くにちょぎ ハプニング本丸の大根と何某

本丸へようこそ。
そんな横断幕が取り外されて数日が経過したある日の出来事だった。
一振りの刀としての在り方を経て、政府の公人という立場を経て、本丸に属する一人の刀剣男士として──あらためて顕現した山姥切長義が近侍を拝命し、同じだけの日数が過ぎてのこと。
他の男士には長義のような突拍子もない異常は出なかったので、被害者もとい犠牲者は彼一人なのだが、果たしてこのような珍現象を誰にどのように説明し助言を求めればよいのか、まるで見当もつかなかった。
一体彼の身に何が起きていたのかというと。彼らの本分を果たす上では何という事のない、言ってしまえばしょうもない変化ではあるのだが。状況が状況なだけに、長義は混乱した。
生理現象の一つを行う上でしか使っていなかった器官が、股座から突如として消え……代わりに、ちんまりとした可愛らしい大きさの大根がぶら下がっていたのだった。
並の男士であれば取り乱していたであろうが、それは彼の矜持が許さなかった。誇り高い彼は栄えある近侍の座が揺らぐような真似をするのを良しとはしなかったし、何よりも──自分の写しである山姥切国広が近侍の座を追われた割には清々とした顔つきで日々の雑事をこなしている以上、本科が無様な姿を見せ醜態を晒すわけにはいかなかった。
そんなわけで、彼は一人仮説を立てた。
広大なこの本丸のどこかに、股座にあった排泄器官が存在するのであろう、と。
そして真っ先に思いついた可能性は、この小さな大根と股座の何某がすり替わっているのではなかろうか、ということで。
どうしてここまで広いのかと呪詛を吐きたくなるほど広大な、本丸の大根畑を前に……長義は孤軍奮闘を始めた。大根と入れ違いになってしまった何某の捜索だ。
日の出とほぼ同時に開始し、太陽が真南に差し掛かっても見つかる気配さえ漂ってこない現実に若干打ちのめされたものの、昼餉は舌を喜ばせるし何より労働は最高の調味料。
知らず口角を上げていた長義の様子に厨組も微笑み、場の雰囲気が和やかになったところで──燭台切光忠が切り込んできた。
「そういえば、朝から随分と思い詰めた様子で畑を弄っていたみたいだけど……何か、あったのかな?」
長義は危うく口の中の飯を噴き出すところだった。
寸でのところで留まり、全力で平静を装おうとして失敗し、隣でおかわりの飯を平らげていた山姥切国広に飯を咀嚼しながら覗き込まれて。
口にものを含んだまま話すのは行儀が悪いという認識もあるようで、滞りなく飯の咀嚼を終えてから、どうしたんだ、とも問われて。
「……何事も、起きていない」
どう考えても嘘としか思えないような嘘でその場を塗り固めて、逃げるように場を去るしかなくなってしまい──昼餉もそこそこに、長義は捜索を再開せざるを得なくなった。
(……どこだ。どこだ。そもそも一体何が起きているんだ?)
山姥切長義はまだ知らなかった。
この本丸では、近侍を拝命した男士にはもれなく不思議な珍事が一度は必ず降りかかるということを。長いこと近侍の座についていた山姥切国広が、清々したという顔をしたのも全て、それが原因だということを。
その日の畑当番だった山姥切国広が既に、長義の何某と思われる薄桃色の物体を発見し、自室に持ち帰っていたことを。
(どこにある。なくても支障がないといえなくもないが、あるはずのものがないとなると気になるではないか)
畑で何か違和感のある場所はないか、大根の葉が不自然に途切れている箇所はないか。真実を知らない山姥切長義は、既にそこにはない自身の一部を求めて、畑を必死に巡っていた。

そんな折。
山姥切国広は、午前中の畑当番の際に見つけた不思議な色形の、大根には見えない何かを凝視し続けるのをやめることにして。
両手で丹念に付着している泥を落とし、残っていた汚れはぬるま湯で洗い流して、水分を拭き取っていった。
するとどうだ。いかにも愛らしく小ぶりな、肉にも果実にも見える茎が露になったではないか。興味をそそられ食い入るような視線を再び注ぐようになった国広は、ふと思い立ちそれをべろりと舐めてみた。

「っ!」
突如温かな感覚が強まり、畑での捜索を中断した長義は身を固くする。
しかしあっという間にふにゃふにゃと体から力が抜けていき、体は前のめりに倒れかろうじて突っ伏さなかったくらいにあっけなく、長義は陥落した。
じぃん、と股座を中心に広がっていく未知の感覚に戸惑いと怯えの色を瞳に滲ませながら、緩急をつけ訪れる波を耐えやり過ごすしかなかった。
(な……なんなんだ!? この感覚を……俺は、知らない……!)
腹の奥が温かくなり、何やらこみ上げてくるような気さえしてくる。目尻には涙が浮かび、今にも溢れてしまいそうで。
政府で知識を身に着けていた際に不要と切って捨てた、身体の持つ性機能の一部を経験している最中なのだと気が付くはずもなく、荒くなってゆく呼吸を必死に整えながら、長義は外套を噛み締め声を殺していた。

そんな長義の窮状など、当然国広は知らない。
最初の一舐めの後は舌先でちろちろと舐めてばかりいたのだが、やや色が濃くなってきた果実への興味はいよいよ深まり、小さな裂け目のある方を試しに軽く吸ってみた。
弾力はありながらもどこか未成熟でやわらかな先端は、裂け目に蜜を滲ませ白旗を振っているかにも見えたのだが──その程度で容赦するほど、国広の好奇心は貧弱ではない。
裂け目に舌先をねじ込み、唾液をまぶしながらじゅるじゅると音を立てて吸い付き、蜜の味を知るために裂け目の中を尖らせた舌先で蹂躙する。
わずかな塩気を感じて強く吸うと、裂け目から漏れ出る蜜が増して口中いっぱいに味が広がった。
唾液とは違ったぬるつきを伴う液を滲ませたものは、愛嬌を増して実に可憐に見えた。
(大根を可憐と表現するのはおかしいのかもしれないが、少なくとも俺にはそう見える)
この期に及んでまだ何某の正体に気が付かない国広は少々鈍いのかもしれないが、まさか珍事が頻発する本丸と言えど畑の大根とそんなものがすり替わるなど想像できる者はいないだろう。
……いや、珍事が頻発する本丸だからこそ、このような大根が生育していても日常の範疇として解釈してしまう土壌が形成されていたのかもしれないが。
幸か不幸か。哀れにも山姥切長義は、誰一人予想しなかったかたちで、精通を迎えようとしていた。

体を起こしていられなくなった長義は、畑に横たわり全身を侵していく感覚に屈服して、嵐が治まるのを待つより他なかった。
幾度となく押し寄せてくる大波。殺しようのなくなった声を聞かれないよう口の中に押し込んだ外套は、既に唾液で濡れてべとべとになっている。
いくつも頬を伝っていった涙の痕は、乾く暇もなく新たな道を作り出すばかりで。
わけのわからないまま、得体の知れない崖へと長義は追いつめられていた。
「……っ、ん……、ん……っ……」
性的な快楽を知らないまま、時を重ねていたつけを払う時がやって来た。
震える指で外套を握り締め、襲い来る波濤の予兆を甘受しながら、意識して全身から力を抜いて。
「んっ…………んんーーっ……!」
圧倒的な情報量を持った、初めての感覚だった。

時を同じくして、本丸の一室。
山姥切国広の部屋でも、誤解が解けぬままの果実も極相を迎えていた。
内に秘めていた液を包む膜が破れたかのように、裂け目から白く濁ったほんのり甘い風味のする蜜が溢れ出た。滴り落ちそうになった液を指先で掬い、繰り返し口の中へと戻す。とろりと漏れ出た最後の一滴を躊躇なく吸い取った国広は、すっかり温まっている果実への労いの意味も込めて全体をやんわりと握り扱いてやった。
ぽたり。
残っていた一滴分を舌で受け止めた瞬間、国広のことを何かと皮肉る長義が今どうしているのかが、ふと気になった。

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