第12話 「寒い…。」 白い息を吐きながらシエルは身を震わせた。 いつもの上等な服では無く、平民階級の服に身を包んでいるのが原因だろう。 「いくら貧民街でいつものお召し物が目立つとはいえ、やはりその服ではお寒いでしょう。 一雨きそうですし。」 そう言いながら、自分のコートを貸そうとするセバスチャンを、目立つからとシエルは断った。 「ねー、寒いよね。」 「そうじゃの。」 撫子と仁王もいつもの服では目立つからと、セバスチャンの服をわざわざ借りている。 ダボダボとした恰好ではあるが、撫子も仁王も着崩しとして着こなしている。 「しかし、撫子さんは私の服ではなくメイリンの服を借りればよかったのではありませんか?」 「や、ほら。セバスチャンの服を一回着てみたかったという願望が…。でも似合ってるからいいでしょ。彼シャツだよ彼シャツ。」 「……撫子はもう少しレディらしく…。」 「セバスチャン…女らしさを椿崎に求めるんじゃなか。不可能ぜよ。」 「……。」 諦めたセバスチャン。 「ここに張っていれば本当に奴は来るんだな?」 シエルが問う。 「ええ、入口はあそこしかありませんし、唯一の通り道はここだけですから。」 「次に狙われるのは、あの長屋に住むメアリ・ケリーで間違いないな?」 「ええ、間違いないと何度もお伝えしているはずですが?」 「たしかに…殺された娼婦達には『臓器がない』以外にも『共通点』があった。だが、奴が殺す必要性はどこにある? それに僕は………っ聞いているのかセバスチャン!撫子も何をしている!」 セバスチャンに視線をやるとセバスチャンは猫を抱きかかえていた。 ついでにその光景を見てキャイキャイはしゃぐ撫子、 「あ、すみません…つい。」 「腐ヒヒ、さーせん。」 セバスチャンは渋々抱きかかえていた猫を解放した。 ―ギャアアアアア!!! 部屋の方から耳を塞ぎたくなる様な悲鳴が上がった。 「来た…。」 「なっ!?誰も部屋にはっ…。」 「行きましょう!」 慌てて走り出す4人。 そしてシエルが勢いまかせにドアを開いたその瞬間、その頬に何かが飛んで来た。 「いけません!」 慌ててセバスチャンがシエルの視界を覆うが一足遅く。 生々しさを視覚と嗅覚に訴えられ、シエルはその場で嘔吐した。 同時にポツポツと雨が降ってきた。 「ちと…辛いのぉ。」 「…うん。」 漫画ではよくある惨劇のシーンだが、実際肌で感じてみると辛過ぎるものがあった。 「随分と派手に散らかしましたね。」 ゆっくりと近付いて来る影にセバスチャンが言葉を投げる。 影が血溜まりを踏み付け、ビシャッと嫌な音が響く。 「"切り裂きジャック"――いや…、グレル・サトクリフ。」 グレルが部屋の中から出てきて、街灯の明かりにより顔が判別できるようになった。 「ち…違います、コレは…叫び声に駆け付けた時にはもうっ…。」 「私たちは唯一の通り道にずっといたのですが 貴方は一体何処から袋小路の部屋へ入られたのです?…そのお姿でしらばっくれるおつもりですか?」 血まみれの姿で現れたグレルは何も言わず、その場から動きもしない。 「もういいでしょう?グレルさん…いや、『グレル・サトクリフ』も仮の姿でしょうが。 くだらないお芝居はやめにしましょうよ『グレル』さん。"貴方の様な方"に人間界でお会いするのは初めてです。お上手にそれらしく振舞われていたじゃありませんか。」 セバスチャンの言葉に何かボソボソ呟いたグレルが漸く顔を上げる。 「ンフッそ――――お?」 狂気に満ちた目でグレルが笑う。 「そうよ、アタシ女優なの、それもとびきり一流よ。」 降りしきる雨の中、グレルの徐々に本当の姿が露になって行く。 髪を留めていたリボンを外し、丸い…忍足の様なメガネを外し、黒かった髪の色が雨により少しずつ赤くなっていく。 つけ睫毛を付け、黒い手袋をはめ、真っ赤なフレームのメガネを装着。 「だけどアナタだって『セバスチャン』じゃないでしょう?」 「坊ちゃんに頂いた名前ですから、『セバスチャン』ですよ…今はね。」 「あら忠犬キャラなのね、色男はそれもステキだけど、それじゃ改めましてセバスチャン…いえセバスちゃん。 バーネット邸執事、グレル・サトクリフでございマス★執事同士、どうぞヨロシク!」 [mokuji] |