少女という概念(ミアハイメージ散文)

純真無垢を体現したもののひとつとして、時にそれは描き出されることがある。
けれど「彼女」は……作り上げた純真と無垢それぞれを自身に課して、その枠の中でのみ生きていた。
外で生きようと思えば、いくらでも出来たのだろうに、なぜそうしないのか?
一様に語る口が多ければ多いほど、かつての選択は理想的とも言える状態で機能していると言えた。
機密が存在するとさえ人々が疑わずに生活しているのなら、自分ひとりがあれこれと思い悩む程度でいずれ起きる国難を未然に排除できるのなら、安い対価だと彼女は今でも考えていられるのなら。
どれほどよかったのか。

国はあり方を変え、統治体制も形を変えつつある。
王制を敷いていた名残は多々あるがそれは時と共に変わっていけばよい──そう掲げる彼女の従姉弟たちを中心とする旧王族は、今も国民の精神的な拠り所となっている。乳の匂いがまだ残るような幼少期から故国を離れて留学の途に就いた彼女も、血縁としては統治者側であることに異論をはさむものは誰もいないのだが、微妙な政治的立場を悪用されぬよう早々に手を打ったため権力からは真っ先に遠ざけられもした。
国家機密をその身に抱え、彼女は微笑む。穏やかな笑みで押し隠した、本音と言えるのかさえ不確かな自我は、周囲に望まれる自己を形成する過程で偶然生じたものだとしても……彼女にとっての事実と現実は、唯一無二であり。
青年としてゆっくり変わりゆく肉体の中で育まれた、少女としての自意識と立ち居振る舞いは、環境に適応し周囲との諍いを最小限に留める手段の域を出なかった。
つい先日までは確かにそのはず、だったのだが……。



従者の声で、彼女は書物の文字列から視線を移した。
身の回りのことを全て一人に任せている都合上、眠りにつく支度が遅くなりがちなのは避けられない事で。ベッドの支度はとうに済んでいるのに、日が落ちてしばらく経過しているというのに、彼女は従者をまだ部屋に帰すつもりはなかった。
節の目立つ働き者の手を取り、腰を抱くよう導けば。今夜も行為を望んでいると気づいてしまった従者の顔が夜目にも容易にわかるくらいには赤くなり、自分で整えたばかりのベッドへと彼女を伴い向かうのだ。
薄い布で隠された彼女の秘密を知る、ほんの一握りの存在のうちの一人。明かされた時も、目にした時も、よもや貴い生まれの彼女が自分を選ぶとは思わなかったというのに現実は異なものだ。
彼女の体をベッドに横たえ、腰を締め上げて曲線を作っているベルトとコルセットを緩めて取り去れば、細くとも特筆するほどのくびれは存在しない腰部の全容が露わになる。
落ち着いた青色の肩掛けを皺にならぬよう体の下から抜き取り、平らな胸元から意識を逸らすのに一役買っている赤色のスカーフもついでに外してしまうと、脱がされるのも秒読みに入っている着衣二点が際立つばかりだった。
シンプルで裾と袖の長い白のシャツ。
ペチコートと一体になっているハイウエストのスカートは、二段になっている裾それぞれに金糸の刺繍が施された割と手の込んでいる代物で。
膝の少し上まである黒の長いソックスは可憐な装飾によって線を細く見せるのに効果的で、いけないことをしている時でも万一身を取り繕う必要が出た時に何かと有効なので脱がないままのことが多い。
腰を浮かせた彼女の体からスカートを抜き去った従者は、下着越しに彼女の「彼女」たり得ぬ箇所を指先でひっかく。このあたりは同じ体を持つ従者も心得たもので、もどかしい刺激の先に待つ鮮やかな快楽を匂わせつつ、彼女の下肢にある最後の着衣をはぎ取るのだ。
露わになった下肢に在るのは、従者のものよりは幾分華奢なつくりをした外性器。躊躇うことなく陰嚢を口に含み咥内で愛弄すると、声を堪えるために手繰り寄せられたシーツが意味ありげな形に波打った。
息遣いが彼女の興奮の度合いを如実に語り、指先で擦っている陰茎の先端がぬるついて滑りが良くなるにつれて、彼女の泣きそうな声音に色が混じり染まっていく。
はしたないことと意識するだけの理性も蕩けていったのか、彼女は従者の手が促すままに足を大きく左右に開いて快楽を貪っている。最近体得した愉悦を得られる箇所に従者の指先がくぷくぷと出入りし、聴覚から先に獣欲へ堕とされて。
仕上げをほのめかす、手のひらによる玩弄が陰茎の先端に与えられ、同時にきつく陰嚢を吸い上げられ、更には彼女が肉体の性を自覚せざるを得ない器官をもう片方の手で暴かれて。
とろとろと、彼女は静かに従者から与えられた快楽に是と答える。
呼吸を整えながら、前を張り詰めさせている従者の股に目線をやり、あわせを開いて隆起したものを取り出して。
そそり立っているそれを掴んで、中ほどまでも埋め込まなければ、この男ときたらその先へは絶対に挿入しようとしないのだ。



ほぼ毎夜、彼女と従者の性的欲求は発散されているのだが、彼女に悩みがあるように従者にも悩み事があった。
従者以外の人間は、大多数が彼女の生まれ持った性別のことを知らない。
勿論彼女が従者と一線を越えたことなど知れては一大事なのだが、彼女との行為の末に生まれる欲望の残渣──体液が付着し乾いたシーツだけは人目に触れずに処置することはできなかった。
夜な夜な彼女の寝所で自慰を見せているだけでなく、その証まで残していく不埒者……想像力のたくましい者が証拠の品を見れば辻褄を強引に合わせた噂話が国中を駆け巡る可能性さえある。
男女の営みを知りたいと懇願してきたのは彼女。
あまりに熱心だったからといって、折れて教えてしまった従者は既に引き返せないところまで踏み込んだ後。
彼女の奥に注ぎ込んだ子種は実りを生むことがないのは救いだったが、これで胎に仕込んでしまう可能性でもあった日には何が起きることやら。
今のところ心配しなくてよい可能性につい思いを馳せて現実から目を背けているあたり、従者は彼女の深みに今はまだ気づいていないのだが、それは時間の問題である。



肉体に備わった器官全てを駆使した愛の交歓の末に、体の奥深くで陰茎が脈打ち子種が溢れんばかりに注がれる──その時ばかりはさすがに彼女も、ひどく曖昧な自分の性の在り方に向き合わざるを得なくなる。
肉体も生殖機能も男性のものが備わっているけれど、育ちも気性も性志向も女性そのもの。彼女自身にとって異性といえば男性を指すのだが、自分の子孫を直接残せるパートナーとしての異性は女性を指す。
意識と実態が、年々乖離していく。
性に向き合えば向き合っただけ、苦しむ羽目になる。
かといって自身の苦しみに万一誰かが勘付けば、故国が二つに割れて内乱を引き起こす可能性さえある。
苦しみを抱えて生きなければならない生涯ならば、悲しい思いをせずに済む方がまだましである、と考え。彼女は自身を納得させるしかなかった。
性を封じ込め、生殖はおろか異性を異性と意識した経験さえないと思われるように仕向けることで、傷を最小限に留めようとした。
ただその手段には限りがあった。
それだけのこと。
自分に真摯に向き合ってくれる存在に惹かれ。
曖昧な性の自意識からも逃げずにいてくれて。
押しには弱いが性根の優しい、誠実な人を見出してしまった。

彼の子を自分の胎で育てることができたなら。
叶うはずのない願いだけを孕み、共寝を何度誘っても、必ず彼はあてがわれた部屋に戻ってしまう。
体温を感じながら眠りたいと言えるのは、どれだけ先の話なのだろうか。

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