十八章 岩泉編

 牛島との番を解消しただけで話が済むわけはなく、番を条件に入学していた学校は結局転学を勧告されるなど、騒ぎにもなれば悶着もあった。それでもどうにか話はまとまり、及川はどうにか岩泉の住まいへと転がり込むことが出来た。
「はぁ……一時はどうなることかと思ったよ……」
 引っ越しの荷物は一切ない。牛島が、及川との記憶の残る品々をひとつも手放そうとしなかったからだ。文字通り身一つで岩泉宅へやってきた及川だったが、表情は決して暗くはない。むしろ、まっさらな状態から始まる新生活に目を輝かせ心を躍らせていると言えた。
 我が物顔で岩泉のベッドに腰かけ、置いてあったクッションを抱きしめ横になる及川は本当に無防備で。性に目覚める前の、子どもらしい無邪気さが前面に出ている及川が、岩泉の目の前でごろごろとベッド上を転がる。
「そりゃこっちのセリフだ、及川」
 本当に身一つで転がり込んでくる奴があるか。いかにも意味ありげな視線を及川に送ったが、そんなことは露ほども考えていないのか、及川は寝心地のいいベッド上で早速寝息を立てようとしている。
「いわちゃ……おや、すみ……」
「こら寝るな」
 面倒な手続きから解放されたのは夕方で、夕食もまだだ。だというのに及川は食欲よりも睡眠欲を優先しようとしていて、2メートルほども幅のあるベッドのど真ん中ですぅすぅという寝息もどきまで聞こえてくる。余程疲れが溜まっていたのか、それとも単純に気が緩んで眠気に負けただけなのか。いずれにせよ及川から感じる気配は睡眠の一色で、自分の意思で目を覚ましていようとは考えてはいないようだった。
「……しゃあねえな……メシの用意だけでもしとくか」
 買い置きのパスタを一人分茹で、パスタソースをレンジで温めながら、徐々に深くなる及川の寝息をひたすらに岩泉は聞いていた。

「……ほえ? 今、何時?」
 腹の虫の悲鳴でやっと及川が目を覚ましたのは夜更けで、岩泉はリビングでホットコーヒーを傾けていた頃合いだった。
「そろそろ23時。テメェ、寝すぎだろいくらなんでも」
「ご、ごめん岩ちゃんどうしても眠くて……お腹すいた……」
 ぐうぅ、と繰り返し泣き叫ぶ腹の虫。12時間近く何も食べていない計算になる及川の腹は限界を迎えていた。
「岩ちゃん……その……」
「わかってるっての。簡単なものしか用意できねえよ、そんかわり。お前もパスタでいいよな」
「うん!」
 ぱあっ、と及川の顔が明るくなり、笑みが花開く。
 パスタが茹で上がるまでの時間、及川はそわそわと岩泉の周囲にまとわりついたり、ぴったりくっついたりと落ち着きがなく。オリーブオイルでごく軽く和えたパスタに温めたミートソースをかければ、もうそれだけで及川の目には何物にも代えがたいご馳走に映った。
「ね、ね、岩ちゃん」
 犬のような尻尾があったなら、間違いなくぱたぱたと忙しなく左右に振っていたに違いないような様子で、最後の仕上げにかかっている岩泉の後ろを右往左往する及川。
「少しは大人しくしてろっての」
 苦笑する岩泉と、待ちきれない及川。だってだって、と幼児退行でも起こしたかのように、岩泉を慕い離れない及川を見ていると、どれだけ牛島のもとでは抑圧されてきたのかと胸の痛む思いだった。
「うぅ……だって、ほんとにお腹すいたし……」
 しゅんとしながらも及川は、パスタ皿とフォークを持ってダイニングテーブルへと向かう岩泉の後を追いかけて。椅子に腰かけ、召し上がれとばかりに目の前に置かれた夜食にありついた。

「はぁ……お腹いっぱい、ごちそうさまでした」
 夜食を食べ終え、風呂にも入り歯も磨いた及川は、何事もなかったかのようにまっすぐ岩泉のベッドへと向かった。
「おやすみ、岩ちゃん」
 …………朝起きて同じ学校の同じ講義を受け、同じように行動してごく健全な時間帯に眠る。そんな生活が一週間ばかり続いた。及川が最初の発情期を迎える前の生活とは一転し、夜は単に一緒のベッドで眠るだけの清らか極まりない生活だ。及川を引き取ったその日、すぐにでも『事』に及ぶとばかり思い込んでいた岩泉は結果として肩透かしを食らい、隣ですやすやと眠っている及川の姿を眺めるに留まっていた。
(……こっちが我慢しきれねえっての)
 寝間着にしているスウェットをずらし、布団の中で陰部を露出させた岩泉だったが、これは取り立てて騒ぐほど珍しいことでもなかった。及川の体を知ってしばらくの間は自慰の必要など全くなかったが、この一年余りは何せ相手が誰もいなかったもので……結局は、他の誰かに手を出すか自己処理で済ませるかの二択だった。岩泉が選んだのは勿論後者だった。日課のように及川を想っては自慰に耽り、左の掌に精を吐く期間は決して短くはなかった。それは及川が隣で眠るようになってからも例に漏れず、健やかな寝息を聞きながら淫靡な妄想を繰り広げては射精する、一見すると実に奇妙な日課が生まれようとしていた。
 硬くそり返った竿を扱き、カリや裏筋を指先で擦ってやっていた、そんな時。
 岩泉に背中を向けて寝ていた及川が寝返りを打ち、岩泉の方を向いた。淫らな夢でも見ているのか、寝息の域を超えた艶っぽい吐息まで聞こえてくる。
 そんな及川の様子が気に障った、というと少々語弊があるが。目の前に、生身の自分の番がいるというのに、夢の中では一体どこの誰に何をされているのか。毎日本人を前にして耐えてばかりいる、人の気も知らないで。少々荒っぽくなったが、岩泉は及川のスウェットの中に手を突っ込んで尻を鷲掴みにした。
 柔らかな手ごたえの後に、自分のものとは違う肌理の細かい滑らかさにたどり着いた。
 すると。
 ん、と鼻から息が抜け、及川の双眸がゆっくりと開いていく。まだ眠そうだったが、その眼には確かに微かな情欲の炎が灯っていた。
「……いい、の」
 囁くように、及川が岩泉に語りかける。
「ここ、あんまり壁厚くないよね。それに俺、まだ我慢していられるからいいんだよ、わざわざしてもらわなくても」
 そう言いつつも及川は膝を擦り合わせて、何事かを我慢しているように見えた。それも、あまり長くは『もたない』ものを。
「まだ次の発情期まで時間もあるし……体はどうしても反応するけど、眠れないわけじゃないんだ。だから岩ちゃんは、あんまり気を遣わなくていいんだよ」
 そう言って及川は、再び布団の中に顔をうずめて、宣言通りに寝入りかけた。
 だが、その体内に指先を忍ばせようとした時点で、分泌されたとろとろの体液が岩泉の指にまとわりつく。そのぬめりの力を借りて何気なく二本の指を体内へと押し込めば、ぴくりと背中が動いて再び布団から顔が出る。
「……岩ちゃんは、あんまり寝なくても平気なの?」
 体内の指を極力意識しないように及川は体を丸めて刺激をやり過ごそうとしたが、埋められた指が明確な目的を持ち動き出せば途端に我慢が霧消する。
「っひ、ぅ……!」
 たらり、と新しく溢れ出た蜜が岩泉の掌を濡らした。そのままかき回せば、秘部がどうなっているのか妄想を駆り立てるくちょくちょという音がする。
「寝る、以前に……こちとら散々おあずけ喰らってて、寝付けやしねえんだよ!」
 及川のスウェットの腰ゴムに空いている左手の親指をかけ、布団の中でゆっくりと引き下ろしていく。ぷるん、と勢いよく飛び出した性器はしっかりと膨らんでいて、先端には快感を示す濃い蜜も浮かんでいた。
「や、いわちゃ……お布団汚しちゃうって……」
 及川の困惑は尤もだった。牛島のもとで過ごした期間は布団の中で致した経験はなく、また互いの肌を暴き合う前に布団は退けてしまうため、体を自分のぬくもりで包んだままというのは初めての経験だった。それに、本当に布団を汚してしまったら簡単に洗えるものではないと十分に理解していたから、余計に岩泉の所業に待ったを掛けざるを得なかったのだ。
「ならどれだけ汚れてもいいように布団退けるからな」
 一旦及川の腰ゴムから左手を放し、体の上に乗っている布団を剥いでしまえば、もう岩泉の独壇場だ。照明は月明かりだけ。月の光を反射した岩泉の瞳が、きろり、と不思議な色に輝く。及川の目からは岩泉の輪郭が何となく把握できる程度の明るさに感じられるが、岩泉の目には違う光景が映っているに違いない。そんな不公平な暗がりの中、右手の指も引き抜いて、岩泉は及川の臍から下を露出させていく。
「お、俺ばっかり……やだってばぁ」
 下を全部脱がされた及川は足の指を器用に使って、たるんでいる岩泉の下半身の着衣を本格的に解こうとした。だがそれよりも先に、及川の陰茎の根元を這っていた岩泉の舌が茎の周囲に沿って扱き上げる素振りを見せる。
「あ、だめ、尺八やめて、俺それ弱い……の……ぁんっ」
 及川の自己申告は確かに正しかった。ひとりでに足が開き、腰が揺れる。大事なところも丸見えだ。
「おい、あいつに調教されすぎだろ」
 苦笑交じりに岩泉が及川をからかえば、及川はぷうと頬を膨らます。
「だって俺、暇じゃなかったし時間もないって時だって色々されてたし、そもそもあいつ顔に出さないだけでちっとも淡白じゃなかったし……それに、教えられたっていうか仕込まれたんだから俺が悪いわけじゃないもん」
 だから体があいつのこと忘れるまで出来るだけ何もしないでいようと思ったのに。
 そんな及川の健気な一言は、岩泉の耳には届かないように吐かれた。
 ぷい、と横を向き幼児返り同然に甘える及川は、手を動かすのも言葉を発するのも止めて、開いた足を閉じようとする。
 だが閉じかけた膝を、岩泉が両手で掴んだ。
「……気に障ったんなら悪かった。確かにお前の意思でどうこう出来る問題でもなかったもんな」
「やだ、謝んないでよ岩ちゃん……そうじゃなくて単純に、見られるの恥ずかしいの」
 岩ちゃんは俺よりもよく見えてるはずだから。
 呟いた及川は両手で股間を隠そうとしたが、全く隠しきれていない上に肝心の花蕾は岩泉から丸見えのまま。露を滴らせ、咲き散らされるのを待っている、優美で可憐なふくらみ。
「隠してるつもりなんだろうけどよ」
 岩泉が今度は及川の手首を掴む。
「逆に煽ってんぞ、それ」
 指の間からちらりと覗く及川の性器は反応しきったままで、あえかな下生えも分泌液に濡れ月の光に照らされている。
 雄の欲望を隠そうともしない、ぎらぎらとした岩泉の目を見た及川は、そろりそろりと手を放した。
「……岩ちゃんばっかり余裕あって、大人っぽくてずるい」
 今度こそ露わになった及川の陰部に、岩泉は顔をうずめる。
 根元から先端へと、繰り返し舌を使って陰茎全体を舐めたかと思えば、先端に近い方をちろちろと舌で愛撫して。たまらずに浮かせた及川の腰をがっしりとホールドして、鈴口へと舌をねじ込み中のぬめりごと吸ってやると、びくびくと及川の腰が踊る。
「や、もう……いわちゃんの、ちょうだい!」
 肩で息をしている及川は岩泉の手を払いのけ、自ら足を抱えて局部を岩泉に向けて露出させた。こぽり、とまた新たな粘液が溢れ出て、尻を伝いシーツに染みていく。
「俺の準備なんかとっくに出来てっけどよ、まだ三本目入れてねえじゃねえか」
 十分に慣らさないまま挿入して痛い思いをさせたくない一心で、岩泉は逸る心を抑えつつも及川を性急に求めていく。もう一度指を二本まとめてつぷりと押し込み、交互に動かしながら及川の体内が解れていくのを待った。ひたすらに、待った。
 だが、なかなかもう一本分の余裕は生まれずに、自分の知らない期間及川の体がどう変化したのかをつい考えてしまいそうになる。たったの一週間でこうもきつくなってしまうのか。それとも、このくらいのきつさのまま、牛島はこぞって及川を抱き強引に体を拓いていたのか。当の及川は二本の指を難なく受け入れ全く痛そうにはしていない分、思いは一層強まるばかりだった。
 いつまで経っても昔の名残は消えず、及川は母猫の前で甘える仔猫さながらに、柔らかな場所を無防備に晒し弄らせている。それでも達してしまわないように、必死に尿道を押さえているのも牛島の調教の賜物なのか。嫉妬で岩泉の目の前は紅に染まった。もう及川は手に入れているのに、どうしても過去の男がちらつく。かつての牛島も同じ思いをしたのだろうか、という考えに至るだけの余裕はまだ彼にはなく、躍起になって及川を拓いた。
 及川の前も後ろもとろとろになっていて、傍目には準備万端に見えたし通常の性交には問題はないのだろうが、何せ相手は転化したアルファの岩泉だ。通常の性交、とは言い難かった。及川の花蕾も十分解れていても、そこまで大きく広がりはせず、入るか入らないかの瀬戸際にまでしかならなかった。
 岩泉は知らなくて当然だったが、及川が牛島のもとに居た頃は毎日最低でも、朝と夜の二度は欠かさず性の営みに興じていた。発情期であろうがなかろうが無関係に及川は牛島に抱かれ続け、緩んだ孔が閉じきる前に再び挑まれ緩む、というサイクルだった。
 そんな生活が一年ほど続いた後に、突然一週間もの空白期間が生じるとどうなるか。今まですんなりと受け入れられていたものも、なかなか受け付けなくなっても仕方がなかった。岩泉のものも例外ではなく、すんなりと入るとは到底言えない落差があった。
 舌打ちをひとつ、岩泉が零す。思うように解れてくれない自分の体にしびれを切らした及川が、右手を膝裏から外して岩泉の方へと伸ばした。
「ね、いわちゃん……このまま、して」
 俺だってもう我慢できないもの。
 囁いた及川は、右手でいきり立った岩泉自身を軽く握り、散らされるのを待ちわびている蕾へと先端をあてがった。
「そのまま、体重かけて……多分、ちゃんと入るから」
 ぐい。少々加減して体重をかけた岩泉だったが、狭い入口に跳ね返されて裏筋を及川の蕾がくすぐる。
「ん、あ……もっと、思い切って……かけてみて」
 もう一度、今度は大した加減もせずに突き立てる。
「こう……か?」
 ぐぐぐ。強い反発と摩擦に、それだけで達してしまいそうになりながらも、滴り落ちる汗を拭う余裕もなく岩泉は自身の雄刀を及川目がけてじっくりと押し入れる。
 すると、音もなく及川の花弁が開いて、岩泉の亀頭が埋まっていった。
「あ、はぁ……っ、いわ、ちゃぁ……」
 指二本分だけの空間を強引に割り拓くと、得も言われぬ快が岩泉の背を一気に駆けていく。道をつくるためだけの軽い抜き差しを数度繰り返しただけで、岩泉はいつの間にか自身の性器から精液が勢いよく吐き出されていることに気が付いた。
「……っ、及川、少しは加減しろっての……!」
 はあはあと生温かい岩泉の体液を体内で浴びている及川は言葉を発することさえ出来ないようで、頬を紅潮させ白い肌を桜色に染めている。
「や、むりぃ……! いっぱい、でてるもん……!」
 肉の襞の更に奥まで侵食するように、及川の体内は岩泉の精液で満たされ、奥へ奥へと流れていく。中が濡れるどころの騒ぎではない。精の洪水だ。入口はびったりと栓をされて行き場を失った精液の行きつく所などごく限られている。奥へとなだれ込んだ液は、及川たちオメガが必ず持っている、妊娠するための器官を目指すのみだ。
「ほんとに……いっぱい……。いわちゃんも、ホントのホントに、アルファになったんだね」
 少しずつ余裕が出て来たのか、体内を流れていくまだ粘り気のある精液を感じて恍惚とする及川。一度放った岩泉も同様なのか、及川からは抜かずに成熟しきった粘膜の襞を軽い抜き差しで堪能している。くちゅり、くちゃり、と及川曰く『恥ずかしすぎて聞いていられない音』がひっきりなしに結合部から生まれるが、まだそこまで気にかけるほどの余裕は両者にはなかったようで。
 すぐに岩泉の幹に本格的な芯が通り、それを察知した及川が『二度目』を無意識に欲しがって……口で何か言う前に、もじもじと体内を蠢かした。
 尚もゆったりと繰り返される抜き差しによって、徐々に及川と岩泉の隙間から白濁液が漏れ出てくる。濁りの薄くなったそれは幾筋も及川の尻を伝って、シーツを濡らした。
「今日は、垂れてきてんだな」
 岩泉が率直な感想を述べると、まだ頬を薄紅色にしている及川の顔が更に艶やかになっていく。
「こ、これが普通なの、全然垂れてこないのは発情期の時だけで普段は多いと出てくんの! ……やらしいから、あんま見ないで」
 恋人の痴態を見るなと言われてその通りにするほど岩泉は枯れていない。むしろその逆だ。どれどれ、と上体だけを離して結合部を見ようとすると、ばかばかっ、と抗議した及川が岩泉の首筋に抱きついて、その拍子に結合がより深くなる。
「……んんっ、ぁんっ」
 中に埋め込まれていた岩泉のものがより奥へと潜り込み、及川の背格好からはやや不釣り合いな可愛らしい喘ぎ声を漏らさせる。
「……いわ、ちゃ……腰、引いて、押し込まないで」
 当たっただけで、気持ちよくって、たまんないの。
 岩泉が『当てていた』箇所は、多少弄られた程度ではオメガとて快楽を生まない、秘密の花園のような場所だった。時間をかけてじっくりと拓かなければ開花しない、誰かに完全に所有されてようやく目覚めるかどうかという地点だった。かなり奥にあるそこは、アルファの性器でなければ届かなくて。簡単には仕込めないというのに、そこの快楽を既に及川に教え込んでいるあたりに、岩泉は牛島の執念を感じた。
 猥談もそれなりに耳にする環境にあった岩泉は、再会してから及川に感じるようになった妙な色気の正体を、性交が常態化する『人の妻』としてのものと踏んでいる。開拓には大変な手間と時間を要する箇所が既に開花している以上、そこを源泉として湧き出したものだと考えていた。
 性交を教えたのが自分ならば、その先……肉体が秘めた可能性や性の奥深さ、心の底から慈しまれ愛される悦びを教えたのは牛島だ。理性的であれといくら思おうとも、自身のあずかり知らぬところで他の男を教え込まれたと事あるごとに嗅ぎ取れてしまうと、獰猛な岩泉の側面が顔を出そうとする。可愛さ余って滅茶苦茶に抱き、他の男の痕跡を全て上書き出来やしないかと、穏やかさとは程遠い妄想が浮かんでしまうのだ。
「や、いわちゃ……! おく、おくとどく、とどいてるからぁ……! だめぇ……っ!」
 ひくつく内襞を引き絞り、及川の腰が逃げを打とうとする。だがそれを岩泉は捕まえて、じっくりと根元まで挿入し直し下生えを及川の陰部へと擦りつけた。腿の裏側を軽く揉み、より大きく足を開かせてしまえば、結合が相対的により深くなる。
 ぴったりと密着して肉茎を食む襞の中でもとびきり柔らかな及川の泣き所を、抜き差しついでに先端で抉りながら絡め取る粘膜は極上そのもの。ぐりっ、ぐりゅっ、と硬くなっている前立腺を裏側から弄ってやれば、勢いを失った白い濁りが及川の先端からとろりと溢れ出した。とろとろと及川が精液を漏らすにつれて、ふかふかと柔らかくどこか頼りない包含感へと変わっていく。周囲の粘膜とは違うその感触に夢中になって、岩泉は執拗に及川の前立腺を刺激し続けた。その間ずっと、及川からは甘い精がたらたらと滴り落ち続けていた。
「ほんと……だめ、いわちゃ……もう、でないから……ぁ、ん」
 一気に白く染まった陰茎や下腹部を少しでも拭おうとした及川だったが、潤み切った目をしていては岩泉を制止する効果など全くなく、逆に大いに煽る結果を呼んだ。膨らみ張り出した岩泉の陰茎の先が絶妙なリズムで及川の弱いところを蹂躙し、そのたびに及川は啼く破目になり。高みへと追い込まれ、ひくひくと蠢動の止まらなくなった花弁を指先でつつかれて、それでも出るものは出し尽くした及川は岩泉を締め付けることでしかオーガズムを伝えることが出来なくなっていた。
「……あ、う……もっかい、もっかいだして……」
 もっとふかく、おれといわちゃんをつなげて。
 すすり泣く及川の声は円熟したオメガ性のまろやかで芳醇な薫りも芬々たるもので。オメガが無意識に発する誘惑の匂いには耐性をつけたと自負していた岩泉でも、体の芯ではやはり番が自分を求める性欲に負けてしまうようだった。
 じん、と体の髄が痺れるような感覚が脳天から徐々に下りていき、腰まで届いた時にまずいと思ったのも束の間。根元から先端へと、射精を促すよう締め上げてくる及川の誘いのままに、高まった熱を再び及川の体内に放っていた。
 一向に収束しそうにない岩泉の下腹部の昂りは、及川の体内で角度と硬さを保ったまま三度目の膨張を始める。どんなに扱いても尿道に残った分しか精液の出なくなった及川は、くたりとベッドに身を投げ出して岩泉に問いかけた。
「いわちゃんは、まだしたいの?」
 言外に、自分はもう満足したし限界が近いことを及川は岩泉に示している。それは岩泉も意図を把握したし理解もできる。
 理解したから一度自身を引き抜いた。
 だが及川の次の一言が良くなかった。
「いわちゃんとしたときに『こう』なるの、なれるまでちょっとじかんかかるかも」
 及川としては、隅々まで行き渡る精の多さがまだ体に馴染まない、といった程度の意味を伝えようとしただけだったのだが。岩泉が汲んだ意味はまるで違っていた。
 牛島とは違う、と悪い意味で比較されたような気がして、今はもう相手にしなくて済むはずの男の幻影に嫉妬したのだ。
 そうとは知らない及川は後始末もそこそこに本格的に寝付く体勢に入っていたが、岩泉の手によってまた足を開かされてしまっていた。
「い、いわちゃん、今日はもうしなくていいよ!?」
 及川は慌てて岩泉を制止する。もう抱かれるだけの体力的な余裕のない及川の体は睡眠を欲しており、平たく言ってしまえば体も怠く意識を落としてしまいたかった。
 それでも嫉妬が岩泉を突き動かす。及川の尻の下に自身の腿を割り込ませて腰を浮かせ、一度は引き抜いた雄の部分をまだぽっかりと開いている及川の菊花にあてがい、その様子をわざわざ及川に見せつけた。
「あいつのことは、もう忘れろ、及川」
 今及川を抱いているのは誰なのか。及川は自分の意思で誰を選び、どこにいるのか。確認させたかった。
 開いたままの孔はあっさりと岩泉を受け入れ、にゅぷにゅぷと順調に結合を深めていく。岩泉のものが時間をかけて埋没していく様を見せつけられ、性的な興奮状態に置かれた及川は、これ以上あられもない声を出さないように両手で口元を押さえた。
「ん、んーっ……う、んっ」
 意識は落ちかけていても体は正直に与えられる快感に従順で、足を開いて愉悦に溺れる及川。太く張り出した亀頭を使って、岩泉は何度も及川の子宮口を優しく撫でた。
 その、途端。
「あ、ああっ、あーーーーーーーっっっ!!」
 口を塞ぐのも声を殺すのも忘れて、及川は咄嗟にシーツを手繰り寄せ掴んだ。足をさらに開き、されるがままになっていた及川の中が、きつい位の緩急をつけて締まりだす。いつの間にか胎内に吸い上げられていた岩泉の精液の代わりに、さらさらした温かく透明な愛液が溢れ出てシーツに滴り落ちる。
 ぷしゅっ、ぴしゃっ。ないはずの隙間から噴き出してくる透き通った蜜。荒い息を吐きながら、今まで一度も『こう』はなったことのない及川は真っ赤になって。
「も、漏らしたわけじゃないからね!」
 必死に弁解をしたが、その間もしっとりと濡れていくシーツの面積は広がる一方で快楽の波濤は止まらない。シーツを握りしめる手も白くなるほどに力が込められていて、岩泉がそっと解きほぐしてやるまでは指の一本一本が硬直していた。
「ふ、うぁ、んん」
 岩泉が自ら動かなくとも十分なほどに二人の性感は高まっていて、目尻を朱に染めた及川は終わりの見えない絶頂を迎え岩泉の精をただただ求めていた。一年前とは比較にならないほど開拓された及川の胎内は最上の快楽を岩泉にもたらし、とうとう最後の挿迭なしに尿道に精を通していた。通り抜ける度に無意識に腰を押し付け、それにあわせて及川の外花が開いては閉じる。放った量も多かったが今度は外に垂れはしなかった。
「……なんだろ。注ぎ込まれた、って感じ」
 及川は下腹部を撫でながら、岩泉が栓をしたままの孔を軽く締めた。

 繋がっている場所は熱く、岩泉はまだ何度も及川に付き合ってやれる体力があった。これがアルファの体なのか、と呆れが半分、感慨深さが半分。
「おい、及川……どうする? 今日はもう、やめておくか?」
「うん……今日はこのまま寝よ、朝起きてからゆっくり『続き』したいし」
 そう言いつつも及川は、ぬめる粘膜をねっとりと絡みつかせて、岩泉のものを美味そうにしゃぶっている。
「そんな気どこにあんだ、説得力ねえぞ」
 岩泉が軽い抜き差しをしてやれば、だって、と一言だけ口にした及川が岩泉の腰に足を回して引き寄せた。
「こんなにしたくて堪んないの初めてだもん」
 深まりゆく繋がりに背中をしならせ、及川が答える。
「それに、ね」
 少しだけ腰を浮かせて、体の下敷きになりくしゃくしゃになったバスタオルを手に取る。
「朝起きてももう、岩ちゃんがいなかったりしないもの」
 たっぷりと汗や体液や匂いが染み込んだバスタオルを手繰り寄せ、汚れているにも関わらず頬擦りする及川。
「あと、アルファの個体で違うらしい匂いって、俺はあんまりよくわからないんだけど……岩ちゃんの匂いだけはよくわかるよ。安心するのに、ヘンな気分になってくるから」
 その宣言通りなのか、及川は岩泉の裸の胸に手を這わせた。
「……何、してんだよ」
 及川の意図を汲み切れずに岩泉が問えば、及川はあっけらかんと白状した。
「何って、岩ちゃんの開発?」
 呆れた岩泉が及川の乳首を摘まんで転がしてやると、及川の手がすぐに止まる。
「やぁっ、岩ちゃんの開発が目的なんだから、大人しくイタズラされててよ」
 岩泉はそれを聞き入れない。弄るうちに赤みの増してきた突起を舐めると、観念したのか及川は形ばかりの抵抗を見せた。
「寝なきゃ、だめだよ……岩ちゃんってば」
 すっかりその気になっておいて……させておいて、どの口がそれを言うのか。
「お前、体の方が正直だよな」
 意識するより早く、岩泉の口から台詞が出ていた。
「岩ちゃん、それ、おっさんくさいって」
 けらけらと笑う及川。ひとしきり笑ってから、そっと岩泉の胸を両手で押した。
「今度は岩ちゃんが横になって。その方が弄りやすいよ、俺のこと」
 二人の上下が反転し、岩泉の体の上に及川が跨る格好になる。この間も勿論抜きはしなかった。
「ん、う……こす、れる……!」
 その鋭い快楽さえ、及川の体から自由意思を奪っていき。少し抜けた分で再び体内の洞を埋めれば、及川の潤いだけで岩泉の性器はしとどに濡れていく。岩泉の両手が及川の腰を掴んで引き抜き、その手が解放されれば及川がじっくりと腰を落としていく、繰り返しだ。やけにゆっくりな及川に焦れ、勝手に腰を掴み一息に根元まで入れてから元のように引き抜くと、あからさまな嬌声が上がる。
「ゃ、ああん! ……ゆっくり、してくれないと、もうもたないのにぃ……」
 及川は岩泉の上に座り込み、まだ入りきっていなかった陰茎がずぶずぶと及川の中に姿を消し粘膜を押し広げる。そのまま及川は岩泉の上に寝そべり、美しい朱色をした頬を膨らませた。
「岩ちゃんの、せいで……もう動けなくなったんだからね」
 でも、いいんだ。これからは離れ離れにならずに済むんだから。
 及川は岩泉の心音を聞きながら、体内に埋め込んだ質量をゆったりと楽しめる気持ちの余裕を享受していた。

 リラックスしている及川の中は一分の隙間もなく岩泉を包み、体内に岩泉を収めたまま眠った及川の中にゆっくりと最後の一回を放ってから、やっと岩泉自身も落ち着きを見せた。及川を起こさないようにそっと引き抜くと、出したばかりのどろりとした乳白が、拭うより先に秘所を汚した。体の上に乗せたままの及川を抱きしめたままゆっくりと寝返りを打ち、腕を解けば仰向けに休む及川の完成だ。
 足を開かせ二人分どころの話ではない体液がまとわりついている下腹部や、散々注いだ孔のまわりを清拭していく。既に乾きかけている箇所があったりと難渋はしたが、朝風呂にでも入れば洗い落とせるだろうと楽観し、岩泉も及川の隣に横たわった。
 隣に及川が帰って来た実感が、岩泉の目頭を熱くさせる。しどけない寝姿を眺められるようになるまでの間、独り寝の岩泉を追い詰めていたのは心無いチームメイトの言葉だった。眠りにつこうとすると、かなりの確率で甦る。
『晴れて人間のエリート様になったんだから、欲しいものは力ずくでも手に入るんだろ羨ましいなあ』
(連れていかれたのを取り返すんだ、あいつとようやく同じ舞台に立てたに過ぎねえよ)
 無意識に、思い浮かんだ声に岩泉は反駁する。
『で、そこまでして一体誰が欲しいわけ?』
『お前馬鹿だろ、よりにもよってそれをこいつに聞くなよ』
『そんな相手岩泉には一人しかいねえんだよ』
『知らねえのか、及川だよ及川』
『待てよ及川って、あの及川かよ』
『岩泉、お前本気かよ? あの牛島の恋女房だろ、奪い返すなんて勝ち目あんのかよ』
『幼馴染だからって、そんなに有利じゃないよなあ』
 及川を迎えてからの牛島の個人成績は躍進著しく、誰の目にも番が出来たことによるプラスの効果が見えていたのだが。
(うるせえよ、てめえら。肝心の及川は、結局あいつを選ばなかったってのに)
 長年ただ一人だけを追いかけ続けた一途な恋の事実はやがて尾ひれをつけた噂となった。
『もう籍入れてヤりたい放題なんじゃねえの?』
『いや、お家のこともあるし形式を重んじて学生の間は形だけでも清い交際をだな』
『オメガと同棲しといて清いも何もあるか?』
 彼らは部外者だから、口々に好き勝手なことを言っていられる。下馬評ここに極まれり、だった。
 だがそれももう過去の話。及川に直接選ばせた結果が、今の自分たちに繋がっている。
 及川がいなければ、岩泉は今までの在り方を保てたかどうかさえ危うかった。それはおそらく、牛島にも言えたことだったのだろう。だが、本当に及川を大切にしたいのならば、本人の意思を最大限に尊重しなければならない。そう考えれば、牛島が及川を手放し自由にさせる可能性がないわけではなかった。俺も牛島も選ぶ立場にはいない、選ぶのは及川だ、とアルファでさえなかった苦々しい一年前の初夏の一件は、せめて選択肢の一つでありたいという岩泉の願いさえ打ち砕いていた。
 苦い過去はまだ岩泉を苛む。言いたくもなかった一言を言の葉に乗せざるを得ないまでに、追い込まれても尚回想が止まらない。
『向こうで幸せに暮らしてんなら、それまでだ。俺はただの幼馴染に戻って、諦めて他のオメガでも探すさ』
 本当はあいつの隣で過ごすために生まれてきてんだからよ。
 噛み潰した言葉。岩泉の誕生日ちょうどに解約されていた及川の携帯を、お守り代わりに忍ばせた鞄を肩から下げて。形ばかりの仲間から離れ、帰り道を一人早足で歩いた日々。ぽやぽやとしか歩かずに、無理矢理手を引かなければすぐ脇道に逸れたり朝練開始ギリギリになったりする幼馴染のいない歩道は広く、歩きやすすぎた。片方は必ず外に出していた手もポケットからわざわざ出しておく理由がなくなり、現在地と目的地の二点間の移動は何の潤いもない時間の差になった。欲しくてたまらなかったものを一度手に入れかけて失ってからの仮初めの日常は、及川という劇薬に振り回され続けた岩泉の性には合わなくなっていた。小さい頃からずっと、岩泉は隣に居る及川を特別扱いするのが当たり前になっていて、他の誰にも面倒を見きれない扱いの面倒くさい性格に傾かせたのはある種の岩泉の執念の賜物だった。誰に何を言われようと、及川が幸せになれないのなら、どんなに関係が歪になろうと傍にいて幸せにしてやるつもりでいた。また、他の誰かの隣に及川が居たとしても、本当に幸せになれるのならそれで構わないと思おうとしていた。すべては及川のため。目指した方向は牛島と違えども、求めた理想は皮肉なことに同じだった。
 過去のしがらみを振り払い、前へと進むしかない段階に到達したとしても、あと何度この幻想に足首を掴まれることだろうか。岩泉はまだ、及川に対しても何事に対しても、甘いとでもいうのだろうか。
「……俺だってな」
 俺だって。いつまでも甘やかしてやれるわけじゃねえんだ。
 いつかは、一人のアルファと一人のオメガとしての関係性に落ち着かなくてはいけない時が、来る。
「……俺もいつまでも、お前の『岩ちゃん』でいてやれるわけじゃねえんだぞ。とっくに気付いてんだろ、『徹』」
 次の発情期が来たら。名実ともに、岩泉と及川は、番を作り直さなければならない。その先の関係性が今のものからどう変化していくのか、まだわからなくても。
 未来はきっと、今までよりもずっと開けている。漠然としていたが、確信があった。


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