【牛及】スイッチ

あ、クラスの女の子が回し読みしてた漫画に、こんなシーンあったかも。
気になる男の子になかなか素直になれなくて、棘のある言葉ばかりを選んでぶつけてしまっている女の子が、一大決心して素直になろうと頑張る話。
見てると応援したくなるよね、及川くんはどう思う? って聞かれて読んではみたんだけど、タイトルは忘れちゃった。
けど、なんだか、他人事のような気がしなかったのは覚えてるよ。
同じ思いを、していたから。

過去形になったのは、俺もその子と同じように、頑張ってみたからで。
そして、その結果が、今まさに出て。
漫画の女の子より先に、俺は幸せに指が届いてしまったんだ。

突っかからずにはいられなくて、顔を合わせたら売り言葉に買い言葉、鋭い舌鋒で相手の弱みを突く……いや、そこまではいってないか。俺たちの舞台はコート上で、本領を発揮できるのは舞台上。間違っても、体育館の外じゃない。バレーで凹まされたんだから、バレーで凹ましてやるって決めてたし。
コート外、準プライベートで顔を合わせたら、ぼろが出るかもしれないもの。特に、岩ちゃんにだけは、内緒にしておきたい。
しておきたかった。
これも過去形。
ばれちゃったから、さ。
あの岩ちゃんにだよ? 超絶信頼関係、って思ってたのは俺一人のつもりでいたのに、岩ちゃんったら俺の事予想以上にしっかり見てて、だからばれちゃって、ほんとにどうしよう、って思ったよ。
俺にしか聞こえないような、小さな声で、嫌うふりすんのいつまで続けるつもりなんだ、って。言われちゃったらさ?
認めるしかなくって。耳まで赤くなっちゃってて、皆と合流するのにも遅れて、散々だった。
今までの関係にひびが入ったのが、インターハイ予選決勝戦の日。
一度ひびが入ったらもう、虚勢を保てるわけ、なかったんだよね。

バレーばかりにかまけているわけにもいかないのが、三年生の悲しいところ。どこぞの世界ユースとは違って、ちょっとずつちょっとずつ、進路の話が日常に混じってくる。バレーでの推薦がどこからも来なかったら、ちゃんと勉強して大学に進学しておかないと、いざって時の選択肢が少なくなったら勿体ないもんね。
春高のために部には残る。けれど並行して勉強もしないといけないんだから、ほんと厄介。家で勉強しようと思ったって、時計の針が何時を差しているかまでは斟酌してもらえない。
(かなしいよね、思いっきり体動かしてご飯食べてお風呂に入って、眠くてたまらないのにそれでも、学生の本分がって言われちゃうのは)
結局夜寝る時間を少し削って、せっせとお勉強を頑張ったら、テストの点もなかなかいい感じになってくれた。担任の先生にも褒められたし、この調子ならバレーの強豪校から推薦来なくても自力でどうにかできるだろう、って進路担当の先生も目を細めてくれた。お母ちゃんに至っては成績表を早くも楽しみにする始末で、徹が頑張ってくれてるからお父さんにお願いして頑張ってもらったの、なんて言って。
裸眼で何の支障もなく生活している俺に、新品のメガネケースをくれた。開いてみると、中身入り。学校の帰りに寄れるメガネの専門店で、一度細かな調節をした後で使ってね、ってメモも入ってる。
夜に勉強してても視力なんて落ちてないよ、って言ったよ?
そうしたら返ってきたのが、目に負担をかけるような青い光を遮断する機能があるから、眠れなくならないように毎日使うといいって売り場の人も言ってたの、って話。噛み合ってるような噛み合ってないような、どことなくすっきりしないまま、買っちゃったものはどうにもならないから使うことにして、なし崩しに家の中ではずっとかける羽目になった。使ってるところをお父さんに見せてあげないとかわいそうでしょ、って奇妙な理屈つきで。
目が悪くなったら岩ちゃんに怒られるに違いないから、使うけどさ。
毎日かけてたのが、裏目に出たんだ。
メガネをかけてる時は、「素」の俺になる。
いつの間にか、体に刷り込まれてしまっていたんだ。

メガネをかけただけで、どうしようって頭を抱えるような気持ちになる事件が起きるわけない。だからあの日も、俺は無意識に何かを見落として、その結果墓穴を掘り、今までずっと嘘をついていたって本人に言うしかなくなったんだ。

授業が終わって部活に行こうとしたら、体育館前で呼び止められた。公式戦以外ではまず聞かない声。俺の事なんか、バレーを抜いたらその他大勢以下の扱いにしかしないのに、期待したくなるくらいに何かあったら声をかけてくる、ひと。
(なんで、ここで……ウシワカちゃんの声がしちゃうんだろ……)
その場に蹲らなかった俺、えらい。表情筋、お願いだから動かないで。わざわざここまで来てくれたことが嬉しいって、伝わるような形に変わらないで。
止まった呼吸を浅く軽く何度か繰り返して、慎重に体ごと声のしたほうに振り向いたら。
やっぱり、本人。
今日は顔が険しくない。どっちかっていうと、人らしい表情の色々が、「嬉しい」方向に傾き気味。早速心拍数が上がってくる。
「及川」
目を見たら何を口走るかわかんない。でも、俺にしか視線を注いでいないって優越感も感じてみたいし、他の誰にも今のこいつを見せたくない。独り占めしておきたい。
「……なに」
声、震えてなかったかな。ちゃんとコートで顔を合わせたときと同じように、そこそこ素っ気ない声、出せてたかな。
でも、でもね、俺のことは嫌いにならないでいてほしいし、本当は俺だって嫌ってるわけじゃないんだって、気づいてほしい。
わがままだよね。ごめんね。
「来週の、日曜だが」
日曜日。にちようび。ニチヨウビ……あ。体育館の整備が入ってて、練習試合も組んでないから、二日続けての休養日になってたんだっけ。
ちがうちがうそうじゃなくて。俺の都合を、聞いてくるってことは。
ことは、だよ?
まって理解が追い付かない。もしかして、もしかしちゃうのかな。絶賛片思い中の及川さんが、調子に乗っちゃってもいい話なんでしょうか。どうしよう岩ちゃん。今ここにいないけど、第三者としてどう見えているのか、及川さんは知りたくてたまりません。
「……聞いているのか?」
「きっ、聞いてるって!!」
しまった、機嫌損ねちゃった。空気がちょっとピリピリしてきた。怒らせるつもりじゃなかったのに、またやっちゃった。
ロードワークの途中で寄ってくれたのかな。学校名の入ったジャージ、青城だと目立つのに気にしていそうにもないあたり、ウシワカちゃんだよね、ほんと。俺が何を考えてたのかを、深追いしてこないあたりもね。
「連れていきたい場所がある。九時に、そこの門に来て欲しい」
要件はそれだけだ。なーんてさ、言いたいことだけ言って、一人さっさとロードワークに戻っていった背中にかける言葉もすぐには見つからずに、俺は立ちつくしていた。行くとも行かないとも、返事を待たずに勝手にいなくなって、俺以外に同じことやったら来てくれる人も来てくれなくなるっての。
身勝手に目を瞑って、行く気になっちゃう俺も俺だけどね。
……どうしよう。九時って、午前中の九時だよね。ウシワカちゃん朝早い分夜も早いと思うし。そこの門ってことは何、学校の門? 待ち合わせによく使われるような、目印があったり交通の便がいい場所じゃなくて、青城の正門?
いちいちものの選び方がウシワカちゃんだ。どうしよ。ほんとにほんとに、本人だ。わざわざ誘いに来てくれたってことは、その。
「んだよ、デートに誘いにわざわざ寄ったのか」
「い、い、いわちゃん!?」
背後から聞こえた声に、冗談抜きで飛び上がった。
「あの、もしかして……聞いて、ました?」
「おう」
うわあああ……いたたまれない。って、あれ?
「岩ちゃんは、止めないの?」
「むしろ連れてく側だな」
意地張って行かなかった日にゃ後々めんどくせえことになる気しかしねえし。
岩ちゃんに、言い切られた。
(ごもっとも、です)
及川さん、いつの間にか、わけわかんないほどに、ウシワカちゃんのこと、好きになってましたから。
せっかくのチャンスを棒に振るような真似したら、死ぬに死ねないです。
自分だけのものに、なってほしいんです。

楽しみにしすぎた俺は、土曜日にいつもより早めに布団に入ったのになかなか寝付けなくて、寝返りばかり打ってたらいつの間にか寝てて、起きたときに早速泣きたくなった。
はちじよんじゅうごふん。
(ち、ちこく)
そこからはもう大慌て。
鳴らなかった目覚まし時計に悪態をついている時間さえ惜しい。涙目になりつつ家を飛び出して、発車しかけていたバスに飛び乗って、バスの中で忘れ物がないかどうか確かめる始末。
だめすぎる。だめすぎる、俺。
寝癖、ついてない。顔、むくんでない。行動しやすい服、着てきた。お財布、中身は相変わらず軽いけど持ってきた。じゃあ、必要最低限のものは、持ってきてるってことだ。
俺、えらい。あのドタバタの中、最善を尽くしてた。
(どうなることかと、思ったよ)
バスを降りた時点で九時は回っているけれど、こればっかりはどうしようもない。俺の見通しが甘かったんだから、俺に非がある。
(でも……仏頂面、させたくないな)
誰かが一緒にいるなら、とりなしてもらえるかもしれないけど、それはそれでもやもやする。日曜日。貴重な貴重な、全日オフ。どうせなら、二人っきりがいい。向こうは俺の事をなんとも思ってなかったとしても、そういう気分に浸れるだけで俺は幸せを噛みしめられる。今日は敵同士じゃないから、少しでも仲良くなりたい。あわよくば、俺が「そういう目」で見ていても、拒絶しない人かどうかを確かめたい。
色々考えてたらバスを乗り過ごすところだった。慌てて降車して、部活動のために登校している他の生徒の間をすり抜けて、わかりやすい背丈をした人のもとへと走り出す。
うわ、腕時計で時間確認してる。出だしからため息つかれて、時間の管理も満足にできないのか、とか呆れられるかも。どうやって謝ったら、機嫌直してもらえるかなあ。
まっすぐ走ってたら、ウシワカちゃんがこっち向いた。不思議そうに首傾げて、何か考えていそうな顔して。
いそう、じゃないかな。考えてる。テストの数学、大問の出だしから何を解にすればいいか見当がつかなくて、暗礁に乗り上げたどうしよう、って感じのやつ。時と場合によっては、致命傷になっちゃうやつ。
「あ、あの……ウシワカちゃん? 遅れて、ごめんね? 及川さん、ですよー」
まさかこんな場所で、出されてるかどうか不明な宿題の答えをどうするか、考えてるわけじゃないよね?
目的はさて置き、二人きりで出かける、すなわちデートを楽しみにしちゃってたのは及川さんだけで、誘った張本人のウシワカちゃんにはそんな意図も曲解される可能性もかけらも持ってなかったなんて言わないでね? 泣きたくなるから。
無遠慮に、人の顔を凝視すること、三分弱。
「……今しがた、お前は……及川、と言ったか?」
そこ!? そこなの? つっこむところ。
「言いましたし、名乗りました、ウシワカちゃんが考え事してるみたいだったから、及川さん気を遣って声をかけました!」
もう途中からはヤケだった。気づいてなかったのか! 遅刻以前の問題じゃん。俺が先に来て待ってても、人波に紛れたら、ウシワカちゃんは俺を俺だと見分けて見つけてくれないの?
寂しいよそんなの。いつ空を見上げてもきらきら輝いてる、北極星みたいに見つけてよ。
「そうだったか……すまない。眼鏡をかけているところを見たことがなかった、及川だと思わなかった」
え?
メガネ?
目元に指を近づけたら、硬質な感触が確かに指の腹に触れる。片側だけじゃ万一もあるから、もう片方の手で同じことを試しても、やっぱり同じ感触に行き当たる。
思い切って外す仕草をとってみたら、どこからどう見てもいつものメガネが、手の中にありました。と、いうことはだよ。
(動揺しすぎて、メガネ外してくるの、忘れてたってことで……)
メガネケースも持ってきてないから、今日一日外せない。今日の目的によっては、致命的な失態にもなり得るのに。俺、何やってるんだろ。
「家ではかけてなさいって、お母ちゃんに言われてるから、外すの忘れてそのままかけてきちゃって――」
い、言わなくてもいいようなこと言ってどうするのさ俺! メガネのこともお母ちゃんのことも置いといてさ、もっとこう、広げるべき話題があったはずだよ!
……何話そうと思ってたのか、寝坊してからのドタバタで忘れちゃったけど、きっとそのうち思い出すし。
「なるほど、目が悪いというわけではないのか?」
「それはないよ、視力は落ちてないけど、目に負担をかける恐れのある光だけカットする、ってレンズが入ってるだけだから」
言葉がすらすら出てくる。ちゃんと、普通の会話ができてる。ウシワカちゃん相手でも。
嬉しい。ちょっとずつちょっとずつ、ウシワカちゃんの顔も変わる。目が悪いわけじゃないってわかって、メガネはバレーに支障の出ないものだと確証が取れて、ほっとしてる。
「で、今日は一体どこで何をするつもりだったの? 時間と場所しか言わずに、返事聞く前に帰っちゃうから、何の準備もしてないけど――」
ぐう。
ちっとも空気を読んでくれないお腹の虫が、盛大な鳴き声をあげて。
まず何か食べてからの方が落ち着いて動けるか、って歩き出したウシワカちゃんの肩が震えてたの、見落とせるような節穴の目がこのときばかりは羨ましかった。
遅刻が帳消しになったかと思いきや、笑いを取ってしまいました。
一体俺はどうやって、汚名を返上すればいいんでしょうか、助けて岩ちゃん!

おしゃれなお店は期待してなかった。駅前のカフェでコーヒーとクロワッサン、なんて実現するわけがなかったから、腹ペコを連れて行くのはラーメンか丼ものか、どっちかが食べられるお店だろうなと、現実的な選択肢として天秤にかけて。
なのに。
どう見てもしっかり一食食べられる、表のお品書きに定食が何種類も書かれたお店の暖簾をくぐって、日替わり定食を早速注文してさ。
しかも、ひとつじゃなくて、ふたつ。
まさかの、自分も食べる気でした、オチ。
朝食べてないなんて話してなかったのに、ウシワカちゃんはまだ食べる気だったのか。焼いたつぼ鯛、おいしかったです。お値段の割に食べごたえもあって味も良くて、おかわり自由の煮物も出汁がきいてて塩気も控えめ、また来ようって思えるお店で満足です。
でも、朝ごはん食べてきた人が、同じくおかわり自由だからって、ご飯を大盛でおかわりしようとするのは自力で踏みとどまっていただきたいのです。せめてさ、少な目とは言わないから、普通の一膳にしておこうよ。普段から食べてるから平気ってことじゃなくて、お店のおばちゃんが心配するから、ってこと。
いい食べっぷりで喜ばれてたけどね、ものには限度があるんだよ、思う存分食べるのは顔なじみになってからにしてくれたほうが、おばちゃんも安心だし、及川さんも心配しなくて済みます。
だからこの際、腹ペコの及川さんよりウシワカちゃんの方が食が進んでいた点については、目を瞑ってあげるね。

定食でお腹を満たした後は、駅の近くにあるお店で少し買い物をして、公園のベンチで一休み。
果てしなく、デートっぽい。飲み物片手に他愛ない話をして、知らなかったお互いの新たな一面に触れて――って。
(デートと定義してもいいかどうかは、判断の分かれるところだろうけどね)
「及川は案外素直な性分だと知れただけでも、今日の収穫は十分なものだった」
いきなり何言い出してるのこの人。
「だが」
ひょいっと、メガネを外される。
「『これ』がないと、俺相手では本音を言ってくれないのか」
裸眼にされた。そんなことないのに、って即言い返せない。今までのこと、振り返ってみても、ちっとも可愛げがなかったから。
「……そんなこと、ない。返してよ、曲がったらまた調節しなきゃいけないから」
手を伸ばしたら、指先がぎりぎり触れないところまでメガネを引っ込められる。俺の間合いを、よくご存知で! 喜んでいいのか、意地の悪い振る舞いに腹を立てるべきなのか、とりあえず迷ってる暇はなさそうだ。
「返してったら」
「条件がある」
メガネのつるを折りたたんで、掌に乗せて目の前に突きつけて。
「もう辛辣な態度を取るな。嘘を口の端に乗せない、素直な及川を、俺は好ましいと感じている」

い、今なんて言われたんだろう。
ウシワカちゃんの、好みの話?
「も、もっかい言って、全部は聞き取れてなかったかもしれなくて」
「一度しか言わん」
ひどい!
遊ばれてる!
及川さんで遊んでいいって、ウシワカちゃんには許した覚えないよ!
「……けち」
頬をふくらませて、むくれたくもなるよ。もしかしたら、今日の中で一番及川さんの人生に、関わりが深いかもしれない一言だったかもしれないんだから。
「『けち』とは心外だな。もう一度聞きたいなら、今から帰るまでの間、嘘偽りのない『及川徹』として過ごせ」
俺の前ででもだ、と条件づけて、メガネが返ってきた。
……事態に、頭の中の整理が追い付かない。
帰るまでの間、嘘つくなってことと、自分を取り繕うなってこと? 取り繕わなかったら俺がどんななのか知らないから、ウシワカちゃんはそんなこと言ってるのに、俺は真に受けるべきなの?
素の俺って。あの岩ちゃんですら、軽く引くレベルで、ウシワカちゃんのこと好きなんだよ?
それをそのまま、出せっていうの? 人の気も、知らないで!
「……及川?」
あーもうわかりましたよ。
そんなに俺に幻滅したいなら、見せてやるよ。
今日一日限りでもいい。俺が望んでたこと、片っ端からウシワカちゃんにぶつけてやる。
メガネをかけてても、かけてなくても、俺はいつだって、ウシワカちゃんのことばかり気になっちゃうんだから。
一枚の透明なレンズが視界を仲介し、ウシワカちゃんを直視する衝撃を和らげる。
もうどう思われようと、知ったことか。
及川さんが『誰』を好きなのか、後悔するほど伝えてやるから覚悟しろ!

素の及川さんなんてのは、バレーを抜いたらそう複雑なつくりをしてるわけじゃないんだよ。
きょうだいがいるから甘やかされて育ってて甘えん坊で、人よりちょっと甘いものが好き。洋菓子の中で具体的にコレ、って好むものは決めてないけど、その分色々なものが好き。
だから、一人じゃちょっと行きにくかったお店に、ウシワカちゃんを連れてった。岩ちゃんは露骨に嫌そうな顔をして、一緒には来てくれなかったから、どんなメニューがあるのかまでは詳しい情報はない。
けど、なんとかなるものだね、お店のディスプレイにあったミルクプリンパフェは期待以上においしかった。
意外だったのは、甘いものをそこまで好きじゃなさそうなウシワカちゃんが、実はあんこ党だと判明したこと。
そのウシワカちゃんが注文した、クリームぜんざいも一口分けてもらった。すっかり気に入ったのか、持ち帰り可能な羊羹がないかどうか、お店のお姉さんに聞いたりしてさ。
同じあんこだけど、ぜんざいと羊羹は違うと思うんだけどなあ。あんこ党は割とそのあたり、気にしないのかなあ。
で、つい食べ物の話が盛り上がって、次にオフが重なったら、こだわりのハヤシライスが食べられるお店に行こう、ってことになった。
前菜がてら学食で食べちゃうほどに好きなメニューだってことも聞いて、カレーじゃなくてハヤシってあたりが、甘党の匂いしてくるよね。辛いものも食べられるけど、甘いもの食べてる時の幸せな感じは全く別物だから。
結局羊羹はなかったけれど、おいしいたい焼きのお店の話を聞いて、お店を出た足をそのままたい焼き向けて動かして。
お財布を覗いたら、二人合わせてもぎりぎりたい焼き一匹分にしかならなくて、笑い死にするかと思った。
温かいたい焼きを半分こして、中身を見てみたら、一番手頃なお値段のつぶあんたい焼きじゃなかったのはびっくりした。あれ食べたいけどお金足りないね、って見送った、ミルククリーム入りのつぶあんたい焼きが、なぜか袋の中に入ってたんだよ?
お店の人が間違えたのかなって、気になるじゃない。
たい焼きを包んでくれたおじさんを見たら、意味ありげな目配せしてきて、俺たちの笑える懐事情を考慮してのサービスが入ってるっぽい感じだったから、そのままお辞儀して公園まで歩いて食べた。今日食べるものがことごとくおいしくって、大はしゃぎしたくなった俺は、西の空が赤く染まっていく様子を認めたくなくて――人のまばらな公園の、目立ちにくい木立の陰で――ウシワカちゃんの腕の中に、飛び込んだ。

「楽しい時間はすぐに終わっちゃうけど」
心拍数がおかしいのもとっくにばれてる。
「嘘も偽りもない、そのままの俺は」
肩口に吐息がかかる。夢の中でしか経験したことのない距離。
「半日じゃ、伝えきれないよ」
拒絶しようとしない、温かさ。涙が出そうになる。
「それに、一番大事なこと、まだ言えてない」
俺、がんばれ。今までの距離を壊すなら、先へと進みたいなら、今しかない。
「……俺、ウシワカちゃんのこと、嫌ってるわけじゃないんだよ」
素直になれなかった俺は、今日でおしまい。
「むしろ、その逆で」
言わなきゃ、伝わらない。どうせ後悔するなら、伝えて後悔したほうが、諦めがつく。
だから、鍵をあげる。
ほんとの『俺』にたどり着くための扉を開く、誰にもあげたことのない鍵を。
「自分でも、よくわかんないうちに……」
すきに、なってた。
声にできなかった。耳元に吹き込むように、空気を震わせるのが精一杯。
恐る恐る、うつむいてた顔をあげて。
衝撃的に違いない事実を打ち明けられたウシワカちゃんが、どんな表情をしているのかを、確かめようとした。

背骨がしなる。きしむような音もした。
名前を、呼ばれた。
及川、じゃなくて。
徹、って。
繰り返し、繰り返し、呼ばれて、囁かれて。
足りなかったものが、満たされていく。
右胸から、自分のじゃない拍動が伝わってくる。
自分のと同じくらいに、速くてうるさくて、愛おしい。
……く、くるしい。
抱きしめる力加減じゃないよ、締め上げてる、って、逃げないから加減してよ。
何とか腕を緩めてもらいはしても、密着してることには変わりない。
多分、耳まで真っ赤になってるの、ばれてると思う。夕日がいくら赤くても。
一人だけ余裕あってずるい。俺の愛らしさに夢中になって、余裕なんかなくしちゃえばいいのに。
及川さんの可愛いところは、誰にでも見せてるわけじゃないんだよ?
好きな人の前でしか、及川さんは可愛くならないんだよ?
早く気づいてほしいな。
「そうだ、あのさ、ウシワカちゃ――」
言いかけた俺のことばは、それ以上形にならなかった。
視界いっぱいに広がった、ウシワカちゃんの顔、というかアップ。
邪魔だ、とか言いながらメガネを没収されて、反対の手が俺の後頭部に。
え、なに、近い、ちかいってば――


家に帰ってから、岩ちゃんに報告と質問をしました。
怒られました。
んなこと知るかクソ川! って。
俺とウシワカちゃんがうまくいくことは、最初から想定してたらしいので、反応は薄かったです。
でも、岩ちゃんにまで匙を投げられたら、興奮したウシワカちゃんにつけられたたくさんのキスマークを、俺はどうやってごまかせばいいのでしょうか。

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