鬼哭 | ナノ
中途半端な生き物は、
いつだって他とは相容れないんだ。
濃い血の匂いが辺りを包む。
周囲を見渡せば、四方に倒れている人の形をしたモノ──。
それらは既に息絶えている。
誰がこんなことを……とは言わなくても明白だろう。
その場に一人立ち尽くす自分の姿は、倒れているそれの返り血によって、紅く染め上げられているのだから。
血に濡れた刀を一振りして鞘に納めると、常磐(ときわ)は自分の半身である鬼──紅(こう)──の姿を探した。
先程まで自分と同じように獲物を振り回していたのだ。
多少離れていても、近くにいることだけはわかる。
地面に倒れているそれをどけながら周囲を歩けば、程なくして捜し人の姿は簡単に見つかった。
紅く染まっているこの場所で、紅の見事な金茶髪は否が応でも目に入る。
それに、紅の周りにも常磐がいる場所と同じくらいの人が倒れている。
獲物を手にしたまま、ぺたりとその場に座っている姿を見て、どこか怪我でもしたのかとひやりとした。
「常磐ー、そっちは終わった?」
近付けば明後日の方向を見ていた紅が、へらりとした微笑を浮かべて首だけを常磐の方へ向けていた。
その口調から大した怪我はしていないと分かる。
そのことにほっと息をつけば、自然と常磐の表情にも笑みが浮かぶ。
「ああ、お前も無事だったみたいだな」
「あったり前じゃない。大体、コイツらが私と常磐に敵うわけないんだから」
そう言いながら、紅の視線はまたあらぬ方向へ向けられた。
鬼の末裔である紅と、獣の末裔である常磐。
怪我の治り具合が早かったり、多少寿命が長かったりといった特異能力が多少あるだけで、人間とほとんど変わらない。
だが、人ならざる能力を持つ者を人間は嫌う。
そんな人間から隠れるような生活に嫌気がさして、逃げるように村を飛び出したのが何年前になるだろうか。
昔は何故隠れるのか、その理由を知りもしなかった。
……いや、知ろうとしなかった。が正しいのだろう。
だが、二人で旅を始めてから、その理由が少しだけ分かった気がした。
何故なら、自分たちが行く場所、至る所で妖(あやかし)に命を狙われるからだ。
妖は鬼や獣とも、人間とも全く違う。
異形の姿を持ち鬼や獣以上に不思議な力を使う。
詳しいことはそれ以外に何も分からないのだ。
もしかしたら、村にいる古参の者たちなら妖について知っているかもしれない。
けれど、村から離れている自分たちは、それを聞くこともできない。
それらは時と場所を選ばずに襲ってくる。
人里であろうが、街頭であろうがお構いなしだ。
勿論、何故かまではわからない。
だが確実に、自分たちの存在は平穏に暮らす人間にとって良いものではない。
そう理解した二人は、妖のことを聞くためにも、久し振りに村へ戻ることにした。
そこに突然、刃を向けてきたのが先程の人間で。
先日立ち寄った村でも、やはり妖の襲撃を受けた。
その際に巻き添えを食らった人の家族か何かだろう。
話す間もなく襲いかかられては、こちらも応戦するしかない。
本来ならば、常磐も紅もあまり戦を好まない。
いくら正当防衛とはいえ、無関係な人間を殺めてしまったことに代わりはないのだ。
「紅、そろそろ行こう。いつまでもここにいたって仕方がない。それに、もうすぐ村だ」
紅の肩に触れながら先を促せば、そうだね、と小さく呟いて紅が立ち上がる。
今いる場所から村までは、どれだけゆっくり行っても一日もかからない。
結界内に入れば村に入ったも同じだ。
その油断が、命取りになったと知ったのは、
もう少ししてからだった──。
紅が歩き出したのを確認して、常磐もすぐ側を並んで歩く。
その時、何か光る物が視界の隅に入ったような気がした。
そして一瞬だけ発せられた僅かな殺気。
余りにも微かなそれに、二人は気付くことができなかった。
普段なら常磐よりも気配に敏感な紅ですら、この時ばかりは気付かなかった。
「ッ……紅ッ!」
銀色に光る鋭利な物に気付いた時には既に遅く、常磐は紅を庇うことしか頭になかった。
「ッ……紅ッ!」
その時、紅には何が起きたのかよくわからなかった。
気付いたら常磐が般若のような形相で、自分の名前呼びながら全身で覆い被さっていたから。
その時ばかりは、状況判断より先に呆気に取られ方が大きかった。
それでも、紅の視界を遮った常磐の脇から見えた鈍い光が何か、紅が見間違えるわけもなく。
「常磐っ、どいてっ!」
それに気付いて常磐を自分から引き剥がすには、遅すぎた──。
斜めに振り下ろされた刃は、常磐の背中を深紅に染める。
「常磐っ!!」
「こ、う……」
ゆっくりと、常磐が紅の方へ倒れてくる。
紅は目の前の光景にただ茫然として、常磐を受け止めることしかできなかった。
思わず背中に回した手に紅い物がつく。
それを見て、目の前が同じように紅く染まったような気がした。
ふつふつと湧き上がってくるのは、言いようのない怒り。
紅は持っていた常磐の腰にある刀を抜き、そのまま相手へと容赦なく斬りつける。
「ぐぁっ……」
小さく悲鳴を上げた人間はその場に倒れ、二度と起きあがることはなかった。
だが、そんなことよりも常磐の方が重要だ。
旅の間、持っていた薬は全て使い切ってしまった。
普段なら補給するのだが、村に立ち寄るなり直ぐ妖に襲われたせいで、何も補給することが出来なかった。
更に、もうすぐ村だという安心感からか、万が一を考えていなかった自分に舌打ちする。
応急処置として自分の着物の袖を破き、常磐の背中に巻く。
けれど、思ったよりも傷が深い。
後から後から溢れる血は、応急処置として巻いた袖の色をじわじわと紅く染め上げていく。
「っ、血が止まらない……」
こんな時はどうすればよかったのだろうか?
今までここまで深い傷を負ったことは無かった。
いつだってかすり傷、もしくは直ぐに直るような軽い物だったのだ。
紅は半ば錯乱状態になりつつあった。
そんなとき、常磐が弱々しくある方向を指差した。
それは自分たちの村がある方向。
そこでようやく紅も我に返った。
結界の中。
あそこなら……という思いが頭の中をよぎる。
結界は人間や妖が入って来れないように空間が歪んでいる、らしい。
らしいというのは、どういう原理かはわからないが同じ場所をグルグルと回るという噂だからだ。
けど、鬼と獣の末裔である自分たちには効かないから、真偽の程は定かではない。
またいつ襲撃されるかわからないこの場所より、結界に入った方が遥かに安全なのは明白だった。
「常磐、今から移動するから。少しだけ、我慢して」
そう断れば、常磐が微かに頷いたような気がした。
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