2.どうして、どうしよう





あーどないしよ。
昨日、まさか謙也にキスするとは思わんかった。
なんであないなことしたんやろ。
いや、可愛かったからなんやけど。
それでも、付き合うてないのにキスするとかどんだけ手早いねん。
そういうんはもっと段取りっちゅーもんがあるやろ。
こんなん「聖書」が聞いて呆れるわ。
とぼとぼと情けない足取りで部室に向かう。
謙也はもう来とるやろか。

「あ、蔵!お、おはよ!」

「……!」

部室に入った途端、謙也は視線を泳がせながら挨拶してきた。

「…お、おはよ…早いな」

「あ、うん…たまたまや」

「そか…」

「うん…」

「……」

「……」

か、会話が続かへん。
どっちも昨日のことを意識しとるのは明らかや。
この空気、どないしたらええんやろ。

「謙也ぁ〜!今日ワイと勝負するって約束やろー?」

濁った空気を吹き飛ばすように、金ちゃんが俺らの間に割って入ってきた。
いい意味で空気を読んでくれへんかって助かったわ。

「あ、せやったな、今行くわ」

「はよはよー!待ちきれぇへん!」

金ちゃんに呼ばれて、謙也は部室を出ていった。
朝練でもう気まずいとか、教室はもっとヤバイんとちゃうん。





俺の予感は気持ち悪いくらい当たっとった。
教室でも謙也とは喋っとらんし、目が合っては気まずそうにそらされた。
休み時間になっても、謙也は俺んとこにはこんくて、後ろの席のやつに話かけとった。
さっきの英語の授業中、謙也はずっと窓をぼーっと見とったせいでまったくノートとっとらんのか、見せてもらっとるみたいやった。
なんやちょっと妬ける。
せやけど自業自得やからしゃあない。
「男同士でキスもなんもないわな」て言うたって、気持ち悪いとか思っとるよな。
絶対引かれたわ。
せやけど謙也が悪いんやで。
ちょっと髪触っただけやのに、あないに顔真っ赤にして。

(俺のこと好きなんとちゃうかな…)

なんて、都合よすぎるよな。
現に謙也は俺のこと避けとるみたいやし。
これからどないしよ。
ちゃんと言うた方がええんやろか。
でも言うたら、もっと気まずくなるんとちゃうか。
謙也に避けられるくらいやったら、こんな気持ちは伝えられへんくてええ。
大体、なんで聖書が男を好きにならなあかんのや。
なんでスピードバカで消しゴムバカな謙也なんか、俺が。
机に突っ伏したフリして腕の隙間からちらりと窓際の席に座る謙也の方を見ると、まだノートうつしとるのが見えた。

(あー…横顔かわええ…)

何秒か見とったら、顔やら耳やら熱くなるのを感じて、俺はまた突っ伏した。
スピードバカでも消しゴムバカでも、やっぱ謙也を見とるとどきどきするんや。
なんか知らんけど、謙也と喋っとると落ち着くっちゅーか素でおれるっちゅーか、癒される。
最初は癒し系のワンコとしか思っとらんかったんに、今じゃもはや「癒される」の意味が違うわ。
謙也の側におれて嬉しいとか、幸せとか、そういう意味で癒される。

(好きや…)

そう思ったら、ますます謙也のこと好きになったように、胸が熱くなった。
俺、自分が思っとる以上に謙也のこと好きなんとちゃうかな。

(ほんま、これからどないしよ)

謙也のことが好きなんは確かで、それはもう誤魔化すことのできん事実や。
けど、この気持ちを伝えたら、謙也は軽蔑するやろか。
「なんとなく」キスしたんやなくて、謙也が好きで好きで可愛くてしゃあなくてキスしたなんて知ったら。
謙也のことやから、「気にせんから」とか言うてめっちゃ気にしとる素振り見せられるんやろな。
3時間目の始まりのチャイムが鳴って、俺は顔を上げた。
謙也はノートうつし終わって、また窓を見とった。
そんな窓ばっか見て、何考えとるんやろ。
その窓みたいに謙也の心の中まで見えたらええのに、なんてアホなことを考えながら、俺は授業の準備をした。















――――――
2010.11.24
白石サイドでしたー。
もっと少女漫画を研究せねば…!


表紙