【牛及】風邪を引き熱が出たので座薬を使われる話

及川徹は困っていた。
「39.2……」
解熱剤を服用しても、発熱が一向に収まる気配がないことに。
朝からその数値だったなら、タクシーにでも乗ってもう一度通院しただろう。
しかし、日中の微妙な時間にこの数値。
アレを使えば解熱するかもしれないという、これまた微妙なラインだった。
「うぅ……」
布団の中でもぞもぞと手足を動かしてみても、熱が下がるわけもなく。
こんな日に限って両親が夜遅くでなければ帰ってこない不遇も重なり、できることのない及川はとりあえず呻いていた。

及川の躊躇いの原因がどこにあるかというと。
枕元にある水差しでも、内服薬でもない。
受け取って即冷蔵庫に放り込んだ、座薬である。
冷暗所で保管、という記載事項を律儀に守り、成分が溶け出さないように冷やしておいたのはいいものの。
用法が用法なだけに、いざ服薬が必要になりそうだと言えど、及川の中で抵抗感は大きかった。

ただ、日中からこの様子では、夜になれば更にひどい発熱に苛まれる可能性も十分に考えられる。
高熱を出すのは久しぶりだったせいで、体力の消耗も激しい。
判断力も低下してきている。
だから、こんな大間違いをしたのだろうか。
スマートフォンの連絡先一覧、五十音順に並んでいる電話帳の並びから、一人を選ぶときに。
一人分間違えて選択したことに、気付かなかったなど。
留守電にメッセージを吹き込んで、もう一度寝ることにした及川に、特大の災難が降ってかかった。

額の上に冷たいタオルが乗せられる感触で、及川は目を覚ました。
発熱でまだぼうっとする頭で必死に考え、言葉を絞り出す。
「い、わ、ちゃ……おみず……」
枕元の水差しに水は残っていただろうか、とふと及川が思った時には既に。
『岩泉』は空に近い水差しを手に台所へと向かっていた。
すぐに熱を含みぬるくなる額のタオルを煩わしく思いながら及川が待っていると、『岩泉』は水差しと共に小さめの袋を手にして戻って来た。
「あり、がと……」
及川が起き上がる時も背中を支え、水差しからコップに水を注いで渡してくれる『岩泉』。
今日は病人相手だからか甘やかしてくれるなあ、とぼんやり考えていたせいで、家を訪れた人物の正体に気付くのが遅れた。
『岩泉』が言葉を発するまで。
「熱を計れ、及川」
「ふぇ?」
「熱を計れと言っている」
言われて初めて、目の前の人物の姿が、もの言いが、岩泉ではないことに及川は気が付いた。
目をこすり、何度も瞬きを繰り返して、ようやく。
「……げぇっ!」
岩泉だと思い込んでいた人物が、今の姿を一番見せたくない人物──牛島だと。

「な、なん、なんでお前がいるんだよ!」
慌てふためく及川。
それももっともだった。
本人としては、岩泉に助けを求めたつもりでいたのだから。
「何でと言われるとは思わなかったな」
布団の横に落ちていた体温計を拾いつつ、淡々とした口調で牛島は答える。
「珍しく着信があったから何事かと思えば、お前が助けを必要としている様子で」
「え?」
かぶせるように疑問符を投げつける及川。
「うそ?」
回らない頭でどうにか発信履歴を辿ると。
不思議な成り行きで相互登録に至った相手の名前──紛れもない、牛島の名前が残っていた。
一番上に。
「嘘ではない」
「……ま、間違えただけだし! もう帰っていいよ多分熱もさが……うぅ……」
「大声を出すな、体に障る」
ふらふらと布団に再度倒れ込む及川。
「でもほんと、帰っていいって……部活とか、あるでしょ……」
「こんなお前を放ってなどおけない」
及川の体の上に掛け布団をかけてやりながら、牛島は水差しと同時に持ってきていた小袋の中から銀の個包装をひとつ取り出した。
「うつ伏せになって尻を上げろ、及川」
「…………は?」
唐突に何を言い出すんだこの男、と心底嫌そうな顔をして、及川は牛島の挙動を見つめた。
「冷蔵庫に座薬が入っていた。何故それを使わない」
この熱で、と言う牛島の掌が、冷やされていたはずの及川の額に触れる。
水を扱い少しばかり冷やされていた牛島の手が、過剰な体温を吸い純粋に心地よい。
そう感じた自分自身を否定するかのように、及川は牛島に背を向けるよう寝返りを打つ。
「だって……座薬使うほどの事、ないかと思っただけだし」
「薬を飲んでも『この』熱では説得力に欠ける」
牛島は勝手に布団を捲りあげ、汗を吸い湿っている及川の着衣を一思いに脱がせた。
ほんのりと赤みが増している形の良い臀部が露わになり、咄嗟に及川は牛島の頭を叩いた。
「何をする」
「それはこっちの台詞だっての! 勝手に脱がせてんじゃねえ!」
必死に前を隠しながら、抵抗する及川。
しかし病人の抵抗など何という事はない。
常の及川の半分以下しか力を発揮できない腕はあっけなく目的を放棄させられ、あえなくうつ伏せに転がされてはもう抵抗の術はなかった。
「意地を張ってバレーから離れざるを得ない期間が長引いては元も子もないぞ、及川」
「う、うるっさい!」
脊髄反射でやり返していた及川だったが、熱で体力がかなり落ちている影響か、嫌味を付け足す余裕もなくなっていた。
「そのままこっちに尻だけ上げて……膝を立てろ、少しの辛抱だ」
「や、やめろってば」
やめてほしい、と態度でも示していた及川だったが、牛島は強引に及川の腹の下に膝を入れて。
包装を解き座薬を摘まんで、汗で湿っている及川の肛門にあてがい、無慈悲に親指の腹で押し入れた。
「ぎゃ、っ!」
実に色気のない声をあげる及川。
「暴れるな、出てくるだろう」
牛島の指は及川の局部にあてられたまま離れない。
「むりむりむりやだやだ手ぇどけろって……う……はぅ……」
腰をしっかりと掴まれていては動きも制限される。
やがて及川はぐったりと動かなくなり、待つこと数分。
「もうそろそろか」
及川の体内で座薬が融け、出てくる様子がないことを確認してから、牛島は及川から手を離した。
「…………さすがにもう、座薬くらい自力で入れられるようになった方がいいんじゃないのか」
及川にとって立つ瀬のない言葉を残して。
「うるさい、ばかぁっ、もう帰れよ!」
どうして及川の顔が来た時よりも赤かったのか、理由を牛島が知るにはもう少し時間が必要だった。



(そういえば、天童が言っていた『太い注射と細い座薬とどちらか好きな方を選べ』とは何のことだったのだろうか?)

牛島若利は、性的な機微や隠語にはまだ疎かった。

[ 53/89 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -