*すごく暗いうえに二人とも病んでます





eat me





(あ…朝や…)

カーテンから覗く朝日で重い瞼を開けると、体に痛みが走った。
主に下半身がずきずき痛む。
いつものことなのに、なかなか体が慣れてくれない。

「起きたん?」

ベッドに腰掛け、温かい飲み物を飲む謙也さんは、おはよ、と俺の頭を撫でた。
優しい、ひどく優しい。
もう何回目だろう、朝のこれに騙されるのは。

「飲むか?」

「はい…」

起き上がってマグカップを受け取る。
カフェオレだ。
温かくて、手がじんじんする。
一口飲むと、昨夜までの出来事を忘れて落ち着く。

「光、」

「…なんですか」

「……ごめん」

「……」

何に大して謝っているのか、わからない。
思い当たるものが多すぎる。
どれだろう。
いや、もしかしたら全部かもしれない。

「…それは、毎晩犯してごめんって意味ですか?」

「……」

「それとも部屋に監禁してごめんって意味ですか?」

「……」

「…俺のこと、好きになってごめんって意味ですか?」

「…全部や」

ああ、やっぱりそうだ。
謙也さんは俺から目をそらして答えた。
いつからだろう、こうして部屋に閉じ込められたのは。
カレンダーも時計もないこの部屋では時間が止まってしまっていて、もう今日が何月なのかも知ることができない。
わからない、本当にいつからだろう。
確か最後に時計を見たのは、ここに来る前にケータイで待ち合わせ場所と時刻を確認したときだったと思う。

(夕方やったかな…)

待ち合わせ場所に来たときの謙也さんの思い詰めた顔は、今でも忘れられない。
いつも元気に笑って俺の手を優しく握る謙也さんが、あんな、泣きそうな目をして俺の手を乱暴に引っ張るなんて想像もつかなかった。
謙也さんがそんな風になる前兆は何もなかったから。
前日まで、普通に明るい声で電話もしてきていたし、メールもキラキラしている絵文字がついていたりして、いつも通りだった。
だから、本当に突然のことだったのだ。
そうして閉じ込められたこの部屋で、俺はほとんど毎晩謙也さんに犯される。
昼間は以前の優しい謙也さんだけれど、夜になると謙也さんは人が変わったように乱暴になり、無理やり俺のことを犯す。
こんなことをされて、普通なら逃げる方法を考えるだろう。
でも俺はそうしなかった。
謙也さんの側にいることを選んだ。
だから今こうしてここにいる。
ありえないことだと思う。

「なあ謙也さん。俺、謙也さんから逃げたりせえへんよ」

「うん」

「謙也さんは、信じてくれへんかもしれんけど」

「…ごめん」

可哀想な人だ。
どれだけ俺がそう言ったとしても、謙也さんは信じられないのだ。
だから、こうやって俺を閉じ込めて毎晩身体を重ね合わせる。
そうしないと、俺が離れていってしまうと思っている、人を信じられない可哀想な人。

「俺、怖いんや…そのうち光のこと壊してしまうんやないかって」

「壊す…?」

「自分でも何をするかわからへん…怖い…」

いつの間に謙也さんは一人悩み追い詰められていたのだろう。
いつ俺が別れを切り出し逃げるかわからない不安。
自分自身の醜さの露呈。
約束されない将来、希望すらみえない未来に対する絶望。
きっともっといろんなことで謙也さんは苦しんでいる。
俺と付き合い始めた当初から、明るく笑いながらもずっと、苦しんでいた。
だから俺だけはこの可哀想な人の側から離れてはいけない。
逃げたりしないと信じてもらえなくても、離れてはいけない。
離れたら、謙也さんが壊れてしまう。
俺は、そっちの方が怖い。
それに気づいたとき、俺はもう抵抗するのををやめて側にいようと思った。
謙也さんが望むまで、ずっと側に。

「ちゃんと謙也さんのこと、好きやから」

「うん」

「せやから、謙也さんの好きにしてええよ」

夜になったら、きっとまためちゃくちゃに犯される。
声が枯れても、意識がなくなっても、謙也さんは俺のことを何回も犯す。
でもそれでいい。
酷くされても、痛くても、それは俺がここにいると存在を確かめるような行為なのだから。

「ほんまに、俺の好きにしてええの…?」

「…はい」

「何するかわからんのに…?」

「これ以上、何をするんですか」

俺はこの部屋から逃げようと思っていないから、今以上酷いことはされないと思う。
殴られたりとかも今までなかったし、せいぜい拘束されたくらいのものだ。
これ以上、何があるのか。

「これ以上、あるんや」

「なんですか?」

俺がマグカップをナイトテーブルに置くと、謙也さんは俺を抱きしめた。

「光が欲しい」

「…俺はもう謙也さんにあげるものなんか何もないですよ」

心も、身体も、全部謙也さんにあげてしまった。
俺は全部謙也さんのものだ。
もう何もない。
あとは未来くらいだ。
ずっと側にいると約束された未来。
それくらいのものだ。
でも信じられないのだからそれはあげられない。

「違う、そうやない」

「じゃあなんですか…?」

謙也さんの腕に力がこもる。
緊張しているのだろうか。
俺が謙也さんの背に手を回すと、ますます抱く力が強くなった。
言うのを堪えている。
言葉にしないように喉元で止めている。
そう感じられた。

「…いや、ごめん。忘れてくれ」

一瞬、謙也さんの腕の力が弱くなった、というよりは力が完全に抜けた。
それから、またきつく抱きしめられ、俺の肩が湿っぽくなった。
顔を埋める謙也さんは泣いているのか、時折鼻をすする音が聞こえた。

(もしかして、)

なんとなく、「これ以上あげるもの」が何なのか察した。
ああ、そうかそういうことか。
まだ一つだけあげるものがあるじゃないか。
俺が欲しいって、そういう意味か。

「そうですか」

俺を抱きしめる腕が震えている。
きっと、言ってしまったら俺が承諾してしまうのがわかっているから怖いのだろう。
そして実践してしまうから。
そこまでいったら、もう人ではない。
とっくに狂っているからこれ以上道を外しても怖くないけれど、それは人の行う行為ではない。
それでもきっと、俺は承諾してしまうのだろう。
本当の意味で俺を謙也さんにあげられたら、俺が謙也さんだけのものだって証明できる。
そうすれば、謙也さんはこの苦しみから解放されるのだろうか。
もう俺のことで苦しまなくて済むのだろうか。
なら、構わない。

(俺のこと、食べてください)

いつか謙也さんが望んで口にしたのなら、喜んでそう応えよう。
抱きしめる謙也さんの肩に、水滴が落ちた。















――――――
2012.2.22
年齢とかあんま考えてなかったんですけど中学生でないことは確かですね。
ちなみに謙也さんが一人暮らししてるどっかのアパートということで(いまさら)。
悠飛さまリクエストありがとうございました!

フリリク一覧へ
表紙