【牛及】異種姦もの

突然の雷鳴と共に、その男は現れた。
いや、正確には、男が現れた瞬間に、雷鳴が生じたと形容した方が正しいのか。
とにかく、人知を超えたやり方で、とある存在が及川の前に顕現した。

「……人の子がどうして俺を呼んだのか」
及川の目の前に立つ、天狗を思い起こさせる装束を纏った男は、しんと静まり返った瞳で侮蔑を隠そうともせずに問うた。
「し、知るかよそんなの、俺は何も」
「何もせずに俺を召し上げることなど不可能だ。お前は無意識にでも、俺を呼んだのだ」
確定事項のように、つらつらと男は並べ立てていく。
高下駄のまま及川の部屋に上がり込んだその男は、座り込み後ずさる及川を壁際へと追いつめていく。
「呼ばれたからには責務は果たす。……尤も、同性と思われる者を相手にしたことは生憎と俺にはないが、最善は果たさせてもらう」
一枚。また一枚。男は、身に着けている装束をおもむろに解いていく。
そしてそれは、及川に対しても同様だった。
「な、な、な、何してんだよ!」
「騒ぐな」
及川の口元を、男の大きな掌が覆う。
「邪魔が入ると儀式は成立しない。お前がそれでも構わないというのなら、俺は余人に見せつけながらでも続けるが」
は?
儀式?
何のこと言ってんのこいつ?
立て続けに及川の脳裏に疑問が浮いては沈む。
しかし、男の言葉で疑問は氷解した。
「俺の子を孕みたいのであろう。儀式の内容すら、召喚の衝撃で忘れたとでもいうのか、その頭は飾り物か」
「ち、違う! 俺はだから何も」
解放された口はすぐに否定の言葉を吐く。
されど、男は自分の組み立てた理屈を曲げるつもりなど毛頭ない様子であった。
「何もしていないと言うのなら」
全裸にされた及川の身が、床に這いつくばる体勢を取らされ。
「お前の無意識は、それほどまでに俺を欲していたのであろうな」
今まで排泄にしか使ったことのない器官を、性的な交合に使われた。

及川の知りえない事の発端はこうだった。
いつもの就寝時間をとっくに過ぎても眠れずに悶々としているうちに、仇敵・牛島若利のことを思い出して複雑な胸の内を整理していたのだ。
コート上ではライバル。向こうが自分をそうみなしているかどうかという自負の面ではいささか不安もあったが、見境なく声をかけてくる程度には憎からず思われているという自信ならあった。
だが、その内訳としては、大いに不満があった。
自分のもとへ来い、と。
そうすれば高みを見せてやれる、と。
その言葉が額面通りであったなら、シンプルに腹を立てて必勝祈願でもしていただろう。
だが違う。
牛島は、もう一つの含みを持たせて及川に言葉を放っていた。
下世話な意味だった。
要は、体の関係を持てと迫っていたのだ。
同性を相手にする趣味などあるはずがないと思っていた及川はその意図を無視し、自分をそのような対象としてみなす牛島をおぞましいものとして認識していた。
はずだった。
なのに。なのに、及川は、眠りの中で禁断の悦びを知ってしまった。
体を拓かれる快楽。愉悦。生涯眠ったままでいるはずの感覚器が目覚め、無限の悦をくみ取るよう覚醒してしまっていたのだ。
たかが夢で。及川は当初事態を軽視した。
意識的に軽視し続けた。
結果、眠りの中で同じ男に何度も抱かれていると気が付いた時には、とっくに手遅れになっていた。
牛島若利。
厚みの違うその肉体に組み敷かれるたびに、その先に待ち構えている行為を期待し肉体は歓喜に打ち震える。
灼熱の杭に触れるだけで、脳髄が蕩けるような高揚が全身を満たす。
体の境目を失う瞬間は、随喜の涙さえ浮かばせている自分の姿が、牛島の瞳の中に映っている。
幾夜も繰り返し、及川は夢の中でのみ、淫蕩の限りを尽くした。
それだけのことで終わるはずだった。

それが全部、人ならざる存在である、牛島の仕向けた所業でなければ。

「あ、あ、い、いやだ、やめ……っ!」
「嫌なものか」
痛みさえ快楽へと転換する自分の肉体を、当初及川は信じられずにいた。
しかし、最奥へと牛島が放った瞬間に、自らの肉体の奥底で。
とくり、と芽吹く何かがあったことは、知覚していた。
「儀式自体は、これで終わりだ」
その言葉に、最後までわけがわからないまま振り回された及川も、ほっと息を吐き体の力を抜く。
「ここから先は、人間として無下にされ続けた、牛島若利としての執念だ」
人の理を捻じ曲げた関係は、始まったばかり。
三月ののち、及川の体に大きな異変が起きたのだったが、それも及川が持って生まれた業のひとつであった。




体調がおかしいわけではなかった。
ただ、何となくあの男の残した言葉の意味に引っかかりを感じただけだった。
だから学校帰りに、安くはない検査薬を買い求め、念には念を入れて別の店でも違う種類の検査薬を買い求めて、事に臨んだ。
万に一つでも可能性があるのだろうか。
怪しみながら、検査薬に同封されていた指示書きの通りに検査を進めていく。
結果。
どちらも、及川を絶望させる赤い線が浮かび上がっていた。

及川の体は、弾かれたように動き出していた。
制服姿のまま、交通機関を乗り継いで、牛島に知らされていた本家の門を敲いた。
インターホンの存在に気付けないほどの焦りが、及川の背中を押す。
早くこの結果を知らせなければ。
その一念のみが、及川を突き動かしていた。

程なくして閂を外しに出てきた使用人と思われる男の一人に、及川は食って掛かった。
「牛島は、どこだ!!」
鬼気迫る表情に、ただ事ではないと察知した男は、少々お待ちくださいとだけ残して急ぎ足で及川を残し、建物の中へと入っていく。
無意識に後を追いかけようとした及川だったが、つきん、と弾力のありながらも鋭さを失わない針で刺されるような独特の感触に足を止め、その場に蹲る。
「……ぅ……」
冷や汗が出る。
自分の体が内側から、異質なものへと変化していく、嫌な汗だ。
膝をつき、体内から無限に生まれ出てくる奇妙極まりない感覚に意識を持っていかれたのと、探していた牛島若利本人が駆け寄ってきて抱き起すのとは、ほぼ同時だった。

「……ぁ、れ……どこ、ここ……」
柔らかな布団が体の上にかけられているのを剥いで、及川は起き上がる。その背をすかさず支える手があった。
「気がついたか、及川」
及川はいつの間にか青城の制服から着替えさせられていた。和の装束にはそう詳しくない及川には、何かの種類の和服としか認識できなかったが、長い袖に四苦八苦している間に再び牛島の手によって布団に横たわらせられていた。
「ここは俺の家だ。お前の方から出向いてくれたというのに、直接応対出来ず申し訳ない。気を、悪くさせたか?」
いつになく殊勝な態度に及川は一瞬目的を忘れかけたが、すぐに思い出し横たわったまま牛島の目を睨みつけた。
「そんなこと、どうだっていい。それよりも、だ。俺の制服のジャケットにあるポケット、今すぐ漁れ」
意図をくみ取れず首をかしげる牛島に、いいから早くしろ、と及川は目で促す。
すぐに二本の検査薬を持ってきた牛島は、及川の言わんとするところに気が付き、破顔した。
「及川、これは……!」
「お前の胤だろ、間違いなく。どうなってんだ、これ」
及川の問いに答える前に、牛島は及川に深く深く口づけた。
「本当に、俺の胤が、お前の腹の中に息づいているんだな」
布団を捲り、及川のへその下あたりに耳を当てる牛島。
「馬鹿か、まだ動いたりする時期じゃないだろ、教科書読んでないのかお前」
「そうと決まれば話は早い」
及川の体に布団をかけ直して、牛島は立ち上がる。
「何せ身重の体だ、学校の事や祝言の日程など一切は俺が取り仕切る。お前は何も心配しなくていい」
「は?」
何を言っているんだこいつは。
及川の理解の範疇をとうに超えた次元の話を、牛島は一人で展開している様子であった。

更に半年。
勝手に白鳥沢に転校させられた及川だったが、学校は休学し、牛島の本宅で静養を続けるうちに、ゆっくりと下腹部は膨らんでいた。
産道となる穴も無事に作られ、そこを使う練習も何度も繰り返した。
腹の膨らみ具合からいって、二人。
妊娠線の走る体を見下ろしながら、こうなった経緯を必死に及川は振り返ろうとしていたが、周期的に訪れる特有の痛みに邪魔をされてうまくいかない。
廊下を歩いていたはずが、意識せずに最初に自分が運び込まれた部屋に立ち寄り、座り込んだところで。
最初は粗相をしてしまったのかと思った。
だが違った。
痛みの周期が短くなっていく。
様子を気にして常に及川に付いていた家人の一人が、破水しています、とだけ言ったところまでは、及川の記憶に残っている。

その先のことは及川自身、正直よく覚えていない。
潮の満ち引きのように訪れる痛みのような波長に合わせて夢中でいきみ、夫である若利に手を握られながらどれだけの時間を過ごしたのかも。
二人目を無事生み落とした時の歓声も、夫が涙を流して及川に感謝の意を伝えたことも。
ただひとつ覚えているのは、自分の胎の中から産まれ出てきた子の二人共の背に、小さな翼のような片鱗が見て取れたことだった。

[ 55/89 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -