【モブ及】とおるとお布団
「きもちい……このまま俺、おふとんの妖精になれちゃうかも……」
天気のいい日ってのはどうして、布団干しが幸せを運んでくるんだろう。
日当たり良好南向きだけじゃなく、色々設備は整ってるいいマンションらしいけど、知らない間におじさんが買ってくれてたマンションだから詳しいことはわかんない。俺の名義になってて、お金を出してるおじさんも自分の家は持ってるはずなのに、なぜか毎日ここに帰ってくる。
お金持ちなんだろうな。だから俺なんかを愛人にして囲ってるんだろうけど。
でもさ、愛人って普通、毎日会いにくるものじゃないよね?
毎日顔を合わせてたら、刺激も何もないよね?
このマンション買ってもらって、俺が住み始めてから、おじさんが泊まっていかなかった日は一日もない。ついでに言うと、おじさんと俺がひとつにならなかった日も、一日もない。
からだの境目が消えたまま、あまり高くない体温が俺を包んで。脈打ちトクトクと注がれてるひとときが、いけないことしてるなあ、って後ろめたさも手伝って、すごく興奮するんだ。
……思い出しただけで、からだが寂しくなってくる。
だめだめ、今日は絶対布団を干すって決めたんだから。わざわざおじさんが天気予報をチェックして、体がつらくなかったら明日は少し早めに起きて布団を干したらどうだ、って言ってくれてたもの。
夜、思う存分に俺と一緒にいるために、昼間はおじさんは働いてるんだから。ずっと隣にいられるほど、世の中都合よくできてない。
……ずっと一緒にいたら、多分俺我慢できないし。
ううっ、なんかもうだめだ。お布団見てるとそんなことばっかり考えちゃう。
さっさと干さないと、俺はまともな人間でいられなくなる。お布団の妖精になって、おじさんが帰ってきたらすぐに、ご飯も食べずにお布団に引き込んじゃう。
シーツをはぎ取って洗濯機に入れて、丸裸になった敷き布団をベランダへ連行して、それからお掃除して買い物に行って、意外とやることはある。全部完璧にこなすのって無理があるなあ、なんて考えながら、足を片方ずつサンダルに通し終えたら、珍事が起こった。
上から悲鳴らしき声が聞こえたような、気がしたんだ。
悲鳴を聞いて反射的にベランダへ出たら、次に聞こえてきたのは……うめき声?
なんでうめき声なんかしてるんだろう。
気になって、手すりから身を乗り出して見上げてみたら。
次の瞬間、お布団が降ってきた。
なんで、とか。どういうこと、とか。色々考える前に手が動いて、落ちてきたお布団の端を、ぎりぎりのタイミングで掴んでいた。
どんな事情があってお布団なんか落っことすのさ!
端っこしか掴んでない布団を引っ張り上げるのはなかなかに大変で、昨日ちょっと無理した腰に連日の無理をさせて、何とか部屋の中には運び込んだ……んだよ。大変だったよ。世界平和のためには、うっかり布団なんか落としちゃいけないって実感したよ。こんなもの軽々しく落っことしてたら、階の上下で人間関係に亀裂が走るよ。
『すみません、布団を落としたのですが、そちらにお邪魔していませんか』
なーんて口実で真昼間から美人の若い新妻のいるおうちに上がりこむ不埒な奴がいつ発生してもおかしくない。年代物の昼ドラではお米屋さんがよくそういう役割を担っていた、って話は聞いたけど、今時お米屋さんがお米届けになんて来ないから、手口は新しくなっててもおかしくないし、お布団ダイブからのあがりこみ不倫、白昼の過ち編が出来あがちゃったらどうしたらいいかわかんない。
だから、このお布団を回収しても、迂闊に返しちゃいけない。『奥さん……』『だめです、主人が……』とか、間男の鉄板を踏襲しないとも限らないんだから。
二次被害、防止しておかないと。
不埒なことに使われないように、今拾った布団は部屋の真ん中に敷いておこう。そして今度こそ自前の布団を干すんだ。
気を取り直してもう一度ベランダに出たら、呼び鈴が鳴って備え付けのインターホンから人の声。
もう、何なの。
布団干しに邪魔が立て続けに入って、あー俺機嫌悪くなってるなー、って自覚しながら、声のする方へ。
『済みません、先ほど布団を落とした者です』
……あれ? この展開って、どこかで……。
『古びた敷き布団が一枚、そちらにお邪魔しているかと思うのですが』
……う、うわ、美人の奥さんじゃないのに昼ドラになった!
声は遠慮がちで、声の質から推し量ると、壮年男性、ぶっちゃけおじさん。間男っぽくない。間男だとしても盛り上がる見た目じゃない。
こ、こういうときは、美人の奥さんだったら人も好くって、間男とは知らずに布団を返すためにドアを開けてやらしい展開になるから、その逆をいけばいいんだ。そうしたら安全安心、布団は後で管理人さんに預けてしまえば一件落着。
布団なんか知らないってしらを切るのは、布団を掴んでるところ見てたかもしれないから不自然。
知らない人が来たときは玄関を開けちゃいけないって言われてる、のは事実だけど、からかわれてると思われる可能性も高いだろうしなあ。
でも、敷き布団落としたってことは、今晩寝る布団がないんだろうし、ちょっとかわいそうかも……いやいや、返してあげたら美人の奥さんみたいにおいしくいただかれるかもしれないし却下却下。
ここはひとつ、手に入れた布団で昼寝でもしておこう。干したての、お日さまの匂いがする布団で寝ても、手間賃がかかってるんだしばちは当たらないはず。
寝よう寝よう、一日くらいお布団の妖精になっても、問題なんかないもの。
古びてるなんて大嘘、ふかふかのとっても寝心地のいいお布団は、昼寝にもってこいだった。
そのせいで、夕方には起きなきゃいけなかったのに、目が覚めなかった。
目を開けたら部屋は暗いし、目覚まし時計もセットしておいたと思ったのに、今日に限ってまさかの電池切れ。
飛び起きたよ。今何時なの!? ってさ。
ご飯の支度も何もしてないし、布団干しなんか間に合う以前の話で空振りしてるのに、お腹すいてて何となくしょんぼりしてくる。
手料理を毎日楽しみにしてくれてるのに、今から外食なんて言ったらがっかりするかなぁ。
するんだろうなぁ。
悪いこと、しちゃったな。
もそもそ這い出して立ち上がったら、家の中が真っ暗じゃないことに気が付いた。キッチンの照明がいつの間にか灯っている。
合鍵を使って玄関を開けて、部屋を買ってくれたおじさんが帰宅していたんだ。
「――おじさん?」
寝癖がついてて髪はぐちゃぐちゃ、チャームポイントのぱっちり大きい目も寝起きで半開き、掃除は結局やってないしそもそも食器って洗ったんだっけ?
いろいろ散々だ。
ペールグリーンのエプロンを着けている、キッチンに立つ後ろ姿に声をかけたら、フライパンを片手に握った長身が振り返った。
スポーツやってたらしくって、上背もあればお腹も出てないし、ちゃんと引き締まってるんだよね。今でも続けてるのかな。やめたらすぐ、体がだらしなくなるから。
いつも俺がつけてるエプロンは、紐を使って腰で結ぶ形をしているものなんだけど。結んだ紐の長さが違うのは、体つきが俺とは違うからなんだろうな。スーツのジャケットだけ脱いで、その上からエプロンしてるのって、反則だよ。
何作ろうとしてたのかわかんないけど、我慢できないよ。もう我慢したくないよ。
おじさんが足りないんだ。
おじさんの目の前で、着ていたものを全部脱ぐ。勿論下着も。シャツのボタンを外して、ベルトを引き抜いて、肩からも足首からも衣服を取り払えば、おじさんも俺と同じになる。
そのまま抱きついたら、前をやんわり握られて扱かれて、早速『はしたない』ことになった。
昼間にぐっすり寝てたおかげで、その日はいつもよりもつい盛り上がってしまい、最後の方では自分が何をしちゃったのかうっすらとしか覚えてない。
結局ゴムが破れて中がどろどろのぐちゃぐちゃになってたから、おじさんが後始末もしてくれてたんだとは思う。部屋の真ん中に敷きっぱなしだった、拾った布団の上でシてたから、俺が出した具体的に名前を出したくないあれそれで直視しがたい汚れがついてるに違いない。
……勘違いじゃなかったら、潮、吹いちゃってたかもしれないんだもの。気持ち良かったけど、それはさすがにハメ外しすぎたかな。お布団の上で『すっきり』させちゃいけないものまで一緒に、『すっきり』してたかもしれない、なんて。
次からは万一に備えて、ビニルシートをシーツの下に敷いておこう。
けど、どうして目が覚めた時には、拾った布団が家のどこにもなかったんだろう?
疑問が解けたのは三日後だった。
あの布団は返しておいた、っておじさんが教えてくれたから。
ぎらぎらした目で布団を見ていたから、階下の住人を確認しての仕業の可能性も十分に考えられる、また何か言って来たら 返事はせずに無視するか管理人に苦情を出しなさい、って言われて。
おじさんのいない間に他の誰かに持っていかれる心配でもしてるんだろうな。
そんなところが年上っぽくなくて、可愛げがあるっていうのかな。
心配する必要なんかないのに。
俺が安心してイけるのは、おじさんの前でだけなんだから。
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