その6

後日。馬鹿正直なことに、及川は淫魔の適性試験を受けに再度魔界へと里帰りしていた。
牛島には帰省の理由を明かしていない。ただ単に、何日か魔界に帰るからその間は一人でお仕事よろしくね、と言い残して出てきただけで。特に引き留められもしなかったのをいいことに、魔界へ続くゲートを勝手にこじ開けて窓辺からいきなり人間界を去った及川の行く先は、当然己の家ではなかった。
携帯端末を片手に、及川は岩泉へと連絡する。
「あ、岩ちゃん、今忙しい? 聞きたいことがあるんだけど」
『特に、急ぐような用事はねえけど……何だ? 本気で適性試験でも受けに行く気になったのか?』
淫魔街の方向へとのんびり飛翔しながら、及川は会話を続ける。
「うん、そのつもり。いつどこで、どうやって試験って受けたらいいのか俺知らないからさ、聞かなきゃって思って」
端末の先の幼馴染は、はあ、とひとつ大きなため息をついてから、及川に場所を告げた。
『──場所さえ間違えなきゃ、試験自体は受験希望者が来次第早速開始される。俺たちは昼も夜も大して関係ねえからな、時間は気にすんな。あと、頭の痛くなるような筆記試験もねえし、あったとしても実地試験くらいなもんだ』
「実地試験? 誰かと何かするの?」
牛島以外の男に何かされるようなことでもあったらあとで何を言われるか、と及川の背すじにうすら寒いものが走る。
『あー、所謂本番はなかったはずだから安心しろ、多少おかしな試験内容になる可能性はあっても、途中で失格になるような落ちこぼれは俺の知る限りいなかったような気が……いやいたか?……ま、体一つでぶつかってみろ』
肝心なところで通話は途切れ、心の準備くらいしか及川が出来ることはない、という情報しか手に入らずに。
「……岩ちゃんったら、テキトーなんだから……でも、淫魔って色々とテキトーらしいし、順調に染まってきてるのかな……あの堅物だった岩ちゃんでさえ、どうにか務まってるんだし……」
『おい、及川』
まだ通話自体を切っていなかったことに気付いて、及川が心底驚いた風に声を上げる。
「わひゃっ! ごめ、ごめんなさい、殴らないで岩ちゃん!」
『殴らねえって、全身商売道具なんだからよ、俺達は』
笑い混じりに岩泉が及川を宥める。
「……俺『達』?」
『稀にだけどいないわけじゃねえしな、悪魔上がりの淫魔も。どうしても向いてなくて淫魔として出直そうと思ってやり直したら性に合ってたとかで、すっかり売れっ子の奴も──』
「あ、そういうことね、うんわかったそこまでに『なる』気は今のところないから」
及川は今度こそ通話を切り、淫魔街の外れにある「とある場所」を目指した。岩泉から聞いた、試験が受けられる場所だ。
けばけばしいネオンサインがそこかしこで点灯している夜の淫魔街はどこまでも俗っぽい場所で、そういった気配をまるで感じさせない悪魔街とは大違いだ、と何度足を運んでも及川は感じてしまう。
この場所では、艶々としたハート形の尻尾を隠しておかなくても、何のデメリットも生じない。むしろ、淫魔面して街を闊歩するには好都合で、及川は久しぶりに本来の姿で街を歩ける気楽さを謳歌していた。
君どう、うちで働かない? と、客引きであろう下っ端淫魔に就職を斡旋されるまでは。



何の経験もないんで無理です、と真っ赤な嘘をついて逃げ出してからは、及川は早足で淫魔街を歩いていた。
空を飛ぼうにも立体的な建造物や構造物に淫魔街は飛びにくいことこの上なく、よほどの高空を飛ぶかアクロバティックに立体構造物を避けて飛ぶかの二択を強いられる。そのどちらも歓迎しないならば、己の足を使って歩くしかないのが、淫魔街の約束事だった。
(……なんで、空中にシャンデリアなんか浮かせてあるんだろ……感性がわけわかんない……)
空を見上げれば、星の光の代わりに目に飛び込んでくるのは色とりどりの文字と看板、それと客引き。
(こんなことなら、日中狙って向こう出てくれば良かった……)
スタスタ。
ピョコピョコ。
スタスタスタスタ。
ピョコピョコピョコピョコ。
(……何かに、尾行されてたり、する?)
くるり。振り向けば。このところその存在をすっかり忘れていた監視烏がピィ、と鳴いた。
「うわ、飛雄、ついてきてたの!?」
当然とばかりに及川の肩に乗る飛雄。手の平サイズの烏だからといっても、突然現れられては驚きもする。
「……ここまでついてきてたってことは、話とか全部聞いてたり、する?」
これもまた当然とばかりに、ピィと再び鳴いてみせる飛雄。
「……牛島には、これからのこと、内緒だからね? でないと……成長用の魔力、送らないよ?」
それは困る、といった風にピヨ、と鳴いた飛雄は、何度も頭を縦に振り是と答えた。
及川は飛雄の答えに満足し、飛雄を肩に乗せたまま残りの道のりを歩きだす。
それが原因で奇妙な試験を課されることになるとも知らずに。

岩泉に聞いた場所に辿り着いても、及川は自分の目を疑っていた。
曲がりなりにも試験を受ける場所にしてはあまりに場違いな看板がかけられていたからだ。
「『快楽道場』……場所としては間違ってないのに、看板が……看板が限りなく間違いっぽいと訴えかけてくる……」
無理もない。及川の育った環境が育んだ常識の範疇では、およそ学校および関連施設につけられる名前とは思えなかったのだから。
いかにも道場といった風な門の前で突っ立っている及川のことなど気にせずに、行き交う人たちはそこにそんな施設があるのは自然なことだといった態で通り過ぎていくばかり。
突っ立ったままの及川にしびれを切らしたのか、飛雄が肩から降りて勝手に門の内側へと飛び降りてパタパタと飛んでいく。
「あっ、こら、待て飛雄!」
こうなったらどうにでもなれ、と快楽道場の門をくぐった及川は、思いの外速く飛べるようになっていた飛雄を必死に追いかけ道場の中へと足を踏み入れた。
中は外装とは打って変わって確かに学校然としたつくりをしている。なんて紛らわしいんだ、と眉間に皺を寄せていると、しばらくして奥から男の姿をした淫魔が一人やって来た。
「……君は、見たところ淫魔ではないようだが。受験者として扱っていいのかね?」
牛島とはまた違う重低音が心地よい……などと流されている場合ではない。
「そうです。自分の意思で、試験を受けに来ました」
いつの間にか再び肩の上に乗っている飛雄も、ピィと力強く鳴いて主張する。
「判った。ならば……ああ、君は……あの及川くんか」
「……俺の事、ご存知なんですか」
半歩引き、警戒の姿勢を露わにする及川。
「そう警戒しないでくれ。優秀だと噂が流れてきていただけのことだ。こちら側に生まれついていたらさぞかし淫魔街に貢献してくれただろうに、と当時は惜しんだものだが……君がその気になってくれるのなら、我々は歓迎する。早速、試験を始めようか」
話が性急すぎます、と及川が口にするよりも早く試験が始まってしまった。
男の姿が消え、及川の頭の中に声が響くだけになる。
『悪魔向きの試験内容にしようか。今回の課題は、君の相棒のその監視烏、そいつを成鳥まで育ててヒト型に変化させるところまで。魔術に長けた君ならそう難しくはないはずだよ』
え、こいつを。
右肩に乗っているひな鳥の飛雄を見やる及川。
肩に手をかけ床に降ろしてやり、自身はしゃがみ込んで手の平で包むように捧げ持ち魔力を注入していく。
(育てて変化させるって言われても……アカデミーで成長の魔法なんて習ってないし、試してみたことだってないのにな……)
いつもよりもずっと多くの魔力を手の平越しに注入していくと、飛雄の様子は確かに普段とは異なり、少しずつ丸いフォルムからきちんとした烏の形へと近づいているように見えた。
けれども、それでは成鳥に近づいただけで、成鳥からヒト型への変化を促すにはどうしたらいいのかがわからない。
(飛雄の、大人になった姿……烏じゃなくて、個としての悪魔になった飛雄の姿……)
及川は必死に想像した。烏の濡れ羽色をした髪。若干生意気な口元。つり上がった目に、形のいい後頭部。骨格は身長の割にしっかりしていて──。
『そう、その調子。年齢操作も、淫魔にはほぼ必須の技術だからね』
いつの間にか、及川は頭の中に響く声が子供のそれになっていることにも気付かないくらいに、飛雄の変化に対して集中していた。
(外見ばかり大きく育ったのに、中身の成長はきっと追いついてない。特に、コミュニケーション能力なんかが悲惨で同期ともなかなかうまくやれずに──)
「あの、及川さん」
「うるさい、今集中して──? ん? 誰?」
折角目まで閉じて集中していたのにそれを乱され、若干苛立ちながら及川は目を開けた。するとどうだ、目の前には見知らぬ男が一人、突っ立っているではないか。
「飛雄です。影山、飛雄」
及川と目線のそう変わらない青年が、真正面に。
『合格、じゃの』
及川が集中を解いたとほぼ同時に、老婆の声が頭の中に響いた。



「あの、及川さ──」
「飛雄。今日の事は本っ当に、誰にも言うなよ。お前が成鳥になったことはまあ仕方ないとして、俺のイメージだけで人型の成長形までこしらえちゃったんだから、ばれたらお前のためにもならないんだからな」
二人並んで高空を飛びながら、密約を交わす。
「でも、意外です、本当に。及川さんのことだからてっきり、すぐに俺を元の幼鳥に戻して魔力回収するんだとばっかり思ってました」
「そんな不経済な事しないよ俺は。どっちにしても後からお前に与える分を先払いしただけなんだ。一応帳尻合わせのために普通に魔力与えて成鳥になるまでの期間は監視烏やらせるけど、それ終わったら俺次の子育てなきゃいけないし忙しいんだよねこれでも」
「はぁ、そっすか。……でも、及川さん」
「何、まだあるの、飛雄」
「こうして見てると、やっぱり及川さんの尻尾、可愛いです。ピンクで、ツヤツヤしてて、触ってもいいっすか」
「ダメに決まってんだよ飛雄ばかじゃないの!?」
「俺を馬鹿だってイメージしたの及川さんじゃないっすか?」
「馬鹿とはイメージしてないよ中身の成長はお留守だとは思ったけど!」
やいの、やいのと淫魔街上空で下らない喧嘩をしていると、意外な人物が闖入してきた。
「及川、こんなところで何をしている?」
ぎくり。
一番会話を聞かれたくない存在──牛島の声が聞こえた気がして、声のした方向を向けば。
きょとんとした顔をした牛島その人が、両手に荷物を持ち宙に浮いていた。



「やぁっ、だから、あれは課題で飛雄を成長させただけで──!」
「何の課題だ。少なくとも俺達が卒業したアカデミーでは成長や変化の魔法も魔術も教わっていないはずだ。どうしてお前にそれが出来たのか不可解でならないし、なぜそうする必要があったのかも理解しかねる」
「──っ、それは……」
「言えない、事なのか?」
牛島に促され人間界に戻った三人は、ひとまず成体になっている飛雄を烏の状態に戻してしばらくの間放鳥させた。
及川は牛島によってあっという間にベッドにうつ伏せに押し倒され、首筋を繰り返し吸われている。
「俺はお前に秘密は作っていない。お前も俺に秘密を作ってほしくはないからだ。お前は……そうではなかったのか……?」
露骨に傷ついた表情を見せる牛島。それを見てしまえば、本当のことを吐露したくもなる及川だったが、まだ牛島に全容を明かす時期ではないと思っていた。
だから及川は黙っていた。頃合を見て話そうと思っていた。けれど牛島は到底納得できるはずもなく、ただ自分に秘密を作りに淫魔街まで出向いたかのように考えていた。
二人の些細なすれ違い。それは、奇妙な形で露出した。
「お前が黙っているつもりなら……仕置きが必要だな」
牛島の目が妖しく光る。しまった、と及川が思った時には遅く、幻惑の魔法をかけられてしまった後だった。
「やだ、何も、見えない……」
目は開いているのに、視界がぼやけて物の輪郭が霞む。色くらいしかわからない世界に突如放り出された及川は、大急ぎで寝返りを打ち牛島の姿を探した。上から下まで黒一色の、長身の男だ。いくら視力を人為的に落とされても、探せば見つかりそうなもの。必死に目を凝らして縦長の黒を探して手を伸ばせば、しっかりとつかみ返してくれる手があった。
「……牛島ぁ」
「言う気になったか」
「……ごめん。今はまだ、言えないんだ」
声のする方向を見ていられずに、及川は視線を外した。そうすると、牛島は手を離して、一本の眼鏡を及川の手に握らせた。
「それをかけてみろ。……不安がるお前に何もしてやれないのは、俺とて不本意だからな」
身勝手なのか、優しいのか。そのどちらでもあり、どちらでもないような、複雑な心境にさせられながら、及川は眼鏡を捧げ持ち耳に掛けた。
薔薇の花をフレームのフロントモチーフに用いたそれは、同じく薔薇色から淡い黄金色へ連なるグラデーションも艶やかな一品で、ラインストーンがフロントデザインに一層の華やぎを加えている。耳に掛ける部分の先端に薔薇の紋様が刻まれたそれは、とても優美で今の及川の容姿と均衡が取れているのかわからなかったが、牛島の満足げな表情から察するに調達してきた本人の気を満たすに十分な見栄えはしているのだろうと思われた。
「あ、今度は……ちゃんと見える」
「視界をつぶされた時に役立ててくれ。まあ、今日は……逆の用途に、使うつもりだがな」
あれよあれよという間に着衣を解かれ、及川は裸に剥かれる。眼鏡のみを残して肌を暴かれた及川は、まあこれもいつものこと、と高を括っていたのだが。
「って、どさくさに紛れて何勝手に跡なんかつけてんだよ! 見えるところに!」
掛け鏡にちらりと映った自分の姿を見た及川は声を荒らげる。無理もない。姿を消せるとは言っても人間の目相手なだけで、悪魔や淫魔の目には通常と同じように見えてしまう。服で隠すにしても日頃の及川の格好から考えると不自然で、実質的には外出禁止に近い仕打ちだった。
「事情を聞かされるまで、俺があの男にどれだけ嫉妬したかわかるか、及川。金輪際、あの烏を人型にさせるな」
「それは、いいけど……って、見えないところなら跡残していいって言ってない!」
気付いた時にはもう遅く、下腹部に点々と残されていく赤い跡。じきに、及川の泣き所にも辿り着いてしまう。
ないに等しい下生えを指先で弄ばれ、まだ項垂れている性器に吸い付かれると、反射で喉が反ってしまい。
「あ、そこ……っ!」
ちゅぷちゅぷと音を立てて吸い付き、唾液を絡ませて裏の縫い目に沿って舌を這わせる。
堪らずにくねらせようとする及川の腰をがっちりとホールドし、牛島は尚も及川の性器に口腔での愛撫を繰り返した。
口先だけの拒絶から、すすり泣く声に変わったタイミングで、片手を腰から離して陰嚢を転がせば、切羽詰まった声が及川の喉から漏れた。
荒い息遣いと共に紡がれる水音が、時折途切れては再開される。唾液を継ぎ足しながら繰り返される玩弄に及川は音を上げ、足を開いて牛島を誘う。
「ね、もう……こっち、だめ?」
ぐちゃぐちゃに濡れそぼっている及川の尻の穴は勝手にひくついていて、少し力を加えただけで大抵のものを受け入れてしまいそうなほどに緩んでいた。涙を流しながら牛島に挿入をせがむ及川は完全に余裕をなくしていて、牛島が自身の着衣を寛げる間に自慰を始めてしまうほどに追いつめられていた。
「は、はや……くぅ……」
クチュクチュと音を立てて菊花を弄り倒す及川を尻目に、牛島はいかにも何か企てていそうな笑みを口元に貼り付け下着を脱いでいた。ベッドの上に上がり、仰向けになっている及川にいざり寄って尻を持ち上げる。
「待たせた」
既に準備の済んでいる自身の長刀を及川の菊花にあてがって軽く力を込めただけでずぶずぶと埋まっていき、腰を及川の足で抱え込まれるがままに挿入を深めていくと目立った抵抗もなく最奥までたどり着いた。
「あ……あ、あぅ……っ……!」
その衝撃だけで達してしまったのか、及川の性器の先端から白濁した液がぴゅるぴゅると飛び散った。腹や胸、喉元から額まで広範囲に汚してからようやく収まり、射精の間中牛島のものは締めつけっぱなしだった。
「く……っ、あまり締めるな、及川……!」
やっと動かせるようになったかと思えば勢いが付きすぎて、奥深くまで入っていたはずの牛島の性器が先端だけ残して抜けてしまい、一度引き抜いて休ませるかと方針を転換した牛島がぐいと腰を引いたのとほぼ同時に思い切り及川が後孔を締めて。
得も言われぬ快楽に牛島が酔い痴れた刹那、すっぽりと抜けてしまった牛島の性器の先端からも勢いよく精が噴出し、及川の体や顔を白い濁りが汚していった。
「ん、んんっ……うしじまぁ、めがね、どろっどろ……」
自分が放ったものと、今しがた存分にかけられたものとで、及川の眼鏡は白い濁りで元の色を半ば失いかけていた。
「ん、ああ……済まない、夢中だった」
枕元に備え付けてあるティッシュを数枚手に取って拭いても全部は落ちず、及川の髪にも精が飛んでいるのを見つけた牛島の手によって及川は抱きかかえられ、結局二人仲良くじっくりとシャワーで洗い流す破目になった際に何が起きたのか。
それはまた、別のお話。

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