【牛及】付き合ってないのに夫婦

どうも、及川徹です。
早速ですが、現在大変不本意な目に遭っております。
正確に言えば、不本意な目に遭いに行く道中です。大変に困っております。
一体どうしたのかって?
う……う……牛島のいる、あの白鳥沢と!
合同練習! しに行く最中なんですっ!

俺たちを乗せたバスは、不幸なことに至極順調に白鳥沢まで到着してしまいまして。
「及川、よく来てくれた」
敷地と外を区切る校門前では、牛島が単騎で俺たちを出迎えてくれました。けどね?
いきなり名指しかよ。他の青城のメンバー、無視かよ。仮にも主将がそんなんでいいわけ?
俺は余程その場で小言を言ってやりたかった。けど我慢した。
どうしたことか、俺と牛島は奇縁があり、単なる顔見知り以上の関係になっている。
あ、でも、体の関係とかそういうの一切ないから!
単なる腐れ縁だから!
お願い、勘違いしないで!
「来たのは俺だけじゃないんだけど? ちゃんと皆連れて来たんだから、今日は有意義に過ごさせてもらうよ?」
上から目線、上から目線、忘れちゃいけない。こいつは因縁の相手なんだ。向こうがどう思っていようと関係ない、ついでに言うと三日前に告白まがいの発言をされていたことなんかもっともっと関係ない。
断じて俺は、あいつのことなんか意識してない。
爪の先ほども、ね。

ウォーミングアップを終えて、合同練習のメニューが伝えられる。ポジションによって少しずつ練習内容は違うんだけど、基本は同じ。絶妙にダサい練習着を着た、瀬見くん?と組んで色々やってたけど、なんだろう、彼……どこか、残念なんだよね。どうしてだろうね。バレーには真剣なのに、それ以外の部分が……服のせいかな……いや、私服がそこまで影響するとは思いたくないけど……いや、これ以上考えるのはよそう。変な怪我をしそうだ。



いや、ね!?
変な怪我したら嫌だなと思って練習に集中してましたけどね!?
次に牛島と組まされるなんて思いもよりませんでしたよ!?
「随分熱心だな、及川」
ええい、話しかけるな!
「集中したいから話しかけないで」
サーブ練。相手のところへ打ちつつも、取れないような球をいかにして打つかのある種の心理戦でもある、そんな練習。
こいつ相手なら真っ向勝負しかないってわかってる。けど残念ながら、守備もなかなかにいけるんだよなぁ牛島……動きに無駄がないっていうか、なんていうか。俺には無駄話してくるくせに。
無心に球を打ち、牛島が何ほどの事もなかったかのように拾う。
当然俺は、悔しいわけで。
でもここで言い返したら、岩ちゃんあたりから見せつけてんじゃねえって怒られるんだ。何を見せつけてるのか知らないけど。
おっといけない。拾われた球が、あの左手から打ち返されてくる。いつもとは違う回転がかかっているくせに、強烈なジャンプサーブ。Aパスを狙ってはみたけれど、俺の場合は拾えただけで結構な見当違いの方向へと飛んでいく。悔しくて球を拾いに行ったら、牛島も同じようにネット際に来ていた。どうしてだろうか。
「大丈夫だったか、及川」
何を心配しているんだろう、この男は。
ネット越しに俺を背中から抱き締め、首筋に顔を寄せている。
吐息は湿っていて熱い。全身から立ち昇る熱気が、雄くささが、俺の中の何かを狂わせようとしてくる。
「っ、大丈夫だから、放せよ!」
暴れてみたけれど、牛島の腕の中からはなかなか抜け出せなくって。練習は中断されてて注目の的だし、岩ちゃんは呆れてるし、もう最悪……!



「及川」
「嫌だ」
「及川」
「嫌です」
「及川……!」
「嫌だって言ってんだろ!」
トス・スパイク練。
セッターがトスを上げて、それをスパイカーが打つ。よくある練習。何組もに分かれて、球を打ち込んでいくスパイカーたち。
他の組は順調にローテーションが回っているけれど、うちの組だけは牛島のところで止まっている。理由は簡単だ。俺が適当なトスしか、牛島にあげてやらなかったからだ。
それでも問題なく、あいつなら打てたはずだ。打点の高さには合わせたし、無駄な回転も殺してる。なのに、あいつは打たなかった。
俺の本気のトスじゃないって、きっと一目で見抜いたんだろう。本音の乗らない、悪い意味で適当なトスだって。
そんなの見抜かなくたっていいのに。
「お前、ちゃんと一球打っただろ。次の奴に順番譲れって」
「譲るわけにはいかない。及川、さっきのトスは何だ。あれは俺が欲しいと渇望したトスではない。どこか具合でも悪いのか」
「どこも悪くない。悪いのは機嫌だけ、お前が損ねた」
「及川!」
突然俺を一喝した牛島に、体育館中の視線が集まる。いや、視線を集めたのは俺も同じか。
「……っ、何だよ牛島、普段から尽くされ慣れてる大エースさまは、他校のセッターにまで同じことを要求すんの?」
俺は白布じゃないのに。どうして同じようなあり方を望むんだ。
俺は俺なのに。及川徹なのに。お前のことが、牛島若利が、世界で一番嫌いな及川徹なのに……!
「そうではない」
荒らげた声をすぐに静めて、牛島が語りかけてくる。
「相手が誰であろうと、そのスパイカーの最大のポテンシャルを引き出し得る稀有なセッターだ、及川徹は。俺は、お前に、常にそういったセッターであってほしいと思って、ここに呼んだ。どれだけ詰られようと、嫌われようと、お前の能力が発揮される場所さえあれば人柱になっても構わないとさえ思えた」
いつの間にか、牛島の顔が至近距離にある。
俺たちの会話は、俺たちにしかおそらく聞こえていないだろう。
唇を露骨に、重ねられた。他の部員たちからは見えない角度で。
かさついた、肉厚の、それでもなぜか涙が出そうになる感触で。
俺は反射で、牛島の頬を張っていた。
パシン、と小気味よい音が体育館にこだまする。
「……ああ、わかったよ牛島。ただし俺はお前が嫌いだ。一球しかあげてやらねえ。それ打ち損じたら、今日はもうお前には球放ってやるだけにする」
「……ああ、それで構わない。一球だけでも、お前の本気のトスが打てるのなら、本望だ」

その、結果なんだけど。
……さすがは、白鳥沢の誇る大エース様。
想像していた最高打点より半球分高く上げたはずなのに、綺麗に打ってくれました。初めて合わせてこれか、って感じで。何だろうね、高揚感かな、感じたものに名前をつけるとしたら。





「……はぁ」
あ、ども。花巻です。
今はトス練とスパイク練を兼ねた練習時間のはずなんですが、何かみんな見惚れてます。コートの一角の、二人に。

トスを上げてるうちの主将はノリにノってます。子供みたいにはしゃいだやんちゃ顔して。
一方の、スパイクを延々と打ち続けている鉄面皮の方も、表情筋は仕事してないけれど多分嬉しくて堪らないんでしょう、連続で打ってるのに疲れなんか微塵も感じさせない跳躍力を見せてくれてます。
何て言うんでしょうね、あれ。
ケンカップル?
いや、違うか?
新婚さん?
いや、そんな初々しいものでもないか。
夫婦……そうだな、夫婦だな。
あんなに楽しそうに、及川も牛島もバレーするんだな、って。
決して短い付き合いじゃないけど、俺、初めて見たよ。
及川の、あんなに嬉しそうな顔。


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