君はどう思うだろうか?
この小包を。



バレンタイン



「う…」

彼の事務所の前で呼鈴を押すのをためらって、もう一時間。
僕は未だに一歩が踏み出せずにいた。
これを渡すまでは帰る訳にはいかないと決心したものの、これでは埒が明かない。どうしよう。

「うぅ…」

呼鈴を押す手が震える。
その勢いで押せたら、どんなに楽だろう。
しかし、押せたら押せたでパニックになることは分かっている。

「はぁ…」

これを貰った彼は、どんな反応をするだろう。
彼は昔からモテるから、きっと既にいくつも貰っている。
だから尚更、僕は緊張しているのだ。
僕のあげるものがどれ程の価値があるのか。
たくさんのものの中でどれぐらいの価値があるのか。
きっと、大した価値なんてない。
ただの気紛れか、遊び心のように思われるだろう。

「でも…」

渡さないで自分で処理するのは嫌だ。
だったら、押すしかない。
押して、彼を呼び出して、押し付けて、逃げるしかない。
僕は腹をくくり、再び手を呼鈴に添えた。

「何やってんの」

「どぅあー!!!!!!」

突然のことに僕は心臓が跳ねた。
この声は、間違いない。
事務所にいると思っていた彼が何故後ろから出てくるのだ。
というより、予測不可能だ。
未だバクバクと鳴る胸を落ち着けて改めて彼を見る。

「ミミミミ…ミロク…!」

「おす」

ミロクは軽く手を挙げて僕に挨拶した。

「ななな…なんでいるの」

「は?煙草切れたから買いに出てた。あと買い出し」

「そ…そっかぁ」

「すまんな。何か用か?」

「いいいいえ!何も!」

「じゃ何しに来たんだよ」

「な、なんとなく!」

「なんなんだよ」

「べべべ別に!」

「…お前、なんか変だな」

「う…っ」

やばい、僕が隠し事が苦手ということもあってミロクはすぐに異変に気付いたようだ。
僕は小包を後ろに隠した。

「そ、そんなことないよ!」

「ふーん…つか、その後ろに隠してるモン、何?」

「へっ…あ、いや違う!」

「ふーん…」

ミロクは僕をじっと見ている。
このままじゃバレてしまう。
いや、バレた方がいいのだ。
でもそれはそれで嫌だ。
自分から言えないなんてそれこそ笑い者だ。
もうダメだ、と目を瞑ると、

「ま、いいか」

急に、ミロクは僕から目を離した。
そして、買ってきたばかりの煙草を取り出して火を点けた。

「とりあえず中入れよ」

「いいの?」

「ちょうどきりついたから別にいいぜ」

「あ、ホント?」

先程から寒くて仕方なかったからミロクの気遣いが嬉しかった。
僕は小包を鞄に隠して、ミロクの事務所に上がった。
彩子ちゃんは来ていないようだ。
というか、僕ら以外いない。

「あったかー」

「さっきまでいたしな」

僕は椅子に腰掛けた。
ミロクは買い出しした物を片付け終わると、こちらに来て突然、

「生王、腹減った」

と言い出した。

「は?」

「だから腹減ったんだって」

「買ってきたやつ食べればいいじゃないか」

「それじゃ意味ないだろ」

「はぁ?何が言いたいんだよ?」

「わかれよ」

「わかんないよ!」

僕達は意味不明の会話にならない会話をしだした。
いつもなら意味不明でもちゃんと理解できるはずだが、どうしてか理解できない。
本当に意味が分からない。

「だから、お前が隠してたヤツ」

「………え」

「チョコだろ。バレンタインの」

僕は固まった。
僕がまごまごしている間に、彼は気付いたのだ。
これに、バレンタインのチョコが入っていることに。

「え、あの…」

「お前分かりやすいもんな。バレバレ」

「う、う〜…」

「ほら、早くくれよ」

僕は渋々、鞄からチョコの入った小包を出した。
珍しくリサーチして伊綱くんに聞いたりして選んだ、チョコレートだ。
ミロクの前に差し出すと、彼はまた僕を苛め始めた。
受け取ってくれないのだ。
なぜ、と理由を聞いたら、僕の予想外の答えが帰ってきた。

「なんか言うことは?」

「へっ?」

「告白とかねぇの?」

「今更!?」

「だってお前、一回も俺に言ってくれたことねぇだろ?」

確かに言ったことはない。
付き合って一年経つが、僕は今まで照れてしまって、ミロクが「好きだ」と言っても、適当にごまかしてきたのだ。
その仕返しが今頃きた。

「ほら、早く」

「やだよ!」

「じゃあチョコいらね」

「え!?」

それは困る。
チョコをあげる目的で来て、当人を目の前にしてあげずに帰るのは情けなさすぎる。

「言えば貰う」

「う…」

これはもう、覚悟を決めて言うしかない。
いきなり告白と言われても、何と言ったらいいのか分からない。


「す……きで………す…」

口から出た言葉は、とりあえず標準的なもので助かった。
もはや羞恥プレイだ。こんなの恥ずかしすぎる。
僕が顔を赤くして俯いていると、暫くしてミロクが口を開いた。

「…お前照れすぎ」

「うっうるさいな!恥ずかしいんだよ!!」

「ははは…可愛い可愛い」

「や、やめろ!」

ミロクが僕の頭を撫でてきたが、子供扱いされたみたいで頭にきたので、僕はその手を振り払った。
一瞬、静寂が走った。

「あ、ごめ…」

「俺も好きだぜ」

「…ッ」

ミロクは少し笑って言った。
不意討ちだ。
何も言い返せない。
何故、こんなにもすんなりと言えるのか。
僕には一生無理だ。
いつまで経っても弥勒には勝てないと思い知った。
しかし、そういうミロクも言った直後、横を向いて少し照れている。

「ミロク、顔赤いよ」

「お前こそ」

僕は再び小包を取り出し、ミロクに押し付けた。

「ん、あげるよ」

「さんきゅ」

「じゃあ僕、もう行くから」

「沖村」

そう呼ばれると、ミロクが軽く触れるだけのキスをしてきた。
一度離れて、もう一度深くキスされる。
僕があげたチョコのような、甘くなく苦くなく、溶けそうな。
唇が離れて、僕は恥ずかしくて、またされそうにならないようにミロクから離れた。

「僕もう行くよ…!」

「あ?」

「それじゃあね!」

勢いよく扉を押して僕は事務所を飛び出た。
恥ずかしい、女々しい。
こんな自分は嫌だ。
あのチョコを選ぶのに時間をかけたとか、高い方を選んだとか、僕じゃないみたいだ。

「なんなんだよ…」

暑い。
唇が熱い。

「あ〜…くっそ…」

腑に落ちない感情でいっぱいだったが、何故か達成感というか解放感というかとにかくドキドキがなくなってすっきりした。
渡せてよかった。
受け取ってもらえてよかった。
ミロクは、どう思ったのだろうか。
僕の、精一杯の勇気を。
僕の、今までの気持ちを。



――――――
2009.2.14
書いてて恥ずかしかった!

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