鬼哭 | ナノ
 




紅の背に常磐を背負い、なるべく振動を与えないようにゆっくりと、それでいて急いで移動する。

女である紅が男の常磐を背負う姿は多少不格好。
ともすれば、そのまま地面に崩れ落ちるのではないかとさえ思える。
だが、そこは人間と身体の作りが違う鬼の末裔。
確かに身長のせいで背負うのは多少厳しい物があるが、常磐を背負ってもそれほど苦にならない。


移動する間も、周囲の様子を注意深く観察するのを忘れない。
それでなくとも常磐の怪我は一刻を争う物。
下手に邪魔をされてしまっては、助かる物も助からなくなってしまう。


結界の目印である石を越えると、少し進んでから常磐を下ろした。
もちろん、結界の目印となる石は自分たちと血を同じくした一族以外には、どこにでもある石と同じ。
だからこそ見つからずにすむ。
まだ気は抜けないが、とりあえず結界内に入れば一安心だ。
さらりと怪我の確認をしてみるが、未だに血は止まっていない。

このままではいけない。

頭では理解してるのに、体は動一向に動いてくれない。
ただ、何もできずに常磐の命が零れ落ちていくのを眺めているだけ。

震える指先はまるで自分の物ではないように見える。
生まれてからこれまで、こんなにも震えたことがあっただろうか。



「っ、こう……」
「常磐、大丈夫っ?傷は浅いから、頑張って」



嘘だ。

常磐の負った傷は、そこまで浅くない。
まして、当の本人がそれに気付かないはずがない。
浅ければ今頃、普段と変わらぬ姿で動き回っているはずだ。



「紅……契約に基づいて、俺の力をお前に……」



常磐のその言葉に、紅はギクリとした。


鬼と獣は昔から、切っても切れない関係にある。


元々、獣は鬼に付き従っていたらしいが、時の流れと共に、いつからか鬼と対等な位置にまでなっていた。
鬼は十六を迎えると、自分の半身となり得る獣を探して契約する決まりがある。
その契約が唯一、鬼と獣の上下関係を表している。

半身を決められるのは鬼だけ。
獣は、鬼の決定に大人しく従う。
ここ数年は、気の合う物同士で契約を交わしているため、昔ほど堅苦しい物でもない。
それこそ昔は、契約する相手が生まれたときより決まっていたらしい。


契約は簡単。


互いの血を交換するだけ。
交換と言っても全部の血ではなく、ほんの2、3滴程度。
それを体内に入れることで契約が完了する。

契約を交わした後は同じ血を持つ者として、二人で一つの存在となり、何をするにも一緒に行動を取らなければならない。



ただ一つだけ、例外がある。



どちらかの命が潰える時は、その力を残る相手に差し与えるからだ。
でも、昔から半身の力を受け入れたという話は聞いたことがない。
二人分の力を持つには、受け入れる側の容量が足りないという話だ。

大概は半身が死んで三日以内に命を落としてる。
けど、常磐が言った言葉は明らかに自分の死を覚悟してのことで。



「……何、言ってんの。そんなのまだわかんないじゃない」



あぁ、どうかこの動揺に気付きませんように。



そう願いながら、震えそうになる声を必死にごまかした。



「……紅」



常磐が緩く首を横に振る。
表情まではごまかせなかったらしい。

いつもは嫌になるほど鈍感なのに、何でこんな時ばかり敏感なんだろう。
……ホント、嫌になる。





「どうしても……?」





信じたくなくて、納得いかなくて。


窺うように訊ねたけれど、常磐があまりにも真剣だから。


だから、諦めるしかなかった。



「……分かった」



小さく頷けばほっとしたように常磐が微笑んだ。

何でこんなときにそんな顔をするんだろう。
自分がもうすぐ死ぬって理解してる?
こっちがどんな思いで頷いたかわかってる?

それら全部を問い詰めたかったけれど、残された時間はあまりない。
ここで駄々をこねてしまえば、逆に常磐を困らせることになってしまう。



「紅……手を」



言われて紅は常磐の手を取った。
手が震えていたけれど、しっかりと常磐の手を握りしめる。



「……すまない……」



謝罪の声が上がる。
何に謝ってるのか聞こうと思った。
けれど、その前にお互いの掌を通して力が移動する。


何て表現したらいいかわからない。
例えるなら熱が移動してる、と表現するのが一番かもしれない。
触れ合った場所から、暖かい物が流れ込んでくるような、そんな感じ。
きっとこれが、常磐なのだろう。


どれだけそうしていたかわからない。
瞬き一つする間だったかもしれない。
あるいは何刻も経っていたかもしれない。
常磐から紅に熱が移動しきる頃には、何故か紅も大量に消費していた。
目を開けていることすら億劫で。


このまま、常磐と共に黄泉路へと行けるのなら、それでもいいかもしれない。


そんなことを思いながら、紅は常磐に寄り添うように隣に体を横たえた。










「……チッ、間に合わなかったか」










意識の遠くの方で誰かの気配がする。
それが誰かを考える前に、意識が波のように遠のいていく。



そう呟いた人物が誰かもわからない。

ただ、どこか懐かしい気がした――。




 

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