十二章 牛島編


 夜の静けさを壊さないよう、穏やかに過ごせばその者の気持ちをたまらなく落ち着かせる。牛島と及川も例に漏れず、しんと静まり返った夜を、堪能していた。
 広大な敷地を必要とする隔離・退避用施設──通称シェルターは郊外に設けられており、商業施設の集まる主要な駅から遠く離れている。喧騒とは縁を結ばぬ立地も手伝って、星の輝く音さえ聞こえそうな夜空の下を歩く足音が二組、あった。
 幸か不幸か、今のところ及川と牛島は、発情期の度に必ずシェルター沙汰になっている。東京のシェルターに担ぎ込まれた例の一度以外は全て地元のシェルターを使っているから、自然と職員とも顔なじみにもなり、落ち着いている間は部屋の外を歩く許可を取るまでに至っていた。
 桜の花が散り、我先にと若葉の息吹が盛んになりつつある夜、二人は施設内の敷地をぶらぶらと散歩していた。満ちかけの月を愛でて、名だたる星々を夜空の中から探し出す。まだ寒暖差の大きな夜だからと及川は毛布を羽織らされていて、羽織らせた張本人の牛島に手を引かれての夜の散策。
「……月、綺麗だよね」
 飾り気のない言葉で、月の美しさを及川が伝えれば。
「そういった情趣のあり物言いも出来るのだな」
 同じく月を鑑賞していた牛島が意外そうな顔をして及川の隣に立ち、月と及川を交互に愛でながら意味深な視線を送る。自分の言動のどんな点が牛島の琴線に触れたのかしばし及川は考えた。そして、思い当たった結論にひとり赤面した。
「そ、そういう意味で言ったんじゃないし! 勘違いしたって、いいことなんか一つもないからね!」
 ぷぅ、と頬を膨らませつつも、繋いだままの手は振りほどかない。及川と牛島はそういう関係であり、及川の胸中もまたそんな内容だった。口先ではつれない態度を取りつつも、肩を寄せ合い月を眺める仲。及川の心は複雑で、牛島にとっては度し難いと感じる点も少なくなかったが、好意をもっていないわけがないのは透けて見えていた。二人きりで、特に肌を合わせている時など……口数が少なくなる。わざわざ言葉や感応能力に頼らずとも、何を伝えたいのかは目を見ただけですぐに掴めたり、ちょっとしたしぐさで大意をお互いに把握できるようになってきてもいた。
 満月にはまだ二日かかる十三夜を自分たちの関係に見立てていた牛島は、しばらく並んで月を眺めていた及川の繋いでいた手から、温もりが目減りしていることに気が付いた。
「寒いか、及川」
「……ちょっと、冷えて来たかも。戻ろっか、部屋」
 牛島は繋いでいない方の及川の手にも触れたが、そちらもやはり冷えており。両手で包み込むようにして息を吹きかけてやると、及川の手は幾許か温もりを取り戻した。
 そのままひとつ口づけを交わして、二人の影は部屋の中へと消えていった。

 そして、部屋の中に入り、施錠するなり。及川の肩からはケープ代わりの毛布が落とされ、交わされる口づけも濃厚なものへと変化していた。息継ぎさえ満足にさせてもらえない濃密なつながりに及川はがくがくと膝を震わせ、牛島の肩を掴んで立とうと必死だった。息継ぎのために一度口が離れた時に架かる、銀の小さな橋。
「ふ、ぁ……まって、ま……って、あっち、連れてって」
 ベッドを指差し、立ったまま致しかねない牛島をどうにかして制止しようとする及川。これ以上立ってらんない、と付け加えてようやく、牛島の侵略は止まった。
「……すまない。気付けなかった」
 その場に押し倒しかねない勢いで及川を愛撫していた牛島は一旦及川の服から手を引き抜いて、その手をそのまま膝裏と背に回して体を持ち上げた。
「……相変わらず、羨ましい体力だよね、『ウシワカ』ちゃんは」
「まだその呼び方をするのか、及川は」
「たまにはいいじゃない、あの頃だってそれなりに楽しかったでしょ?」
「……それはまぁ、そうだが」
 横抱きにした及川はすっかり牛島の腕に馴染み、頬擦りするなどして愛情を示しているが、体の反応は隠しきれていない。牛島の愛撫で濡れた局部をひくつかせながら、熱い吐息を漏らして、しがみつく腕に何とかして力を込めて。
「……はやく、繋げて」
 ベッドに及川を横たわらせた牛島は、及川の服を下だけ剥ぎ取り尻を露わにする。そのまま自身のものも取り出して、カウパーでてらてらと光る先端を及川の菊花にあてがい、一息に散らした。
「ん、んんっ!」
 雁首が埋まったところで牛島は腰を止め、自身の着衣を順に解いていく。といってもスウェットの上下だ。体温調節用にしか着なくても、あちこちが体液で汚れており、洗濯に出さなくてはと頭の片隅で考えている間に脱ぎ終えた。脱ぎ終え開放的になれば、じっくりねっとりと及川の粘膜を堪能すべく、腰を進めていける。現に、大して慣らさないままの及川の粘膜はより牛島の陰茎に絡みついて離そうとせず、じわじわと滲み出していた愛液が完全にまとわりついてくるまでの間はより密着した交合が実現していた。
 及川の片足を抱え持ち、松葉崩しの要領で腰を動かせば、瞬く間に愛液が溢れてシーツに滴り落ちていく。弱いところにわざと当てて擦り上げてやり、奥深くまでの挿入を果たせば、愛液がたらたらと漏れ出るのを鈴口で感じ取ることが出来た。浅く、浅く、時折深く。緩急をつけた交接にただ喘ぐばかりの及川は、とうに気をやっておりシーツには精が点々としていた。
「はぁ、はぁ、…………っ、加減、してよぉ……」
 とは言っても、及川の体はそこまで『やわ』なつくりをしていない。受け入れ育む能力に特化した及川の性はただの一度で限界を迎えるほど、性交に不向きな体をしていなかった。そしてそれは牛島にも熟知されている。及川の体内からも熱い飛沫が散ったのを確かめた牛島は、一旦動きを止めて自身の精も解き放った。混じり合う愛と精を享受しながら二人はベッドにその身を横たえ、まだ脱がせていなかった及川の上の着衣も脱がせて寛いだ。
「…………ねえ、牛島」
 至近距離にすっかり馴染んだ及川が、牛島を呼ぶ。背後から抱き締められた体勢のまま、腕枕に頬擦りし甘えて、腰を揺らす。くちゅり、と粘着質な音がしても、中から零れてくる様子はない。熱に浮かされてはいなくても、及川はまだ発情期の只中のようであった。
「実家の方からは、まだ何も言ってきてない?」
「ああ。薬を飲ませずに孕ませては及川を傷つけるだけだと言ったら、存外あっさり納得してくれた」
 初孫を期待されている二人だったが、まだ薬の中断に踏み切れるほど及川はバレーへの情熱を失いきれずにいる。牛島の番として生きていく以上、いつかは薬の効果は失われ母親となる瞬間は訪れるのだが、及川は覚悟を固めきれずに中途半端な状態でバレーを続けている。薬は飲んでいるが妊娠したくないわけではなく、かといって競技の第一線から自発的に身を引くつもりは毛頭ないという、どちらつかずの状態のままで。
 そんな半端者と言われてもおかしくない及川を、ありのまま牛島は愛し甘やかした。傍目から見ても相当に及川に甘かったのはかつての岩泉であったが、その岩泉でさえも呆れるほどに、牛島は及川に甘かった。つけ上がった及川が可愛らしい物から愛があるのか疑いたくなるレベルまで、様々な我が儘や身勝手を言い甘えているのだが、その甘えさえ心を許している証拠として包み込むように愛情を注ぐ牛島も牛島だった。要は、お似合いの番として認知されるに至っただけのことだった。
「この分だと、大会には間に合いそうだね」
「そうだな。あと半月……調整も含めて日程にそう余裕はないが、起用するかしないかは監督の判断だ。俺たちが自分たちの在り方を変える必要はない。舞台ならまだ、存分に残されている。……より高みを目指すなら、一戦も落としたくないというのが実情だがな」
 くすりと及川が笑う。
「今の俺とお前なら不可能ってわけでもないんじゃない? 実際、組んでからまだ負けてないでしょ」
 及川の言葉を受けても、牛島の表情は芳しくない。
「お前さえ万全なら、な」
 二人で組んでいた時は確かに全勝を保っている。だが、主に及川が欠けた時の戦績は、不本意なもので終わる場合もあった。
「……確かに、ね。いつまでも二人で組んで戦えれば向かうところ敵なしかもしれないけれど……そうはいかなさそう。俺、多分だけど……コートに立てる時間、もうじき途切れると思うんだ」
「及川、それはどういう意味だ」
「こういう意味」
 及川が振り返って牛島に口づける。
「避妊薬が、じきに効かなくなるような気がするんだ。現に……主作用のひとつが、薄れてきてる」
 避妊薬の服用による性感の低下は、人によって主作用とも副作用とも受け取れるもので。及川は自分の感じやすさを抑制してくれる薬と認識していた影響で主作用と呼んでいた。それが薄れているということは、文字通り避妊効果も期待できなくなってきているということで。避妊できなくなれば、及川の体はたちまちに、牛島との子を胎に宿してしまう。避妊薬が効いていたとしてもせいぜい発情期までで、及川側も繁殖の準備が整う時期に避妊薬など飲んでも無駄になるだけだ。理由は、避妊薬を何年も飲み続けている及川自身が一番よく知っていた。
「そっち、向いていい?」
 言うや否や、及川が一旦結合を解いて牛島に足を絡め再び自ら挿入する。
「感応能力じゃなくて、ちゃんと言葉にしておきたいから。そのまま聞いて」
 体弄るくらいならいいから、と牛島の所業に釘を刺した及川は、話を続けた。
「俺たちは運命の番。だから、本来出会ったらすぐに好き合って、避妊薬なんかのお世話になる必要も、その可能性さえもなかったはずなんだ」
 なのにこじれた。出会い方がまずかった。好き合う仲だと自覚したのは牛島だけで、及川の方にはまるで自覚がなかった。だから体は応じようとはせずに、無抵抗を貫いた。
「けど、心の底から相手のことが好きになったら……避妊薬はどんなに必要とされていたとしても、その効力を失う。それを俺はきっと、心の奥底ではまだ怖がってるんだ。お前に、自分の一生を背負わせる覚悟を今の時点でさせてしまっていいんだろうか、って」
 及川の胸元を這っていた牛島の手が止まる。
「だから辛うじて、今の俺たちの間にも、避妊薬の効果が出ているんだと思ってる。……でもね。俺はいつかお前を……本気で好きになる瞬間が訪れると、思うんだ。今はまだ、兆候が出てるだけで。時が来れば、その時は」
「及川」
「なぁに? 聞きたいことがあるなら、俺の知ってる範囲で答えるよ?」
 あくまでも及川は穏やかだった。
「俺個人の所感だが」
「うん」
「俺はお前の一生を引き受けるのを、重荷だとは思わない。むしろ任せてもらえるのだと、この上ない栄誉だと思っている。それだけは、胸に刻んでおいてくれ」
「……わかった。理性が吹っ飛ばない限り、忘れないよ」
「……それと」
「まだ何かあるの?」
 顔を赤らめた牛島が言う。
「……そろそろ、動いても構わないだろうか」
 正直、限界だ。
 なんだそんなことか、と拍子抜けした及川は無言で頷き、体を牛島に委ねた。再び及川の意識や理性は本能によって凌駕されたが、牛島との約束だけは頭の片隅に残されていた。

 約束から二か月と少し、経過して。
「あっ、あっ、若利……!」
 及川は牛島のことを名で呼ぶ仲になっていた。ついでに言えば、居室を母屋の十二畳間から離れへと移し、いつでも周囲を気にせずに睦み合える環境へと周囲も変化していた。
 今は調子に乗って発情前兆期であるのもお構いなしに、微熱のある体でセックスの真っ最中である。
「奥……あんま、突かないでっ、出ちゃうからぁっ」
 紅潮しきった顔をして牛島の方を振り向く及川は、蕩けきった顔を隠そうともせずに訴えかけた。後背位で繋がり、両の手を後方へと差し出し……手綱を握らせるかのような格好で及川と牛島は致していた。
 しかし牛島は及川の制止も聞き入れず、腰の動きを激しくするばかりで。手綱を握りしめたまま腰を振りたて、秘奥を暴き思い切り精を撒き散らすばかりだった。
「やっ、やあっ……なん、でぇっ」
 ぴしゅっ、びちゃっ。中を存分に穿たれ放たれた反動で及川もまた、敷き布団のシーツ目がけて精を解き放つ。牛島から感じるはずの、理性の気配がいつもより薄い。
「……っ、はぁっ、はぁっ」
 及川と同じく牛島も息を荒らげて、自身の内から際限なく湧き起こって来る性衝動と戦うのに躍起になっているように、及川の目には見えて。精を吐き終えるよりも早く再び腰を振り始めた牛島の見境のなさに、及川は困惑し涙ぐんだ。
 怖い。よく知っているはずのこの人の様子が、おかしい。いつもと少し違うだけで、別の人みたい。
 ひっく、えぐ、としゃくり上げる及川を目にしてようやく理性が打ち勝ったのか、牛島が掴んでいた及川の手首を両方とも解放して、指先で涙を拭う。
「……すまない、怖がらせて」
「ほんと、だよ……っ、責任とって、なぐさめて……」
 一旦牛島のものを引き抜いた及川は、布団の上に仰向けになり足を開いた。その足の間に牛島は割り込み、及川の片足を抱えてゆっくりと挿入し直していく。
「あ、あう……っぅ、若利ぃ……」
 自然と及川の体は横を向く形に変わり、二人の足は交錯する。牛島は結合の深い体位を好む傾向があったが、それが顕著に出るのがこの体位──松葉崩しを取る頻度だった。数日に一回はこの体位で楽しみ、開きかけの及川の子宮口目がけて射精するのが通例となって久しい。誰に教えられたでも教わったでもなく、牛島は様々な体位を及川との交合の中で学んでいった。松葉崩しもその一つだった。まだ及川の体には産道用の膣は形作られていなかったが、その前兆は牛島も肌で感じ取っていた。小さくなりつつある及川の陰嚢……女性器の名残で中央に縫い目のような線があるのだが、そこが本来の機能へと戻ろうとしているのであろう。あと何回、可愛らしいサイズの及川の陰嚢を愛でてやれるのか、と言ったようなことを考えていると、及川の体内の蠢動が激しくなってきていた。
「若利、わかとし、イ、きそ……っ」
 及川は必死に前を押さえていた。一緒がいい、とだけ、唇が動いた。それを読み取り、牛島もまた、及川の前を押さえつつ自分の腰を使い極みを目指していく。おそるおそる自分の手の力を抜き、快楽を追うことだけに専念し始めた及川は妖艶でありながらこの上なく可憐で。矛盾を孕みつつも限りのない快を求めて、牛島の下でシーツを両手に掴み耐えていた。
 やがて、たらり、と新たなカウパーが及川の性器の先端から漏れ出て。
「んぁっ、やだ、やだ、イク、イっちゃう、あ、あんんっ!!」
 我慢に我慢を重ねた及川の先端から、堰を切ったように精液が溢れ出したのとほぼ同時に。激烈な体内の収縮が始まり、それに身を任せた牛島もまた、快楽の階を上っていった。
 トクン、トクン、と脈を打ち身の内に注がれる牛島の子種を恍惚として及川は受け入れ、またそれがこぼれ出ないように孔をしっかりと締めた。
 とにかく、互いの全てが欲しくて堪らなかった。何度も繰り返し互いを求めて、費やせる時間は全て互いのために費やそうと考えていた。それがつい及川に、自らに禁じていた一線を越えさせた。

 性行為の頻度と回数が一層増えてからというもの、及川の発情期はかなり大人しくなり、完全には理性を失わずに済むまでに緩解していた。利用が必須と今までは考えられていた隔離施設には念のため移動することにはしたのだが。迎えが来るまでの時間にもう一度、と貪欲な及川が牛島を求めて、横たわらせた牛島を抱き人形のようにしてまたがり腰を振っていた。
「あっ、きもちぃ、わかとし、奥ついてぇ……!」
 くちゅり、くちゃり。濡れそぼった水音が、許嫁となった二人の離れに響く。ずん、と奥を突いた拍子に及川の先端からは精が漏れ出て、きつい収縮の中で一層奥へと陰茎を捩じ込んだ牛島もまた、自身の精を解放し。開いた子宮口に直接注がれた大量の精液を、両手でシーツを掴みぷるぷると震える腕で体を支えながら感じていた、そんな時。
「あ、あれ……?」
 発情期なのだから、どんなに交合を重ねても、牛島の精が欲しくて欲しくて堪らないはず。であるにも関わらず、及川の体には牛島の精から得られる気力も体力も充溢し、もうこれ以上の性交は必要ない、と体の方から訴えかけてくる。かといって責められれば心地よく、体内深くに収められたまま脈打っている長刀を食んでいると、続きをせがまずにいられるわけでもなく。
 もしかして。思い当たった可能性に、及川は顔を真っ赤にした。両手で顔を覆い隠しても、耳は隠せずに牛島に見つかり、具合でも悪いのかと心配までされた。
 いらぬ心配だというのに、施設へ追加の連絡を入れようとした牛島を必死に止めた及川は、蚊の鳴くような声で牛島に告げた。
「あ、あのね……薬、完全に、効かなくなっちゃったみたい」
 最初はそう伝えた。牛島が及川の過去の言葉を覚えているとばかり思い込んでいたためだ。しかし牛島は首を傾げ、薬が効かなくなったことと及川の妊娠がなかなか頭の中ではイコールで結ばれない様子だった。だから肌まで桜色に染めた及川が、もっと端的に、包み隠すところなく話さざるを得なくなってしまった。
「だ、だから……薬、効かなくなったってことは……あーもう、若利、俺の話もしかして忘れちゃった?」
「……いや、断片的には思い出せるんだが……今は、記憶が曖昧で……済まない」
 柄にもなくしどろもどろな牛島を見て、及川は諦めざるを得なかった。全部察しろという方がこの男には無理な相談だったのだと。
「あちゃー……ほんとはさ、自力で思い当たるまで待とうかと思ったけど、やっぱやめた。あのね、若利」
 及川が体を倒して牛島に口づける。
「俺、お前の赤ちゃん、出来ちゃったみたい」
 だから発情期入りたてだけどもうすぐ終わると思うよ、と言いながら、及川は自分の下腹部に牛島の手を当てさせた。
「前に話さなかったっけ? 妊娠したら発情期の途中でも発情しなくなるし、薬効かなくなったら俺の場合は即妊娠しちゃうって」
 そこまで話して牛島の中で、ようやく合点がいったらしい。驚きと喜びで目を丸くし、見る間に相好が崩れていく。
「……及川、お前は」
「あーあ。もっと緊張するかと思ったのに、若利ったら鈍いから論外にも程があるよね」
 照れ隠しに及川が牛島をからかう。その間も二人の下半身は繋がったままで、静かな律動は続いていた。
「やっ、動かさないでったらぁ……! 入れっぱなしでこんな大事な話するなんて思わなかったし、何でさっきより膨らませてんの、わけわかんないっ……っあ……」
 当たり散らそうにも主導権はいつの間にか牛島が握っており、及川はその掌中で転がされるだけの存在になってしまっており。あちらへころころ、こちらでくるくる。そのうち奥から蜜がまたじわりと滲んできて、及川は白旗を上げる以外の選択肢を失っていた。
「も、もうだめっ、俺動けな……! いつもみたいに、してぇっ!」
 及川の分泌液でとろとろになっている秘部を抉じ開け、牛島のものが再び奥へ奥へと、侵略を再開して。隘路を開かれ、閉じていた扉を力強く解き放ったその先には。
 今しがた受精し着床しようとしている受精卵と、急ごしらえのふかふかの内膜。そして、もうひとつの──。
「だして、だしてぇっ、わかとしぃ! おれ、おれ……も……っつ……!!」
 ドクン。及川の体の中で、何かが揺れるような感覚があった。胎内で大切に守られていたはずの器官の扉が僅かに開かれ、その隙間から勢いよく夫となる男の精が流れ込んでくる。胎内の最奥からはそれに呼応するように何かが飛び出していき、新たな命が、またひとつ生まれゆく。
 及川は微動だに出来なかった。生命が自分の胎の中で芽吹く瞬間を感じ、その神秘に圧倒されていた。
「……ねぇ、若利。俺、一旦バレーから離れはするけど、今の選択は絶対後悔しない。丈夫な赤ちゃん産んで、お前と一緒に幸せになってみせるから」
 だから、一番近くで見守ってて。離れちゃやだよ、そばにいてよ。
 及川が牛島の耳元で囁き、一旦意識を落とそうとした時。まだ足りない、とばかりに牛島が再び動き出す。
「だ、だめ、だってば……初めて、なんだから……そんなに、産めない……よぉ……!」
 及川はなけなしの体力を使い果たして泣き言くらいしかもう言えなかったが、牛島の方はまだまだ抱き足りないようで。結局、再三子宮口に精を吹きかけられて大いに感じてしまい、あまりに節操のない自分に唖然としながらも放たれる飛沫には恍惚とするしかなかった。

 退避施設の人間が到着した時には既に及川の発情期はほぼ落ち着いており、体を繋げたまま事情を説明する牛島の面の皮の厚さには流石の及川も舌を巻いた。発情期が沈静化してからの交合の回数まで聴取されたのは意外だったが、それは妊娠する人数に大いに関係があるらしく。馬鹿正直に四回と答える牛島に、及川は頭を抱えた。二重の意味で。
(お前、どうしてそこで正直に答えちゃうんだよ)
 というのと、
(まさか知ってて俺の事しつこく抱いたんじゃないよな……まさか、な)
 というのと。
 何食わぬ顔をして四人産ませる気でいた牛島のポーカーフェイスもなかなかのものだったが、胎に既に四人抱え込んでいてもまだ受胎しようとする及川の体もなかなかのものだった。
 発情期が終わったと思われる頃合いになっても、しばらくの間は胎内から一切精液の垂れてこない発情期と同じ症状が現れるなどして、医者の頭を悩ませたりもした。
 症状が落ち着いてやれやれと思った頃合いにやっと二人は籍を入れ、及川の姓が変わった。同時に大学も休学することにした。軽い運動しか医師は勧めず、徹はバレーが出来なくなったのだが、本人はそれでも構わないと思っていた。そうでなければ牛島姓に改姓するつもりもなかったし、何より薬が効いていたはずだったからだ。
『相手の事を心の底から好きだと思ったら』は、徹にとっては『相手の子を産みたいと心の底から思ったら』という条件に置き換えられていたに過ぎなかった。
そんな紆余曲折を経て待望の産道が完成し、徹は見た目の上では男性の枠からずれた者になった。陰嚢を失い、代わりに陰唇と膣を持つ──両性具有者となっていた。男のオメガの最終到達点へと足を踏み入れた徹だったが、若利に守られていたとはいえ、それなりに悩みはあった。
「はぁ……えっち、したいぃぃぃぃぃぃ……」
 ……妊娠初期は性行為自体を最小限度に留めるよう医師からきつく言われている。毎日何度も若利に身を委ねていた徹としては、正直なところ物足りなくて仕方がないのだ。週に数回で十分と言われていても、したいものはしたい。食欲性欲睡眠欲、三つ揃わなければ充実した生活を送っているとは言いにくい。その点徹はあまり恵まれていなかった。夫の若利は医師に言われたことをしっかりと守り、週に三回だけだが濃密な時間を過ごせるには過ごせる。だがそれは徹のニーズとは一致していない。徹としては、今までと同じくらい、譲歩しても一日に一度はしたいのだ。したくて、たまらなくなるのだ。
「……待てよ」
 性行為は確かに制限されている。しかし、自慰まで制限するとは医師は言わなかったではないか。
 言葉のあやと言ってしまえばそれまでだが、我慢に我慢を重ねた徹の前では単なる屁理屈に成り下がった。下着ごと下半身の着衣を解き、シャワーの湯で軽く陰部を洗浄する。そこで徹は一瞬考えた。
 どちらの穴の方が体への負担が少ないのか、と。どちらの穴の方が、結果として体にとってプラスになるのか、と。
(試しに、赤ちゃん産む方の穴にしてみよっと)
 我慢しきれずにとろとろと愛液をこぼしている膣口に触れると、それだけで体に静電気が走ったような快感が広がる。
(なにこれ、きもちぃ)
 たまらずに指を入れると、みっしりとした肉の襞が指の腹を撫でて強く締め付ける。それでいて貪欲に奥へと引き込もうとするのだから、もっと太くて長いものを入れたら、どんなにか。
(っ、ゃ、あん)
 声を殺しつつ徹は指を二本に増やして中をかき回してみた。指の隙間からはとろとろと淫らな液が溢れ出て止まらない。浴室の洗い場に座り込んで足を大きく開き、夢中になって攪拌する。くちゅ。くちゃり。徹の手の動きは、止めようにも止められなくなっていた。
(どうしよう、きもちぃ、いますぐえっち、したいよぉ……っ!)
 指を三本に増やしても、徹の飢えは満たされなかった。今すぐに、若利のもので貫いてほしかった。ぐちゃぐちゃと、はしたない水音が徹の陰部から奏でられて止まらない。延々と同じ楽曲を奏でるオルゴールさながらに。だが、徹は徐々に高められていく。
(あ、あ、若利、若利ぃ……!)
 夫を呼びながら、徹は自身の新たな扉を開いて。膣がかあっと熱くなり、指をぎゅっと締め付けたまま、徹は放心していた。指をようやく引き抜けたときに大量にまとわりついていた、白っぽい分泌物を洗い流す時に、ここが浴室で良かったと心の底から思うほどのめくるめく快楽だった。

 その夜。性行為が解禁されている日だった。仰向けになっている徹に馬乗りになっている若利は既に情欲を滾らせた目をしていたが、その眼に流される前に徹は一つの『お願い事』をした。
「あのね、若利、一つ提案なんだけど……今日から、『こっち側』の穴でしない?」
 大きく足を開いた徹の指し示した、こっち側とは即ち。最近になってようやく開通した産道──膣のことだった。膣を使った性交は、徹は勿論若利も経験していない。
 畳みかけるように徹は話を繰り出す。
「ほら、いつもの穴の方の初めては、若利じゃなかったし……こっちの初めては、ちゃんと若利にあげたいの」
 純粋にそう考える気持ちが半分、自分の指であれだけ気持ちよくなれた場所に男性器を入れたらどれほど気持ちよくなれるかという期待半分。膣も尻も両方が既に濡れていて、後は若利がどちらを選ぶかを待つだけになっていた。
 一瞬の逡巡ののち、若利が選んだのは。
「……産むためにも、慣れておいてもらいたかったからな。その言葉を、待っていた」
 膣口に指が二本あてがわれる。ぬめりを指先に十分絡ませて、慎重に一本ずつ挿入していくと、徹の視界に星が散った。
「あっ、そこ、弄るの反則っ!」
 自慰をしていた時も妙に心地よい場所があったのだが、そこを若利の指で直に触られると泣きたくなるほどに気持ちよくて。シーツを夢中で手繰り寄せ、徹は喘いだ。何かがこみ上げてくる感覚があり、それが何なのかもわからないまま、指を三本に増やされた。もはや背をしならせて若利の指を締め付けることしか出来なくなっていた徹は、夢中で夫のものを求めた。
「ね、はやく……いれ、て」
 それを合言葉として、指が引き抜かれていく。代わりにあてがわれたのは、徹が昼間から欲しくて欲しくて堪らなかったもの。膣口が閉じきらないように両の親指で陰唇を広げながら、腹に付かんばかりに勃起したものが、ずぷりと徹の初花を容赦なく収奪する。
「あ、ああんっ!」
 雁首を通す時には、僅かに痛みがあった。だがそれすら交合の快楽に繋がり、徹の膣の中から熱い液が噴出してくる。ぬかるみの中を突き進む陰茎は太く逞しく、徹の中を一分の隙間もなく埋めていった。若利のものを全て受け入れた時、徹は額に珠のような汗をかいて快楽にうち震えていた。
「……徹、大丈夫か。痛くは、なかったか」
 当然、若利は徹を気遣った。何せ初めてだ。事前に時間をかけて慣らしておいたわけでもなく、ほぼぶっつけ本番で挿入までこぎつけたのだ。しかも、自分の側は途方もない締め付けで今にも達しそうになるほどに快い。だがそれは、徹の側には何の余裕もないということで。男を受け入れたことのない場所を、唐突に散らされたに等しい。痛みを覚えて当たり前だと、考えていた。
「うん……最初、入る時、ちょっとだけ痛かっただけで……あとは、平気だよ」
 徹の言葉に嘘はないように、若利は感じた。事実、徹の中は再び潤みを取り戻しており、規則的な呼吸もなされている。汗で額に張り付いた髪を手櫛で梳いてやれば、痘痕のない額が露わになった。
 きゅっ、きゅっ、と締め付ける動きに合わせて腰を揺らせば、徹の中も次第に緩み始めて。みちみちと締め付けるばかりだったものが、果汁を滴らせて雄をしゃぶる淫らな肉襞へと変化しつつある。一寸ほど引き抜いてはまたじっくりと挿入し直せるようになってからはもう、若利は徹の膣の虜となっていた。
「はぁ、はぁ……っ、ね、ちゃんと俺、気持ちよく出来てる? 若利のこと」
 それでも徹にとっては初めての場所というせいもあってか、あまり自信がないようで。夢中で腰を振り胸元や首筋に跡を残していく若利の様子からようやく察するまで、問いかけは何回か繰り返された。
 徹が問いかける余裕を失ってからは、二人は誰が見てもただの一対の番だった。
 徹の中に性器を出し入れし、夢中になって精を胎内に散らせる若利。三度繰り返して身も心も満たされた徹が、もう今日はやめておこうと言い出すまで、行為は続けられていた。昂ったままの、血管の浮いた男性器を引き抜いた時には、こぷこぷと徹の中から精液が溢れ出てシーツを汚して。白かった肌を桜色に染め上げた徹は肩で呼吸を繰り返しており、仰向けに体を横たえたまま指の一本を動かすのも億劫な様子だった。
「……すまない。抑えが、効かなかった」
(ううん、俺も、ちょっとはしゃぎすぎちゃったから。こっちはこっちで、違う気持ちよさがあるっていうか、さ……)
 感応能力で返事をした徹の歯切れはあまり良くなかった。
「どういう、事だ?」
 言語化されない部分までは、いくら正規の番の感応能力を以てしても理解しがたいものがある。だから若利は率直に問うた。
(普段のが大きな波だとしたら、今日のは潮の満ち引き、みたいな感じかな……そう簡単には落ち着かなくって、今でも気持ちいいのが続いてて……若利の番として、俺ちゃんと愛されたんだなって、すっごく実感できて……)
 徹は耳まで赤くしている。体に差した微かな朱もなかなか引かず、若利が後始末のために徹に触れる度に小さな嬌声が上がった。ウェットティッシュで繰り返し徹の性器を拭ってやっても、溢れてくる精液はなかなか止まらず、そこは後回しでいいからと徹に口を開かせるほどで。
 結局すべての後始末を終えた頃には外は明るくなり始めており、後始末の途中で眠ってしまった徹を抱きかかえて布団の中に戻ってすぐに、若利もまた眠りの世界へと意識を落とした。

 それからも繰り返し、産道を慣らすためという名目のもと、徹と若利の行為は続けられた。徹が臨月を迎える頃には流石に控えはしたが、欲しがる徹に付き合ってやることは何度かあった。
 出産予定日も近くなり、せめて産科へ入院する徹の付き添いだけでもと思った若利だったが、全日本のメンバーとして大事な試合に伴う練習を控えておりそれは叶わず。これが今生の別れにでもなったら、と離れがたく思い徹を抱きしめていると、感応能力で徹が話しかけてきた。
(大丈夫だって。お前は試合に専念してこい。その代わり、試合が終わったら真っ先に駆け付けろ。予定より早かったら連絡入れるし、遅いようだったら……もしかしたら、間に合うかもしれないから)
 初産には時間がかかるという。徹自身、他人の経験談はあまりアテにはしていない。やってみなければわからないことなど、世の中には案外多いものなのだから。
(じゃ、行ってくるから。ちゃんと試合、勝ってこいよ)
 するりと若利の腕の檻から抜け出した徹は、待たせていた車に乗り込み産科へと向かい。牛島家の玄関先には一人、若利のみが立っていた。
 本来の出発時刻はとうに過ぎていた。

 あれだけ離れがたく思っていた相手でも、置かれる環境が変わってしまえばそればかりに心の容量を割いてばかりもいられなくなる。
 結局練習には遅刻し監督にどやされはした若利だったが、潔く深々と頭を下げられてしまえば監督も溜飲を下げざるを得ず、そのままこれといったペナルティもなく練習に合流して、数日。
 試合の日がちょうど徹の出産予定日ではあったが、若利はこれ以上なく試合に集中していた。徹の言葉が、頭から片時も離れなかったからだ。
(まだ、連絡は来ていない)
 感応能力で語り掛けても、もう返事は返ってこない。強い陣痛が始まっているのか、それとももう、お産が始まっているのか。それさえ今の若利にはわからない。
 サーブ権が若利に回って来る。高々と球を頭上へ放って、渾身の一撃を相手コート目がけてお見舞いする。
 ノータッチエース。マッチポイントだ。
 盛り上がる観衆、白熱した実況、集中を切らしてはくれない相手チーム。
(徹、俺は、もう迷わない)
 左ライン際ぎりぎり狙ってけ、という、聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。

 試合には勝利した。報道陣にたかられてのインタビューも振り切って、着替えの入ったバッグしか持たずに大急ぎでタクシーを拾い、若利は徹の入院している産科へと向かった。道中で何度感応能力を用いても、返事はない。眠っているのか、気を失っているのか、それとも。悪い方へ悪い方へと想像が膨らみ、若利は頭を振った。
 タクシーの精算もそこそこに、産科へ駆け込み病室を尋ねて、早足で院内を移動し個室の扉をノックする。やはりというのも変な話だが、何の声も聞こえてこない。
 まさか何かあったのでは、と顔を青くしながらそっと横開きのドアを開くと。徹が一人だけ、ベッドに横たわっていた。
 顔に白い布がかけられていやしないかと、真っ先に確認してしまうほどに、若利は徹の安否を気にかけていた自分にこの時ようやく気が付いた。
「……徹」
 呼びかけても何の声も返ってこない。口元に耳を当て、規則正しい寝息を聞いてようやく安心し、若利はその場にへたり込んだ。
「……徹、聞こえるか。試合には、勝ってきたぞ。お前はどうなんだ。赤ん坊はどこにいるんだ。……お前は、無事なのか」
 軽くリクライニングのかかったベッドの上で、徹は尚もすやすやと眠っている様子だった。そこへ、一人の看護師が入室してきた。
「牛島さんの、旦那さんですよね? 徹さん、徹夜明けなので起きるまで寝かせておいていただけますか」
 徹に繋いでいた幾本もの点滴を外しながら、女性の看護師は続ける。
「初産で四人、和痛分娩とはいえ、とっても頑張ってましたから。お子さんたちは少し小さかったので、念のため全員保育器の中でお預かりしてます」
 母子ともに健康ですが今は休ませてあげてくださいね、とだけ言い残して、その看護師は退室していき。
 まんじりともせず数時間経過し、照明を灯さなければ部屋が薄暗くなる頃。ようやく徹の瞼が開いた。
「……あれ? 若利? いつの間に来てたの?」
 あ、点滴取れてる、と徹は両の腕を見ながら独り言を言う。その様子があまりにも日常味を帯びていて、つい若利は柄にもなく涙ぐむ。
「え、今のどこに泣くようなポイントあったの!?」
 戸惑う徹と、ほっとして腰が抜けへたり込んだまま立てない若利。ほら立って、と徹から手を差し伸べられてようやく立ち上がったはいいものの、見慣れない病衣を纏った徹は無防備で、目のやり場に困る始末だった。
「ね、若利……落ち着いたらでいいんだけど……キスして。生きてるって、実感させて」
 産褥の名残も色濃い、膨らみの残る下腹部を撫でながら、徹が若利にねだる。ベッドの上に手をついて、伸びあがって口づける若利の舌に、自ら舌を絡める徹。一人きりで迎える出産の瞬間が余程怖かったのだろうか、いつになく積極的だった。
「ふ、ぁ……若利、俺、頑張ったんだよ……すっごく、頑張ったんだよ……!」
 今度は徹が涙ぐむ時間だった。
「ああ、徹は俺には出来ないことをやってのけてくれた。よく、全員無事に産んでくれた」
「でもね、でもね……」
 今度は一転して、徹が照れ始める。
「……何だ? 言いにくいことなら、無理に言わなくても構わんが」
 不思議そうに若利が徹に問いかける。
「……好きな人の赤ちゃん産むのって、確かに大変だったけど……とっても、幸せなことだったんだね」
 この一言に、若利はぐっと来た。主によろしくない意味で。胸に迫るものがあっただけならまだしも、うっかり母親になりたての徹に欲情してしまったのだ。徹には感づかれないように、気持ち前かがみになりながら、会話を続けようとした。
「……しばらくしたらきっと、また俺はお前を孕ませ、産ませることになるだろうが……つらいようなら俺も、本当に何も手段がないのかどうか手立てを考える」
「ありがと、若利。あんまり現実的じゃなさそうだけど、気持ちは受け取っとく」
 ところで……という流れで、徹が布団を捲って見せる。
「あのね、まだ、本調子じゃないけど……体力が戻るまでは、妊娠しないはずだから……その……」
 ちらり。
「せ、切開もしなかったからいつも通りだし、ちょっとは緩いかもしれないけど……なんでかな、今すぐ……若利と、繋がりたいの」
 病衣を捲り、会陰を見せた徹。見せることで濡れてきた穴に惹かれて、若利の指が可憐な咲き方をした秘所へと埋まる。蜜が溢れ出て、シーツに染み込んでいく。二本目、三本目もスムーズに埋まり、いよいよ我慢が出来なくなった徹が、もじもじと膝を擦り合わせている。
「わ、若利……俺、もう……」
『一回だけならいいですよ』
 突如扉の外から看護師の声がした。
(き、聞こえてた!)
(それを言うなら聞かれてた、だろう。徹)
(そ、そうなんだけど……ああもういいから、はやく入れてよぉ!)
 膨らみきった陰茎を取り出し、会陰に擦りつけてぬめりをまとわりつかせてから、一息に膣へと挿入する。とろり、と中の潤いが増し、徹が一気に母から雌になっていく。
(う……んんっ、ふかい……おっきいっ)
 正常位で繋がった二人は、互いに腰を揺すって一気に高みを目指していく。禁欲生活をずっと続けていた若利がすぐに我慢しきれなくなり、最奥まで挿入したまま、くぅっ、と声を殺して射精を始めた。
(あ、あ……でて、るっ!)
 とくり、とくりと注がれていく子種を受け止めながら、徹も軽い絶頂を迎えて。そのまま二回目になだれ込みたいところをどうにか耐え、仕方なしに引き抜けば注いだばかりの精液がすべて溢れ出て来た。
「……なんか、勿体ない、ね」
「そう言うな、本調子になったらいくらでも注いでやる」
「何から何まで本気にしないで! 加減してくれないと俺倒れちゃう!」
 そう言いながらも、徹は挑発的に若利に向けて陰唇を広げて見せている。
「……加減してくれるなら……いっぱい、して」
 そう言って徹は、広いベッドの半分を若利用に明け渡した。
「一緒に、休も。試合の後すぐに来てくれたんでしょ、きっと」
図星を突かれた若利が白旗を上げ、ベッドのもう半分へと身を滑り込ませる。
(……それにしてもさ)
(何だ徹、藪から棒に)
(出産日当日に、我慢できなかったからって早速淫らな行為に耽る番ってどうなんだろうね、病院側としてはさ)
(それは……どうなんだろうな)
 徹と若利、二人で苦笑して。他愛もない話をしながら過ごしているといつの間にか二人揃って眠ってしまい、そのまま朝を迎えて看護師に驚かれたのだが、二人らしいと言えばらしいのだろう。



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