【牛及】封入禁止とパンドラボックス

紆余曲折を経て、長く曲がりくねった道の果てに、出会った人々の中から互いを唯一無二と見定めた牛島と及川だったが……童話の世界では晴れて幸せな結末を迎えているはずの二人には、当然のことながら結末など遠い彼方のみ存在するもので。
想いを通じ合わせてから結構な歳月を互いのために費やしていても、関係性に節目はあれども結びは姿かたちも見えず、遅れてやってきたこころの青い春を謳歌しつづけているのが実情である。
青春に年齢は大して関係がないのかもしれないが、彼らの周囲にいる人々は時に二人の起こす旋風に巻き込まれ、時にすれ違いそうになる二人を叱咤激励し、恋愛初心者の初々しいのか大胆なんだかわからなくなったりもするやりとりにそれなりに関与しながらどうにか二人の体面を保たせることに成功していた。
年齢相応の恋愛経験を積んでいるなどとは口が裂けても言えない。
相思う二人は中学時代に出会い、高校時代に仲を拗らせ、成人してからようやく絡みに絡んでしまっていた縁の糸をゆっくりと解いて二人が望んだあり方へと直していっている、最中なのだから。
互いの事しか胸中に住まわせたことのない二人は、思春期をバレーボールに捧げた者同士壊滅的と言って差し障りない程度には恋愛においての道理にも常識にも触れないままに、バレー馬鹿として育っている。
馬鹿にお似合いなのは馬鹿なのかと言ったら、まず間違いなく及川は持ち前の面倒くささを遺憾なく発揮し余計なことを考え気を揉み牛島に見当違いに八つ当たりをするし、牛島は牛島でトンチンカンな解釈をしてしまって話を余計に複雑にする名手ときているから展開はお察し、というところ。
そんなわけで、と雑にまとめたことが知れれば及川の機嫌は損なわれるが、牛島と及川の心理的な距離はほぼゼロでありながら物理的な距離は世界地図上に線をやすやすと引けるレベルで隔てられているから、二人の仲の中継地としてよく活用される日本の地ではそれなりに気安く二人の話題が定期的に出ていた。
という背景も手伝って二人の仲介事業所同然になっている岩泉は、異国の地に旅立った子息の様子を、当人たちの名誉が傷つかない程度に伝える情報を慎重に選んでそれぞれの両親に伝達もしている。
…………当人たちにとって、知られると都合の悪いことは当然伏せて。
二人の間の出来事を、対外的に『なかったこと』にしてしまう奇妙な権力を半ば無理やりに持たされた岩泉だったが。歳月を経て少し丸くなった彼が思わず
「テメェら何やってやがる」とゲンコツをお見舞いしにいきたくなった出来事をひとつだけお届けしよう。




ふんふふーん

ふふふふーん

顔だちのせいで未成年扱いされてばかりの及川さんですけど。
お酒だって身分証見せればちゃんと買えることの方が多いんだよ。
たまにチームメイト連れて行かないと売ってくれなかったりするけど、それは多分例外。
日本ではカッコイイって言われる機会も多かったのに、アルゼンチンだと年下の子にさえかわいいもの扱いされてばかりなのは納得いってませんし。
いや、納得したらいけない気がするからこれはこのままでいいんだ。
うん。
あ、それでね、今日買ったお酒なんだけど。
なんと、元気が出るお酒なんだ!
滋養強壮効果のある、ナントカっていう実を漬け込んだナントカっていうお酒!
細かい情報が全然ないって?
気にしちゃだめだよそんなの。
元気が出るってことが大切なの!
……だってさぁ。
アルゼンチンでの日々がどんなに充実していても、私生活まで満たされているかっていうのは、必要な要素が変わってくるでしょ。
及川さんにはフィアンセ……って言えって念を押されてる……まぁ、特別な人がいるわけです。
何の因果か同性ですけどそれはまあ何とでもなるんだ。両家の親公認だし。
でもね。
こうして及川さんがおひとりさまでお酒を買わないといけない理由が、全部あいつにつながってる。
明日はオフだから時差はあるけど宅飲みしつつ通話する約束を取り付けてある、酔う前にシャワーを浴びておけば楽だからって言われてるからこれからシャワーも浴びる、及川さんの休前日と休日っていう貴重な時間を支配し費やされる相手は一人だけだよ。
ポーランドにいる最愛の人。
まあ、牛島なんだけど。
…………遠距離恋愛が続いてるけど、思ってたよりもつらいことが多くてさ。
傍にいてほしい時に、傍にいてもらえない。
傍にいたい時に、傍にいられない。
ならせめて重ねる時間だけでも同時に、ってわけにもいかないから、どっちかが相手の都合に合わせない限りは五時間の介入を絶え間なく受ける。
こっちはまだ昼過ぎ。
でもあっちは夕方。
今からシャワーを使って出たらちょうどいい時間かな。



シャワーは浴びた。カメラに映らない、映さないところに至るまで洗った。よくわかんないけど脱ぎたてのパンツを手洗いしておけって言われてるからそれも持ってるし、お昼ご飯もお腹の中でいい感じに落ち着いてる。
これなら変な酔い方もしなさそうだし、飲んだことのないお酒に挑戦して不測の事態が起きても対応しやすい。
あれ、完璧じゃない?
パンツはいてないけど。はくなって言われたから脱いだまま、部屋の空調で体感温度を調節してシャツ一枚でも寒くないようにしてるから体調に響きはしないけど変態ちっくだ。
俺、もう大人だからさ。
ちっちゃい子どもが下半身丸出しにしてるのとはわけが違う。
自分しかいない生活空間だから問題ないといえばない、のはわかっててもなんだか落ち着かない。
だってほら、ノートパソコンのカメラの前で、結構無防備な姿で待機してる時間に落ち着けって方が無理じゃない?
ノートパソコンのカメラの性能見くびってたことがこの間わかったし。
これにしておけって推されに推されて買っただけなのに、そのへんのカメラと同等かそれ以上の機能があるみたいなんだよね。
……見えちゃう、じゃん。
シャツの裾じゃ全然隠せない。
腰から下の風通しのよさといったら、ね。
ひとりあそびをする時でもこんなに無防備な恰好になることは少ないのに。
牛島が何度も所有の証を刻み込んだ俺の腹の奥が、ほんの少しだけ不安と不満を訴えた。
まだ会えない、かの人を恋しがって。




『ペースが速くないか、及川』
「へーき、へーき、やらなぁもう」
おさけ、おいしい。
ふわっふわ。
はちみつがね、まるくてね、あまーいの。
やわらかくて、やさしくて、だからさみしくなるの。
あいたい、って。
あいたいの、って。
ひざをたてて、うでをまわして、うつむきたくなるけど。
そうしたら、もうとりかえしがつかなくなる。
あいたい、がおおきくなりすぎる。
じぶんで、のぞんで、えらんだところなのに。
いっしょにいたいがふくれあがって、はじけてしまったら。
そのさきにあるものを、かんがえちゃいけないのに。



『────わ』
「なぁ、に?」
カメラに向かってにっこり笑った及川の頬の紅を確認して、牛島は飲みすぎを確信した。
もう酒瓶にはほとんど酒は残っていないが、隣に置かれている水をグラスに注いでそれなりに口にしている及川は、ぎりぎりのところで理性が機能しているらしい。
『こちらに向かって、足を開いてくれ』
欲望をあからさまにした牛島の要求に、酒精以外の要因で顔を赤らめながら、ためらいがちにカメラへと向き直って局部を映し出した。
「あんまり、みないでぇ」
羞恥がその後に続く行為を連想させたのか、触れる前からかすかに兆している及川の陰茎は、牛島が最後に触れた時と寸分違わぬ色かたちをしているけれど。
丹念に慣らして咲かせた蕾は今では固く閉ざされてしまい、体の奥で雄を知る前のからだに戻ってしまったのが、かえって牛島の支配欲を煽った。
『しばらく経つな』
牛島の独白の意図を、及川は正確に汲み取ってしまい。
「──したい、っていったら」
詮無いことを口にするあたり、やはり及川は酔っているのだが、なかなか伝えてくれない掛け値なしの気持ちは酒の勢いを借りでもしないと目当ての相手に言えるとは考えにくかった。
『またゆっくりと、馴染ませるだけだ』
脳髄がどろどろに蕩けるような快楽が全身を侵食し、奈落へと引きずり込む泥の眠りにも似たひどく長く続く酩酊が判断力を手放すよう促した先、至上の愉悦が二人の境界を消失させるあの瞬間のために。
服従の体勢を取らされて与えられる数々の感覚を思い出したのか、捧げ持たずとも硬度と角度を得て勃起している陰茎は、体内からかつて与えられた暴力的なまでの喜悦の記憶の中にあり微動だにせず。
腹の中が疼いてたまらないのに、そこへとつながる経路が閉ざされている今の及川の肉体は、あと一歩で破綻しかねない危うさを孕んだ均衡の上に存在していた。
「ゃ、あ、したい、セックス、したい──」
己の洞が満たされたときにのみ味わえる官能と充足。
端の方に映りこむだけだった、開いては閉じを繰り返してきた及川の蕾がちょうど、牛島の手元画面の中央にはっきりと映し出され。
孔のふちを指の腹で擦るだけでも快いのか、及川の指先が収縮する花蕾をしきりに行き来する。
「んっ、っう、はぁ、ン──」
酒精で緩んでいた及川の声に一層の甘さが乗って、耳にした者ことごとくに制御しがたい庇護欲を想起させて。
『おいかわ』
宥めるように、導くように、牛島が囁く。
孔のふちを擦っていた及川の指先がやや逸れて蕾の中心を捉え、指の先がわずかに粘膜の筒の中へと埋まろうかとした瞬間。
「ひゃ、ん!!」
突如手に入れた快楽が刺さり、感極まった及川が指を第一関節まで埋め込むと同時に。
勢いよく吐き出された精液が、及川の手だけでなく、腹に、シャツに、顔に、髪に──散っていった。




覚えてないって言っちゃダメだよね、嘘になるから。
けど……けどさぁ……俺ので汚しちゃったシャツと一緒に、手洗いしたパンツを送ってほしいってどういうことなの?
聞いた時は何言ってんだこいつって思ったよ、俺だって。
でも、うっかり一人だけ気持ちよくイっちゃった俺に対して、不満を述べるでもなく実にストレートに、すぐにでも抱きたいって口に出すあたりが牛島なんだよなぁ。そういうところに大いに救われているんだけどね、俺は。
手書きの手紙とあわせて、おいしかった保存食品の類も送るわけだけど……なんてものを俺は梱包しているんだ。
いやだめだ、我に返っちゃいけない。
こういうのはきっと今の俺たちに必要なコミュニケーションなんだ。
変なもの梱包してないかって確認の時はさすがに後ろめたさがあったから、次に会ったときは最初に言ってやらないと。



とんでけ航空荷物、俺のイキ顔写真といっしょに!

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