【牛及】あやしいものは入っていません

夏のある日、大量の課題と真っ向勝負を繰り広げている生徒が一人。
真剣な表情で問題を解き、レポートをまとめ、数式を書き連ね、広いはずの机上はほぼ紙束で埋まっている。勉学のみに時間を割く学生生活を送っているわけではないことは、彼の体つきを目にすれば一目瞭然であろう。
顔こそまだあどけなさも可愛げも残っているが、成長期の体は恵まれた上背のさらに先を目指しているし、野望をむき出しにした瞳は将来多くの人々を魅了する輝きを宿すのだけれども、まだそうと見出している存在は指折り数えられる程度しかいない。
そんな彼、及川徹は──意地を張っている最中だった。

「うー……なにこれわかんない……」
彼の正面にあるのは、英語の長文。問題文の記述も英語であるが、つまずいた点は他にある。
「辞書に載ってない専門性高めの用語だったらさぁ、注釈で意味くらい書いておいてくれないと困るのになぁ」
細部にあたる単語に不明点があるのならば強引に解き進めるのだが、論の展開上正しく翻訳する必要があるので厄介極まりない。何度辞書を引いても、引く辞書そのものを変えても、何がいけないのか情報に行き当たらない堂々巡りに陥っている。
「……休憩、しよ」
喉に引っかかった骨に似た疑問から一度距離を取ると決めた及川は、自分の部屋から出て飲み物を取りにキッチンへと向かったのだが。

玄関の呼び鈴が鳴り、客人の来訪を告げる。

「あれ……? 誰か来るような約束、今日には入ってなかった気がするけど」
水出し緑茶と烏龍茶のどちらにするか、冷蔵庫の前で二択を決めかねているタイミングで呼び鈴が鳴ったものだから、コップを食器棚から出したまま玄関へと向かう。
「はいはい、どちらさまですか〜」
開錠して顔があると思われる高さに目線を飛ばすと、ちょうど鎖骨が見える。
おや、と思った時には来訪者の男──先日うっかり及川が誤解から一方的に絶交を言い渡した相手──牛島が当然といった顔をして玄関に上がり込んでいた。
「お邪魔します」
「いや待って? 顔も見たくないって言ったのになんで俺んち来てんの?」
間髪入れずに及川は口を開いてしまったが、絶交相手の牛島は及川の恋人なので家の場所くらい当然把握している。何なら部屋のインテリアの配置まで知っている。何度も訪れているので両親の顔も当然。
「顔を合わせなければ、話せないだろう? 直接会って話をしようと思った」
あがりこむ気満々でひとり靴を脱ごうとしている牛島からは、それ以外の意図を感じない。意味が不明なままの単語の意味という厄介に、話のあまり通じない牛島という厄介が重なって、はてどちらの厄介を先に対処するのが正解なのか、まるで実りのない選択を強いられた及川は勝手知ったる他人の家状態の牛島の背中をぼんやりと眺めていた。
少しして牛島は、両手のコップにそれぞれ緑茶と烏龍茶を注ぎ、玄関に立ちっぱなしの及川のもとへと持ってきた。
「もう少し冷房の設定温度を下げた方が、何をするにしてもはかどる」
暗に家の中が暑いのではと指摘され、及川はぷくりと頬を膨らませる。
「そんなこと言われても、節約のためにもあんまり温度下げちゃいけませんってお母ちゃんが」
烏龍茶のコップを当然のように受け取って口を付ける及川を見て、牛島は手元に残った緑茶を飲み始める。
「──フィルターの清掃が必要なのではないか」
冷房の設定温度が高めでもこの温度は、と手元で計測した温度を示してきた牛島の数字の説得力は、及川の外面を引んくのに十分すぎる数字だった。
「はぁ!? え、おかしいでしょ、なんで!?」
どうして大台に突入しているのか。夏は暑いものだが、許せる状況と許せない状況がある。今回は後者だ。
「とりあえずあがって、で俺の部屋きて、フィルター確認しないとしんじゃう」

及川の部屋で早速確認してみると。
目視で確認できるレベルでフィルターが目詰まりしていて、設定室温まで下げようにも大して稼働していない事実が判明し。
フィルター掃除の道具が揃っていない以上は家族の帰りを待つしかないので、比較的涼しいキッチンで二人向き合って話をするくらいしか、することがなくなっていた。
「あのさぁ」
もう絶交がどうのというのは割とどうでもよくなっていた及川は、烏龍茶のおかわりをこくこくと飲みつつ牛島に何かと話しかける。
「それでさぁ」
話が方々に移り、お茶だけでは物足りないのか、及川は冷蔵庫から個包装のチョコレートをいくつか取り出して牛島にも手渡す。
「たべながら聞いて、そのあとね──」
楽しそうにあれこれ話し続ける及川と、聞き役に徹する牛島と。
ひとしきり及川がまくしたて、話に一定の結びが訪れたタイミングで、渡されたチョコレートの封を切った牛島が言い出した。
「そういえば、及川の家ではチョコレートを入れるのか?」
肝心な情報が丸ごと抜け落ちている文章は、さきほどまで頭を悩ませていた英語の課題を及川に思い出させたが、それは割とすぐに解決したという点で別物だった。
「チョコ? なにに?」
調味料のようにチョコレートを用いるといえば。
「カレーに」
「あ、カレーかぁ」
カレーマニアではないので、味の違いは及川にはわからない。だが投入しているかどうかは現場を見たことがあるのでどうにかなる。
「んっとね、カレーには……なにか入ってた気がする」
確証がないせいでふわっとした返事になりはしたが、何かが入っているのは間違いない。もしかすると具として投入されたものかもしれないが、それはそれとして。
「けどね、チョコかどうかはわかんないよ」
俺は甘いものの違いだったらどうにかなると思うけど、と及川は条件を付けた。好物の甘いパンならメーカーの違いなど食べ比べが出来ても、食通でもない人間が別分野の判別も可能かと言えば……お察しあれ、としか言えない。
「比較用に」
すぐ隣におろしてあった牛島のスポーツバッグの中から。
「持ってきている」
カレーの入った、大きめのチャック付きポリ袋が唐突に取り出されて……ここでこの展開なのか、とおかしな方向に遷移しそうな話の流れを遮るかのように。
「それ食べよ〜俺お昼ご飯まだだったの忘れてた」
なぜ牛島がカレーを持ってきているのか。及川は深く考えなかった。ただ牛島も何も考えていなかったので、実に平和な遅めの昼食が始まった。

「チョコ入ってるカレーっていっても、味は同じなんだね」
冷静に考えれば、味が変化するほどにチョコレートを入れてしまっては過多にもほどがあるのだが。味においての加減がどうの、と牛島は特に指摘せず、及川による論の飛躍がどう着地するのかを楽しんでいた。
「あれでもさ、甘いカレーがあるんだからチョコいっぱい入れてもいいんじゃない?」
それはもはやカレー風味のチョコになるのではないだろうか。言いかけた言葉をどうにか牛島は呑み込み、次はどんな突飛な持論が出てくるのかを待っていた。
「試験の前はカレー食べる日が多いんだけど、なんか関係とかあるのかな〜おいしいからいいんだけどね」
カレーを持ってきた理由と思いきり関係のある話に突入し、牛島の動きが一瞬止まる。様々なスパイスを含んでいるカレーは脳の働きを活性化させる効能が期待できるから、と陣中見舞いを持参するならこれしかないと力説されたなどと話したらまた余計なことを考えた及川がへそを曲げかねない。
独占欲を人前で見せない分、誰の目もない場所では反動が出てくれたら愛らしさも増すのだが……今のところそれらしき発露もないのが牛島にとってやや物足りなかった。そんなことを正直に話したら何が起きるか想像もしたくないが。
「ん、ごちそうさま〜」
皿を片付けて牛島の正面の席に戻るかと思った及川だったが。
「──ねえ、もっかい、俺の部屋いこ」
牛島の二の腕に意味ありげに抱き着き、聞き耳を立てる人間もいないのに耳打ちした及川の声も手も、緊張して震えていた。

「えっと、あの、す、すわって?」
部屋に入った直後に背後から抱き着き、髪に鼻先をうずめてきた牛島に、及川は思いきり動揺していた。いつかはとは思っていても、もしかしたらと思っていても、自分から部屋に誘ったといっても……いざそれらしい展開になってしまうとどうしていいのかわからないのが現実で。
「え、ま、まって〜」
背中にぴったり密着している牛島の感触は、まだ及川に馴染みがないものだった。あわてふためき、衣服越しでも伝わってくる気温以外の熱を感じ取ってしまい、弱々しい動きで牛島を制止するのが精いっぱいだった。
「わかった」
早速牛島は言われるがままに手を止め及川を待った。首筋を嗅ぎ、余計な匂いに邪魔されない素の及川を堪能していたので、少々心残りではあったのだが……機嫌を損ねては意味がないので及川の意向を尊重することにした。
「……や、やっぱ、またなくていいかも……」
及川の言う事がころころと変化するのはいつものことなので、これ幸いと牛島は嗅ぐだけに留めていた首筋に舌を這わせた。
及川のTシャツをたくし上げてあちこちまさぐる手に遠慮のかけらもなければ、急速に血液が集中して硬く熱くなった局部を押し当てての欲求の伝達にも余念がない。
下着の中へと差し入れた手で及川の性器をそっと掴み外気に触れるよう露出させて、初めて自分以外のものに触れるとは到底思えない巧みな手つきで刺激を与え、及川の喉奥から吐息と甘ったるい声を誘発させた。
「んぅ、ぬぐから、ぬぐからぁ」
腰を下ろさせろとねだる及川の言うがままに、脱ぎやすいよう牛島は身を離して及川の動作を注視する。昂った陰茎の先端は既にぬるついていて、手を離した時にはもの欲しそうな声も聞けはしたのだが、及川が今日どこまで自分に許してくれるのかまでは読み切れずにいた。
「……っ、自分じゃできなくなったら、お前のせいだからな!」
責任を取って気持ちよくしろ、と高慢に言い放つ及川だったが、それこそ渡りに船の牛島にはただのご褒美にしかならず。手を伸ばせば届く距離でゆらりと揺れる陰茎に生唾を飲み込みながら、両の足首から着衣が取り去られるのをじっと待っていた。
屹立している陰茎が、先に腰を下ろしていた牛島の目の高さからゆっくり静かに下に移る。向かい合った二人の距離は近く、足を広げて座っている及川の陰嚢のさらに先には、排泄に使われるばかりの器官が構造上存在しているが……及川ときたら、その器官をあえて指先で広げて牛島に見せつけたのだ。
「こっち」
呼吸と同じ拍子で、小さな収縮を繰り返している器官。
「おれ、こっち、きもちいいの」
上体を後ろに倒した及川が、牛島が見やすいように菊花を再びゆっくりと広げる。
「いつも、おまえのこと、かんがえて」
及川の声はかなり蕩けてきている。この場ででっちあげた虚偽である可能性はほぼゼロだろう。そんな確信を即座に抱けるほど、淡い色の奥にある濃きは、牛島を待ち蠢動していた。
からからに乾いた喉を潤そうと、牛島はしきりに生唾を飲むが。物理的に潤ったところで一時的なもので、すぐに根本からの渇きが牛島の下半身に訴えかける。眼前の泉で渇きを癒せ、嫌がる気配は漂わせていない相手なのだから、と。
「及川、単刀直入に言うが、俺は」
まだ踏みとどまれる。ぎりぎりの位置に立っていることは事実だが、まだ清い関係のままでいることはできる。
けれど。
それは建前。本心では、及川を抱きたくて仕方がない。体内の一番あたたかくやわらかな場所に性器を埋没させて、自分の証を刻み込みたい。中にたっぷりと注ぎ込んで、誰のものなのかと思い知らせたい。他の誰のところへも行けない体にして、一生自分のところに繋ぎとめてしまいたい。
鼓動が早まる。触れずとも勃起しきった陰茎は、及川のさらなる痴態と直接的な刺激を求めてやまない。たまらずに着衣をずらせば、そそり立った凶器が及川の目に留まる。期待を込めた視線を送られ、自制が焼き切れていく。
「──待っていた。お前が俺を拒まない日を」
太い指が、及川の菊花の中央にあてられる。
人差し指かな、中指かな、どっちかな──数瞬考えたのち、入り込んできた指の目的を再認識して、及川はひとり赤面した。

胡坐をかいて座っている牛島に面した及川は、立ち膝で恋人の腰を跨いで悪戦苦闘していた。
「あれ、おもってたより、むずかしい?」
牛島の陰茎の上に腰を下ろして──深いところで繋がろうとしたのだが。なかなか狙いが定まらず、後ろ手に牛島の陰茎を掴んであてがっても、表面をつるりと滑ってしまって性感が半端に高まってしまうばかりだった。
「いれたいのに、なんでぇ……」
生殺しに遭っていた二人だが、半端な刺激を与えられつつ目の前ですべての肌を見せつけられている牛島の忍耐の方が、先に限界を迎えた。
受け入れる及川の中を弄りながら指や舌先で転がしたせいで、すっかり血色の良くなった乳首は膨れて誘惑してくるし、まだ精を吹いていない陰茎も触れてほしそうに及川の身じろぎにあわせて揺れる。
牛島にとっての据え膳に、密着しているというのに。肝心なところを含む直前で待たされていては、一体誰が待ち続けられるのか。狙いさえ定まればすぐに及川の腰を落とせるように、掴んだままの両手が理性の制止を振り切るのは、最初から時間の問題にすぎなかったのかもしれない。
「痛かったら、言え」
両手でしっかりと及川の腰を掴み直して、切っ先が窄まりを捉えた直後。
ぐぐ、と掴んだ体を垂直に引き下ろし、ぬるりと滑りかけたところで力を入れてさらに下へと導く。
耳慣れない摩擦音がした直後、感じたことのない互いの高い体温を分かち合って、及川の中がきゅうと締まった。
「あ、あ、あ…………」
浅い部分にある好い個所を思いきり擦られ、及川の陰茎からとろりと精が漏れ出る。分泌された液は垂れて牛島のむき出しの腹筋を汚し、二人の間で特有の匂いを放ち始めた。
及川の声に痛みによる委縮が混じっていないことを確認してから、牛島は慎重に体を落とさせていき、気を抜くとすぐに出してしまいそうな快感に耐えながらどうにか七割ほどを埋没させることに成功した。
互いの額には玉のような汗がいくつも浮いている。湿った前髪が額に張り付くが気にする余裕はとうに失われており、交合による生まれて初めての快楽に、若い肉体は溺れつつあった。
「うそ、おっきい、ふとくて、ながくて……っ!」
どれほど気持ちいいのだろう。牛島に導かれるでもなく及川は腰を落とし、陰茎を根元まで体内に含んだ。ひとりでに揺れ始めた腰には気づかずに夢中で牛島にしがみつき、わずかな体重移動であってもまともに快楽に結び付く体勢の罠に自ら嵌まりに行っていた。
「やっ、なにこれ、どうなって──」
結合部はほとんど音を立てていない。静かに進行する性行為は得られる快楽を際立たせ、体の中を擦られる過程で受け取る快さは研ぎ澄まされた五感で享受され増幅されていき。
右に左に、体を揺するだけでも身に余る快感に翻弄される及川だったが、辛抱しきれなくなった牛島が縦の動作を開始したのでどうにもならなくなってしまった。
「──及川、おいかわ」
途端に頭に響いてくるのは、とろりとした液が粘膜に絡んで生み出される卑猥な楽曲。体内を余すところなく蹂躙してくる圧倒的な行進にいとも簡単に屈服させられ、身も蓋もない嬌声をあげるしかなくなって。
意識が時々薄らぎ、手に入る快感の大きさに翻弄され、牛島の両肩をつかむことさえ難しくなった及川は、何十回目かの奥深い挿入の時にとうとう音を上げた。上体を後ろへと倒し、最後の力を振り絞って肘から先で倒れ切らないように支えた。
彼が達する時の癖だった。
「あ、あ、あ、あんっ! んぅ…………っ…………」
ぴゅくり、ぴゅくりと吐き出される精液の量はとても多く。
牛島の腹も、股も、及川の出したものでどろどろになり。
強烈な締まりの中を何往復かしてから牛島もまた、及川の奥で精を放ったのだが──一度出したくらいでは全く収まりそうになかったので、抜かずの二度目にもつれ込んだ。

初めてにしては濃厚すぎる合計三度の交わりの後。
二人揃ってシャワーを浴びながら、体に付着した精液を丹念に洗い流していると……及川が牛島に抱きついて、互いの手を互いの陰茎にあてて、なかなかの問題発言をした。
『おまえの〜せいで〜もっとえっちしたくなっちゃったから〜』
一週間我慢するけど、それ以上待たせたら……えっちしにそっち行くからね。
さてこれを、牛島はどう解釈したのやら。
間違いない事と言えば、及川が後日反省文を書かされていたという一件なので、まあ察しはつくのだが……及川の私物に大きなディルドが加わったという説も囁かれているので、牛島はやはり及川には甘かったようだ。

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