その5

本来、牛島のような稼業を生業とするものは暇であればあるほど世界は落ち着いていると言える。
だから今の世界はあるべき秩序を取り戻すべく改革されなければならないし、自分たちの手で少しでも現状を変えていかねばならないという自負を、牛島は胸中で温めていた。
だから及川を囲った。私生活の伴侶としてだけでなく、改革を加速させるための起爆剤にでもなりやしないかと一縷の願いすら託して。
そしてそれは、見えないところで芽吹きつつあった。

気付きは些細な出来事の裏に隠れていた。
一度情を交わし合えば及川は満足し、シャワーを浴びにベッドを出るなり牛島に体を拭かせるなりして後始末を始めるのだが、その時は少々様子が違っていた。
「ねえ、なんか足りないかも。……もっかい、しない?」
及川から誘う事自体は何度もあった。だが、二度目を望んでいると明言したのはこれが初めて。
ベッドにうつ伏せになったまま、隣で今まさに起き上がろうかとしていた牛島に、及川は声をかけた。
「構わんが、体は平気なのか?」
牛島は起き上がり、ベッドから降りて立ち上がった後にデスク脇のチェストを漁った。
そしてその中から少々グロテスクなピンク色の、小瓶に入った液体を取り出した。ちゃぷん、という音がしそうもない程度に粘性がある、明らかにいかがわしい薬品だという事実が見て取れる。
「平気だから、こうやって誘ってるんだけど……それ、何?」
小瓶を見つけて視線を止めた及川は、どこか見覚えのある小瓶を凝視し、首を傾げた。どこで見たのか。いつ見たのか。どんな状況下で見たのか。それぞれを、考えた。
だが結局答えは出ず、考えるのをやめた。
「なんか見覚えがあるような気がするんだけど……思い出せなくてさ。『こういう時』に使うモノだってところまでは覚えてるし見当だってつくのに、肝心の効能が……」
「思い当たらない、か。無理もない。俺も実物を手にしたのは今回が初めてだからな」
とろりと手に取れば、ほのかに何らかの花の香りが立ち上る。その花が何なのか牛島は知らなかったし、感じ方に個体差があることも知らない。ただ好ましいとは思った。それは及川も同じで、花の好い香りがするなあ、くらいの認識でいた。
その花の香りに惑わされて、牛島に自ら口づけている自分に気が付くまでは。
「……え?」
全身に染み渡った香りの成分が、及川を突き動かす。牛島の尾に蛇のように自らの尻尾を絡ませて、ついでとばかりに牛島の体をも抱き締め足を絡ませる。
及川の意思とは、勿論関係なく。
「こ、これは、俺の気持ちとは関係なくて、く、くすりのせい……で……」
及川の眉尻が下がり、唇がうっすらと開いていく。並びの良い歯の間からちろりと覗き見えた舌を牛島に吸われてしまえば、もうされるがままだった。
牛島の手によって薬を満遍なく全身に塗布され、すぐに揮発した薬液が漂わせる尋常ならざる香りの強さに、飲み込まれていく。
額の生え際からそれこそ爪先まで、肌と名のつくところで触れられていない場所などないと断言できるほどには、牛島の肉厚の舌が及川を責めたてた。特に乳首は疼痛を覚える位に揉まれ摘ままれ嬲られて、散々膨らまさせられた挙句放り出される始末で。
そのまま臍の下へと再度舌を這わせようとした時点で、及川は音を上げた。
「や、っ……もっと、ちくび、いじってよぉ……!」
涙声になろうとなりふり構っていられなかった。ひどい疼きが、及川に次の言葉を発せとしきりに促す。
「吸って、そのままコロコロして……あ、んんっ……は、反対側もっ!」
いつになく及川は積極的だった。乳首を責めさせている間にもじれったいのか腰をくねらせ、牛島の引き締まった腹筋に自身の性器を擦りつけていた。カリッ、と音が聞こえてきそうな位に強く牛島が歯を立てれば、もう我慢しきれないとばかりに及川の性器から間断なく精液が溢れ出てきた。
「ううん、あんっ……きもち、ぃ……」
鈴口をひくつかせながら精液を吐き出す及川のものを掴み、飛び散った液を牛島がすすり上げる。
微かに、甘い。花の蜜を薄めたものに近い甘さが、口中に広がる。吸われた側の及川の肌には、薄紅色の跡がこれもまた花びらのように残されていた。
「……及川」
牛島の呼吸も、次第に上がっていく。
「うしじまぁ」
舌っ足らずになった及川が、牛島を呼び首に腕を回す。
「キス、してぇ」
牛島がその望み通りに深く口づけてやると、満足そうに体の力を抜いた及川の足が、自然な形で開かれていく。
舌を絡め合い、どちらのものとも知れなくなった唾液が及川の口の端から垂れていく様は、途方もなく淫靡で卑猥で、それでいて艶美で。
ちゅっ、と音を立てて唇が離れると、当然のように一本の銀色の橋が細く架けられる。
「及川」
すっかり狭く窄まってしまっている菊花に、牛島のものが押し当てられぐりぐりとこじ開けるような動きを見せる。
「は、はやくちょうだい」
切羽詰まっている及川は自身の体が解れきっていないのも厭わずに、牛島を求めた。
両足を自ら抱え上げ、さらに大きく足を開いて牛島の眼前に性器をすべて曝け出す。見られている、という自覚すら快楽へのスパイスになり、無意識に蕾を収縮させていた。
漏れ出てきた及川の体液が牛島の性器の先端に絡み、くちゅり、と音を立てて吸い付き放すまいとする。性器の角度を利き手で固定し、その滑りを借りてやや強めに押し込めば、存外あっさりと二人の体の境界線が消えた。
ずっぷりと尻に突き刺さっている牛島の性器。それを見て及川は満足し起き上がるために使っていた腹筋の力を抜けば、牛島のものにより奥への侵入を許す結果となり、恥骨がぶつかるのをわずかに両者とも感じ取れた。
長さを活かした太刀筋で切り付けてくるかのように腰を使われては、及川はなす術もなく。
「んあ、あっ、ああっ、やだ、そこだめっ!」
容赦なく前立腺を抉られ、とろとろと透明な液が性器の先端から零れ落ちる。
「お前の、『嫌だ』は……こういう場合、逆さまの意味を持つのだろう?」
牛島の額にも玉のような汗が浮かんでおり、及川を突き上げる動きの最中に滴り落ちていく。その様子をぼんやりとでも見上げる余裕さえ失っている及川は、髪を振り乱して『違う』と首を横に振っていた。
それでも、牛島は動きを加速させるばかりで、及川の決死のボディランゲージはまるで意味を汲んでもらえぬまま捨て置かれた。か細い喘ぎ声が喉から漏れ出て、一定の拍子で刻まれる律動に振り回されるばかりかと思われた及川だったが。
牛島が目を見開いたのは、次の瞬間だった。
及川の体がふわりと浮かび上がり、及川を中心とした魔力の渦が生じる。その渦を感知しても牛島は手出しできず、見極めに徹するにとどまった。
それが何なのか。有害なものか、無害なものか。それさえなかなか判明せずに、数分が過ぎて。
体の昂りも少しばかり治まってきたところで渦は消え、代わりに出来上がったのは部屋の大きさぎりぎりの球体だった。
『うしじま』
及川の声が脳内に直接響く。
『治まったから、続き、して』
繋げたままの体を再び牛島が突き上げると、湖面に波紋が生じるかのように魔力の波が及川を中心に広がっていく。
そしてその波は球体の外殻へと到達すると消え、消えたかと思えばまた生じる。
不可思議な波動の中心で交合を続ける二人は気付いていなかったが、特異な磁場が生じた結果ポルターガイストさながらに、部屋の中のありとあらゆるものが位相を変え宙を漂っていた。
二人分の荒い息遣いの強まりと同調して、家具たちもその位置を刻々と変えていく。
「あ、う、やぁっ、中……中に、出してっ……!」
牛島の腰に足を絡めた及川が、余裕も何もない声を発し牛島のものをぎゅっと締め付ける。
その締め付けの中を幾度か往来し、及川の望み通りに奥に精を放ってやると、二人を世界から隔絶していた球体がぱあっと霧散する。
それに応じて浮かんでいた家具たちも床へと位置を戻し、浮かんでいた及川の体もゆっくりとベッドへと戻っていく。
肌を桜色に染めた及川は自分の引き起こしたことには当然気付いておらず、恍惚とした表情で魔力の結晶である牛島の精液を体内で堪能し、吸収を始めていた。



「……お前らの性事情は知ったこっちゃねえけどよ。そりゃ、淫魔が引き起こす現象に似てるな」
後日、野暮用で魔界へ足を運んだ時に、及川は偶然幼馴染の淫魔の岩泉に出会った。
本来悪魔と淫魔は別々に育てられるのだが、及川と岩泉の場合は少々特殊で、珍しいことにほぼ同時期に同じ樹から生まれた縁がある。育てる手間はどうせ同じなのだからとアカデミーに入るまでの期間をほぼ共有して過ごした二人は、通う学びの場を異にしても交友を途切れさせることなく、今でもこうして時折顔を合わせては近況を報告し合う仲だ。
生まれた種は異なれども、育ちは同じであれば、互いの性質を多少なりとも吸収するとでもいうのだろうか。
及川が牛島相手に見せた能力は、岩泉に言わせれば淫魔の能力なのだそうだ。
「え、だって岩ちゃん、俺淫魔には生まれてないよ? ちゃんと悪魔として働けてるはずだし、そっちの能力の方が高いんじゃないの?」
「知るかよ、俺だって最近ようやく独り立ちしただけで、悪魔と淫魔の違いを研究してる学者連中の知識なんざ持ち合わせてねえんだ。……けどよ、考えようによっちゃ、お前すげえ重宝されるかもしれねえな」
カフェテリアの椅子の上、足を組んだ岩泉が続ける。
「淫魔は大して戦闘向きじゃねえ。俺が今更勉強に打ち込んだところで覚えられる魔法や魔術なんかたかが知れてるし、使えるようになるかどうかって問題もある。そこはお前はクリアしてる、そこまではいいな」
「うん」
素直に及川は頷く。
「けど、淫魔は生物から吸い取った精気を色んなエネルギーに置き換えんのは得意だ。魔界のライフライン維持にゃ欠かせない存在ってのは知ってるだろ、次席でアカデミー出たお前なら嫌って程」
「そりゃあね。でもそれと今回の件と、どんな関係があんのさ?」
「よく考えてもみろ。淫魔はな、体の中に精気を溜めこみ一旦魔力に置換して保管しておいて、必要に応じてそこから取り出すんだ。でけえタンクがあると思っとけ」
「タンク、タンク……あ、何となく、わかるかも」
及川が容器をイメージすると、自分の中にそれらしき入れ物があり、牛島の力が蓄積されているような気がした。
「そん中に、あらかじめ魔力を普段から溜め込んでおけば、いざって時に引っ張り出してデカい魔法を使えるだろ。もしくは、消耗した奴の回復なんかにも応用できるかもしれねえ」
うんうん、と頷きかけて、及川は首を傾げた。
「うん……でも、それって淫魔でも出来ることなんじゃないの?」
「馬鹿か、話聞いてたのかテメェは。俺達は派手な魔法でやり合うような場所だと足手まといになんだよ、天地がひっくり返ったって魔法じゃ悪魔に勝てねえ。真っ先に狙われて的にされんのがオチだ。んな場所に連れていかれるなんて真っ平御免だ」
「だよねえ……あれ、岩ちゃん。でも、そういう場所に、俺に行けって話?」
「お前なら頑丈に出来てっし、魔法の成績だけなら牛島とどっこいかたまに勝ててる時あったろ。そんだけ出来ればどうにかなんじゃねえの?」
実に軽い口調で岩泉は提案した。
「が、頑丈って言ったって痛いものは痛いし危ないのは変わんないんだよ!? 訓練と実戦は全然違うし、そもそも俺まだ──」
「あーあーもういい。時間のある時に淫魔の適性試験でも受けてみろ、案外点とれるかもしれねえぞ? 牛島に結構、開発された今の体なら特にな」
艶の増したハート形の尻尾を岩泉に玩弄され、及川は頬を膨らませる。
「岩ちゃんまで、ひどい!」
「ひどいもクソも、俺の感じた現実だボケ川」
じゃあ俺そろそろひと稼ぎしてくるからお前も帰ってしっぽりヤってこい、と言い捨てて岩泉はその場を飛び立った。
「ちょ、ちょっと、まだ話は終わってないのに!」
往生際の悪い及川をひとり残して。


[ 88/89 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -