【岩及】いわちゃんは、てがはやいんです。 とおる

岩ちゃんが奥手だって言いだしたのは誰なの。

誰も彼もにそう聞いてまわりたい気持ちを抑えて、穴あきクッションを小脇に抱えて登校したよ、俺は真面目に。朝練には出られそうもなかったからいつもよりもゆっくりめに家を出て、学校が近づくにつれ増えてくる同じ制服の生徒を横目に、頑張っていつもと同じ足取りに見えるように歩いたよ。

なのに、岩ちゃんときたら、ひどいんだよ。
朝練に一人で出てるし、教室で大人しく座ってじっとしてるしかない俺の気も知らないで、大丈夫か、なんて聞いてくるの。

大丈夫なわけないじゃない!
大丈夫じゃなくしたのは、一体誰だと思ってんのさ!
岩ちゃん以外、いるわけないでしょ!

そう怒鳴って鳩尾に一発入れられたなら、多少は気が晴れたのかもしれないけどさ。
今から何をしたって、人前で言えないあんなところがひりひりするのは変わらないし、岩ちゃんを嫌いになったりもしない。

でもねでもね。
まっきーもまっつんも、今日のいわちゃんを見たら、ぜーったい「なにかあった」ってかんがえるよ。
かくしん、だよ。うたがいようが、ないよ。
どんなかおして、あえばいいのさ。

……落ち着こう。顔が赤いのはそのうち引く。
どうやって説明? 弁解? するか、今のうちから考えないと。
事実じゃないけど嘘じゃない、って程度の真実味を持たせた、俺と岩ちゃんの間にならありそうなストーリーを考えるんだ、組み立てるんだ。

……だから、どうやって!
まず、岩ちゃんと俺が……その……えっちなことをしたっていう事実を、どんな風に加工してストーリーの中に入れるかだけど……。
なんていうか、無茶じゃない?
俺の片思いだとばかり思ってたのが、フタを開けてみれば念願叶って恋人一日目がスタートして、ってところまでは言えるよ?
問題はそのあと。
思い出しても、急展開どころか、超展開?
色々な意味で、すごかった。
ちゃんと思い出して、言えそうなところだけかいつまんで、どうやって伝えるか悩むだけ無駄かも、ってくらいに濃厚な……その……ね。

岩ちゃんは、俺と同じ……いや、俺以上に……何倍も、かもしれないけど……オトコノコ、だったので。
及川さんは、戸惑ってるんです。



昨日は部活がなかったから、まっすぐは帰らず岩ちゃんの家に寄って数学の宿題をやってました。
無事終わりました。
おわり。

で済まなかったのが、昨日とそれ以外のオフの日の決定的な違いかな。
数学の宿題やって、岩ちゃんが麦茶のおかわりを取りに部屋を出てって、その隙にベッドに横になって枕抱いてゴロゴロしてた。
……ここまでは、ギリギリ普段と同じ。
枕からはもちろん、岩ちゃんのにおいがして。
そろそろシーツの洗い時だよ、ってその日は素直に言えなかった。
シーツからも、ほんのり岩ちゃんのにおいがするなんて、俺にとっての途方もない贅沢だから。
言ったら絶対岩ちゃんは引くから言ったことないけど、部室備え付けのロッカーを開けた時にふわっと岩ちゃんのにおいがするのが、俺のささやかな楽しみであり癒しなんだよ。
こんなこと面と向かって言える神経してないし、昨日まではそもそも岩ちゃんは俺と違って幼馴染をそういう目で見てると思ってなかったから、打ち明ける隙も何もないよね?
普通、そうだよね?
俺たちの間に、その「普通」があてはまるのかはこの際置いといて。
とにかく、岩ちゃんのいない間に岩ちゃんのベッドで、岩ちゃんのにおいを独り占めして、幸せを満喫してました。
堂々とお付き合いができたらなぁ、なんて、ほんの少しだけ、感傷的になりながら、ね。
だからかな。
ぼーっとしていて、岩ちゃんが戻ってきたのに気づかずに、枕にしがみついている姿を岩ちゃんに見られたんだ。

血の気が引いた。

俺が岩ちゃんを、「そういう目」で見てるって、気づかれたと思ったから。
いつもじゃれあってる時の、慣れ親しんだ顔から表情がすうっと引いていって、目が不意に細められる。
次に岩ちゃんの口からどんな言葉が飛び出してくるのかが読めない。
俺の知らない岩ちゃんを見てしまって、怖い、って無意識に身構えた。
きっと怯えてもいたんだろう。
知られてはならないことを、知られてしまったから。
岩ちゃんが次に何をするのか見ていられなくて、ぎゅっと目を閉じて身をすくめて、傷つくための心の準備をしようとしたんだ。

だから、拍子抜けしたよ。

腕の中から枕を引っこ抜かれて、仰向けに転がされたあと恐る恐る目を開けたら、馬乗りになってる岩ちゃんがいるんだもの。
冷たくされたり、ぶたれたりしても仕方ないかなって思ってた矢先の出来事だよ?
もうわけがわからないし、岩ちゃんも岩ちゃんで次は服を脱がせようとしてくるし、いつの間にか岩ちゃんも上半身裸だし、カーテンは閉めてあるし普段開けっ放しの扉もちゃんと閉じてある。岩ちゃんの日常どこいったの、って思った。
焦った。
予想もできなかった何かが始まってしまうんじゃないかって、感じたことのない不安がむくむく膨らんで、どうしたらいいのかがわからなくなって。
そうしたら岩ちゃんが……なんか、妙に、近くて。
近いなぁ、いつもは岩ちゃんからこんなに近づいてこないんだけどなぁ、なんて思ってたら。
……キス、されてました。
現実に理解が追い付かなくて、うっすら口も開いてたから、隙間から舌も入れられて吸われて。
紛れもないいわちゃんのあじ、とか喜べる余裕はありもしないし、もしかしてこれって両思いだってってこと? なんて判断する以前の話です。
ネクタイ解かれて、シャツのボタンを上から三つ外されたあたりで、かろうじて喋るだけの余裕ができたから、息継ぎを見計らって言ってやったんだよ。

待って、待ってってば、岩ちゃん!
嫌だよ、こんなのすぐやめ……

言い切る前に言葉が消えたのは、むき出しの乳首を思いっきり吸われたからで。
痛みを感じて顔をしかめる寸前から取って返し、まだ芯のないふにふにの先っぽを、意外と厚みがあるってついさっき知ったばかりの舌先がつつき、丁寧に舐めては弾き転がす。
口元を両手で押さえていても鼻からあまぁい吐息が抜けていき、本当はちっとも嫌だなんて思ってないって、丸わかりの反応しか返せなくて。

(なんで、こんなに、じょうずなの?)

事態が呑み込めなくても、気持ちいいものは気持ちいい。
シャツのボタンは全開になってて、ベルトも勝手に外されてる。
そのまま脱がされそうになって一気に我に返った俺は、ここぞとばかりに岩ちゃんを質問攻めにした。

俺のこと憐れんだり蔑んだりしてるの?
俺が同性を本気で好きになっちゃうような奴だから、縁を切るけど手切れ金代わりに思い出のひとつでもくれてやろうって魂胆なの?
それとも、岩ちゃんのことを好きな俺なら、黙って岩ちゃんの性欲処理にも付き合うだろうから、って打算でこんなことしてるの?

自分で言ってて惨めで泣けてきたのに、パンツの中に突っ込まれた岩ちゃんの手は待ってくれない。
息が荒いし、目がぎらぎらしていて、捕って喰われそうな感じ。

(あ、岩ちゃん、よくわかんないけど本気っぽい)

質問の答えを一つももらえないまま、下半身を丸裸にされて足を開かされて、その間に岩ちゃんが割り込んだ。
明るい部屋の中で及川さんの及川さんは岩ちゃんに思いっきり見られてるのに、岩ちゃんはしげしげと観察してばかりで自分は上しか脱いでないんだから、本当はここでずるいって抗議しておくべきだったんだよ、きっと。

岩ちゃんが俺への片思いを何年こじらせていたのか、すぐ後に聞かされたんだから。



「で、ずっと俺しか見てなかった岩ちゃんは、ベッドでのんびり寛いでる無防備な俺を見てとうとう我慢ができなくなり」
「ダメ元で押し倒して剥いたらイケそうな雰囲気だったからこの機会にヤっちまえばいいかと思った」
「ひどい!」
ぷう、と頬を膨らませた及川を見て、くつくつと笑む岩泉。
直面していた不可解な事態からは辛くも脱出したが、開き直りも手伝い岩泉の手の早さが存分に発揮されたせいで、依然として及川がほぼ全裸である点は変わりない。
警戒を完全に解き、今日から岩ちゃんとお付き合い、と浮かれている及川とは対照的に、据え膳を目の前に手を止めざるを得なくなっている岩泉の表情は硬かった。
硬いのは表情だけではないのだが、そうと悟らせるほど岩泉も及川に甘くはない。
むしろ、この後の企てを思えば、彼が一番及川に対して辛辣であるとさえ言えた。

「でも、岩ちゃんが俺のこと嫌じゃないってわかって、よかったなぁ」
「嫌ならとっくに見捨てて白鳥沢に送り出してるっての」
「ちょ、岩ちゃんさっきからひどくない!? ただでさえ不足がちな遠慮が今日は何もないっていうか、及川さんをいたわってくれないの?? 愛が足りない! 愛が!」

愛が足りない。
その一言が、岩泉の逆鱗に触れた。
「じゃあ」
おもむろにポケットをまさぐり、小さな金属ケースを取り出す岩泉。
じゃあ、の三文字を奏でた声音が、思いのほか低かった意味を想像して血の冷える思いをし始めた及川。
「お前の言う、『愛』とやらを、頭金代わりにここんとこ五年分くれてやる」

意図を及川が解き明かす前に岩泉は行動に出た。

「ない! これはないって、嫌だってば、岩ちゃん!」

及川の両膝を掴み左右に大きく開いた犯人・岩泉は、日焼けと縁遠い色と肌理をした下腹部を確かめ満足げな溜息を漏らした。

「色気のねえ声でがなるな、もう少ししおらしく出来ねえのか」

黙っていれば今の何倍、いや何十倍艶めかしいだろうか。
想像しただけで相当の刺激があるが、岩泉が今目にしている及川本人には幸か不幸か、それを想起させる片鱗さえ感じられない。
むしろ本人が片っ端から芽を潰して回っている可能性さえあった。

「しおらしくしたって岩ちゃんが好き勝手するだけじゃん!」

及川の思い込みだ、と言い返すつもりでいたが、図星を突かれて一瞬岩泉は押し黙った。
及川はそれを見逃さず、反転攻勢をかけようとしたのだが、カチャ、という耳慣れた音の出どころを辿ってしまい二の句が継げなくなってしまった。

「……い、いわちゃん」

引っかかりうまく外れないベルトに苛立ち、岩泉が舌を打つ。

「ね、ねえ」

ファスナーの金具も同じ構造をしているのだが、いつも聞いている音とは違う響きが、及川の耳に残る。

「それ以上、脱がなくていいよ」

及川の言葉を、岩泉は聞き入れなかった。
下着ごと一気に脱ぎ捨てた制服を放り出し、先に出しておいた金属ケースを開いて、中身のひとつであるジェルローションを及川の眼前に示してから、慎ましく閉じている未通の蕾へとローションスティックを挿し込んだ。

「え、やだ、いわちゃんのえっち! お付き合い初日に、こんなのやだ!」

体の中に注がれていく生温かいジェルの使用用途を、及川も当然知っている。
もしかしたら、と淡い期待を込めて調べていた過去を、こんなにも早く感慨深く振り返る羽目になるとまでは思っていなかったが。

「っせえな、何年我慢したと思ってんだ」

ばたばたと及川も暴れてはいるものの、引き抜かれていないローションスティックが気になり、どうしても動きが緩慢になってしまう。
何とか自力で引き抜いても、温まったジェルがとろりと溶けてあふれてしまいそうで、結局起き上がらないままなし崩しに岩泉のペースに巻き込まれつつあった。

「我慢はそりゃ、年単位かもしれないけど、今日がお付き合い初日だよ? 手つないで、登下校デートとかして、夕日見ながらいい雰囲気になった時にちゅーまですれば、初日としてはすっごく進展した方だと思います! いわちゃんは、すすもうとしすぎです!」

頬を膨らませぷりぷりと憤慨して見せた及川だったが、岩泉はまともに取り合おうとはせず、ローション程度では綻びの生じない菊花に親指の腹を押し当てて軽く擦った。

「んなこたあわかってんだよ、けどよ、お前自分でも言ってただろ、『我慢ができなくなった』って」

ぬるついた親指と入れ違いに当てた利き手の人差し指が、何とか爪ほどの深さまで埋まっていく。
ひゃ、と色気と程遠い声が及川の喉から絞り出されたのと前後して、強張った体内から抜けないよう強めに突いた指が、抵抗そっちのけで姿をくらませていった。

「ぁあ、ん! や、いわちゃ、そこ……っ!」

軽く指を曲げ爪をひっかけないよう中を探っていくうちに、及川の体温でとろみのある液体に変化したローションも満遍なく広がる。
だめ、やだ、やめて、とうわごとのように繰り返すばかりの及川の唇を吸い、耳元で囁いた。

もう黙って、抱かれとけ。

うん、という是の返事を受けて、岩泉は庭園を散らすための準備を。
及川は潮のように満ちていく喜悦を迸らせぬよう忍従を。
それぞれに、始めた。



皺だらけになったシャツを脱がせた後の、余計なものを一切身につけない及川の体は、意識が遠のくほどに岩泉を魅了し酔わせた。
ほんのりと全身には朱が差し、下着で隠せる範囲にはいくつもの紅が散り、丹念に慣らした花蕾から滴り落ちた蜜はシーツを湿らせている。
及川の性器にもゴムを被せてやったのだが、不慣れな感触を嫌がり外そうとするのを宥めて妥協させた頃には、岩泉の理性も機能停止寸前になっていた。

「ん、ぅ…いわ、ちゃ……」

指の二本も三本も大した違いなしに呑み込むまでになった及川は、放っておかれた襞の疼きに耐え切れずに自分で触れようとしていた。
しかし指は浅くしか入らず、自慰に耽るどころか逆効果になって、必死に岩泉を誘う位しかもうできなくなってしまっていた。

「ね、はや、く……ぅ…」

ちゅぷん、と音を立てて引き抜かれた及川の指先は少しばかりふやけていて、食むものを失いぽっかりと空いた洞の奥がちらちらと見え隠れしている。
岩泉が繰り返し生唾を飲んでいると気づいていない及川は、知らず知らずに岩泉に見せつけている『絶景』に、更に花を添えてしまい。
彼らの雌雄が、確定する瞬間が、訪れた。

「はやく…ね、いわ……ちゃ、ぁ…い、いれ……っ、ぁ……あ……っ!」

指のような凹凸のある質量とは訳が違った。
締めてもすべての方向から押し返してくる、暴力的なまでの圧迫感。
腰を引こうにもその腰を岩泉の両手がしっかりと掴んでいて、切っ先が奥へ奥へと蹂躙を始めたのが逐一伝わってくる。
及川の側では相当深いところまで体が繋がったように感じていても、下腹部同士が触れあっていない以上、まだ岩泉の『全部』が収まってはいないのが現実であり実態だった。

押しては引き、引いては押し、及川が我慢できずに一度放ってしまってから仕切り直して、もう一度時間をかけ。
ぐっ、と一際強く押し込まれた衝動をやり過ごしてから、恥じらいで直視できかねるほどの深さまで貫かれた及川が、自身の上で呼吸を荒くしている岩泉を、震える手でぎこちなく抱きしめた。

「いわちゃ、おれ……うれ、しい」




その後の記憶は、生憎二人とも定かではないらしい。
というのも、及川の一言が岩泉のなけなしの理性にとどめを刺してしまい、体力と手持ちのゴムが尽きるまで何度も行為を繰り返した経緯があるためだ。
異様なまでにすっきりしている下半身の言いなりになっていた自覚のある岩泉は、間の抜けた顔で眠りこけている及川の家に今日は泊めると連絡を入れ、残業か付き合いかのどちらかで帰りが遅くなっている両親に心の中で詫び、一日で使い切ったゴムを買い足す費用の工面を思案しつつ二人分の夜食をこしらえに、台所に立った。

夜食の炒飯を食べようとした及川が、座るのきつい、と言い出してやっと、やりすぎたことに思い至ったが後の祭りであった。





……思い返しても、これ、説明できるできないの次元じゃないよね?
説明しちゃいけないよね?
俺と岩ちゃんの熱い夜の話なんて、いくら何でも話して聞かせるモノじゃない。
黙っていよう。
俺が話したらきっと余計なこと言って、ぼろが出るから。
岩ちゃんに全部お任せしちゃおう。
そもそも、俺が今日こんなになってるのって、全部昨日の岩ちゃんのせいだし?
気持ちよかったのは事実だけど、限度があるよ、限度が。
俺の記憶が事実とどれだけ一致してるのかあやふやだし、作ってもらった炒飯の味付けさえろくに覚えてないのに、体には昨日の名残がこれでもかって位に残ってるのは反則だよ……。
体の奥にまだ、岩ちゃんがいるみたいで。
枕よりもシーツよりも、ずっと濃い岩ちゃんのにおいに包まれて一晩過ごして、誰かにばれないかな、って心配になるくらい、自分の体から岩ちゃんの気配がしてる。

どうしよう。
今日は放課後に、いつもと同じように部活があるのに。

昨日の続きがしたいって岩ちゃんに言ったら、怒られちゃうかな?

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