1.はじめての、




千歳とか小春とかは、蔵のことを美人だなんだって言うとるけど、俺はそないなことあらへんと思う。
俺的には、カッコええっちゅーか、憧れるっちゅーか、正直にいうと好きかもしれへん。
いや、好きなんや。
同じ男やのになんで惚れとるんっちゅーはなしやけど、あないにカッコええなんて惚れん方が無理やろ。
勉強もスポーツもなんだってできるし、たまに変態やけど、テニスしとるときはほんまカッコよすぎてそんなん忘れてまう。
最初は、なんちゅーかただのファンやった。
男やって、男の芸能人好きっちゅーヤツおるやん?
そんなかんじで、手が届かへん存在やけどああなりたいっちゅー目標て認識しとった。
せやけど、残念ながら蔵は手の届く存在でクラスメイトで、気づいたらもう憧れとかそんなん忘れとった。
しかも、あれで意外と気遣い上手で優しいとこもあるんや。
そのギャップに惚れたわけとちゃうけど、とにかくほんま好きなんや。

「謙也、まだ帰らんの?」

「あ、すまん!もうちょいで終わるから」

「しゃあないなあ…」

そんな完璧なクラスメイトとは正反対に、今日やった英語の小テストが不合格で居残っとる落ちこぼれが約1名。
不合格者は、小テストに出た単語をノート2ページ分書いてその日に提出せなあかん。
周りのみんなはもう終わっとって、もたもたやっとる俺だけが教室に取り残された。
ちなみに、もちろん蔵は満点合格。
俺のために待たせて、ほんま申し訳ないわ。

「はよせな置いてくで」

「ちょ、あと5行やから!」

蔵に置いてかれたくないから、書くスピードをさっきよりも速めた。

「謙也、これ単語詰めすぎとちゃうか?」

「そか?」

「みんなもっとデカイ字で書いとったで?隙間もっと開けとったし」

みんな結構サボっとるんやなあ。
そないに雑くやって、平常点下がっても知らんで。
つっても、平常点あってもテストでけへんから英語の成績悪いんやけど。

「みんな大体この辺りから始めとるで」

そう言って、蔵はノートを覗き込んで指差した。
ちょ、近い。
髪があたりそう。
なんか、ええ匂いするし。
い、今息かかったよな。
あかんて、こんな近くにおったら手が震えるて。

「た、単語1こ分も開けて、よお怒られへんなあ」

つい上ずった声が出てもうた。
どきどきて、こないにうるさかったら聴こえてまうやろ。
ああ、あかん目見れへん。
クラスメイトがそういう目で自分のこと見とるて知ったら、軽蔑されるんかな。
さっさと英単語を書いてくと、なんや頭に違和感を感じた。
重いな、何乗っとるん。
て、ちゃう、蔵が俺の頭撫でとるんや。

「謙也、そろそろ脱色した方がええんとちゃう?プリンなっとるで」

うわー!うわー!髪触らんといて!
あと2行やのに進まへん。
どきどきしすぎて心臓飛び出そうや。

「こ、ここ…今度するんや!いまっかねっなくてな」

「そうなんや…あ、手ぇ止まっとるで」

「ご、ごめん!」

ちゃっちゃとやらな、この空気耐えられへん。
せやけど、もうちょい2人っきりでおりたい気持ちもあって、どないしたらええかわからん。
やっぱまだ帰りたないんか、自然と書くのが遅くなってって、けど蔵待たせとるて思ったら、また書くの速くなった。
それの繰り返しで英単語をせっせと書いとる間、蔵はぼーっと俺のノート見とった。
上向けへん。
上見たら蔵と目が合ってまう。
そんなこんなでずっと下向きながら英単語を書き続けた。

「終わったで!」

て、上見たらやっぱり目が合って、カッコええ顔して笑っとった。
こいつ、天然タラシやな。
ナンパしてくる女無理とか言うて、こんなふうにフェロモン垂れ流しとるから寄ってくるんやろ。
蔵にも原因はあると思うで、俺は。

「謙也、かわええな」

「ふぇ?へ、ぅえ!?」

目の前で微笑んどる蔵は、突然そないなことを言った。
かわええて、男の俺に言うても褒め言葉やあらへんで。
やのに、ちょっとだけ、ちょっとだけな、嬉しいかもしれへん。

「はは、かわええ」

「ば…っばかにすんなや!」

「馬鹿になんかしとらへん。ほんまにかわええて思っとる」

「う、そつけや…」

「嘘やない。ほんま、キスしたなるくらい謙也はかわええよ」

「え…」

急に蔵の顔が近づいてきて、一瞬、何がなんだかわからなくなって意識がとんだ。
その隙に、俺の顔が赤くなるのが先か、唇に何かが触れるのが先かはわからんかった。

「ファーストキスはもろたで」

その一言がなければ、唇に触れた何かが蔵の唇だと気づかなかった。
今、キスされたよな?
嘘やろ、キスされたとか。

「…まさかほんまにファーストキスなん?」

「え、なな、なわけないやん!」

「謙也モテるもんな。なわけないか」

ファーストキスに決まっとるやんか!
俺がモテたのは小学校で、もちろんそないな歳でキスなんかするわけない。
むしろ付き合ったこともない。
せやから、一瞬やったし意識とんどったけど、今が初めてのキスや。
うわ、蔵とキスとか…今さら恥ずかしくなってきた。
なんなん、蔵も俺のこと好きなんか。
ちゅーか、好きやなかったらキスなんかせんわな。

「な、なんでキスしたん」

「なんとなく」

「なんとなく…?」

「せや、なんとなく」

思い切って聞いてみたけど、蔵は照れる様子もなく笑っとるだけやった。
蔵も俺のこと好きとか、それは俺の都合のええ考えて気づいた。
お互い男同士やのに、両思いとか不可能に近いやんか。
アホやな、俺。
一瞬でも期待なんかして。
ちゅーか、俺がこないにアホやから、からかわれたんやな。

「…男同士でキスもなんもないわな」

「そか。ほな、何回目のキスかは知らんけど、今のはノーカウントやな」

「せ、せや、キスのうちに入らんわ」

なんて余裕ぶって言うたけど、実際ちょお傷ついたとか女々しいよな。
でも蔵は俺の気持ち知らんのやから、これは俺の一方的な勘違いで勝手に傷ついただけっちゅーはなしや。

「はよ帰るで」

「お、おう…」

いつもどおりな蔵を見とると、やっぱ夢やったんやろかて思う。
意識がとんどった以上、ほんまにキスされたかどうかなんて、監視カメラでもないとわからへん。
白昼夢っちゅーやつやんな。
きっとそうやろ、うん。
そう自分に言い聞かせた。
せやけど、まだ唇に残っとる微かな感触は確かで、それは、唇からじんわりと俺の心まで浸食していくのやった。















――――――
2010.10.29
なんなのこの乙女な謙也さんは。笑
エロまでたどり着かなかったので盛大に続きます^^;


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