サンドリヨン 06 「ッ!?」 「化けの皮がはがれたなシンデレラ…いや、サンドリヨン?」 空になった手で跡部は撫子の喉元をすらりと伸びた指先で遊びながら言った。 「やっ!!」 思わずその指をはねのける。 はっきりとこの男は言ったのだ。 自分が仕事の時にしか使っていない名前を言ったのだ。 「あぁ、わりぃな。少しかかっちまったか。」 謝りながら撫子の顔に再び指を伸ばし、雫を掬い取った。 跡部はその雫を撫子に見せつける様に指を湿らせた雫に口づけた。 「な、ッ!?」 いきなりの行動に撫子は反応できず触れることを許してしまった。 そして初対面だと言うのに大胆な跡部の行動は撫子の鼓動を高めるのは十分な要素。 「なんだ?この程度の事で焦るのか?」 「うる、さい!!」 「だったら俺様がこれから言う言葉にはどんな反応をしてくれるんだ?」 「…は?」 「好きだ、サンドリヨン。」 「………は、…な?……何、言ってんの?アンタ…正気持ってないの!?馬鹿なの?死ぬの!?私はアンタを殺そうと!!」 「正気だ、本気だ。俺はお前を愛してる。」 こんなにはっきりと愛を囁かれたことが今までにあっただろうか。 跡部はさらに撫子に近づき抱きしめ、耳元で愛している、としきりに囁く。 「う…あッ…ぁあ。」 背筋に走る衝動。 こんな言葉になに自分は動揺しているのだろうか。 ただの5つの文字の羅列に何故ここまで動揺しているのだろうか。 脳に届くこの言葉は鐘が頭に響いてくるような衝撃だ。 脳から背筋に抜けていく。 こんな不快な、 こんな気分の悪い、 こんな不愉快な、 心臓が締め付けられてしまうこの鐘の音を止めて欲しい。 「ッ―――言うな!!言うな!言うな言うな言うな言うな、それを言うなぁああああああああああああ!!!」 撫子は跡部を突き飛ばし発狂したように頭を抱えて跪く。 跡部は突き飛ばされた衝撃で二、三歩後ろに下がった場所でその様子を見ている。 跪いて刹那、突き飛ばした先の跡部の場所を確認して撫子は隠し持っていたナイフを利き手の右で持って跡部目がけて突き立てる。 跡部はそれを受け入れるかのように立っていただけだったのに、撫子はナイフを突き立てることが出来なかった。 右手が刺したくないと言わんばかりにいう事を聞かない。 プルプルと小刻みに震えるだけで前に進まない、後数pで心臓だと言うのに。 「クッソ、なんで!!」 これ以上後に引けないし、刺せない原因も分からないが、仕事は遂行しなければならない。 撫子は左手にナイフを持ち替え再び心臓目掛けて振り下ろす。 「――ッサヨナラ!!」 そう言って刺そうとしたら今度は跡部本人に腕を掴まれて失敗に終わる。 「俺様はそんな言葉が聞きてぇんじゃねーんだよな。」 跡部はそんなことを言って今度は指をパチンと鳴り響かせた。 遠くまで鳴り響いていたと思う。 千里先まで伝わったのではないかと思われる透き通った音。 しかし、これは兵を呼び寄せる合図にも聞こえる。 そう思った撫子は跡部の腕を振り解くためにさらに隠し持っていた銃を跡部の眉間に当てた。 跡部は食らってたまるものかと撫子と距離を取り間一髪で避けることが出来た。 横に避けてしまったので仮面の端が銃弾を食らいかけてしまったが。 「…っと物騒なメス猫だ。」 銃を使ってしまい大きな音をさせてしまったからにはこの場から去らなければならない。 撫子は鋭い目つきで跡部を睨みつける。 「ッお前なんて、私が殺してやる!!」 物騒な言葉を吐き捨て撫子は逃げ出す。 先ほど浴びた硝煙の匂いを纏い続けて取れなくなるのはごめんだ。 そんな消せなくなる様な香水を纏ってしまったらどんな顔をして忍足や岳人、ジローに会えばいい? 自分を見失ってしまうのだけは嫌だ。 「最高じゃねーの…あの瞳。あんな目で見てくる女はやっぱりお前しか居ねぇ。また、明日来てくれるんだろう?なぁ、カバジ?」 「………ウス。」 さっきまで居なかった樺地が影から出てきた。 指を鳴らして呼び寄せたのは樺地だったようだ。 樺地は寂しげな目を跡部に向ける。 「…すまねぇな、カバジ。」 「……いえ、元に…戻るだけです。」 「そうだな…。」 [mark] [mokuji] |