盾ちゃんが復帰するちょっと前くらいの話。 約束の夢の証 オレにとって、塔間さんは世界の全てだ。 地獄から拾い上げてくれて、吸血鬼の殺し方と、お金と、存在意義を与えてくれた。 だから、オレは何でも言うことをきく塔間さんの奴隷でいられる。 けれど、それももうすぐ限界みたいだ。 自分でもわかる。きっと、もうすぐ壊れる。 今日も警報が鳴って、オレは救護室へと運び込まれた。 気付いたらベッドの上で、目が覚めたら塔間さんだけがいた。 真っ白な壁、天井、ベッド。その中で塔間さんだけが黒だ。 この光景がとても安心できる。 ちゃんと、今日も塔間さんが来てくれた安堵と、塔間さんが周りの色と違って特別に見えるからだ。 塔間さんは、パイプ椅子に座って火の点いていないタバコをくわえてぼんやりしていたが、オレの意識が戻ったことに気がつくと、薄く笑ってオレの顔を覗き込んだ。 「壊れるのはまだ早いだろ、吊戯」 塔間さんは、いつもそう言う。 わかってるよ。オレが壊れたら、塔間さんにとって都合が悪いからね。 塔間さんは『家族みたいなもの』だなんて言うけれど、塔間さんにとってきっとオレは都合よく使える道具で、こうして駆けつけてくれるのも、オレがまだ使い物になるか確かめるためだ。 もし使い物にならなくなったら、捨てられる。 そうしたら、新しい道具がくるだけだと思うけれど、でもそれはイヤだ。 塔間さんが使っていいのはオレだけだ。 オレ以外の奴を使うのは、イヤだ。 「うん…まだやれるよ」 「そうか」 塔間さんはライターを取り出すとくわえていたタバコに火を点けた。 ここが禁煙なのはわかっているはずだけれど、我慢できないのだろう。 オレがタバコをじっと見ていると、塔間さんは一本差し出した。 でも今はまだ一服する気分にはならなかったから首を振った。 塔間さんはタバコをしまうと、大きな手でオレの頭を撫でた。 「塔間さん…したい…?」 「…しないと落ち着かないのだろう?」 「うん…」 ここに運ばれてくると、いつも決まってこうなる。 セックスしてる間は余計なこと考えなくて済むし、出すもの出してスッキリすると頭の中がリセットされて精神が安定してくる。 そうしたら、また戦える。 これは、オレが塔間さんの道具であるために必要な、いわばメンテナンスのようなものだ。 塔間さんはタバコを床に捨てて火を消した。 「塔間さん、」 後でヤブじいに怒られるよ、と言おうとしたけれど、塔間さんに組敷かれて、そんなどうでもいいことは飲み込んだ。 額と耳にキスされると、塔間さんからは当然タバコの匂いがした。 部屋に充満したタバコの匂いはそのうち消えても、塔間さんからは中々消えないから嫌だ。 オレ、塔間さんの匂い好きなんだけどな。 「久しぶりだな」 「昔は猿みたいにヤりまくってたのにねー」 「それを言うなよ」 塔間さんはくつくつ笑うと、オレのシャツの中に手を入れた。 今思えば、昔はお互いに自分の存在を確かめるためにしていたように思う。 今でもしている最中は、体温と痛みと快感を同時に与えられて、明晰夢に近い、ふわふわと浮いたような感覚になってしまう。 それでも相手の瞳に自分が映り、刺激が与えられると、確かに夢ではなく自分はここにいると思えた。 でも行為が終わって意識を手放し次に目を覚ますと、やっぱりあれは夢だったのかとまたしたくなる。 それが癖になって何度も求めたし、求められた。 「はっは、」 「ん?なにがおかしい」 「んーん、なんでもない」 それが今では、オレがオレであるためという一方通行な理由なのが、さみしいような、むなしいような、なさけないような、よくわからない感情が胸のあたりでもやもやとしている。 なんて、そんなことを考えている自分がおかしくて、思わず笑みがこぼれた。 塔間さんは、オレが余計なことを考えているのを察したらしく、気に入らないとでも言いたげな顔をした。 「集中しろ」 「ん、ごめん」 相変わらず聡いなあ。 オレが塔間さんの首に手を回すと、塔間さんはオレの首を甘噛みした。 塔間さんはオレとするとき、全然優しくない。 今日も、待ってって言っても無視してぶっ続けだし、限界だから止めてって拒否っても力で圧されて無理やりされた。 オレの身体のことは完全にお構い無しで、まるで言葉の通じない獣の様だった。 いい歳してよくもまあ性欲旺盛なことで。 おかげでオレはもう膝に力が入らなくなって、ベッドにうつ伏せに倒れている。 「死ぬかと思ったよ…」 「そんなわけないだろう」 そう言う塔間さんは今日もスーツを脱いでいないうえに汗一つかいていない。 だから、終わった後はスーツを少し整えれば、する前と何ら変わりないいつもの塔間さんの姿になる。 でもオレはシャツ一枚の尻丸出しだし、髪はボサボサで、元に戻るにはしばらくかかりそうだ。 動いているのは塔間さんの方なのに、股開いてるだけのオレの方がこの有り様という、この温度差がイラつく。 塔間さんなら、本でも読みながら片手間でセックスできそうだ。 現に昔はタバコを吸いながらされたこともあった。 あれは灰が鬱陶しいし熱いし汚れるから止めてもらったけれど、でも実際それほどまでに余裕がある。 「大袈裟なことを言う。せいぜい失神して気絶するくらいだろう」 「…塔間さん、そのまま続けて出すモン出したらオレのこと放置しそうだからヤだ」 「ありえるな」 「えー、それひどくなーい」 「俺も忙しいんでな」 塔間さんはまたタバコを吸い始めた。 ここでのんびりタバコ吸ってる暇があるのは忙しいって言わないような気もするし、そもそもヤることヤったならすぐ戻ればいいのに、結構サボってるよね。 オレにも一本くれたから、体を起き上がらせてくわえた。 ライターで火を点けてもらうと、部屋が二人分の煙で満たされる。 ゆらゆら、二本の煙が広がっては消え、また生まれては上り、広がる。 ぼんやり眺めていると、なんだか眠たくなってしまった。 「俺はもう戻る。誰か来る前に部屋に戻れよ」 「ん、わかった」 オレの瞼が重たくなってきているのを察したらしく、ここで寝られちゃたまらんとでも言いたげな様子だ。 そうだね、寝るなら部屋に戻らなきゃ。 でも今寝てしまったら、起きたときに今までのが夢になってしまう。 塔間さんが居てくれたことが、現実じゃなかったかもって疑うことになってしまう。 そんな気がしてならなかった。 「…ねえ、塔間さん。キスマークつけてよ」 唐突に、声のトーンを落としてそう言うと、塔間さんは呆れた顔をしてオレを見下ろした。 「周りの奴らがうるさいから止めてくれって言ったのはお前じゃないか」 「そうだけど、今日はそういう気分なの」 「相変わらず我儘を言う」 塔間さんはタバコを口から離すと、オレの首に顔を埋めた。 左の首筋の、襟足でギリギリ隠れそうなところで、チリッとした痛みが走る。 ああ、これでしばらくは今日のことを思い出せる。 確かに夢じゃなかったと信じられる。 こんな証のようなものがないと満足できないなんてこと今までなかったんだけど、これはいよいよダメかもしれないなあ。 どこか他人事のようにそう思う。 でもまだ塔間さんの役に立ちたいし、オレ以外の新しい道具を使う塔間さんを想像したら吐き気がするほど嫌だ。 (あ、そうか…) それならいっそ、壊れそうになったら塔間さんに壊してもらえば、そんな光景を見ることもないのか。 使い物にならなくなったオレを、塔間さんが壊してくれるなら、それでいいじゃないか。 オレの命は塔間さんのものだ。 オレの世界の全ての塔間さんに壊されるなんて、そんなのは贅沢なのかもしれない。 けれど、オレを造り直してくれたのが塔間さんなら、壊すのも塔間さんじゃなきゃダメだ。 「塔間さん、」 「今度は何だ。俺はもう行くぞ」 またタバコを床に捨てて去ろうとする塔間さんの服の裾を掴む。 今度は面倒くさそうな顔をされた。 本当、面倒くさい我儘を言うつもりでいるから少しだけ緊張した。 「…あのさ、いつかオレがダメになっちゃったときはさ、塔間さんがいい。オレが壊れそうになったら、塔間さんが壊してよ」 「随分、弱気なことを言うな」 「弱ってるの。だから我儘きいてよ」 へらり、笑ってそう言うと、塔間さんは黙って、今度は右の首筋に噛み付いてキスマークをつけた。 「…わかった、約束しよう」 塔間さんはそう言うと、足早に部屋を出て行った。 約束、これはその証だと言われているようだった。 そのうち消えてしまうのに、これがどうしてか安心できた。 「うん、約束」 嘘だとしても、叶わなかったとしても、その約束だけで充分だ。 一本分になってしまったタバコの煙を見つめながら、塔間さんの去っていく足音を静かに聴いていた。 『こちら違反対策支部です。コードバルドル、ヘズの緊急対処を要請します。場所は…』 次の日、吸血鬼を殺しに行くように命令する放送が聞こえて、部屋を出ようとドアを開けたら、弓ちゃんが来ていた。 「弓ちゃん、どしたの?早く行かなきゃだよ?」 「…吊戯、お前まだ休んだ方がいいんじゃねえのか」 「…んー、だいじょぶだよー」 「昨日倒れたばっかだろ!」 「だいじょぶだってー。弓ちゃんは心配しすぎだよ」 「うるせえ!お前、まだアイツの…」 「さーて、いきますかー」 弓ちゃんが何か言おうとしたのを遮って、伸びをしながら前を歩く。 弓ちゃんは心配性だ。 そこが弓ちゃんのいいところだけれど、それはオレに向けちゃいけないよ。 オレには、弓ちゃんや盾ちゃんに心配される価値があるなんて思ってないから。 オレは塔間さんに使い壊される道具なんだから。 「弓ちゃん」 人当たりのいい笑顔をつくって、弓ちゃんの方に振り向く。 「オレは大丈夫だよ」 塔真さんに壊されるその日まで。 ―――――― 2016.11.19 原作8〜10巻でなんかもういろいろきました。 なにあの子、性的すぎる。 9巻の吊戯が倒れて救護室運び込まれて二人きりになったときの塔間さんとのタバコのやり取りのあと塔吊めちゃックスだろーと思ってピクシブ検索したのに塔吊全然無いやないかい! というわけで塔吊自給自足です。 しかし塔吊はどうしても闇深すぎて暗い話になっちゃうなー。 戻る top |