【牛及・影及】牛及と影及の四人がわちゃわちゃしてる話

「それでさー、その時の岩ちゃんったらひどいんだよ、いきなりさぁ……」
 牛島の腕に勝手に腕を絡め、自分を雑に扱う幼馴染の愚痴を零す及川と。
「ちょっと飛雄、そっち反対。いい加減道覚えろって何回言えば……」
 見当違いの方向に歩き出そうとする恋人――影山の手を引いて、歩き出した及川が。

 どうしたことか、うっかり出会ってしまった。
「「あ」」


「で、なんで会ったからってお茶でもしようかって話になるの!?」
 四人掛けのボックス席。テーブルに両手をついて前のめりに立ち、憤慨しているのは影山を連れて歩いていた方の及川。
 及川さん落ち着いてください、と影山が宥めて何とか腰を下ろすが、向かいに座っているのが自分と同じ顔では、どうにも落ち着かないらしい。
 なぜ仇敵の牛島なぞを連れて街を歩いているのか。何物なのかすらも怪しい、鏡映しの男へと問う。
「なんでって、せっかくだから話してみたいって思っただけじゃだめ?」
 牛島を伴って歩いていた方の及川は、どうやら比較的穏やかな性質のようだった。
「だめに決まってんだろ! 何が悲しくてそんなの連れて歩いてんのさ! 男の趣味悪いにも程があるし俺の顔でそいつ隣に置かないでよ!!」
 対照的に、影山に甘やかされ放題だった及川は、相変わらずの『大王様』気質が節々に出ている。
 けなす相手がもはや自分とは思えず言いたい放題だが、さすがにそこまで言われては、牛島を伴っていた方の及川も黙ってはいられないようだった。
「じゃあ言うけどさあ」
 目がすっと細められる。
「俺って基本的に年上好み、妥協ラインで同い年、だったはずなのにどうして飛雄連れて歩いてんの? お前にとって飛雄は自分をさらけ出して甘えたい相手にランクが上がったわけ? 呆れた。そんなに情けない真似できちゃうんだ?」
 人当たりの良さに牙を隠しているのは、牛島と恋仲の及川――便宜上徹とでも呼ぼうか――も同じだった。互いが互いのパートナーに対して納得がいかない、といった顔で槍玉にあげる泥仕合の様相を呈していた。
「お、お前だって、牛島なんかのどこが良くて一緒にいるのか、俺が納得するような理由出してみろよ!」
 及川も必死だった。まさか自分の中に牛島と懇ろになれるような素養があったとは信じたくなかったのだ。信じるも何も現実に『そう』なっていることからは目をそらしている時点で詰んでいるわけだが、あまりに気の毒だったので徹は及川の失態を無視して話を続けた。
「……最初は嫌で嫌でどうしようもなかった奴だったのは多分お前も知ってると思う。けど、基本的に言葉が足りないっていうか、不器用? なんだよね。バレー以外てんでダメ。まさか白鳥沢の教科書片手に追試対策させられる破目になるとは思わなかったし」
「え、牛島って勉強そこまでダメなの」
 ここで初めて、ずっと口を閉ざしていた牛島が唇を動かした。
「あれは試験の問題文が悪い」
「白布くんの前でも同じこと言える? 彼は普通科の出だけれどしっかり解いてたじゃない。三年の問題でも」
 ぐうの音も出ずに再び牛島が黙る。
「……と、こんな感じの残念な出来なんですが、お前知ってた? 二重の意味でバレー馬鹿だって」
 額に手を当て天を仰いだ徹の言葉に、及川も何やら思い当たる節があったらしい。
 というよりも、隣に腰かけ何のことやらと窓の外を眺めている男も同等、いやそれ以上にひどい可能性が高かったからだ。
「白鳥沢の試験問題って、スポーツ特待でも結構難しいって聞くからまだましだと思う……。飛雄も同級生に散々教えてもらって結局補習組、合宿に遅刻したって聞いたし情けないったら」
「え、烏野の試験でそれやっちゃったの? 厳しくない? これから難しくなってくのにバレー続けていけんの?」
「そうなんだよねー……まさか春高終わってから飛雄の公認家庭教師になるなんて思わなかったし。俺の進路どころじゃなくて本当に飛雄の進級が危ない」
「お気の毒……進級っていうか卒業だけは出来そうだし推薦も好きなところ選べそうだからこっちはひどい成績の回避だけ考えてればいいけど……あと二年以上あるって考えたらさぁ……」
 直接徹には関係がないとしても、あまりにあんまりな惨状を聞いてしまうとどうしても憐憫の情に囚われてしまう。
「ってわけで、牛島、飛雄に何か一言アドバイスを」
 かつて進級すれすれの憂き目に遭った経験者から何か引き出せないかと思ったが、期待するだけ無駄だったようだ。
「教師に土下座すればどうにかなった」
「そういうの今いらない」
 徹に一刀両断されまたしても口を噤む牛島。哀れを通り越して掛け合い漫才でも見ているかのような心地のする及川だった。
「ふぅん……俺んとこでも同じなのかどうか今度聞いてみよっと。そんで盛大に笑ってやる。及川さん優等生だしー」
 バレー漬けでもそれなりの成績を叩き出していた及川同様、徹も人に披露して恥じるところのない成績を残している。勉学に集中すればバレーでの推薦を利用せずとも大抵の進路は希望通りになる公算が高かった。
「あ、いくらなんでも気の毒だからそれはやめたげて……こっちの牛島、俺の成績表見てうなされたことあるらしいし、変なトラウマになったら岩ちゃんにどやされるよ」
「及川さん」
 急に口を開いた影山に余程驚いたのか、及川の表情が一瞬固まる。
「そんなに心配されるようだったら及川さんの彼氏失格なんで、せめて追試とか赤点とかとは縁のない点数、次の試験から取ってみせます」
 言うねえ、そんで言わせるねえ、と穏やかな目で影山と及川を見つめる徹。年が違うからこそ生じる特有の悩みがある意味では鬱陶しく、ある意味では羨ましかった。
「なるほど、そっちの飛雄は『俺にとっての王子様』なんだねえ。なんとなく理解したよ」
「ち、違うし! こんなんが王子様だとか勘違いもいいとこで」
「けど及川さん『俺をオヒメサマに出来るのはお前だけだよ、飛雄』ってこの間」
「飛雄は黙ってて余計にややこしくなるからっ!!」
 場は混沌と化しつつあった。
「けど、王子様ってことは特にまだ何もしてないんだね、見てたらわかるよ清らかだねー、ごめんね先に爛れちゃってて」
 自分で自分すら煽ってしまうのがやはり及川……いや、この場合は徹、か。
「キスはまだ? 手とか繋いだ? お勉強教えるだけの仲じゃあ恋人って言わないことの方が多いよねー」
「ゆ、指切りげんまんならこの間やったし馬鹿にすんな!」
実にレベルの低い張り合いに牛島が嘆息する。
「及川」
「何」
 この場合指しているのは勿論徹の方だ。
「爛れていいということはお前は今夜俺の部屋に来ると受け取って間違いないな」
 思考が斜め上の方向へと一足飛んだ牛島に、徹も一瞬閉口する。
「…………そ、そこまでしていいって意味じゃないし! ウシワカちゃんのばか!!」
「そう呼ぶのは二人きりの時だけにしろと何度言えばお前はわかってくれるんだ及川」
「はいはいごちそうさま! なんかもう大盛パフェ食べた気がしてきたから口直しに及川さんにコーヒーおごって飛雄!」
「すいません財布忘れてきたみたいです」
「お前ってやつは!!」


及川が同じ場に二人いたとしても、大した問題にはならないあたり、及川らしいと喜ぶべきか否か。
密かに互いの世界の岩泉を悩ませたという。




ある日のこと。
恋人を我儘なオヒメサマに育て上げてしまった影山は、命令により牛乳パンのおつかいに出ておりました。
近所のコンビニのパンではなく、行きつけのパン屋の牛乳パンでなければ嫌だと駄々をこねられ、仕方なしに遠出をしております。
すると、先日顔を合わせたばかりの、初心者向けでも競争率の高い及川を射止めた男・牛島の姿があるではありませんか。
あれ以来頻繁に二つの世界が混ざってしまうので困る場面もありましたが、牛島に関してはなかなかにわかりやすいのです。
及川に恋人として調教されているか否か。これだけで随分と違うものです。
早速影山の姿を見つけた牛島も、影山の方へと歩いてくるではありませんか。
「奇遇だな、影山」

はて、さて。

牛島と影山。
この二人の組み合わせだと、妙な目立ち方をしてしまうため、公園のベンチの両端にそれぞれ腰を下ろしての、第一声はと言うと。
「あれから及川と、どの程度うまくいっているのか」
顔に似合わず随分と突っ込んだ話題を、牛島の方から振ってきました。
どの程度も何も、まだキスさえ解禁してもらってません、とは男の沽券にかけて言えなかった。我儘放題の及川を掌上で遊ばせている感覚だけで今は十分、と自分に言い聞かせていても、やはりその先に進みたいのが本心であり、本能とも言える。
膝の上で両の拳を握り締め、影山は答えた。
「……その、触らせてもらえるところまでは、どうにか」
「半分嘘だな」
影山のへたくそな嘘はすぐに見抜かれてしまう。
「触るといっても手や肩が関の山だろう。もっと個人的な場所はまだ許されていない、そんな顔をしている」
及川に調教されている牛島はこうも色恋沙汰に通じているのか。ああ憎たらしい、年上なのだからもっとこう配慮できないものか、と押し黙っていると、牛島はさらに言葉を続ける。
「俺の知る及川と本質が変わらないなら、言いなりにばかりなる必要はない。本心はむしろ逆だ。及川は自分が認めた相手になら懐くし甘える。それだけの甲斐性をまだお前が見せていないだけの話だ。緩急をつけると効果的なのは、駆け引き全般に言える。色恋沙汰もバレーも同じだ」
二人の視線は平行線を描いたまま、会話だけが続いていく。
「そう簡単そうに言いますけど、及川さん、俺が伸ばした手を叩き落とすんですよ、振り払う以前に」
 反射的に叩き落しでもしたのか、一応謝られはしたもののその後に垣間見せた、傷ついたような目がどうしても影山の脳裏をよぎる。
 折を見て何度か試しても、毎回叩き落される影山とて朴念仁ではない。
「そうか」
 とすると、牛島も勝手が違ってくる。
「なら、触れる以前に、近くにいても嫌がられずに過ごせているかどうかだな」
「……なんかその、コンキョ? ってあるんですか、それって」
指を組んだ影山の視線が足元へと下ろされる。
「ないな。勘だ」
「はあ、そうですか」
話は再び平行線を辿る。
 しばらくしておもむろに口を開いたのは、影山だった。
「あの、そっちの及川さんって……何か、ありましたか」
「何かとは何のことを指して言っている」
 候補がありすぎるのか絞り切れなかった牛島が問う。
「何かって、ええと……触られたりするのが嫌になるようなきっかけ、とか」
「……あったな」
 遠くを見つめるような目をした牛島が、深い息を吐いた後にぽつりと零した。
「その時、どうやって乗り越えたか、もしよければ、」
「聞いてどうする。そちらの及川は姿かたちは同じでも違う人間ではないのか?」
「それは、その」
「参考にするとしてもだ。偶然うまくいったからといって、次に同じように困りごとに直面したら、また誰かを頼るのか?」
 影山の目が、何かにはっと気づいたように見開かれる。
「お前ならどうすべきか、俺に問わずとも独力で答えが見つかるはずだ」
「……及川さん、俺は」
「続きは本人の前で言ってやった方が効果的だと思うが」
 言うだけ言ってさっさと牛島は立ち去り、影山もまた、及川から預かった財布片手に歩き出す。
 パン屋で買った牛乳パンを片手に、最も欲しがっていた言葉を及川に手向けた影山が全力で抱きつかれ廊下で頭を打つのは、また別のお話。


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