『悪いなぁ財前』

『すまん…光』

え?
なんで謙也さんに謝られるんだ。

『俺…んとこ行くから』

謙也さん、何言っているんだ。
それに、隣にいるのは誰だ。

『謙也はもろてくで』



1.予感



「!!」

光は驚いて目を覚ました。
心臓が音をたてて脈打っている。
カーテンの隙間から漏れる光は、朝を感じさせた。

「謙也さん…」

よく覚えていないが、ひどい夢を見ていた気がする。
体がだるく、重い。
謙也さんに関係する夢だった気がするが、ほとんど覚えていない。
ただ、なぜか嫌な予感がする。
ふと隣を見ると、静かな吐息をたてて眠る謙也さんの姿があった。

「あれ…?…ああ」

そうだ。
昨日から家に泊まりにきていたのだ。
寝覚めが悪すぎて、すっかり忘れていた。
謙也さんが、こんなに近くにいるのも、何日ぶりだろうか。
最近はテストや部活で、一緒に帰ることもままならなかったから、思いっきり二人で過ごそうと、家に泊まることになった。
謙也さんの額は、少し汗ばんでいて小さな子供みたいだった。

「今、何時や…」

時計は午前7時を指していた。
今日は8時から部活がある。
7時半には出ないとまずい。
このまま謙也さんを放っておいて自分だけ部活に行っても面白そうだが、一応起こすことにした。

「謙也さん」

「……」

「謙也さん、朝ですよ」

「うーん…」

「はよ起きな、置いてきますよ」

「う…光…?」

謙也さんは、ようやく目を開けると、布団を頭まで被って、二度寝に入ろうとした。

「謙也さん、意外と寝起き悪いんすね」

「んー…今何時…?」

「7時っす」

「起きなあかんやろ!」

さすがにまずいと思ったようで、謙也さんはすっかり目が覚めたようだ。
しかし、捲った布団から出てきたものに驚き、フリーズしてしまった。

「うわっ!なんで俺、裸やねん!」

「そりゃ昨日、俺とセッ…」

「うわぁあ!言うなや!!」

謙也さんは、また布団にこもってうつ伏せに顔を隠してしまった。
耳まで真っ赤だ。
小動物のようで、可愛い。

「ちゅーか、少しは加減せえや!」

「無理っすわ。謙也さん可愛んすもん」

昨日の夜は久しぶりに謙也さんとした。
何回とわからないほど、してしまい反省はしている。
少し無理させてしまったようで、謙也さんは終わってからすぐ寝てしまった。
だから寝起きが悪いのだろう。

「可愛いとか、何言うてんねん…嬉しないわ」

照れてる。
この人は本当に可愛い。

「まぁ、なんでもええですけど、準備せなヤバいんちゃいます?」

「あぁあ!ヤバいわ!」

謙也さんは、さっさと服に着替えた。
着替えの速さも、スピードスターだ。
しかし、髪までは行き届いていないようで、変な寝癖がついている。

「髪の毛、はねてますよ」

「…今からワックスつけるから、えーわ」

光が謙也さんの髪を触ると、すばやく払われた。
おおかた、昨日のことを思い出して恥ずかしいのだろう。
頬を赤らめて、そっぽを向く仕草が可愛すぎて、おもいきり抱きしめたくなった。

「な、なんなん、お前…」

「謙也さんが、あかんのですよ」

謙也さんは首を傾げている。
謙也さんがそんなに可愛いから。

「…なんかもう、部活行きたないですわ」

「行かなあかんやろ?」

「今日は、なんか、謙也さんのそばにいたいんすわ」

また俯いてしまった。
さっきから、光の言う言葉にいちいち顔を赤くしている謙也さん。
今日も明日も泊まりにくればいいのに。
もういっそ、部屋に閉じ込めてしまいたい。
今日だけは、二人きりで、どこか遠いところへ逃げたい。

「は、はよ用意しいや」

「はい」

光は、さっさと着替えて、歯を磨いて髪を整えた。
にしても、あの夢はなんだったのか。
髪と闘っている謙也さんを見る。
自分が年下でも付き合ってくれている謙也さん。
告白したとき、OKしてくれたのが不思議で仕方なかった。

「やっぱ、行きたない言うたら、どないします?」

真顔で聞けば、すぐに冗談でないことを悟ったようだった。
光のことを全てわかってくれるのは、きっと謙也さんだけだろう。

「…どないしたん?」

「変な夢見たんす」

「夢?」

「なんか、今日は嫌な予感がするんすわ」

「そんなん、夢やろ」

「…ならえーですけど」

「気にしんと、部活行くで」

謙也さんは、さっさと部屋を出て行ったが、光はまだ夢について考えていた。
もし、気のせいでなければ、今日は謙也さんに何かある。
事故や病気ではない気がする。
おそらく、他人が謙也さんに何かしてくるとか、その類だと思う。
そんなことばかり考えていて、部活に行くまでの道中、まったく話さなかった。
さすがに謙也さんもしびれを切らしたのか、口を開いた。

「光、なんか喋らんの?」

「すんません、考え事してて」

「……なんなん。何をそない悩んどんねん」

「すんません」

「まだ夢のこと気にしとるんかい」

「………」

光らしくもない。
いつも物事に対して、深く考えることなどしないのに。
謙也さんは、きっと話してくれないことに対して苛立っている。
けど、様子がおかしい自分のために我慢しているんだろう、眉間に皺がよっている。

「ごめん、謙也さん」

手を繋いでやれば、謙也さんの顔は驚きと恥ずかしさが混じった表情になった。

「…部活中は…あんま…喋られへんのやから………かまえや…」

これだから、この人から離れられない。
可愛すぎて、部活が終わったら、またお持ち帰りしようかなと思った。
本当に、好きだ。













「二人とも、ギリギリやなぁ」

部長は、ニヤニヤと二人を見て言った。
昨夜何をして遅刻寸前なのか、わかっているようだった。
部員は全員、ラリーに入っており光たちは一番最後に来たようだ。

「レギュラーゆうても、財前は二年なんやから、はよ来なあかんやろ」

「すんません」

「謙也もやで」

部長は、謙也さんの髪を軽く触った。

「髪、はねとるで。これは仕様やないやろ」

「お、おおきに」

謙也さんは、頬を赤らめて部長から視線をそらした。
そのやりとりに、少し苛立ちを覚える。
3年生同士の会話で、2年の自分が介入できない雰囲気だから、とかそんな理由じゃない。
嫉妬だ。
光も気づかなかったことに、部長が気づいたことで嫉妬している。
こんなくだらないこと、めったにしないのに。
今日に限って、この胸騒ぎは何だろう。

「…謙也さん、今日は部長と二人きりにならんようしてください」

「なんで」

「なんでもっす」

光は、去っていく部長を睨みながら言った。
自分でも、部長に妬くのは、お門違いだとわかっている。
部長は、千歳先輩と付き合っているはずだ。
それもオサム先生と別れてまで。
部長たちが別れたという話は聞いたことがない。
しかも部長は、光と謙也さんが付き合っていることを知っている。
付き合っていることを知っていて手を出してくるとは思えない。

「…わかった」

謙也さんは、めったに言わないワガママだからか、理解してくれたのか、頷いた。

「光、はよ来んかい」

「おう。ほな、ラリー行ってきますわ」

謙也さんは不安そうな顔をしていたが、光は同学年に呼ばれ、ラリーに向かった。



――――――
昼ドラみたいな話が書きたくて!
序盤ですが、雲行きが怪しいかんじでてますかね。

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