俺には付き合っている人がいる。
まだ付き合って数週間しかたっていないし、キスはおろか、手も繋いでいない。
だって付き合っている恋人は年上で俺は年下、多少遠慮するのが当たり前だと思うから。





年の差と繋いだ手と





「ひ、ひかる…」

「はい」

部活が終わってすぐの部室で、いまだに俺の名前をぎこちなく呼ぶのは、付き合って数週間の恋人、謙也さんだった。
謙也さんとは、たぶん3週間前くらい前に付き合い始めた。
もう3週間もたつのに、謙也さんは俺の名前を呼ぶのにまだ慣れてくれない。

「えと、今日、一緒に帰ってもええ…?」

「ええですよ」

そんなおそるおそる聞かなくても、断ったりしないのに。
というかそんなこといちいち聞かなくても、毎日一緒に帰っているのに。
大体、付き合っているのだから一緒に帰るのは当たり前なんじゃないのか。
そんなことを考えながら俺はさっさと着替えて、まだもたもた着替えている謙也さんを待った。

「謙也さん、おいてきますよ」

「あ、ま、待ってや!」

わたわたと俺の後を置いかけてくる謙也さんは、とてもじゃないけれど年上に見えない。
そう、プライドがないというかヘタレというか、年上だけど年上に見えないんだ。
それ以前に、まだ俺のことを名前で呼ぶとき恥ずかしそうにしているし。
よく考えたら謙也さんと俺は生まれた年が一緒だ。
謙也さんがあと15日遅く生まれていたら同い年だから、年上に見えないというのも無理はない気がする。
校門を出ても、謙也さんは俺の一歩後ろを歩いて、どっちが先輩でどっちが後輩なんだかという状況。

「ひかる…」

「なんですか?」

「…い、いや、なんでもない…」

「そうですか」

「うん…ごめん…」

こんな会話といえない会話が何回かあるだけでバイバイすることも稀にあったり。
謙也さんはこうやって話しかけてくれるけど、会話にならないから意味がない。
かといって俺が話をふることは滅多にないから、沈黙が続くことも多い。
俺は口下手だし、毎日のくだらないことを話しても謙也さんは面白くないと思っているから。

「あ、ごめん!やっぱ言うわ…っ」

急に、謙也さんは少し大きな声で話し出した。
謙也さんがこんなに何か言おうとしているのは珍しい。
いつもなら諦めて黙り込むのに。

「どうしたんですか?」

「あんな、話したいことが…あんねん…」

「なんですか?」

もじもじと口を紡ぐ謙也さん。
年下相手に話したいことも話せないなんて、情けない気もする。
もう一度「どうしたんですか」と聞けば、謙也さんは目を泳がせながらうつむいた。

「あ、の…その…て、手…繋ぎたいんやけど…」

「手?」

「あかん…?」

顔どころか耳まで真っ赤にして、謙也さんは小さな声でそう言った。
何かと思えば、そんなこと。
手を繋ぎたいというだけで、こんなに言い辛そうにするなんて、この人はどこまでヘタレなんだろう。
そんな上目使いに言われてダメなわけがないのに。

「ええですよ」

俺がそう言うと、謙也さんはほっとしたようにふわりと笑った。
そういえば、手を繋いだことは一度もなかったな。
というか謙也さんが言ってこないから手は繋ぎたくないのだと勘違いしていた。
一応、謙也さんが年上なのだから、ああしたいこうしたいというのは謙也さんが決めるべきだとは思っているから。
そうか、謙也さんも手を繋ぎたかったんだ。

「ほな、手ぇ出してください」

「う、うん」

周りに誰もいないのを確認して、差し出された手に触れる。
けれど、手を繋ごうとして何故か違和感を感じた。

(あれ、)

世間の恋人同士は、どうやって手を繋いでいただろう。
こんな握手するみたいな繋ぎ方じゃなかったような気がする。
あ、そうか、恋人繋ぎというのをするべきなのか。

「…!」

するすると、謙也さんの指の間に指を絡ませていく。
謙也さんの指が小刻みに震え出して、少し心配になった。

「謙也さん、大丈夫ですか?」

「う、うん」

俺も謙也さんも付き合うのはお互い初めてだから、当然手を繋ぐのも初めてだけれど、それでも手を繋いだだけでこんなふうになってしまうなんて、先が思いやられる。
キスとか、もっと先のこととか、何年たったらできるんだろう。

「謙也さん、歩きますよ」

「え、あっ、うん」

思いきって、きゅっと繋いだ手に力を入れてみた。
謙也さんの肩がびくっと震え、少し間があって、微かに握り返してきた。
目までぎゅっと瞑って、このまま歩いてたら転けそうだ。
手を繋いだだけでこんなに余裕なくなるものなんだろうか。
普通、付き合っている相手が年下だったら、もっと年上の余裕とか見せるものなんじゃないのか。

「ひ、ひ、ひかる…っ」

「はい?」

「ごめん!手汗が…」

「ああ、ええですよ」

また少しだけ握り返してくれた謙也さんの手は、いつの間にか震えが止まっていた。
けれど手汗は確かに滲み続けていて、緊張を隠しきれないでいる。

「ひかる…おおきに…」

「…はい」

まだ顔赤くして前を向けない謙也さんは、ヘタレすぎて本当に年上に見えない。
それでも、謙也さんが1つ上でよかったと思っている自分が確かにいる。
だって、謙也さんが同い年だったら、きっと俺は今ここで押し倒してキスしているに違いないから。
俺は年下だからって、ちょっと遠慮するくらいがちょうどいいのかも。















――――――

さて、光はいつまで我慢できるのでしょうか^^
にしても私は謙也さんをどこまで女々しくすれば気が済むんでしょうね。


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