【牛及】異世界未満にて

やけに静かだった。
いつもなら、うん、今の時間だと盛大に寝坊して朝練どころか遅刻確定。お母ちゃんなり岩ちゃんなりが起こしに来て、フライパンを叩くけたたましい音か痛いげんこつかのどっちかがもれなくプレゼントされてる頃合のはず。
ぐっすり寝ていられたためしがないのもなんだか悲しいような、ちゃんと気にかけてもらえてるってわかるからくすぐったいような、どちらともつかないところはあるけどさ……うん。そんなのが日常としてすっかり定着してるから逆に、干渉されないと……ね。過干渉に慣れちゃってるのかな、どうなのかな。わかんないや。
仕方ない、起きよう。
…………あれ?
……いや、あのね?
起きようとしたんだよ?
なのに妙なんだ。
あったかいんだよね、他人の体温で。
背中に何くっついてるんだろ。
あったか……あつい……なんなのほんともう。よいしょ。

なんとか抜け出せるかと思ったのに、馬鹿力で引き戻された。なんでだ。
一体誰が犯人なんだ。
…………ぐぬぬぬぬ。よいせ。

げっ

なにも みなかった ことにしよう。

うん。現実を見る気がなくなった。
寝坊して起きたらさぁ、ベッドの大きさが気付かないうちに倍以上になってて、隣にとんでもないサイズの男が寝てるなんてどんな冗談だよ。
頭に牛?みたいな角も生えてるし。やけに筋肉質だし。よく見たら知り合いに顔とかそっくりだし。
某牛野郎を思い出す……牛野郎そのものの顔してるかもしれない……問題はそれだけに留まらないのが悲しいんだけどね。
そいつにホールドされてて、俺ろくに動けないんだよね。
誰だよほんとに。起きろっての。
手を伸ばしたところにちょうどあった角を掴んで適当に引っ張ってやったら、どうにかそいつは退いてくれたけど。
退いてくれたおかげで俺は、おかしな環境に自分が置かれてることにやっと気づいたのです。
背中丸出しの裸エプロンみたいな恰好で寝てただけじゃない。
ふわっふわの耳に、ふんわりしっぽ!
これどういうことなのさ!
鏡で確認しちゃったよ!
耳がさ、顔の横についてたはずが……猫みたいに頭の上の方についてるんだよ?
おかしくない?
おかしいよね!
こんなときは一体どうしたらいいのかなんて当然知らないよ……天井も高いし……ほんとどうしたらいいの……うー……ぐすん。
かえりたいよぅ……ここにいるとなんかおかしくなる……どこにどうやって帰ればいいのかわかんないけど帰りたいよぅ……。

「及川」

ひゃっ!?

ななななな

なんで牛野郎の声が!
おそるおそる振り返ると
あっやだ角の生えた男からあの牛野郎の声が!
ききたくないみたくないたすけていわちゃん!

「今からでも遅くはない、掟に従える体ではなくなったのだから大人しく──」

こいつは、何を俺に伝えようとしてるんだ。
わからないことが多すぎるけど、何やらこいつとよからぬ……ただならぬ?関係に陥ってる雰囲気がある。
困った。どうしよう。

後ずさりしながら、この場から抜け出せないかをダメもとで模索する。
けどそんなにはうまくいかなくて当たり前だ。
ていうか、俺の背丈が縮んでるのかあいつの体格が仕上がりすぎてるのか、悪あがきを繰り返したところで子供のイタズラ程度にしか思われてないっぽいのが地味に腹立つ。

「及川」

もう一度呼ばれる。
頭ふたつ上から、うさぎのようにぴんと立っている耳に、吐息と声が吹き込まれ。
耳の先端を唇で甘く食まれたあたりで、俺の体は勝手に陥落した。
何がどうなってるのかなんて、わからなくなっていく一方だけど……もう、こうなったら仕方がない。
悪い夢ならそのうち覚めるはずだけど、覚め方のわからない夢を見ているとしたら、何をするにしても情報が必要だから。
とりあえず今のでわかったのは、耳がかなり弱いってこと……役に立つ情報なのかなこれ……。
掟とか従うとか、何やら不穏かつ意味深な語句について知らないとまずい気がするのに……耳の付け根を指先でくすぐられると、背すじがふにゃふにゃしてくるんだ。
俺こんなに敏感じゃなかったはずなんだけどな?
今までとは違う場所に耳が生えてるから仕方ないとか?
意趣返しか腹いせか、目の前にある立派な大きさの胸筋に爪を立てて引っかいてやったのに、ちっとも効いてないみたいなのも腹立つなぁ、もう。

「あまり煽るな」

やだね。せいぜい振り回されてろ、お前なんか。
ひとりでに揺れるしっぽはなかなか慣れないし、細くてちょっと頼りない体つきはつけいられる隙が増えただけのような気もするけど、お前みたいなのにかばわれ守られるような事態だけは避けたいし。

「煽ってなんかないし、俺にはやらなきゃなんないことがあって──」

え。
人が話してる最中なのに、なんなのこいつ。俺の、服と言えるのか怪しい服の紐を解いて、何をしようっていうんだ。ちょっとだけかさついてる、節くれだった皮の厚い指が腰をしっかりつかんで離そうとしない。
ううん、それだけじゃなかった。紐を解いた五指は一気に性的な意味を持った動きに変わり、大して筋肉のついていない内腿を揉みしだいていて。
腿の感触を楽しみながら、ゆっくりと上へあがってくる不埒な指は、下着で隠すべきデリケートな部分をやっぱり無視してはくれなかった。
下着のふちを何度か行き来して張り具合を確かめてから、隙間を作って侵入してくる。ぎりぎり触れない距離にいたかと思ったら肌を掠める指先と、瞳を射抜いたまま離れる気配のない視線。切羽詰まってるくせに、不届きな指は焦らすつもりなのか、緩慢な動きを繰り返し直截な刺激を与えようとはしていなくて。
瞳の熱に身を焦がされ、恥じらいを覚えるための神経が炙られ焼き切られていくような、高揚感と浮揚感。悪くないって思ってしまうのは、本能と呼ばれる領域の仕業なんだろうか。
でも、そんなのは。獣の性根にも等しいじゃないか。
今の俺の体に備わっている耳としっぽが、どれだけ本性を獣側へと傾けているのかは未知ではある。けど、けど……こうなるのは自然なことで、俺はもともとこんなふうになる体だったなんて、認めたが最後な気がして、得体の知れない不安に襲われる。
しっぽの生え際を撫でられるとゾクゾクして、緊張と弛緩を繰り返すうちに自衛もゆるくなっていて。半ばしがみつくも同然の体勢でどうにか立っていた俺を自分の好きなようにするのは、今の体格差ならこいつにとってはかつてないくらいに簡単なんだろうな。
筋肉がしっかりと覆っている肩に掴まっていると、ひょいと膝の下を支えられ片腕で抱きかかえられ──丸太のような腕が、よくよく見てみれば自分の腰の太さくらいはあった──どうでもいいんだかいまいち信じたくないんだか、妙なところに注意がいってしまう。
それを全く気にしていないのか、それとも他のことで頭がいっぱいだったのか。
しっぽを下敷きにしないようにゆっくりとベッドに腰かけさせられ、額にはりついていた髪を武骨な指が掬い上げ視界をクリアにする。もうなるようになってしまえ、と全身の力を抜き横たわれば、待ってましたとばかりに足を開かれた。
下着一枚でベッドに横になってる俺に対して、奴は上半身こそ裸だけど下はちゃんと部屋着……っぽいのを着てるわけで。窮屈そうに膨らませた前をようやく解放し、腿の裏にあててくる。

…………え?
なにこれ。
こいつの腕は俺の腰くらいあったけど……こいつのナニは、俺の腕くらい、ってこと?
いやその、あのね。
男として悔しいとかそういうのを通り越してさ、こんなのを相手にしようとしてたわけ?
じ、冗談だよね、いくらなんでも。
って、思ってるのに。
興奮して生唾飲んでる場合じゃないんだよ、俺の体!
なんでそこで嬉しそうな反応になるのさ!
ふっといナニでアレコレされて、無事でいられるとは思えないのに──腿を押し付けて硬さが増していくのを、体は喜んでしまっている。
お尻の部分がちょうど丸くあいてる下着なのをいいことに、谷間に指を添わせてずりずりと擦りつつ、ちゃっかり手にしていたボトルの中の液体を谷間に垂らして温めていく。
ん……やだ、なにこれ、塗られた水薬、温かくなるのになんか、放っておかれるのがつらい。
むず痒いのにも似ていて、けれどちょっぴり切なくなるような感じ。ベッドのシーツを手繰り寄せ、そこはかとない喪失感らしき感覚に震えていると、ぬるぬると粘り気を増した水薬もすっかり温まり何某かの準備も整ったらしい。
グチュッ、といかにもな音を立てて粘膜を押し広げ侵入してくる指は、当然だけど俺の指よりもずっと太い。けどこれが隅には置けない位に器用に動くことを、俺は既知の情報として処理している。息を吸って、吐いて。深めた呼吸に拍子を合わせれば、空いているもう片方の奴の手が水薬とは違う液体で色を変えている下着の、しっとり湿った部分を侵略し始めて。布越しに気持ちいいところを緩慢にいじられたかと思ったら、お尻の内側の粘膜からは直接的な刺激と快感が、理性をスポンジ状に変えていく。
しっぽの毛が水薬で汚れるのなんかもう気にならない。下着の中はしみこんだ水薬と、堪え性のない分身が溢れさせた先走りとで、ちょっと動かしただけでくちゅくちゅ音がして。
吐く息がどんどん甘ったるくなってく。主導権はとっくに握られてるし、それを今更取り返したところで自己処理で落ち着けるとは思えなくて。許容量を軽く超えた快楽に自分から溺れに行くくらいしか、したいことが思いつかなくなってもいて。
誰とも何もしたことがないはずなのに、体だけが状況にすっかり順応して、快さをこれでもかと集めてくる。それはきっと、この体固有の記憶なんだろうけど、意識の埒外で繰り広げられてることだからなんかもう、ついていけなくなってきてる。
だって俺、お尻の中なんていじられたことないはずなのに。そんな場所で気持ちよくなったりできるとか、考えたことだってないのに。
腰をくねらせて快感を逃がそうとしても、俺の腿がしっかり育て上げてしまった奴のむき出しの剛直が時折触れるくらいの違いしかなくて、確実に場数を踏んでいそうな股座の逸物がちらりと見えてなんだか気恥ずかしくなった。
多分俺のこの体は、この後に続く一連の行為も、既知の情報として処理することが出来るんだろう。ひとりでに足が大きく開かれ、浮いた膝の裏を掌で支え弄りやすいように体制を整える。身をよじった時に結構強く中が擦れて、堪えていた感覚が放出を求めて一気にかけ上がってきて。
先っぽの潤みを指先で掬われ、爪を立ててかりかりと軽く何度も引っかかれて──子犬のような声をあげながら、下着の中に気持ちよく精液を漏らした。
たらたら溢れてシーツにも垂れたけど、もう見ていることしかできなくて。もっと気持ちよくなりたい。もっと気持ちよくしてほしい。それが可能なのは、憎たらしいは憎たらしいんだけど、俺に手を出して何事かを台無しにした張本人である──この牛野郎だけなんだろうな。
薬の効能なのか、熱を持ちかなり緩んでいる俺のお尻は、指の本数を増やされても易々と中へと収め快楽をすぐに追いかけ始める。お腹の中の喪失感が気になってきたところで、指が抜かれて穴のふちを両手の指で広げたまま固定されて。
くる、と思った瞬間。
満足げにほほ笑んだ牛野郎と目が合い、あわてて目を逸らしながら膝裏の手を離すと……ちょっとだけ、想像した通りに、太くて長いものが……入ってきてくれた。

夢心地の時間だった。
求めあい、分かち合い、二人一緒に深い泉の底へとゆっくりと沈んでいくような、ひとときを過ごして。

これが悪い夢だとは、いつの間にか、思わなくなっていた。
気づいてしまったから。
俺は別に、しがらみを抜きにしてしまえば──牛島のことを、嫌いなわけではなかったのだと。

だから。
いつもと同じ天井、いつもと同じカーテン、いつもと同じ煎餅布団に出迎えられた時。
咄嗟に、ここどこ、と口に出てしまったのは、仕方のない事だったんだ。

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