学校が終わった後に用事があると言った日は、カイトはいつも家や学校まで来ることはない。
しかし今日は、家に帰ろうと学校を出たところで、待ち伏せされていた。
わざわざ学校にまで押し掛けてくるなど、余程返事を急いているのだろうか。
気付かないフリをして立ち去ろうとしたが、うっかり目が合ってしまいカイトは足早に凌牙の方へ向かってきた。

「遊馬とデュエルではなかったのか」

「あ、ああ、遊馬は…小鳥と約束があったとかなんとかで…お前こそなんだよ」

「遊馬とのデュエルが終わるまで待とうと思ってな」

「…返事ならまた今度にしろよ」

「その件ではない。ハルトが、もうすぐ誕生日でな。それで今から少し付き合ってほしいのだが」

「プレゼント選びか?」

「そうだ」

それくらいなら、付き合ってやるか。
兄弟がいる者同士、何か力になってやれるかもしれない。
わかった、とカイトに告げると、そのままの足で店がたくさんある通りに向かった。
歩きながら、一先ず雑貨屋に行ってみないかという話になり、以前、璃緒の誕生日プレゼントを買ったことのある雑貨屋へ行くことになった。
少しレトロな雰囲気で、客を選ばない品揃えが気に入っている店だった。
辿り着いてさっそく中に入ると、各々気になるところで商品を見始める。
平日のためか、店内は混んでおらず、非常に快適に見回ることができそうだ。
ハルトくらいの年なら文房具はどうだろうか、と筆箱やペンを見ていると、カイトが覗き込んできた。
動物の形をした消しゴムを見せると、カイトは興味を示した。

「なるほど、面白いな」

「だろ?後は…ぬいぐるみって年でもねえしな…」

他に何かないか、と観葉植物の一角あたりを眺めていると、カイトは近くの食器の棚に移動した。
暫く物色すると、青色に黄色の星の柄のついたマグカップを手に取った。
ハルトが好きなホットチョコレートを淹れてやるつもりなのだろう。
隣には揃いの緑色のマグカップがあった。

「悪くないな」

「いいんじゃねえか。カイトも揃いで買ったらどうだ」

「そうしよう」

ハルトが青で、カイトが緑か。
星柄もハルトらしく、よく似合うだろう。
思っていたより早く決まってよかった。
カイトがレジに行っている間に鮫やペンギンの柄の雑貨がないか店内を回ってみようと、奥の方へ歩き出すと、急にカイトに手を掴まれた。

「カイト?」

「…ところで凌牙」

「ん?な…ッ」

なんだ、と言う前に両手首を掴まれ、肩まで挙げられて壁に追い詰められた。
しまったと思った時にはすでに遅かった。
ここは店員の目が届かない店の角で、周囲には他の客もいない。加えて背の高い観葉植物のせいで見通しが悪い。
せっかくプレゼントも決まって安心していたところで、完全に不意を付かれた。

「ここなら、誰も見ていないな」

「おい!いきなり何だよ」

「凌牙、好きだ。愛している」

「ッ、こ、こういうところでは止めろ…それにこの件は今は…」

「お前が逃げるからだろう」

それはそうだが、今ここでこの体勢で求めてくるのはおかしいだろう。
店員だっていつこちらに来るか分からないし、他の場所には客もいる。
見つかってしまっては暫くここに来られそうにない。
だが、突然この後に用があることにするのは不自然で、逃れる言い訳がもう作ることが出来そうにない。
始めから逃げられないように口実を作っておいたということか、この卑怯者。

「あのな…俺もお前も、同じ男だぞ…」

「それはわかっている。だが凌牙が好きなのだ」

このやり取りも、もう何度目だろう。
カイトは真剣な目で凌牙の目を捉える。
あまりに真っ直ぐで、もはや恐怖すら感じてしまい、思わず視線を反らしてしまう。
普段から強気な凌牙が相手に対して怯むなど、そうあることではなかった。

「…なんで、俺なんだよ」

「あの時、月で、暗闇の中で、最後に凌牙の顔が過ったのだ」

カイトが一度命を落とした、ミザエルとのデュエルの時のことか。
恐らく、走馬灯というものだろう。
あの時は本当に申し訳ないことをしたと重く受け止めているし、ミザエルを解放してくれたことを感謝もしている。
だからこそ、こうして買い物に付き合ったり、できる限りのことはしてやろうとしているのだ。
しかし、それとこれとは話が別だ。

「きっと、心残りだったのだろう。もう二度と思い残すことがないようにしたいと思ったまでだ」

ああ、このタイミングだろうな、きちんと言ってやらねばならないのは。
カイトのことを嫌悪している訳ではないが、今は色恋沙汰に興味がないし、ましてや同性だ。
気持ちはありがたいと思うが、いくら熱心に想いをぶつけられても無理なものは無理だ。
カイトをそういった対象としてみるなど、今まで考えたことすらなかった。
だが、カイトは今までで一番強いであろうデュエリストだ。
突き放してしまって好敵手という関係が崩れやしないかと、頭の中で言葉を選ぶ。

「…カイト…俺は…お前のことそういう風に考えたことねえし…お前は、デュエルで勝ちてえ相手で、仲間で…それ以上でもそれ以下でもねえよ」

「……そうか、わかった」

カイトは、少し重いトーンで言うと視線を下げた。
やっと返事ができた。
もう押し掛けられるのは勘弁してほしいし、これからも変わらない良い関係でいたい。
またデュエルできるだろうか。
凌牙は緊張しながらカイトの反応を気にしていた。
沈黙の後、カイトはゆっくりと口を開いた。

「もう毎日会いに行くのは止めよう」

「ああ、そうしてくれ」

「だがその代わり…」

「あ?」

「…一度だけでいい、口付けさせてくれないか」

「ん!?」

「最後にキスだけさせてくれ」

聞き返す前に二回も言われてしまった。
どうやら聞き間違いではないようで、カイトは顔を近づけてきた。
どういうことだ。これが振った相手に言う台詞か。
何がどうなってその返しがきたのか、まるで意味がわからない。
図々しいというか、未練がましいというか。
やっと返事ができたと、重荷が下りたような心地だったというのに、開いた口が塞がらない。
だが、いや待てよ、と凌牙は冷静に考えた。
逆にこれでもう朝来ることもなければ悩むこともないのならば、安いのではないか。
目を閉じていれば、一瞬で終わる。
触られることすら嫌な程憎い相手というわけではないし、これでまた明日から元通りになるのなら。
しかし男と、それもカイトとキスするなど、こんな安易な気持ちでしてよいのだろうか。
ためらいつつも、凌牙は覚悟を決めて誰も来ないか周囲を確認した。

「…本当に最後だな」

「ああ」

それならば、と凌牙は目を瞑った。
カイトの手が耳と頬の間に触れて、少しくすぐったい。
反射的に首の筋肉が強張り、ぎゅっと強く目を閉じると、程なくしてカイトは凌牙の頬に戯れのようなキスをした。
唇にされるものとばかり思っていたのに、拍子抜けした。
目を開けると、カイトはふわりと笑って離れていった。

「これでお前のことは諦め…」

「こ…ッ、こんなのは、キスとは言わねえ…」

「しかし、正式に交際しているわけではない…、ッ!?」

咄嗟に、凌牙はカイトの襟を掴み引き寄せた。
こんなのはただの気紛れだ。
頬だけでは未練が残るだろうと思ったのだ。
ならば、と凌牙はカイトの唇に、つん、と自分の唇を重ねた。
それで終わりにしようとしたのだ。
もう毎朝会わなくて済むと、共に戦った仲間という関係に戻れると思っての行動だった。
しかし、カイトはそのまま凌牙の腰を引き寄せた。

「そのようにされると、止まらなくなるぞ」

「ッ!?…ん、ぅう!んん…!」

再び唇が合わさり、カイトの舌が唇を抉じ開けるようにして歯をつついた。
しまった、と凌牙は後悔した。
なぜ、火をつけるようなことをしてしまったのか。
カイトにこんなことをしては逆効果だった。

「おい、カイ……んッ、ん…ぁ…」

男同士で何をしているのだと、一瞬不快に感じたが、本当に一瞬だった。
始めは拒んでいたのだが、顎を持ち上げられ隙間ができたところで強引に押し込まれて奥まで侵入を許してしまってから、そんなことを考えている余裕はなかった。
探るように口の中を一周したカイトの舌は、凌牙の舌を捉えた途端に、ねっとりと絡み付いた。

「ん…っ、う、ん…、」

何事かと、驚いてくぐもった声が漏れる。
熱い舌が凌牙の舌の裏をなぞると、どちらともわからない唾液が零れた。
しばらく絡まされた後、今度は舌を吸われて、先程とはまた違った、カイトの口の中に持っていってしまわれるようなおかしな感覚に身体が震える。
すぐにでも突き飛ばしてやりたいのに、これでは離れられない。

「か、かいと…ん…ん…」

息継ぎに一度離れたのに、また深く繋がる。
たかが唾液の交換、と言ってしまえば作業的に思えるのだが、こうも咥内を貪られては、もはや食べられているように錯覚してしまう。
身体の芯が熱くなり、いよいよ力が入らなくなって、思考回路が停止してきた。
まさか、こんな風になる程カイトとのキスに夢中になってしまっているなど、認めたくない。
それは相手がカイトだからなのかはわからない。
ただ、ようやく離された頃には、息があがるほど疲労してしまっていた。

「はぁ…はぁ…」

「満更でもなさそうな顔だな」

「ッ!な、なんなんだよ…ッ」

「貴様が煽るようなことをするからだろう」

それは確かにそうだったかもしれないが、舌まで入れてくるとは思っていなかったのだ。
しかもこんなところで。
まあとにかく、これでカイトは吹っ切れただろう。
これでもう来ることはない。ほんの少し寂しいような気もするが、デュエルしたい時はまた誘えばいい。
だが、やれやれと安堵していたのも束の間だった。

「…やはり気が変わった」

「え?」

「そのうち俺に惚れさせてやるから、覚悟しておくんだな」

そう言うと、カイトはマグカップを二つレジへ持っていった。
この男は何を言っているのだ。
たった今、振ったはずなのに、その自信は一体どこからくるのかと疑問を抱いたが、それは脈打つ心臓の音で掻き消されてしまった。

(…マジでなんなんだよ!)

身体が熱く、足が震えている。
今の言葉が頭の中で何度も駆け巡っている。
一体どうしてしまったのか。
いくらカイトでも、そういった対象として見ることなど、あるはずが…

(ない…よな?)

今までそう言い切れていたのに、急に自信がなくなってしまった。
まさかな、ない、やっぱりないな。
たった一度のキスくらいで、存外悪くはなかったような気もするが、まさかカイトに惚れるなど、ない、あるはずがないに決まっている。
凌牙は自身に何度もそう言い聞かせる。
昂る鼓動と火照る身体は風邪でもひいたせいにして、凌牙はカイトの後ろ姿を見つめた。


――――――
2015.3.25
脈ありとみたカイトの快進撃的な続き書きたいけど力尽きそうで書けないよ!

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