっているのだが、どうしてだか足はちっとも動いてくれない。



「何だ、あいつが気になるのか?」



そんな萌黄をよそに、先に口を開いたのは蘇芳の方で。
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
萌黄は蘇芳のこういう態度が気に入らなかった。
いかにも余裕がある、人をバカにした態度。

萌黄自身、松葉相手にそういう態度を取ったりもするけど、余裕の度合いは確実に蘇芳のが上。
そして、馬鹿にした態度も然り。



「そりゃ、あんたが連れてきた相手だ。気にもなるだろーよ。……もしかしてあんたのコレなわけ?」



ふと頭に引っかかって、蘇芳に向けて自分の小指を立ててみる。
もちろん、そんなことはないだろうと踏んでの行動だったのだが……。



「……まぁな」



多少の間をおいてから、、蘇芳はあっさりと肯定した。
けれどその後に、ニィ、と人の悪い笑みを浮かべたのである。

一方、肯定された萌黄の方とは言えば、一瞬その場に立ちつくした。
まさかあの蘇芳が簡単に頷くとは思えない。
それとも、本当に蘇芳のいい人だとでも言うのだろうか。
グルグルと珍しく頭の中が拘束で動いている。

……萌黄が騙されたと気付いたのは、そのすぐ後。



「ぶっ……」
「……へ?」
「ハハハハハッ」



突然腹を抱えて笑い始めた蘇芳に、萌黄はただ呆気に取られるしかなかった。
大体、蘇芳がこんなに笑うなんて考えられない。
いつだってどこか遠くを、つまらなそうに眺めているだけなのだ。
そんな彼が、大声を上げて笑う日が来るとは。


天変地異の前触れだろうか。



「何が可笑しいんだ?」



蘇芳がいつまでも笑ってるものだから、萌黄もいい加減ムッときた。
唇を尖らせて尋ねれば、腹を抱えたまま一言。



「や、テメェがあまりにもバカ面してるからよ」



そう言いながら尚も笑う蘇芳に、ここで漸くからかわれていることに気がついた。
真面目に取るんじゃなかったという思いが、更に表情に表れる。
年相応に、頬を膨らませて怒りを露わにしていれば、ようやく笑い収まった蘇芳が顔を上げた。
その目尻に涙が浮かんでいるのは見間違いではないだろう。
蘇芳が笑い泣きするくらいに笑った、と松葉に教えたら彼もきっと驚くだろうか。



「ま、アレは昔の馴染みだ。俺はまだやり残したこと今日は帰るんだよ」



近々また来ると言いながら、蘇芳は萌黄の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回した。
その手をはねのけようとすれば、その前に蘇芳の手が離れていく。
ひらひらと手を振りながら、こちらを見ようともしない。
そんな姿にまた苛立ちを覚える。

その時、風に乗って蘇芳から瑠璃と同じ薬の匂いがした。
一体何の薬なのかは聞いていないが、あの匂いはきっと間違いないだろう。



「一体何で……?」



蘇芳がここにやってくるのは薬を貰うためだと知っている。
だが、どこが悪いのかまでは聞いていない。
同様に、瑠璃も薬を服用しているのは知っているが、どこを患っているか分からない。
もし人に移るような物なら、自分や松葉もとうに移っているだろう。
少なくとも、自分たち二人は幼い頃から瑠璃と寝食を共にしている。



「ま、いっか」



考えることを早々に放棄すれば、萌黄は自分が何をしたかったのかを思い出し、奥の部屋へと足を向けた。










蘇芳が紅を連れてきた翌日。

紅はまだ布団の住民になっていた。
眠っているというよりは、意識を失っているといった方がいいのかもしれない。
ちょっと見、外傷とかがあるわけでもない。
ただ眠っているだけのようだったから、松葉は自分の仕事が増えないだけでも助かったと安堵した。
紅が蘇芳に連れられたときは顔が見えなくて分からなかったが、こうして顔が見えるようになったらどこか既視感を覚えた。



でも、何処かで会ったことがあるだろうか……?



どこかで引っかかっているそれ。
思い出せないことが、酷くもどかしい。



「おや、アンタこんなところにいたのかい?」
「ババァ」



背後からした声に振り返れば、タバコを指に挟んで立っている瑠璃がいた。
どこか気怠そうに、けれど年の割にはしっかりとした足運びだ。



「とりあえず患者が寝てる場所でタバコってのはどうかと思うぞ?」



言ったって聞かないのは百も承知だが、とりあえず言うだけ言ってみる。
それで聞いてもらえた試しがないのもいつものことだ。



「ただ寝てるだけの奴を患者なんていうもんかね」



そう言って鼻で笑うと瑠璃は松葉の横に腰を下ろした。
そのまま紅を見つめる視線は優しく、自分たちに向けられる物とは違うことに気が付いた。
何かを思い出しているような、そんな表情。



「懐かしいねェ。まさかこの子に会えるなんて思ってもみなかったよ」
「何だ、ババァの知り合いなのか?」



少しだけ意外だった。
大体、蘇芳は患者だからいいとして、瑠璃の歳を考えたら紅と知り合いというのは考えられない。
そもそも、自分たちが瑠璃の元へ来てから、紅の姿は一度も見たことがない。
瑠璃がどこかへ診察に行くという姿も見たことがないから、患者ということは有り得ないだろう。
ならば、瑠璃の子供だろうか……?
そう考えて、それはないと即座に否定する。
瑠璃と紅の年の差を考えれば有り得ないことではない。
けれど、目の前で寝ている紅が、何十年もたって隣にいる瑠璃のようになる姿を想像できなかった。



「何言ってんだィ。アンタだってこいつを知ってるだろ?」
「は?」



けれど、瑠璃の口から出てきた言葉は突拍子もないことで。
知ってると、言われても松葉の記憶にない。
思わず間抜けな返事になっていた。
そんな松葉の返事を聞いた瑠璃は、数回瞬きを繰り返した。



「そうか……そういやあんたは小さかったからね。覚えてなくても仕方ないか」
「や、どういうことだ?」
「あんたは昔、この乳臭いガキと一緒に遊んだことがあるんだよ」



昔……?
遊んだ??自分が、紅と???


瑠璃の言葉に松葉の脳内は真っ白になった。
まさかそんな過去があっただなんて、誰が想像できただろうか。
どれだけ記憶を遡っても、紅と一緒に遊んだ記憶は欠片も出てこない。



「全っ然記憶にねぇ……」
「そうだねぇ……あんたも小さかったし、こいつもまだガキだったからねェ……」



昔を懐かしむ瑠璃は、いつもとは違った柔らかい表情をしていた。
自分が小さい頃に遊んで貰ったとして、どうして記憶にないのだろうか。
名前の紅に反して、見事な金茶色の髪。
これだけ見事な金茶色なら、記憶の隅に引っかかってもいいはずだ。



「ま、あんなことがあっちゃ仕方ないかね」
「あんなこと?」
「何でもないよ。さて、萌黄の奴がまた仕事サボって逃げたからとっつかまえないとね」



はぐらかすように話題を変えてその場から去っていった瑠璃の後ろ姿を、松葉はじっと見つめていた。
その後、再び視線を紅に戻す。


瑠璃が言ってたように、自分は彼女と遊んでいたのだろうか?
全く思い出せない。
でも、どこかで何かがひっかかっているのは確かだ。



「あんたが目を覚ませば、俺のこのもやもやも解消されるのか……?」





返事は返ってこないと知りながら紡がれた言葉は、
部屋の静寂の中に消えた。




 

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