後日談・第二章

 及川の発情期は強力かつ特殊だった。岩泉を昏倒させただけでなく、自身もその場に崩れ落ちてしまい、かろうじて動けた牛島だけが何とか理性を保てているという悲惨な状況を引き起こした。及川にとっては懐かしいいつもの施設へ三人一緒に隔離搬送され、移動中に状況の説明を牛島がするという、昏倒者が二名に増えただけのいつもの風景がそこにはあった。気を失っているだけと確認できた及川と岩泉は先に部屋へと放り込まれ、簡略化されて久しい手続きを、くらくらする頭で牛島が進めていくのもまたいつもの風景に近かった。及川と岩泉はなかなか目を覚まさなかったが、最低限の手続きを牛島が必死に進めている間も、及川の覚醒は着々と近づいていく。一度目が覚めてしまえば、牛島とて知らぬかもしれない、及川の『本物の発情期』が始まるだけだ。
「ん……」
 及川が寝返りを打つ。すやすやと眠っているように見えていて、その実『準備』を進めているに過ぎないのだから厄介だった。
 二人を休ませている部屋に牛島が入った時、幸いにして及川の目はまだ覚めていなかった。
及川の目が覚めてから約半月の間は施設に拘束されるのは、経験的にわかりきっている。その間の一切を取り仕切れるのは自分だけかもしれない、と牛島が覚悟を決めたかどうかの刹那。
 ぶわり、と突風もかくやという勢いで広がった強烈な花の香りに、意識を持っていかれそうになった。及川が目を覚ましかけている。昂っていく自分自身を知覚しながら震える手で大急ぎで及川の着衣を解いていくと、幽鬼の如くふらりと立ち上がった岩泉が血走った眼をして及川に圧し掛かった。
「おい、かわ」
 岩泉の反応の方が、発情期中のアルファの反応に近い。理性を失い、ただただオメガの体を求めるばかりの存在と成り果てるのが通例だ。及川と牛島の反応が、世間一般で語られるオメガとアルファの発情期における反応とはかけ離れているだけで。
 ようやく自分の着衣も解いた岩泉が、及川の肌をまさぐる。牛島はまだ昂った体を理性で押さえつけ、静観しているだけに過ぎない。及川の発情期が、自らの知るものと同じなのか、全くの別物であるのかを、見極める必要があったからだ。
 及川が完全に目を覚ました時に、牛島自身もどのような反応を示すのか見当もつかない。花の香りかと誤認したものは、及川の放つ誘引物質……所謂フェロモンだ。牛島でも嗅いだことのない濃さだった。その事実から推測しただけでも、二人がかりで抑え込めるかどうかが危ういラインだったのかもしれなかった。
 そして、ゆっくりと。
 及川の目が、開かれてゆく。
 視界さえ遮る霧さながらの誘引物質は、牛島の脳髄をもぐらりと揺らがせ、平衡感覚を危うくした。意識はあれど、体は及川に都合のいい操り人形同然になっていくようで。自分の意識とは関係なく動く手足を見つめながら、牛島もまた及川の横に体を滑り込ませた。勿論衣服はもう誰も何も身に着けていない。これから延々と交合に明け暮れるのだからその方が都合がいいのだが、牛島の神経はある種の異様さ、異質さを感じずにはいられなかった。
 発情期の及川は確か、相手を焦らしたりすることなどなく、真正面からパートナーを求めていたはずだ。それが今回はどうだ。目の前で繰り広げられている光景など、そんな過去を感じさせないほどにちぐはぐではないか。
「だぁめ、いわちゃん……もっとゆっくり、ゆっくり、ね?」
 性急に求めて徒花に自身を押し込もうとする岩泉を穏やかに制止し、昂ったものを掴んで裏筋同士を重ね擦り合う及川の手。
「あ、んんっ……いわちゃぁ……」
 感度は相変わらず良好。先に及川の先端から、とぴゅ、と一回放たれる精液。かなりの期間溜め込んでいたのか、白い濁りは濃い。
 起き上がろうとした及川は胸から臍へと精を滴らせながら、岩泉をも起き上がらせる。
「ね、いわちゃんの……のませて」
 及川の言いなりになっている岩泉は、その場に胡坐をかいて座り、及川の後頭部を掴んで押し付けた。
「ん、あむ……いわひゃんの、おっき……」
 ぴちゃぴちゃとわざと音を立てて岩泉のものを舐める及川。前歯を使って裏筋をごく軽く擦ったりして、サービス精神も旺盛だ。その絶妙な力加減は牛島が教え込んだものだった。
 うずくまっている及川の尻も自然と上がり、興奮からか菊花の頻繁な開閉が牛島から丸見えになる。潤滑液も十分に溢れ出ていて、とっくに及川の体の支度は整っている。及川が喉の奥から岩泉自身を抜き出し、また舐める動きへと変えようとした瞬間に、あてがい一気に貫いた。
「ひゃ……ん、うしじまぁ……はんそく、ぅ」
 反則も何もあるか。二人のアルファを手玉に取る魔性を抑え込むには、これでも足りない位だ。牛島の意識だけがそう訴えかける。実際の口は、及川を繰り返し呼び、荒い息を吐くばかりで何の言葉も発しはしない。
 じゅぷじゅぷと音を立てて抜き差ししてやると、及川は過剰に恥ずかしがり余計に体内が濡れていく。その点は以前と共通のようだった。岩泉のものを舐める口は完全に疎かになり、後孔から与えられる快楽に溺れようとしていた。
 だがそれは岩泉が赦すはずがなかった。
「及川、飲みたいんじゃなかったのかよ」
 喘ぐばかりになっていた及川の口の中にもう一度自身をねじ込み、銜えさせる岩泉。まともに体を動かせなくなった及川の代わりに膝立ちになり、及川の口中を好き勝手に蹂躙する。
「歯、立てんなよ」
「ん、んぷ、ぅ」
 時々掠める歯茎のなめらかな表面がまた心地よい。口淫のために女の歯を全部抜いたという古代の王の話もわからないではないな、と岩泉は漠然と考えていた。ただそれも無意識下の話。相変わらず、及川の本能による操り人形である点は揺るぎなかった。
 及川の口と孔を挟んで腰を振る二人のアルファ。霧のように濃かった誘引物質も薄まりつつあり、牛島の意識も明瞭になっていた。
「は…………っ、出すぞ、及川」
 宣言通り及川の喉奥目がけて射精する岩泉と。何も言わず子宮口を抉じ開けんばかりに陰茎を押し付け射精する牛島と。両者の吐精はほぼ同時だった。
「ん、んんーーーーーっ! …………んぷ……ふ、ぁ……」
 反射的に岩泉の精液を飲み込み、口内に残るぬめりを舌先で及川は舐め取っている。その間にも新たに精が口中に吐き出され、及川はひたすら飲み込むのに必死になっていた。
 それと前後して、子宮の中へと注がれていく牛島の精液を、存分に胎の中で浴びて。恍惚の表情を浮かべた及川は、後ずさりしながら牛島の下生えに尻を擦りつけていた。
「ん……きもちぃ、よぉ……ねぇ、こっちにも、ちょうだい」
 そう口にした及川が、自身の陰嚢を指差す。
「……そうは言うが及川、そこには何もないぞ?」
(よく見て……前より結構小さくなってるでしょ?)
 わざわざ及川は回路の方を使って牛島に語りかけて来た。岩泉にはあまり開示したくはない話らしい。
(確かに小さくはなっているが、それがどう『こっち』とつながるんだ?)
(間に筋、入ってるのが見えると思う。ゆっくり、左右に開いてみて)
 牛島の知る『常識』の中では、陰嚢が左右に開けるはずなどないのだが。半信半疑のまま、及川の言う通りにしてみれば。
 人体の……いや、オメガの肉体の神秘が、そこにはあった。
(……これは)
(そ。岩ちゃんは気付いてなかったみたいだけど、俺にもあるんだよね、女の子の穴。そっちの初めて、お前にやるよ。……後ろの初めては、岩ちゃんにあげちゃったし)
(……そういう、事なら。有り難く頂戴する)
「いわちゃん、いわちゃん……起きてる? イった衝撃で意識飛ばしてたりしない?」
「……一瞬、オチてたみてえだ」
「そっか、今度は岩ちゃんの番だよ、仰向けになって寝て、その上に俺乗っかるからさ」
「おう」
 言われるがままに岩泉は横たわって仰向けになり、及川が乗ってくるのを待った。及川は、岩泉に背を向ける形での騎乗位で、ゆっくりと岩泉と体を繋げていく。先に牛島を受け入れていた影響で潤いも十分で、あっさりと深い挿入が実現した。
「あ、いわちゃ……!」
 腹の中に逸物を収めた及川の背が撓る。そのままゆっくりと仰向けに体を倒していき、ゆらりゆらりと腰を揺らした。岩泉の胸に及川の背がつき、角度の変わった陰茎からの刺激に、ん、んぅ、と及川の声が漏れる。徐々に足を開き、息も絶え絶えの及川が牛島向けて回線を開く。
(ひらいて、指で慣らして……こっちは、ホントのホントに、はじめてだから)
 もはや陰嚢ではなく陰唇に近い、及川の外性器の一部。牛島が右手の指でそっと開けば、そこには知識でしか知らない小陰唇と膣口があった。
 生唾を飲む牛島。中からは、正真正銘の愛液が、たらりと一筋。その代わり、膣口はぴったりと閉じており、指の一本も受け入れまいとしている。
(及川、これはいくらなんでも)
(大丈夫、だと思う、から……小指で、試してみて)
 くぷり。牛島の左手の小指の先が、及川の膣に埋まりかけた時。
「あ、やぁんっ!」
 偶然にも岩泉が腰を揺らし、牛島の小指が一気に第二関節まで及川の膣に埋まった。
「は、ぁ……っ……いわ、ちゃ……きゅうに、うごかないでよぉ……」
(い、いわちゃん放置しすぎた……ごめん、ちょっとそのままで)
「急にもクソもねえべ」
 垂直方向からも、水平方向からも。岩泉の突き上げは及川を翻弄する。その間も、牛島の指は膣の中に埋まったままだ。
「や、あんまうごかさないでぇ……! ちょっとだけだけど、いたいの……!」
 どこが、は伏せているから嘘ではない。間接的にだが、無造作にかき回された膣の中からの潤いが、徐々に失われている。小指と言えどそれなりの太さのある牛島の指は、まるっきりの処女である穴には少々荷が勝ちすぎたらしかった。
「わーった、わーったっての。しばらく大人しくしてっから、牛島にでもイイコイイコしてもらっとけ」
 隠された事実を何も教えられていない岩泉だったが、彼の無意識はそれは別に大して気にしないようで。律動の収まった局部を牛島の眼前に晒して、及川は続きをねだった。
(嫌じゃなかったら、なんだけど……舐めて。ナカ)
(構わない)
 即答した牛島が小指を抜き、及川の陰唇の隙間を縫うようにして舌を這わせる。ひゃん、と子犬の鳴くような声を出しながらも衝撃に耐えた及川は、生まれて初めての感覚に陶酔していた。
(きもちぃ……今度はちゃんと、きもちぃよぉ……!)
 外側の花びらを舐められるだけで相当な快楽が生まれる。舌先を尖らせ膣口に埋めても、指で痛い目を見たはずの粘膜はあくまでもやわらかく牛島の舌を受け入れてゆき。
(う、んん……今度は、中指、入れてみて)
 及川の愛液でべたべたになった口元を軽く拭い、牛島は利き手の中指を及川の膣へと埋め込んだ。小指とは太さも長さも違うそれを、今度は難なく及川は受け入れていく。
 根元まで押し込み、軽く指を曲げると、及川の口からは感じ入った吐息が漏れた。
「んん…………ぁあ、あ…………はぁ……はぁ……」
 余程気持ちいいのだろう。及川の肌は全身淡い桜色に転じており、どちらの穴からもこぷこぷと分泌液が溢れ出てきている。
(ゆび、にほんに……してっ……)
 言われた通りに牛島は中指を半分ほど抜き、今度は人差し指も添えて膣口にゆっくりと埋め込んでいく。指の節が通過する瞬間だけはきつい感覚が目立ったが、それ以外は割と順調に及川は二本の指を受け入れた。
(あ、意外と……痛く、ない…………。ねえ、牛島)
(何だ及川)
(……そろそろ、入れてみて)
(本当に……いいんだな)
 牛島の目は本気だった。本当に及川の、オメガとしての本物の『初めて』が、岩泉ではなく自分でいいのかと。目には強い光を宿しており、及川に問いかけている。その問いかけに、及川はふわりと笑って、答えた。
(今までだって、散々お前が『初めて』だっただろ……今更だし、岩ちゃんだってわかってくれるよ、絶対)
 だから、きて。唇の動きだけで、及川は牛島を誘った。
 牛島もまた、及川に応じた。両の親指で陰唇を広げた先には、慎ましい花弁を見せている及川の本当の花が咲きかけている。指の二本とは比較するのも馬鹿らしい質量のものをこれから突き立て、惨たらしく初花を散らすのをためらう気持ちもまた、牛島の真実だった。
 ……それでも。それでも、及川が欲しかった。痛い思いをさせようとも、求めてくれた及川の気持ちに報いたかった。
 咲き誇ろうとしている花弁に、自身の先端をあてがう。にゅぷり、と中からこぼれて来た愛液を亀頭がかき分ける音がする。そのまま少しずつ体重をかけると、殺しきれなかった及川の呻きが聞こえた。
(……い、っ……つ、ぅ……痛、いっ……)
 大丈夫か、とは牛島は問わない。どのように問おうとも、及川は意地を張る。そんな意地っ張りを、牛島だけでなく岩泉もまた愛している。いつか迎える出産の日は、赤子の頭を逆方向から通さねばならないのだ。そう考えると、こんなところで音を上げている場合ではない、と及川の事だから考えそうではないか。痛かろうが関係なく、自分で決めたことはやり遂げようと全力を尽くすのが及川だ。
 かける体重を、もう少し増やす。
「う、あっ!」
 色気も何もない苦し気な本物の声が、及川の喉から出た。その代わりに、牛島の亀頭全てが、及川の膣内に姿を隠した。
(は、ぁ、は……ぁ…………はい、った……?)
(ああ、先端だけだがな)
 軽く腰を揺すっただけで、及川の内側から二重の快感が生まれていく。
(や……さきに、なかまで、いれてよぉ……!)
 お預けを食らったまま体内で脈打つ岩泉を感じながら、更に膣内で牛島を受け入れ始めている及川。腹が陰茎の形のままに膨れるような錯覚まであり、仰け反ればそれだけ二人分の雄を感じることになった。
(や、やん……いれたら、うごいちゃ、だめだから……っ! おれ、すぐ、イっちゃいそう……!)
(判った)
 その言葉通り、入る分だけ及川の中に雄刀を収めた牛島は動きを止めたのだが。及川の胎内の蠢動は止まらなかった。
(や、だめ……なんか、きちゃう……でちゃう……こわい、よぉ……!)
(大丈夫だ、及川)
 勝手に腰が動いてしまうらしい。及川は身をくねらせ、二本の陰茎という杭を体に打ち付けられながら、ひとり高みへと昇りつめていった。
「や、やぁ、い、イク、イっちゃ……あ、あ、ああああん!!」
 ぴゅるるるるる、とぷっ、こぷっ。……ぷしゃあああああ。
 陰茎から、菊花から、膣口から。精液と愛液が、溢れ、噴き出す。
「あ……うう……はぁ、ん…………っ……」
 出せるものを一通り出して満足した及川が、目を閉じて呼吸を深くしていく。眠りの合図だ。
 目を覚ますのが五分後なのか一時間後なのかはわからないが、小休憩が出来ることは明らかだった。
「岩泉、岩泉」
「……んだよ」
 おあずけ命令を下されたまま、気づけばイきそびれた状態で意識を取り戻した岩泉。機嫌がいいわけがなかった。
「とりあえず及川から抜け。お前に話がある」

 先に牛島が及川の胎内から自身を引き抜き、状況があまり呑み込めていない岩泉が菊花から引き抜いた後。
「及川はおそらく、今後数年はバレーの第一線に立たせるわけにはいかない」
 牛島が唐突に、及川のバレー選手としての生命に関する話題を岩泉に持ち掛けた。激昂し詰め寄るかと思われた岩泉だったが、存外冷静に、牛島の話の続きを待った。
「……どういうからくりで、そうなるんだ。続きを、聞かせてくれ」
「たった今確認したんだが……及川はもう、オメガとしての成熟が終わっているどころか、繁殖期に入っている。繁殖期がどれだけ続くかは医者に診せんことにはわからんが、繁殖期の発情期ほど手ごわいものはない。俺も意識を持っていかれかけた」
「繁殖期……ってえと、産んで育てるのに最適な期間の事だったよな、確か?」
「ああ。それに……ここを、見てくれ」
「ん? 及川のタマなんぞ見飽き……おい……どうなってんだこりゃ……」
「膣、もとい産道だ。お前は意識していなかったのかもしれんが、及川が教えてくれた。道は通してある。及川が次に目を覚ましたら、ここを今度は二人がかりで拡げる」
「……道は通した、ってことは……さっき、お前はこっちに入れてたんだな。道理で途中でナカが狭くなったわけだ」
「それはそうだろう。薄い膜一枚でしか、隔てられていないからな」
「話、元に戻すけどよ。繁殖期になったら『コレ』出来るんだったか? 付け焼刃の知識でよ、まだそのへんあやふやなんだ。俺」
「正解だ。繁殖期が終わっても残るが、繁殖期に伴う身体能力の低下からは解放され、以降の発情期も過去と比べて格段に楽になる」
「だからか……だよな……及川、全部わかっててあがいてたんだろうな……俺たちが今更、何をしてやれるわけでもねえのによ……」
 歯痒そうに岩泉が拳を握りしめる。ただ、そんな岩泉を前にしていても、牛島は冷静だった。
「繁殖期は、大勢産めば産むほどに早く終わる傾向があるという論文が先日発表された。俺は、その可能性に賭けてみたいと考えている。岩泉、お前はどうだ」
 及川徹の胎に子を宿させて、産ませる。大勢産めば産んだだけ、競技へ戻れる可能性が高まるのだと、牛島は語る。
「……胤はどうなんだよ」
「どちらの器官から射精しても妊娠には何ら影響しない。着床率も変わらなければ、生まれてくる子の父親が偏ると言った類の調査結果は出ていない」
 実際に産ませてみなければわからない、とも受け取れる言葉だったが、岩泉はその不確かさに賭けた。
「全員俺似でも文句なしだぞ、牛島」
「それはこちらの台詞だ。お前に繁殖力で劣るとは俺は思えんな」
 何とも奇妙な火花が両者の間に散る。
 両者は全裸、しかも股間のものは勃起したまま。いまいち緊張感に欠ける光景だった。
 睨み合いがしばらく続き、さてどうしたものかと思われた時。
 再び、部屋の中を花の香りが満たした。
「……あれ? ふたりとも、どこ……?」
 横たわっていた及川が目を覚まし、誘引物質が再び部屋中に振り撒かれる。
「多少でも慣れはしたか、岩泉」
 短時間に何度も嗅がされれば、多少なりとも耐性はつくだろう?
 言外に牛島は岩泉を挑発した。そして岩泉は、牛島の挑発に乗った。
「へっ、このくらい……どうにか、なるってんだよ……!」
 とは言いつつも、意識はどんどん及川の本能に侵食されていき、自我を保つのはかなり難しいと思われた。だが牛島に出来て自分には出来ないことがあるなど癪に障る。岩泉の根性の見せ所だった。
「どこ、どこぉ……?」
 目を閉じたまま腕をぱたぱたと動かして手探りで自分以外の存在を探そうとする及川。その手を牛島が掴むと、及川はほっとした様子で、目を開けた。
「いなく、ならないでね」
 その言葉は、番である岩泉と牛島二人に、魔法の呪文のような効果を発揮した。
「ぜったい、ぜったい、ひとりにしないでね」
 水面に滴が落ち、波紋が生じるのにも似て。均質な円の凹凸が、二人の心の中でさざめいた。
「……言ったことは覚えているな、岩泉」
「おうよ」
 及川の両手を掴み、牛島が及川の上体を起こさせる。唇にひとつ軽いキスを落として乳首を軽く吸い、舌先でぐりぐりと刺激してやれば簡単にぷっくりと膨らんだ。牛島が手を放し、及川の上体が後ろに傾きかけたところで、岩泉が背後から支える。見事な連携だった。
「ふぇ? ……いわちゃ、ありがと」
 今度は及川の腰を掴んで浮かせろ。先にお前から挿れて、その後は俺がどうにかする。
 牛島の目が雄弁に、岩泉に語りかけた。そしてその意図は正確に岩泉へと伝わった。
 所謂二輪挿しを行うことで、及川の未来の産道を広げておくつもりなのだと。次いで、発情期中の今、二人が同時に及川のうなじに噛みつけば、三人の間に番が成立するはずだと。
 滅茶苦茶な話のようだったが、及川の発情期自体が常軌を逸しているのだから、多少の無茶無謀はどうにかなるような気がするあたりが岩泉には不思議かつおかしくてならなかった。
 小さな陰唇を開き直して、今しがた牛島が初花を奪ったばかりの場所への侵入を果たせば、及川の背が無意識にぴくぴくと小さく痙攣する。
「あ、あっ……いわちゃ、そこしってたの……?」
 気を失っていた間のやりとりのことなど及川が知るはずもなく、唐突に膣で感じる岩泉の雄にただ戸惑うばかりだった。ただ、岩泉が奥深くまで挿入しても、特有のこりっとした部分にはまだ行き当たらなかった。
「岩泉、この際子宮口が降りて来るかどうかは些末事だ。体への負担が最小限で済む今のうちに、一通りを済ませる。何度も悪いが、そのままじっとしていてくれ」
「またかよ……ま、我慢しなきゃなんねえのはこれから先も同じだかんな」
 二度目のお預けに岩泉も諦めの境地に達したのか。うねうねとやわらかく岩泉を包み込む粘膜を極力内側から刺激しないように、動きを完全に止めた。開いたままの陰唇を指先で弄びながら、漏れ出てくる愛液を牛島は掬う。指先に絡めてぬめりが生じたところで、おもむろに一本を膣の隙間に挿し込もうとした。
(え、牛島……何、しようとしてるの?)
(何とは、セックス以外の何物でもないが)
(そ、それはそうなんだけど……もう、ここ、岩ちゃん入ってるよ?)
(だからそこに俺がこれから挿れるんだ)
(???)
 及川は二輪挿し自体を知らずに育っていた。よくわからぬままに牛島に身を任せ、更なる異物を胎内で受け入れた。
「んんっ……や、あ、あたるのぉ……!」
 どこのことを指しているのか牛島はわかりかねたが、及川の弱いところを掠めたか当たったか、或いは直撃したかのどれかのようで。隙間から溢れてくる蜜液の量が増し、掌がとろとろになっていく。
(あ、あん、もっと、もっといれてっ、うしじまぁ)
 外聞もなく乱れる及川に千載一遇の好機を見出した牛島は、わざと太い指を二本選んで及川の中に素早く挿し込んだ。痛みを感じている様子もない。たらたらと溢れてくる蜜が枯れる気配さえ、ない。
(及川、気持ちいいか)
(うん、うんっ、うしじまぁ……! どうしよ、おれ、どんどんえっちになってく……!)
(心配ない、それはかけがえのないお前の一部で、俺たちはお前を見捨てたりしない。どこまででも、付き合ってやる)
(……うん、うんっ! ね、ゆびだけ、なの……? いれて、いれてぇ)
 存外及川は素直に牛島を求めた。牛島も、応じる準備はとっくに出来ていた。指を引き抜き、指先だけ残して膣口を開かせたまま、亀頭をあててじっくりと突き上げていく。及川の腰が逃げを打つことはなかった。岩泉がしっかりと及川の腰を固定し、灼熱の杭で繋ぎとめたままだったためだ。
 じゅぷっ。にゅぷっ。じゅぷぷっ。順調に、牛島のものは及川の胎内に収められ、そのたびに及川が背をしならせる。
「あ、あ、あ……はい、ってるぅ……!」
 及川の軟襞の他に、他の男の肉茎が介在しているのがお互いにどうしても気にはなったが、産道をつくるという共通の目的がある以上文句を言える立場に二人はいない。二人分の陰茎でぎちぎちになっている及川の入り口もその中も、どうにかして精を搾り取ろうと必死に蠢いていた。
 岩泉も牛島も、抜き差しさえままならない狭さとそれに伴う快楽に、額に汗を浮かべている。肩で息をし、それでもこの目的の遂行──および、及川の受胎を狙って、虎視眈々と機会をうかがっていた。
 そして、その時は訪れた。
 岩泉の方へと背をしならせていた及川の体が急に牛島の方へと倒れ込み、きゅうううう、と中が一気に締まる。
「やぁっ、イク、イっちゃう、イっちゃうよぉ!!」
 啼き声交じりで二人に訴えかける及川の中から、さらさらとした熱い愛液が二人の亀頭に浴びせかけられる。
 ぴしゅ、ぴちゃ、ぴゅうっ。
 雌の体としての機能発達著しい及川が、二人分の雄の器官に向けて射精を促す蜜液を放つ。それに応じるかのように、一度も射精する機会に恵まれなかった牛島が、丁度降りてきていた子宮口目がけて精液をぶちまけた。岩泉もつられるように精を放ち、膣からは二人の精液と及川の蜜液が混じり合ったものが溢れてくるかと思われたが、そうはならなかった。
 解き放たれた精液は一滴残らず及川の子宮口が吸い上げ、外には一滴たりとて漏らさなかったのだ。
「…………すげえな、オメガの体って」
 二度目の射精を終えて理性を取り返した岩泉が、感慨深げに呟く。牛島の吐精はなかなか終わらず、及川の体を抱きしめたまま、しばらくの間腰を揺すり上げていた。
「…………発情期の間は、生殖に関する一切の能力がオメガは飛躍的に上昇する。今が頃合いだ、岩泉。及川のうなじを噛め」
 ようやく落ち着いた牛島が岩泉に『番の儀式』を促した。岩泉にためらいはなかった。犬歯を突き刺し、くっきりと歯形が残るように、思い切って及川の首筋に噛みつく。
 気を失っている及川は一瞬、痛みでぴくりと体が動いたが、それきり大人しくなり再び寝息を立てはじめる。首筋には噛み跡がくっきりと残されたままだ。今度はすぐに起きないかどうか、牛島は念入りに回線を使って及川に語りかけた。
(及川、及川、起きているか?)
 返事はなかった。どうやら今度は本格的に眠りについたようだ。二人分の精液の摂取が叶ったのだから当然と言えば当然だった。
「今度こそ、落ち着いて眠っているらしい。……ここまで重篤な発情期は俺も経験したことはなかったが、今までの反動が出ている可能性もある。……どうだ、岩泉。発情期を鎮静化させる上で、今のうちに聞いておきたいことがあるなら、俺の知る範囲で答えようとは思っているんだが」
「無茶苦茶やらねえと及川が止められねえのは身に沁みたっての……こりゃ、一人で手に負える範疇、とっくに超えてねえか?」
「俺もそう思う」
「ははっ、及川に関してはよく意見の合致する野郎だぜ、テメェはよ」
 からからと笑った次の瞬間、すぅ、と岩泉の目が細められる。
「……で。さっきので、及川は」
「間違いなく、孕んだだろうな」
 正確にはもうじき排卵があって、その後受精から着床までだから、厳密にはまだだが。気休めにもならない牛島の説明に、岩泉は及川のバレー選手としての生命の中断を想い、憂いを帯びた目で寝姿を見つめていた。
「統計上の話だが、孕めばその時点で発情期は終わり、体調も落ち着いてくるそうだが……何せ及川は規格外だ、オメガの常識もまずは疑ってかかっても支障はあるまい」
 及川は通常の発情期でも名残が結構あったからな、数日かあるいはもう一週間くらいはここにいる算段をしておいた方がいいかもしれないな。
 そんな牛島の独り言を、どこか他人事のように岩泉は聞いていた。及川の胎に、子を宿す。父親は自分だろうか、それとも牛島だろうか。どのように生まれてきても、愛しい及川の子であることには間違いはない。
 けれど、見るからに牛島に似た子しか生まれなかった時、自分はきちんと生まれた子の親として振舞えるのだろうか。不安がよぎる。
「……岩泉。何を考えているのかは聞かずにおくが、眠れる時に眠っておいた方がいい。でなければ、この先体がもたん」
 経験者の言葉の重みに押しつぶされそうになりながらも、岩泉は及川の隣に身を横たえた。体は確かに疲労を蓄積させていたようで、ほどなくして眠りは訪れた。



及川の拗れた発情期は延びに延びて半月に及んだ。これでは妊娠していないかもしれないな、との牛島の談は、岩泉に安堵も不安も運んできた。及川は避妊薬を飲み続けていたから、それが良い方向に効いたのかもしれない、というのが安堵。自分が意識を飛ばしている間に、同じく強烈な発作に見舞われて一時的にでも意識を飛ばした牛島によって投薬が忘れ去られていたらどうなる、というのが不安。それぞれの内訳にそれなりの根拠と可能性がある。
 ひとまずは、何もかもを及川用に誂えてある牛島邸に身を寄せた及川と岩泉だったが、三人での生活はそこまで長くは続かなかった。
 不穏な因子が働いたからではない。断じて、ない。
 むしろ逆である。慶事が三人に訪れたからだ。
 事の発端はこうである。
「やけに、何もしたくないかも」
 恙なく、三人での『戯れ』を終えた及川が、珍しい一言を二人に向けて告げたのだ。三人での生活が始まって以来──否、二人の知る限り及川がそんなことを言い出した記憶も記録もなかった。これは何かある、と牛島と岩泉は、渋る及川の手を引っ張って新しいかかりつけの診療所へと連れて行ったのだ。
 そこでの待ち時間、男三人が緊張した面持ちで待合スペースの椅子を占拠するという実にもの珍しい光景を展開しながら待つこと、三十分。簡単な状況の聞き取りの後、及川は、自分の母親くらいの年齢の女性の看護師から検査薬を渡された。桃色のハートの左右に天使の羽を模したやけに少女趣味な意匠の検査薬の使い方は、パッケージに暗喩的に描かれていた。まあ平たく言ってしまえば、化粧室でその検査薬の先端に尿をかけ、隣接した検査室へと続く小窓の奥のスペースに置いてこい、という内容の説明だった。
 及川は、その検査薬に当然覚えがあった。事態が信じられずに瞬きを繰り返し、危うく洋式の便座の中に検査薬を取り落としそうにもなった。自分の名前があらかじめ書かれていた紙コップが小窓の奥に置かれていて、その紙コップの中に棒状の検査薬を傾けて挿し込んだ。その時点で、桃色のハートの中心に一本。真っ赤な線が、浮かび上がっていた。
 検査薬での簡易検査の結果が出るまで更に三十分ほど、及川達は待合スペースでまんじりともしない時間を過ごした。掛け時計の秒針が刻む規則正しい音に混じって、思考に応じて速さを変える自分自身の鼓動が聞こえてくる、そんな時間だった。
「及川さん、診察室にお入りください」
 膠着を破る医師の声は、救いの神の声にも似ていた。

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