3.ずっと、 天気は曇り。 まるで、昨日、蔵にキスされてからずっともやもや悩んどる俺みたいや。 なんでキスなんかしたんやろ、とか、蔵は俺のことどう思ってるんやろ、とかそんなことばっか何回も考えては落ち込んだりしとる。 やってどう考えても蔵は俺のこと、友達でクラスメイトで部活一緒のヤツとしか思ってへんと思うし。 ちゅーか、「なんとなく」って言われたやんか。 往生際悪すぎるで、ほんま。 (せやけど、) 俺が蔵のことを好きなのは事実。 蔵にとってあの出来事が大したことなくても、俺にとっては大事件なんや。 忘れることなんかでけへん。 キーンコーン… 4時間目の授業が終わるチャイムが鳴った。 弁当の包み広げて箸取り出そうとしとったら、いきなり蔵が近づいてきた。 「謙也、食べよ」 一瞬、凍ったみたいに動きが止まってしもた。 いつもどおり、昼休みになると蔵は俺のところにきて一緒にご飯を食べる。 そんなことすら忘れてしまうほど俺の頭は昨日のことでいっぱいらしい。 「う、うん…」 「なあ、今日、屋上行かへん?」 「屋上?ええけど…なんで?」 なんで屋上なんやろ。 いつも教室やのに、なんで今日に限って。 昨日のことが頭をよぎる。 …期待なんてしたらあかん。 蔵のことやから、どうせ「なんとなく」屋上で食べたかっただけや。 「なんとなく、」 ほらやっぱり。 昨日みたいなことがあるとか、もはや妄想に近い想像を掻き消す。 「謙也と二人きりになりたいから」 消しかけた妄想に近い想像をまた思い浮かべた。 屋上にはやっぱり人なんかおらんかった。 さっきと何も変わらん曇天が、そこには広がっとった。 「よいしょ、」 屋上の入口の扉を背もたれにして、蔵は座った。 さっき広げかけた弁当の包みをまた広げて、箸を取り出しとる。 俺と二人きりになりたいとか言うても、やっぱり蔵はいつもどおり。 意識しとるのは俺だけや。 「なんや、弁当食べへんの?」 「あ、ああ…」 蔵に言われて、とりあえず隣に座って弁当の包みを広げる。 あかん、ネガティブになるな。 せっかく蔵と二人きりの昼休みやのに。 「謙也の弁当、相変わらず茶色ばっかやなあ…」 いつものことやけど、俺の弁当は茶色いもんばっか。 唐揚げにウインナー、焼きそば、ちっさいハンバーグ、とまあご飯以外は全部茶色やから、いつも健康に悪いて言われる。 それに比べ蔵の弁当は、玉子焼きにプチトマト、ウインナー、レタス、とまあカラフル。 おかんに茶色いもんばっかでええて言うたのは俺やけど、たまにはふわふわの玉子焼きも食べてみたい。 って、おかんの料理の腕じゃふわふわにはならへんと思うけど。 「なんや?俺の弁当見て」 「いや、卵焼き美味そうやなて」 「食うか?」 「ええの?俺のもなんかやるわ」 「ほな唐揚げもらおか」 俺が弁当を差し出すと、蔵は唐揚げを箸で摘まんで口に運んだ。 「謙也のおかん、唐揚げ作るのうまいなあ」て言いながらもきゅもきゅ食べとる。 よかった、て安心するのも束の間や。 問題はこっから。 俺はどうやって卵焼きをとったらええんや。 いや、蔵がしたみたいにごく自然にとって食べたらええ、それくらいわかっとる。 せやけど問題は、さっき俺がしたみたいに蔵が弁当を差し出してくれへんのや。 蔵は弁当を持って自分の膝の上に置いたままやった。 「卵焼き、食べへんの?」 「お、おん…もらうわ」 俺は卵焼きを貰うべく、蔵の弁当に箸を伸ばした。 ああああ、ヤバイ近すぎる。 蔵の弁当のええ匂いがするし、肩とか、俺がちょっと動いたら当たってまう。 もし今、ちょっとでも蔵に触ったら俺びっくりして発狂してまうかもしれへん。 (あ、なんとか…) 箸で卵焼きを挟むところまでは順調。 後は口の中に放り込むだけ… 「謙也、」 「なに……ぁ、」 たったそれだけやったのに、急に名前呼ばれて振り向いてしもうた。 な、なんやこれ。 むっちゃ近い。 目が合っとらんだけええけど、蔵の息がかかって心臓がバクバクいうとる。 「顔真っ赤やけど大丈夫か?」 「あ、いや、ちゃうねん!これは、その!」 「ちゃうって…なにがちゃうん?」 「あ、えっと…!ちゃうねん、ほんま!あ!」 テンパって箸落としてまった。 幸いにも、箸が落ちた場所は蔵の弁当の包みの上やった。 あかん、蔵が近くてドキドキしとるわけとちゃう、とか口走りそうになった。 テンパると何言い出すかわからへん、危なすぎるで自分。 「あーあ、ほんま謙也はどんくさいなあ…」 箸を拾って差し出す蔵の手に触れないようにしながら箸を受けとる。 意識しすぎやんな、俺。 それにしても、こっからどないしよう。 また玉子焼き取りにいかなあかんのか。 悩んどったら、蔵は自分の箸で玉子焼きを掴んで、俺の口の前に持ってきた。 「ほら、口開けや」 「えっ」 「はい、あーん」 こ、これはあかん。 蔵は平然としとるし棒読みやしいたって普通やけど、俺は普通やない。 むっちゃ心臓うるさい。 目なんか合わせられへん。 こんなん、恋人同士がすることやんか。 こんなんされたら、ただでさえパニックやのにもう目眩がしそうや。 せやけどまたとないチャンスかもしれへん。 周りに誰もおらん今やからできることや。 「謙也、あーん」 「ぅ、あ、あーん…」 極力下を向いて目を合わせないようにする。 よし、いける。 覚悟を決めて小さく開けた口から玉子焼きが入ってきた。 甘くてふわふわの玉子焼き。 「どや?うまい?」 「ぅ、ん…うまい…」 「よかった」 久しぶりに見た蔵の顔は眩しいくらいの笑顔やった。 ああ、ほんま好きや。 蔵が俺のことどう思っとるかは知らんけど、今ほんまに幸せや。 昼休み、ずっと終わらんどけばええのに。 そしたら蔵と二人っきりでずっとおれるのになあ。 けど俺はヘタレやから、 (…それやと心臓がいくつあっても足りひんわ) そう思ってしまうのやった。 ―――――― 2011.1.9 自他共に認めるヘタレ、それが謙也^^ まだまだ昼休みは続きます。 戻 表紙 |