鬼哭 | ナノ
 




勝手知ったる何とやらで、瑠璃が萌黄に告げていた部屋へと躊躇うことなく足を進める。
文句をいいながらも、言われたことはちゃんとこなすのが萌黄らしい。
部屋の中央に用意された布団を見て、思わず笑いが込み上げてきた。



「それで?いったいどういうことか説明して貰おうかねぇ?」



萌黄が準備した布団に紅を寝かせて瑠璃の部屋へ向かえば、蘇芳を待ちかまえていたかのように、部屋の入り口に立っていた。
その手には葉巻を持って遊ばせている。

それが葉巻に見せかけて、実は瑠璃が調合した薬だというのは、蘇芳も知っている。
なぜなら、形状は違うが瑠璃が持っている物と同じ物を彼女に調合して貰っているから。



「結界に入ってすぐんとこに、あいつと常磐がぶっ倒れてた。常磐の様子から見て、やったのは多分人間だろうが、あいつらが結界の場所を分かるはずがねぇ」



瑠璃の部屋に入るなり、蘇芳は紅を拾った経緯を話した。
隠していても、徳になるようなことは何もない。
それどころか話さなければ自分たちの首を絞めることになりかねないからだ。



「そうさね。それにあの二人がどこをほっつき歩いてたのか、あたしらだってわからなかったんだ。人間がわかるわけがない、か」



そう、人間が結界の場所を知るはずがない。
気付かれないように、何重にも重ねていたのだ。
それが易々と気付かれてしまうようでは、自分の力が衰えてきたのか。

それに、人間が紅と常磐を狙うのも考えてみればおかしな話。
二人があの場所にいたことを考えると、明らかに此処に戻ってくるのが目的だったのだろう。
それなのに、わざわざ襲う必要があるのだろうか?

まあ、これが逆恨みならば分からないでもないが。



「……妖、か」



ぽつり、と考えられる可能性が言葉を付いて出た。

昔は自分たち鬼や獣、妖怪と言った人外の種族として存在していた。
けれど、いつの頃からか自分たちの意思でもって、人間やそうでない物を襲うようになった。

鬼や獣とはまた違う、人外の種族。
ただ、どういう生態かまでは詳しく知らない。


風の噂では、最近頻繁に起きている戦は裏で妖が介入しているせいだという話もあった。
今度詳しく調べる必要があるかもしれない。



「妖とは、これまた厄介だね。あいつらと関わるとロクなことがありゃしない」
「確かにな」



瑠璃が溜息と一緒に紫煙を吐き出した。
蘇芳はぼんやりと天井を眺める瑠璃の顔を伺う。
相変わらず昔と何も変わっていない。ここまでくると鬼ではなく妖怪の仲間入りではないだろうか。



「……あんた、今何考えた?」
「……別に、何も考えてねェよ。つか、俺と一緒の時くらいソレ止めろって言ってんだろ」



ついに読心術でも身につけたのだろうか?前にも増して勘が鋭くなっている。
内心、冷や汗を流しながらも蘇芳は冷静に答えた。

老婆の姿をしていながら、実はそれが瑠璃の本来の姿ではないことを蘇芳は知っている。
だからこそ、自分と一緒にいるときくらいは、と言うのだが、松葉と萌黄に見つかると面倒だと、決して瑠璃はその姿をさらさない。

理由は分かっているだけに諦めるしかないが、たまには元の姿を見せてくれないと、それが彼女の実際の姿だと錯覚してしまう。
それが嫌だからこそ、たまには本来の姿を見せて欲しいのだが。



「しかし、よりにもよって契約なんてね。厄介でしかないよ」



紅の前髪をかき分けながら瑠璃は再び溜息をついた。
常磐から受けた力を紅が自分のものにしなければ、確実に死ぬことになる。
今まで半身の力を持て余して後を追った同族を、蘇芳も瑠璃も数え切れないほど目にしている。
だから、契約で与えられた力を乗り越えるか否かを見極める事は可能だと思う。


それが紅でなければ。


彼女はとある理由から、半身である常磐の力を受け入れられない。
それは器の容量以前の問題だからだ。
瑠璃が厄介と言った理由はそれだった。



「……誰があいつを黄泉路にくれてやるかよ」
「どういう意味だい?」



思わず呟けば、それを聞き咎めた瑠璃が訝しげにこちらに問うた。
それに思わず口端を斜めにつり上げ、懐にしまっておいたそれを投げつける。
緩く弧を描いたそれは、瑠璃の手の中に収まった。



「ちょっと、コレ……」



自分の手の中のそれを見た瑠璃が、思わず身体を硬くする。
親指の先程の大きさがあるそれは透明にも、半透明にも見える球体。



どこにでもありそうなその球体の色は、常磐色。



それが意味するのは何か、わからない瑠璃ではないだろう。
その証拠に、今瑠璃の瞳に浮かんでいるのは怒り。



「コレがここにあるなら、何で紅は目が覚めないのよっ!」



バン、と勢いよくその場を叩きつけて蘇芳を睨み付ける。

彼女は気付いているのだろうか。
姿はそのままなのに、口調が本来の物に戻っていることを。
それとも、気付かないほどに怒りが浸透しているのか。

蘇芳が瑠璃に渡した物は、一言で言えば常磐が紅に渡した力そのもの。
それを結晶化させると、名前に抱いた色となる。
だからこそ、その色で誰の力かを判別することが可能なのだ。

紅が譲り受けるはずのそれがこの場にあるのなら、どうして彼女は直ぐに目覚めない。
力を受け入れていないのなら、目が覚めても良さそうな物だ。



「さぁな。そいつは俺にもわかんねェよ」
「蘇芳っ!」



そう言って、蘇芳はその場から立ち上がった。
懐から煙管を取り出して部屋から出ようとすれば、ふと思い出したことがあり足を止める。



「そろそろこの辺りにも戦禍が広がってきそうだゼ?」



自分の持つ情報を口にすれば、そう、と小さな返事が返ってきた。



「……戦なんかしたところで、何も変わりはしないのに。あいつら、そんなことも分からないのかしら」



馬鹿なヤツら、と付け加える瑠璃は、未だにその口調を改めていない。
確かにその方が蘇芳としても有り難いが、悲しいことに外見と口調が合っていない。
せめて逆ならいいのだが、今の姿でその口調は気色悪いことこの上ない。



「……そういや、あのガキ共にはまだ教えてねェのか?」
「知らないなら、覚えてないならあの子たちに教えるつもりはないわ。ただ、松葉は何か気付いているかもね」
「そ、か」



瑠璃の言葉に小さく頷きながら、蘇芳は今度こそ部屋から出て行った。
そんな蘇芳の背中を見送りながら、瑠璃はもう一度だけ紫煙を吐き出す。










願わくば、子供たちにはこの力を望まない生活をして欲しい。



村が滅びたと言うことは、この忌々しい血がこの世からなくなるということ。



出来ることなら、何も知らないままで─―――。




 

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