鬼哭 | ナノ
隠し事は、
積み重なって塊になる。
「松葉(まつば)、それが終わったら休憩にするから、萌黄(もえぎ)を呼んできとくれ」
「わかった」
部屋で摘んできた薬草を種類ごとに分けていたら、頭の上でそう言われた。
耳に馴染みのありすぎる声は、それが誰かを確認するまでもない。
作業の手を止めずに頷けば、そのまま背中に視線を感じる。
これは今すぐ呼んでこいという、無言の圧力だろうか。
そう思い、チラリと背後を見やる。
そこにいる人物は、自分より遙かに年上。
どう見ても親しみやすいとは言えない、どちらかと言えば頑固婆と呼ばれる容姿の持ち主。
けれど、顔に似合わず名前を瑠璃(るり)という。
彼女は松葉と萌黄の保護者代わりでもあった。
松葉が物心つく前に、戦のせいで村が滅びた。
その際、住む場所も親と呼べる人も亡くしてしまった。
弟である萌黄は、生まれたばかりの乳飲み子。
どうやって生きていけばいいのかも分からない二人を拾ったのが、この瑠璃だった。
もし瑠璃が二人を拾わなければ、きっと今頃、松葉も萌黄も土に還っていたことだろう。
そのことにはいくら感謝をしてもしきれない。
いつまた戦になるか分からない村を捨て、人里から離れた、周りに何もないこの場所で三人。
生活をしながら、生きる術を学んでいる。
いつか、独り立ち出来るようにとの配慮らしいが、瑠璃から言わせると二人ともまだまだひよっこ。
当分はどこにも行かせてもらえないだろう。
ただ、驚くべきことが一つだけ在る。
松葉と萌黄を拾ったときから、瑠璃の姿は変わらないのだ。
まるで、その姿のまま時間の流れを止めたように。
「……本気で妖怪だったりしてな」
「何か言ったかい?」
「何でもねぇ」
ついでに地獄耳だ、と内心ぼそりと呟く。
下手に口を滑らせたら、どんな仕返しが待っているか分かったもんじゃない。
「だったらさっさと萌黄を呼んでおいで」
しっし、と手を振って早く行けと促す瑠璃に、松葉は早々に萌黄を捜すため、その場を離れることにした。
捜すと言っても行動に制限を掛けられた松葉と萌黄には狭い敷地。すぐに見つかる。
萌黄のことだから、どうせ長屋の中にはいないだろう。
いるとしたら外。
そんな確信にも似た予感を胸に玄関を出れば、少し離れた場所に見知った後姿があった。
小走りで萌黄の側まで行くと、軽く肩を叩いてこちらへ注意を引く。
「萌黄、ババァが休憩にするってよ」
「……誰か来る」
「あ?」
松葉の呼びかけをさらりと無視して、萌黄は小さく呟いた。
その視線はどこか彼方を見つめている。
昔から気配に敏感な萌黄は、時折、今のように来訪者を察知する。
まぁ、人里から隠れるような場所にある長屋に来るのは、大抵決まった人物しかいない。
せっかくやってくるというのなら、たまには出迎えようかと思ったのもまた事実。
何より、萌黄を呼んでこいと言われたのに、肝心の萌黄を連れて行かなければ瑠璃は呼んだと見なしてくれない。
「よォ、久しぶりだな」
暫くしてやってきたのは、やっぱり見覚えのある顔で。
顔の半分を包帯で隠し、何故か女物の着物を着ているその人物――蘇芳(すおう)――は口端をニィ、と吊り上げて笑った。
どうしていつも着ている物が女物なのか。
そう思うと頭痛がしてくる。
本人に聞いたところで「似合うだろ?」と笑って誤魔化されて終わるのが落ちだ。
それに今までまともに答えてくれた試しがない。
しかも、こちらからではよく見えないが、今日は肩に何やら担いでいる。
それを見た瞬間、厄介事がまた増えた、と思ってしまうのはなぜだろうか。
「今日はまた、随分珍しい物を持って来たみたいで」
「こいつは土産だよ。つーか、ババァ呼んでこいや」
「は?何で俺があんたのために働かなきゃならねぇんだ」
「ほぅ……最近は随分と口答えするようになったじゃねぇか」
「うるせぇっ。俺だっていつまでも言われっぱなしでいられるかっ!」
……始まった。
なぜかは知らないが、萌黄と蘇芳は毎回会うたびに口喧嘩を始める。
昔はそうでもなかったような気がするが、二人の間に何かあったのだろうか。
このまま仲裁に入らなければ、日が暮れるまで延々と口喧嘩は止まらない気がする。
次から次へと、よくもまぁ続くもんだと言わんばかりに、二人の口から出てくる言葉は止まらない。
「てか、その土産って人だろ?怪我してるのか?」
「や、怪我ってわけじゃねぇけど、ちょっとな。……だから、ババァ呼んで来いっつってんだろ、萌黄」
「だから、嫌だって言ってんだろーが!」
せっかく蘇芳の気を逸らしたと思ったのに、すぐにコレだ。
これ以上は自分の手に負えないと松葉が判断すると、くるりと踵を返そうとした。
だが、その足は前に進まない。
否、正確には松葉の進行方向に人が立っているせいで、進むことが出来なかった。
「全く、松葉を呼びに行かせたのにいつまでも来ないと思ったら。……萌黄、あんたは奥の部屋に布団引いてきな」
「チッ……わかりやした」
いつの間に来たのか、瑠璃はその場で腕を組んで三人を見ていた。
厄介払いをするかのように萌黄に仕事を言いつければ、渋々と萌黄が中へ戻る。
それを確認してから瑠璃は蘇芳の元へと足を進める。
何も言われなかった松葉は、その場に留まったままだ。
「……久しぶりに顔を見せたと思ったら、とんでもない土産を持ち込んでくれたもんだね」
「たまにはいいだろ?」
ククッ、と喉を震わせて笑いながら言う蘇芳に、瑠璃は小さく溜息をついた。
それがどういう意味なのかは分からない。
けれど、蘇芳が肩に乗せている人物を見た瞬間、瑠璃の目元が緩んだような気がした。
「松葉、あんたは水と手ぬぐいを準備しとくれ」
「あ、ああ。わかった」
頷けば、支度をするために松葉も長屋へと戻って行った。
「あんたも、さっさと中に入りな。聞きたいことは山ほどあるんだ」
瑠璃が顎で示せば、蘇芳は何も言わずに大人しく長屋へと歩いて行った。
彼に背負われていたのは間違いなく、数年前に村を出て行った彼女。
自分がアレの顔を見間違えるはずはない。
ただ、彼女が村を出て行った際に一緒だった獣の姿が見えなかった。
それを思うと、答えの行き着く先は一つしかない。
「……全く、厄介だねぇ」
長屋へ戻る前に呟けば、一陣の風が強くその場に吹き付けた。
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