2010.9拍手:蔵光






「なぁ、白石部長ー」

「………」

「白石先輩ー」

「………」

「白石さん!」

「あかーん!!」

いつもの帰り道の別れ際。何をしているかというと、白石部長のお願いで呼び方を「白石部長」から「蔵」に変えようと試みているところだ。
俺は別に「白石部長」のままでいいと言ったけれど、白石部長は頑なに嫌だと言う。
俺はもう「さん」付けの時点で申し訳ないと思っているのに。

「全然あかん!「蔵」って呼んでて言うとるやろ。呼ばな帰さへんで!」

「せやかて俺、一応後輩やし」

「付き合ったらそんなん関係あらへんわ」

「間違って部室とかで呼んでしもたらどないするつもりですか」

「もうバレとるから問題あらへんよ」

「はぁ!?」

付き合ったら絶対言いふらすとか思っていたけれど、いくらなんでも早すぎる。
まだ1週間しかたってないのに。

「ほんま最低や!」

「やって、自慢したなるやん」

白石部長は俺に抱きついてきた。
俺だって、テニスは完璧にこなしてその上こんなに格好いい彼氏を自慢したくないわけじゃない。
むしろ謙也さんあたりに声を大にして自慢したい。
けど、やっぱり世間的に許されることじゃないから、言わないように留めているのに。

「お願いやから、「蔵」って呼んでや」

「なんでそんなこだわるんすか」

「やって、光に独占されたいんやもん」

「俺に?部長が俺を独占するんやなくて?」

白石部長は頷くと、額をコツンとつけてきた。
いつになく情けない顔。
白石部長にこんな顔させてるのは俺なんだな。
俺はそれだけで部長を独占した気分になれるのに。

「光のことは、謙也とかが「光」って呼ぶやん?先輩で光のこと「光」って呼ぶのは俺だけとちゃうやん」

「そうですね」

「せやけど、俺のこと「蔵」って呼ぶ後輩はおらんのや。言っとる意味わかる?」

だから俺が呼べば、俺は後輩で唯一「蔵」と呼ぶ人間になるから、独占したことになるということかな。
なんだこの人、可愛すぎるだろ。
格好よくて、時々可愛いとか反則にもほどがある。

「部長の言いたいことはわかりました」

「なら…」

「けど、ちょっと練習せな無理やから…」

「うん」

ゆっくり息を吸う。
そんな期待した目で見られても、緊張するだけなのに。

「はよはよ」

「…ちょっと待って下さい」

急かされると余計言いづらい。
大体、名前なんて自然に言うものであって改めて呼ぶものじゃないと思うんだけれど。
口を開き、一文字ずつ白石部長の名前を呼ぶ。

「く…ら…」

「!」

「……さん…」

「もー!」

やっぱり無理だろ。
結局言えなくて、白石部長は落ち込んでいる。
最近まで尊敬する先輩だった白石部長に向かって名前を省略して呼び捨てなんて無理ある。

「しゃあない、まぁええわ…しばらくは「蔵さん」て呼んでや…」

「はい」

「ほなまた明日な、光」

「はい、蔵さん」

白石部長はとぼとぼと帰っていった。
白石部長が遠くなったのを見計らい、小さな声で呟く。

「……くら…」

誰に言ったわけでもないのに、顔が熱くなるのを感じた。
言い慣れなくて恥ずかしいというよりも、名前を呼ぶ形で白石部長を独占しているような感覚が、嬉しいのと恥ずかしいのが混じってドキドキする。
これじゃ、当分は無理そうだ。





――――――

が、頑張れ光!
きっと呼べたらごほうびくれるよ!
キスの嵐だろうね!