6.こっそりなら、





To.謙也
Sub.ついた
家の前におるで

送信したのを確認してケータイを閉じれば、外におっても階段をどたどた降りる音が聞こえてきた。
その騒がしさとは裏腹に、玄関のドアは静かに開いた。

「おはよ」

「は、入ってええよ」

「ん、おじゃまします」

ドアの中に入ると、見慣れた謙也の家のはずやのに、久しぶりに来たからか緊張が一気にきた。
たぶん、三年になってから、謙也のこと好きやって自覚してから来るのは初めてや。
案内されて階段を上り、謙也の部屋のドアが開いた。
久しぶりの謙也の部屋や。

(う、わ…)

むっちゃ謙也のにおいする。
そりゃ謙也の部屋なんやから当たり前なんやけど、ちょっとこれは…やばい。
想像以上に、くる。

「蔵?」

「…え、ああ、」

あかん、落ち着け。
こんなんすぐ慣れるはずや。
とりあえず床に座って鞄から教科書を取り出すと、謙也も机の反対側に座ってノートを開いた。
あれ、目の下むっちゃクマできとる。
またクリオネだかなんだか知らんけど考え事しとって寝れんかったんやろなぁ。

「なんや今日も眠そうやな?そんなんで大丈夫なんか?」

「たぶん…」

「まあ寝たら叩き起こすまでやな」

「白石先生はスパルタやな…」

「当たり前やろ」

そない無防備な状態になられたら自分でも何するかわからんわ。
頼むから寝んでくれ。

「そういえば蔵、そもそもノート写さしてもろたお礼やのに教えてもらうて、ええんか?」

「ああ、気にせんでええよ。俺が教えたいだけやし」

「…補習なったら連帯責任やもんな、3の2同士やし」

「せやな」

テスト勉強教えるんはあくまで口実。
俺にとっては充分お礼になっとる。
また謙也ん家に来ることができたんやから。
部屋で二人きりなんて、最高や。

「ほな、始めよか」

「ほーい」

社会の教科書やら参考書を開く。
よし、今日は社会と化学を完璧に教えるで。
謙也も筆箱からシャーペン出してメモる気満々やな。

「ここのページからでええな?」

「おん、範囲そこからやな」

「とりあえず、どこがわからんのや」

「重要なとこ、いまいち絞れんくてな…」

「ああ、そこはな…」

よし、いい感じにスタート切れたな。
この調子で今日は乗りきって見せるで。
しかし、この机小さいな。
距離が近いわ。
学校の机と同じくらいか?
ちょっと前のめりになると、謙也の髪に当たりそうや。
意識したらあかん。
教えるのに集中、必要以上に近寄らないこと。
平常心、平常心。
なんでか銀の顔が思い浮かんだ。





「ここはええけど、こっちは重要やから…って謙也?」

「…ん…?ああ、すまん、なんやって?」

そんなこんなで順調に二時間くらい教えた頃、ついに限界がきたんか謙也は眠そうに頭がフラフラし始めた。

「大丈夫か?疲れたんやったら休憩しよか?」

「せやな…」

「ん、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」

「おん、突き当たり左に曲がったとこなー…」

「覚えとるよ」

部屋を出てトイレに向かう。
謙也、むっちゃ眠そうやったわ。
とろんってしとったで…。
遊び疲れた小学生みたいや…かわええ…。
…あかん!俺、しっかりしろ。
何もせんって決めたやないか。
寝たら叩き起こす、よし、絶対や。



と思ったのも束の間。
トイレから帰ってきたら、目の前に究極の選択を叩きつけられた。

(ね、寝とる…!)

俺がトイレに行った数分間でよお寝れたな!
むっちゃ熟睡しとるわ。
すーすー言うとるで。

「けんやー」

小さい声で名前呼んでも反応せえへん。
ほんまに寝てしもたん?
どんだけ眠かったんやろ。
勉強で頭使たし疲れたんかな。

(しっかし寝顔かわええな…)

いつもクラスの奴らに晒しとる見慣れた寝顔やけど、今は俺が独占しとるんやなあ。

(あれ…?)

ってことは、これ、こっそりキスとかしてもバレんのちゃうか。
あ、あかん、とんでもないことに気づいてしもた。
いやいやいや、それはあかんやろ。
叩き起こすって決めたやないか。
もし起きたらどないすんねん。
あの時みたいにまた言い訳するんか?
でも今度こそ嫌われんか?
さすがに同じ言い訳またするのはキツいで。
ちゅーかただでさえ起こそうか悩んどるのに、なんで選択肢増やしとるんや俺。
頼む、はよ起きてくれ。
でも起きんでくれ、って矛盾しとるやないか!

(むっちゃ無防備や…)

ほ、ほっぺくらいなら、ええよな。
横向いとるから口は無理やし。
と意思の弱い俺は、そっと顔を近づけてみた。
せやけど謙也は起きる気配なし。
…隙ありすぎる謙也が悪いよな。
謙也がそんなやから、俺が手を出してまうんや。
いつのまにか自分を正当化した俺はさらに顔を近づけた。
そして、

「………」

リップ音もたてずに、謙也の頬に俺の唇が触れた。
なんでか、罪悪感と達成感と照れくささが一緒にきて、どうしようもない気持ちになった。
起こそう。
これ以上放置しとくのはあかん、よろしくない。

「謙也!起きや!」

「ん…?」

ぼんやり返事した謙也は、ゆっくり目を開けてまた閉じた。

「二度寝したらあかんで、風邪ひくで」

「…んー……ん?…あれ、寝とった?」

「おん、普通に寝とったで」

やっと覚醒したんか、むくりと起き上がって目を何回か擦っとる。
小動物みたいな動きしよって。

「蔵、起こす前にほっぺつついたりしたん?」

「え?」

「なんや、ほっぺに感覚残っとるんやけど…」

「あ、ああ!起きるかと思ってペンでつついたったわ!」

「ペンってまさか、落書きしとらんよな!?」

謙也は机の引き出しから鏡出して確認しだした。
あ、危なかった。
あの時、覚醒途中やったんやな、なんとか誤魔化せたみたいや。

「落書きなんかしとらんて」

「あ、ほんまや」

もう心臓バクバクで、冷や汗が止まらん。
好きなやつが寝とるのをいいことにこないなことするなんて、自分でもさすがにこれは悪いことしたと思う。
頬っぺたとはいえ、起きとるときやなくて寝とるときに、なんて卑怯や。

「大丈夫そうなら化学やるで」

「ああ、せやな…」

また一つ、謙也に嘘ついてしもた。
なんもせんって決めたのに、なんでまたこないなことしてしもたんや。
せやけど、勉強教えたお礼にもらったと思えば、ううん。
そんなことを悶々と考えながら、化学を教えるために教科書を開いた。
すっかり目を覚ました謙也もノート開いた。
そのとき、心なしか、謙也の顔が少しだけ赤い気がした。















――――――
2013.3.8
なんて意思の弱い白石!
そんなこんなでお勉強会は続きます。


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