【牛及】続く旅路
(本編途中からドロップアウトしてるので終盤の展開をふんわりとしか知らないので色々ご了承いただける方のみどうぞ)
(宣戦布告の出来事で背中を突き飛ばされた及川さんの旅立ちについての独白めいた何か)
自分のすべてをかけて、生涯全てを使い果たしたとしても、あいつの言葉を覆そうと誓った。
『 』
記憶に克明に刻まれ幾度となく反芻した言葉は焼き切れて音が途切れている。
けれども、その言葉によって胸の中に灯された烈火は勢いの弱まる時など見せる素振りもない。
炎は俺がわずかに残していた自分への甘さを炙り出し抜きさって、目標に向かって伸びる道筋をしっかりと示し、退路を瞬時に焼き切っていった。
いつ結果という形で自分にリターンがあるかわからない世界へと飛び出す躊躇さえも、炎は俺から追い出した。
俺がバレーに、セッターに惹かれる原点になった人に師事すると決めたことで、思いの裏付けもより強固になりもした。
あいつに自身の言葉が誤りであったと認めさせてやる。
崇高な動機とは言い難い、見返してやりたいって気持ち。
俺の選んだ道は、あいつを始めとした奴らよりは遠回りってだけで、間違ってるわけじゃないってことを証明するために捧げる多くの時間。
人生賭けて何やってんだか、って呆れられるのも承知の上。
あいつが後から見ようとしても絶対に見ることの叶わない景色を、俺は見たかったから。
一人になっても、旅立つ先の異国でどんな扱いを受けようとも、成し遂げたいことを成し遂げるまでは何が何でも食らいついて離れるものか。
フライトの時間が近づく中、バイタルな手荷物とその他の身の回りのものをまとめたキャリーケースを押していると、荷物の預け入れコーナーで一番顔を見たくない男に遭遇してしまった。
あいつだった。
牛島若利。
用もないのにどうして行動圏でもない空港の、国際線ターミナルにいるんだか。
思わず俺は嫌悪を露骨に顔に出してしまい、表情が見えない距離であることを確認して息を吐き。即座に表情を取り繕った。
人波の中からあいつは俺を見出し、あの図体ながら誰にもぶつからず袖さえ振り合わせず、蛇行路を描きつつ俺の真ん前までやってきた。
何考えてんだこいつ。
まだ俺が『道を誤って』いて、それを正してやるとか言い出すんだろうか。
そんな話は二度と聞きたくない。
どっちが正しいのかはコートの中で証明するだけで、それ以外の言語でまともな意思疎通が図れる段階はとっくに通り越してるんだ、俺たちは。
「俺はお前に何の用もないし、時間に余裕持って搭乗口に行くつもりだからそこに居られると邪魔でしかないんだけど?」
手荷物検査だって受けられる時間に制約がある。
フライトの時間ギリギリになっても手続きが終わってなかったら、全館放送で恥をさらす可能性だってある。
こいつのために時間を割くつもりは、俺にはない。
仁王立ちして、本当に行くつもりなのか、なんてものすごく今更なことを言い出すあたりが、憎たらしいったらありゃしない。
俺とお前の道はとっくに分かたれたんだって知ってるのに、どうしてこいつは俺に執着する。
こんな時でも、俺を引き留めようとする。
あまり時間をかけて痴話喧嘩だと勘違いされるのは虫唾が走るから、適当にいなして制限区域にさっさと入ってしまおう。
「時間、あんまないから。そのうち連絡するしエアメールも使ってみるから、そのうちね」
まあ俺が知ってるだけで、俺の連絡先をあいつは知らないわけだけど。
誰かが教えたって無視すればいい。俺はあいつに深入りする理由は何もないんだから。
なのに。
どかない。
首を振って、そういう言葉を聞きに来たんじゃない、といったふうな顔でこっちを見てくる。
訝しさ全開で様子をうかがっていると、牛島は荷物を持っていない方の俺の手をそっと捧げ持ち、手の甲に静かに口づけたんだ。
「…………は?」
自分ではない存在の、意図の見えないぬくもりが思考を停止させる。
「道行きに、幸いあれ、と。どうしても直接会って、祈りたかった」
やはり俺は、こいつが何を考えているのかが、さっぱりわからない。
けど、我に返って、周囲の耳目をこれでもかと集めているのが急に恥ずかしくなって。
胸中に灯されている炎にいつの間にか知らない煌めきが混じり始めていたとは露知らず、手を振りほどき返事をしないまま、預け入れの順を待つ人々の列の最後尾に並んだ。
あいつはそれ以上接触を図ってはこなかったけど、制限区域内に入った俺の姿が構造物の陰に隠れるまで、視線は始終俺を追いかけてきていた。
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