【牛及】許婚

牛島若利の寮室は、散らかされている。
天童が勝手に置いて行った週刊誌。だけならまだよかったのだが……。
「ちょっと若利、俺のパンツどこやったの?」
ボクサータイプ、ブーメランタイプ、Tバック、Oバック、トランクスタイプ……ありとあらゆる種類の及川徹のパンツがあちこちに散乱していた。
「それなら畳んでいつもの置き場所にしまっておいたが」
律儀に裏表紙の広告から1ページずつ順番に週刊誌を読んでいたものの、頭の上にパンツが降って来たところで牛島は手を止めた。
収納場所を指差し、少々呆れた様子で及川を見つめている。
「探しても見つからないんだけど? 一体どんな奥にしまって……あ、あった」
あれおかしいな、何回も探したはずなのにこんなことに、と牛島から目を逸らせて及川は言う。
「言いがかりをつけられた俺はどうなるんだ、及川」
「……フェラ1回分で手を打たない?」
「話が早いな、及川」
「じゃ、シャワー浴びてくるから天童が来ても追い返しといてね」
「ああ、わかっている」
シャワーを浴びに共同浴場へと向かった騒がしい同居人……いや、彼らの置かれた境遇を考慮すれば同棲の方が実情に合っているのだろうが……ともかく。口数の多い同居人・及川が本来個室の牛島の部屋へと転がり込んできて、勝手に及川姓のプレートを部屋の入口に設置したのには、理由がある。

『一日も早く、孫の顔が見たい』
牛島の実家から、物言わぬ圧力が若い二人にかけられているのだ。
わざわざありとあらゆる避妊法を使って及川の妊娠を回避しているというのに、そんな涙ぐましい努力など露とも思っていない親の心。
確かに、及川の初めては悉く牛島に捧げているし、いつの間にやら牛島家側だけでなく、及川家の側でも……両家の間ですっかり許嫁扱いされているにはいるのだが。
まだバレーを諦めて家庭に入るには早すぎると当人同士で相談して決めた経緯もある。ただ、二人の事実上の婚姻関係は公にしているわけではない。だから、まだ及川は完全に公認の二人として扱われてはいなかった。
及川と牛島の関係の間に亀裂が入ろうものなら、手段を選ばず略奪しに来ると思われる輩の多いこと、多いこと。校内外問わず、学年を問わず、及川徹を巡る紳士協定に反しない程度のアピール活動は行われていた。
実際に二人の間に亀裂が生じたことなどないのだが、虎視眈々と狙う輩は常に二人の様子を窺っている。
……そう。白鳥沢学内にも、及川を狙っている面の皮の厚い男はいた。誰とは言えないが、同じ寮で生活を送り、共同浴場で及川に熱視線を送り、娯楽室ではわざわざ近い位置に座り、学生食堂ではすかさず相席を狙おうとするなど容疑者は熱心である。同じ部活にも勿論所属し、ポジション争いにも加わるなど接点の加算にも余念がない。
しかしこれは及川徹を巡る紳士協定には反しており、現に彼は無所属で活動しているに過ぎない。
同じ学校、同じ寮、同じ部活……接点の多さを武器にして迫らない、という重要事項に彼は反しているのだから。救いと言えば、及川個人としては性的な意味で彼に全くもって興味などないという点が挙げられる。口では何だかんだいいつつも……及川徹は、牛島若利に夢中だった。

鶴ならぬ親の一声で同じ学級にされ、同じ部屋にされ。部活こそ当人たちの意思で同じだったが、そこでもすっかり夫婦っぷりが定着して久しい。チームのエースと正セッター、ポジションの上でもオポジットに配置されるなど、チームの鍵を握る二人だった。
日中は体を動かし何かと発散してはいるが、若い二人はそれだけでは足りずに、隙間時間を作っては体を繋げていた。
先程及川がシャワーを浴びに行ったのもそのせいである。部屋に入りびたりになる確率の一番高い天童は追い返せばいいし、二人の抱えている理由を知っている白布は邪魔をするなどという無粋な真似はしない。大平に至っては第二の親のように二人を見守っている。となると、厄介者はごく限られた層になるのだが……本人にもそれなりの名誉があるので名前は伏せておこう。断じて、天童に私服のセンスにケチをつけられたあの男のことでは……。
「ただいま〜。また何か、変な目で見られたんだけどどこにも跡つけてないよね?」
及川がシャワーから戻って来た。髪を拭いてはいるが髪の先端からはまだ滴が滴っており、追加のタオルを用意しておいた牛島が及川を抱き留めて、髪を拭いてやっている。
「跡を残しても構わないと言われた時以外は残していないが、変な目で見られるのはお前曰く『いつものこと』ではなかったのか?」
「そりゃあ、そうなんだけどさ……」
牛島の胸に背を預けた及川が猫さながらにすり寄る。
「お前以外の奴に見せてやる肌なんか、俺のどこにもないから」
そのまま体重をかけ、牛島を椅子代わりにする及川。
「……相変わらず軽いな。もう少しトレーニングの時間を増やすか?」
「お前と一緒にすんな、体質が違うんだから今以上どうにもなんないっての」
「諦めるのか、及川。俺と同じ舞台に立ち続けてくれると約束し」
「やっほー若利くん、アレ読み終わった〜? ……それとも、お邪魔だった〜?」
 真面目な話になりかけた絶妙なタイミングで、天童が鍵のかかっていない部屋に入り込んでくる。
「ちょっと! 人の部屋に勝手に入り込んでこないでったら!」
「そうだぞ、天童。今は及川もこの部屋の住人だ。俺だけしかこの部屋にいない時なら構わんが、及川がいる時はノックをして許可を得てから入れ」
「若利くん自分がムチャクチャ言ってるのわかってる? 徹くんのがまだ正論に聞こえてくるよ?」
及川は十分な正論を吐いているのだが、こと天童の前ではその正論が通用しない。困ったことだ、と内心溜息を吐きながら、部屋着のスウェットを上下ともに脱いだ。
「これから若利と、えっちなことするから。早いとこ出てって、時間が勿体ないから」
「……及川! あれほど俺以外の奴の前で脱ぐなと」
「お風呂もシャワーも入れないじゃん、そんな口約束は破るに決まってるじゃん」
まだパンツ脱いでないから丸裸ってわけでもないし、と屁理屈を吐き始めた及川を見て。
「本日のオカズごちそうさまでした〜」
天童が部屋から出ていく。
「……あいつ……新鮮な俺でしか抜かないってことかよ……」
「及川。天童の前で裸になるな。浴場で顔を合わせたらすぐ俺に連絡を寄越せ。邪魔しに行く」
「ほんっと、若利って過保護だよね……」
それもまた、いいんだけど。
及川の独り言兼惚気は、しっかりと当人の耳にも届いていた。

「あっ、待って、ローション冷たっ……あ、ぅっ!」
「お前が天童にまで不埒な姿を見せるのが悪い」
その後及川が牛島にどんなお仕置きをされたのか。
夜の営みは消灯後も続き、隣の部屋の大平に翌日、菩薩顔で説教をされる程度には双方盛り上がっていたようであった。


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