目指せ!ぼっち飯 【外伝 岩泉一の憂鬱】

岩泉一は、すきっ腹を抱えて午前中最後の授業に臨んでいた。
黒板に書かれていく文字の羅列をとりあえずといった感覚でノートに記入していく。腹が減った。
教師が何か話している。今しがた黒板に書いたモノについての解説らしい。腹が減った。
そもそも国語の授業だったか数学の授業だったか、そこさえ思い出せない。腹が減って仕方がない。
ぐううううぅぅぅぅ。
鳴り響く腹の虫。クスクスと笑う隣の女子生徒。そんなものはもう慣れっこだ。
ああ、ここに及川の一人でもいたら。
『戦略的早弁は男子高校生の嗜みだよ、岩ちゃん!』
などと言い出しかねない腹の虫だった。
だが及川はそもそも違うクラスだ。
ぼりぼりと頭を掻きながら机に突っ伏した岩泉は、残り時間を居眠りに費やすことに決めた。
ノートの残りは後で松川あたりにでも当たればどうにかなるだろう、と算段も付いている。
今はとにかく、空腹による時間経過の遅延を最小限に抑え込まなければならないと、判断しての行動だった。

そして、待ちに待った瞬間。
終業のベルが鳴り、学習道具を片づけ始める生徒に混じって教師が教室を出ていく足音が聞こえる。
一気に騒がしくなっていく教室内。
のっそりと起き上がれば、自分が記載した部分からは大分進んだ黒板の文字が見えた。
そして、ばたばたと走ってくる馴染み深い足音が、ひとつ。
「いーーーわちゃーーーーーーん!!」
幼馴染の、靴音だ。こう呼ぶ仲の人間は、今ではもう一人きりになっている。
手に弁当と牛乳パンを持って現れたその幼馴染殿に、岩泉は密かに懸想している。
無論本人にはばれていない。他の誰かにそういった関心事を持っているのかさえ暴かれていない。
岩泉は一方、妄想の中で何度も幼馴染の肌を暴き体の奥深くまで知ってしまっているというのにだ。
「ね、ね、おひるごはん、いっしょにたべよ?」
頭の中に花畑でもあるのか、ぽへぽへと現れ勝手に前の席の椅子を借りてしまっている幼馴染──及川は、牛乳パンで口元を隠し精一杯可愛らしいポーズをとって岩泉を誘惑してくる。ように見えてしまう。
そんな及川の無意識の攻勢に対して岩泉が取ったせめてもの抵抗とは。
「……購買行ってパン買ってくっから少し待ってろ」
ほわほわと立ち込めた頭の中の妄想を振り払うための、時間稼ぎだった。

昼休み直後という戦場と化した購買を潜り抜け、無事に目当てのパンを全て手に入れた岩泉は、意中の及川を待たせている点もあり一目散に教室へ続く廊下をひた走っていた。
大急ぎで席に戻ると、いわちゃんおそーい、先に食べちゃおうかと思ったよ、と呑気な声を上げる及川がまだそこにいて。
幸いなことに、誰にも絡まれていなかった。
「悪い、遅くなった」
椅子に腰を下ろして一息つき、引っ掴んでいたパンの袋のひとつを開けてかぶりつく。
「あ、購買にホットドッグ入ったんだ? 一回売らなくなったよね、どうしてだろ?」
目ざとく及川が岩泉の手にしているパンに反応し、身を乗り出してくる。
「ね、一口、ちょうだい?」
言うが早いか及川は既に、あーん、と口を開けて待っていた。
並びの整った白い歯に、健康的な色をしたやや薄い舌があり、歯茎の色も二重の意味で好ましく。
その様子を見て、不埒な妄想をせずにはいられないのが、男子高校生という生き物である。

『んぅ……いわひゃんの、おっきぃよぉ……』
自分のモノを口に突っ込んで、いつか言わせてみたい台詞が岩泉の脳裏を駆け抜ける。

しかし現実は非情だ。
「岩ちゃん、くれないの? けち……」
しょんぼりと眉尻を下げた及川はたいそう愛らしかったが、岩泉には及川を愛でている余裕などなかった。
つい妄想に耽って及川の口元にパンを近づけるのを失念していた岩泉には、すでに及川からケチのレッテルが貼られてしまった後だったからだ。
「いいもんいいもん、今度まっつんとホットドッグ半分こして食べるから……」
それはまずい。あの男はその気がなくとも、危険な気がする。雰囲気や見た目が、そう誤解させる。
懐っこい及川に、松川を組み合わせてはいけない。
ホットドッグにかぶりつく一部始終を性的に脚色して、無垢な及川に余計なことを吹き込みかねないのだ、あの男は。
「や、やめとけ及川、松川とだけはやめてくれ」
慌てて勢いよく頭を下げ椅子から立ち上がり、ホットドッグの残りを及川の口元に押しつける岩泉。
「な、なにいわちゃん急に、ちょ、そんな押しつけられても──」

意図はしていなかったが。
口に強引にホットドッグを押し込まれた及川は、それを咀嚼しきれずに頬張るばかりで。
先ほどの妄想が、再現されてしまっては……ひとたまりもなかった。

「んぅ、んんん……いわ、ひゃ……」

もごもごと口を動かそうと試みるばかりの及川。
苦しそうに目を閉じ、目尻にうっすらと光るものさえ浮かべているのが……堪らなくて。
限界だった。

岩泉はホットドッグから手を離し着席せざるを得なかった。
制服のスラックスの中で激しい自己主張を繰り広げているものを、いかにして宥めるかに注力せねばならなくなったからだ。
反り返りパンパンに張り詰めた自身を、この人の多い教室内でどうやって鎮めればいいのやら。
及川の機嫌も取りつつ、一体どのようにすれば。

「…………んもぅ、岩ちゃんったら何するのさ! いきなり口に押し込むとかさぁ!」
どうにか食いちぎったホットドッグ片手に、立腹している及川が目の前にいる。
この状態でまさか、単身残りの昼食を食べさせて自分はトイレで自慰に耽りに行くわけにもいくまい。
(四面楚歌……いや、前門の虎後門の狼か?)
故事成語を思い浮かべたところで、状況が変わってくれるわけもなく。
心なしか前かがみになりながら買ってきたパンを平らげて及川の機嫌取りに尽力するしかなくなった、自業自得の気疲れする昼下がりだった。


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