5.発覚 「謙也ぁーおはよーさん!」 「ああ金ちゃん、おはよーさん」 遠山は、いつもより元気がない謙也さんを見て「なんや、今日の謙也は元気あらへんのやなぁ」と言いながら部室を出ていった。 謙也さんは部室に入ってくるなりため息をついた。 こんなに謙也さんが元気ないなんて、滅多にない。 「謙也さん、おはようございます」 「お、おはよう…」 謙也さんは目も合わせずに着替え始めた。 謙也さんが変なのは、今だけではなかった。 実は今日一日を通して、謙也さんは様子がおかしかった。 なぜか、廊下で光が声をかけても、目が合っても避けけ、気まずそうに立ち去っていったのだ。 何かしただろうか。 いや、一昨日まではいたって普通だった。 ということは昨日、何かがあったということだ。 昨日は確か、白石部長と遅くまで残る用があるとかで、謙也さんと一緒に帰っていない。 白石部長が余計なことでも言ったのだろうか。 「謙也さん、一体どうしたんです?」 「ど、どうしたって…何がや?」 やっぱり、おかしい。 急に、着替えのペースが早くなった。 まるで、早く光から離れたいかのようだった。 「何か、悩みでもあるんすか?」 そう言った途端、謙也さんの肩が小さく跳ねたのを、光は見逃さなかった。 「……な、悩みなん、あらへんよ」 嘘だ。 明らかに悩みがあると顔に書いてある。 けれど、それ以上聞いてほしくなさそうだったから、さっさと着替えてコートに向かった。 「はよしてください、今日ラリーやる約束でしたよね」 「すまん、すぐ行く…」 聞いてほしそうで、聞いてほしくなさそうな表情だった。 部活の後だったら、答えてくれるだろうか。 「おつかれさん」 「あ、おつかれさまです部長」 光が部室で着替えていると、部長と謙也さんが入ってきた。 部活中も謙也さんは元気がなかった。 いつもなら追いつく球を見送ったり、10球連続でサーブがネットを越えなかったり、ボーっとしていてユウジ先輩の球にあたったり、それはもう見ていられない状態だった。 「財前、悪いけど今日も謙也借りるで」 「あ、はい」 チラッと謙也さんを見れば、泣きそうな顔で白石部長を見つめていた。 「白石、悪いけど今日は光と帰りたいねん…せやから…」 謙也さんがそう言うと、部長は目を細めて「わかった」と言った。 「謙也さん、よかったんすか?」 「うん…今日は、光に話したいことがあんねん」 謙也さんは、部長が部室を出ていったのを確認しながら、小さな声で言った。 やはり、部長絡みで何かあったのだろう。 今、部室には光たち以外に誰もいない。 「あのな、」 そう言いかけて、謙也さんの目がわずかに潤んだのを、光は見逃さなかった。 「言いづらいんやったら無理せんでもええですよ」 気遣ってそう言うと、謙也さんは目をぎゅっと瞑った。 「あのな、俺……浮気、してん」 光は目を見開いた。 冗談なのだろうか。 昨日までは至って普通だった謙也さんが浮気だなんて。 「嘘やろ…?」 「あ…うん…す、すまん…う、嘘や…やっぱ、忘れて…」 どっちなんだ。 はっきりしてほしい。 緊張して胸が張り裂けそうだ。 「なんや、嘘なんすか?」 苛立ちを含めて、あえてそう問えば、謙也さんは肩を跳ねさせて目線を逸らした。 「あんな、もし、俺が浮気…してたらどないする…?」 「さぁ、されんとわからへんっすわ」 謙也さんは、今度は肩を落として睫毛を伏せた。 イライラする。 胸にモヤモヤしたものがのこって脳がストレスを感じているこの感覚。 「どっちなんすか!浮気したのかしてないのか、はっきりしてくださいよ…!」 怒鳴り付けるようにそう言うと、謙也さんは泣きそうな目で、小さく、小さく答えた。 「ごめん…して、しもた…」 ああ、やっぱり。 この間、夢で見たのはこのことだったのか。 誰かに、謙也さんをとられる夢。 現実になってしまった。 それなら、相手はきっと、 「白石部長っすか?」 謙也さんは唇を噛み締めて、こくっと小さく頷いた。 「しかいないっすよね」 涙を目尻に溜めて、必死に泣くのを堪えている。 それもそうだ。 光が泣きたいくらいなのに、謙也さんが泣くのは間違っている。 「それで、白石部長とどこまでしたんすか」 「最後まで?」と聞くと、謙也さんは頷いた。 謙也さんは、もう部長のものになってしまったのだ。 謙也さんは昨日、好きだとか愛しているだとか言われながら抱かれてしまったのだろうか。 「それで、謙也さんはどうしたいんすか?」 「……わからへん…」 謙也さんは首を振って答えた。 「…白石部長のこと、好きなんすか?」 「……わからへん…」 きっと、謙也さんは今、パニックなのだろう。 部長としてしまったこと、光を裏切ったこと。 たくさんの感情が混じって、ごちゃごちゃになっているのだと思う。 「……ほんなら、質問変えます。俺と、別れたいすか…?」 しばし沈黙が流れる。 心臓が大きく脈打った。 この音が、謙也さんにも伝わったらいいのに。 そうしたら、どれほど謙也さんを想っているか伝わるのに。 謙也さんは、微かに息を吸って口を開いた。 「……別れたない…」 とうとう泣き出してしまった。 大粒の涙が、謙也さんの目から零れ落ちていった。 「申し訳ない思て…っ、光と別れるつもりやったのに…せやけど、光と別れたなくて…っ」 「部長には、好きや、とか言うたんすか?」 「言うた…白石に、「好きや」て言われて…「俺もや」って…言うてしもた…!」 謙也さんは、必死に目から零れる涙を拭っている。 見かねた光は、謙也さんを優しく抱きしめた。 「ひか…いやや、光にこんなんされる資格あらへん!」 「…ごめんな、謙也さん」 「…!」 「俺、謙也さんが白石部長のこと好きだったこと知ってました」 謙也さんのことが好きだったからこそ、わかったことだった。 好きになる前は、部長と仲のいいクラスメイトだと思っていたのに。 謙也さんを好きになったとたん、部長のことが好きなんだと気づいた。 不思議だ。 「せやから、忘れさせたろ思て、俺も必死やった」 「うん…」 「俺にも責任はあると思うんです」 「そ、そんなことない!光は悪ない!全部、俺が悪いんや!」 寂しい思いをさせたのかもしれない。 謙也さんが他の人に目がいってしまったのは、努力不足だったのかもしれない。 だから、一概に謙也さんだけが悪いわけではない。 「なあ、謙也さん」 例え他人に汚された身体であっても、やっぱり謙也さんが好き。 できるなら塗り替えたい。 塗り替えて、所有の証を刻み込んでやりたい。 「謙也さんのこと、抱いてもええ?」 「や、いやや…!」 「浮気した謙也さんに断る資格なんてあるわけないやないすか」 謙也さんが好き。 謙也さんも別れたくないと言っている。 なら、それで許そうと思う。 きっと気の迷いだから。 お互い離れたくないと思っているならそれでいい。 手放したくないと思い、両腕に力を込める。 細い肩が震えているのがわかって、もう、ただひたすら抱きしめることしかできなかった。 ―――――― 修羅場なのにあまり修羅場っぽくなりませんでしたorz 昼ドラって難しい…! 戻る topへ |