3.離別



「どういうことや?」

白石は、千歳に向かって問い詰めた。

「なんでや?」

千歳は、申し訳なさそうにうつむいている。

「高校、九州に戻るって、どういうことや!」

そう、今さっき、千歳は確かにそう言った。

「親に言われて…仕方なかよ…」

「…ほんなら、俺とはもうしまいやな」

「………」

どうして、そこで黙るんだ。
誰もいない部室に沈黙が漂う。
白石は、こうなることが予測できていたはずだった。
いつかは、九州に帰るだろうと。
それは、普通に考えられることだったし、覚悟もできていたつもりだった。
しかし、どこかで、千歳が自分を置いていくはずがないと過信していたのだ。
だから、予測した事態が起きたこと、千歳が白石の問いに答えないことの二つが白石を驚愕させた。
別れたくない。
千歳と別れるために、自分は付き合ったのではない。
ああ、胸が痛い。
鼓動がうるさい。

「……なんで黙るん…」

「…すまん…蔵…」

千歳はそう言って、さらにうつむいた。
本当に、別れるつもりらしい。
白石は、別に遠距離恋愛でもいいと思っていた。
何ヵ月だろうと、千歳を待つ自信もあるし、ずっと好きでい続けることもできると思っていたのだ。
しかし、千歳は、白石を待てないようなのだ。
離れるくらいなら、お互い、新しい場所で、新しい恋人をつくればいいのではないかと。
そう言いたいようなのだ。

「…ほな、俺が他の男のものになってもええんやな?」

「蔵が幸せなら、俺は構わんばい…」

「俺が幸せなら、俺が他の男に抱かれてもええんやな?」

イライラする。
自分の「幸せ」を他人に勘違いされるのは最悪の気分だ。

「そんなこつ言ってないばい…」

「言うてなくても同じや!!」

白石が怒鳴り、千歳は、びくっと肩を震わせた。
狭い部室に声が反響する。
しばらくの沈黙の後、千歳がゆっくりと口を開いた。

「……俺は、ただ、遠距離になって蔵に寂しい思いさせるくらいなら…ッ」

勝手に決めつけるな。
千歳は、白石がどれだけ千歳のことを好いているのかわかっていない。
そのことがひどく怒れて、許せなくて、悲しい。

「…もうええわ」

「くら…」

「お前と口利きたないわ!!」

そう言って白石は部室のドアを乱暴に閉めた。
なんなんだ。
千歳の馬鹿野郎。
こんなの、自分らしくないとわかっている。
冷静になれ。
しかし、冷静になろうとしても、白石の頭の中は怒りやら悲しみやらでごちゃごちゃになっていて、とても落ち着ける状態ではなかった。
そんな時だった。

「あれ、白石まだおったん?」

校門を出ると、謙也がいた。

「謙也こそ、どないしたん」

「ああ、なんや光が職員室に用事あったとか言いよってな」

「ほか…」

「…?…白石、なんや疲れとる?はよ帰って寝な」

「せやな…」

「ほな、さいなら」

「ん」

心配そうに見つめる謙也をあとに白石は去っていった。
そういえば、謙也のこと、割りと最近まで好きだったな。
オサムちゃんと喧嘩別れして、謙也は白石を慰めてくれた。
毎日、必死にメールしてくれて、話かけてくれて。
きっと謙也も自分のことが好きなのだろうと思っていた。
けれど、謙也は財前と仲がよくていつも一緒にいた。
だから、きっと謙也は財前のことを好きになったのだろうと思った。
だから。

『白石のこと好いとう』

千歳に告白されて、迷うことなく二つ返事をした。
別に千歳のことは嫌いではなかったし、むしろ謙也を諦めるいいきっかけだと思った。
これで、謙也を諦められる。
謙也は、すでに財前と付き合っていたのだ。
どうしたって、諦めるしかない。
もう望みはないのだから。
しかし、千歳と付き合い始めても心の中は虚無感で満たされていて何を言われても、何をされても虚しかった。

『蔵は、謙也のこと好いとうね』

『え…』

『ばってん、俺はどんだけでも待つったい』

『千歳…』

『蔵のこつ、ほんなごつ好いとうから』

しばらくは、謙也と財前が一緒に歩いているのを見て胸が傷んだがそのたびに千歳が慰めてくれた。
千歳が好きだと思えるようになるまで、さほど時間はかからなかった。
どうやら自分は、自分が傷ついているときに優しくされるのに、かなり弱いらしい。

(今、謙也を手に入れたらどうなるやろか)

ふと、そんな考えが過った。
自分を捨てて行く千歳なんて、もうどうだっていい。
謙也は、情に流されて自分の手をとってくれるだろうか。
それとも、拒絶するだろうか。
どちらでもいい。
拒絶されたら強引にするまでだ。
今は、千歳のことを考えたくないから。

(謙也…)

手に、いれてみたい。
昔、捨てられた子犬のような目で自分を見ていた謙也を。
財前と付き合っている謙也を。
もし手に入ったのなら、それは、ひどく滑稽なのかもしれない。
両想いだった男同士が、今は別の男と歩いているのに、また巡りあうのだ。
もしそうなったら、なんて滑稽なのだろう。

(なんや、おもろいわ)

白石は振り返り、謙也を見ながら笑った。



――――――
思ったより白石が悪い男になってしまった(笑)
白石が謙也に手を出す前の過去話でした。

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