ジクラン 初夜の話

 師と仰いだひとに、組み敷かれ。二人で手を繋いで、一線を越えようとしている。そんな現実が訪れる日が来るなんて、騎士団への入団当初は思いもよらなかったけれど……伝わってくる硬質な体温は、否応なしに刻々と事実を突きつけ続けてくる。
 見上げれば、敬愛がいつしか禁じられた思慕へと移り変わっていった俺をそのままに受けとめてくれた人の、穏やかな微笑みがあった。
 囁き声さえもはっきりと聞かれるこの至近距離。ジークフリートさんの吐息を丸ごと吸い込める距離。夜は長く、皆は寝静まっている。
 俺の部屋とは違って小ざっぱりと片付いている部屋に鎮座している寝台の上で、これから何が始まるのか。
 始まろうとしているのか。
 知らないふりが出来るほど、お互いに子供じゃない。かの人の顔が近づいて、視界から一瞬外れて、ぼやける。それと同時に、ややかさついた、けれども心の底から温められるようなぬくもりを持ったものが、唇に押しつけられた。
 伝わってくるぬくもりはとてもまろやかで、真一文字に引き結ばれた俺の唇の緊張も次第に解かれていって。
 きっと俺よりも少し分厚い舌が、歯列をなぞった。
 お伺いを立てるように、繰り返し唇の裏を舐めてはついばむ、小鳥のじゃれ合いのような戯れは、俺の警戒心もどこかへと飛ばしてしまっていたようで。
 僅かに口を開けば、その隙間から『続けて』しまってもよいのかどうかを確かめながら、ジークフリートさんはやめようとはせずに……生じた隙間から、舌を侵入させてくる。
 思わず逃げを打とうとしたからだを、宥めるように……何度も、繰り返し撫でられて。繋がれていた手を一度解いて、お互いの腰にある、これから『邪魔』になるベルトを引き抜き、ベッドの横へと落とした。
 腰を浮かせて応じれば。
「いい子だ」
 と、昔のように幼子扱いしてくるあたりが、ジークフリートさんの彼たる所以なのだろう。
 シャツの裾を引き抜いて、素肌を彼は撫でるけれど……見慣れてもいるし触れたことだって一度二度ではないはずのからだの、どのあたりに魅力を見出し執着しているのか、俺はこの時まだよくわかっていなかった。
「時々、心配になる」
 彼が口を開く時は割と唐突であることが多い。
「きちんと食べて同じだけの鍛錬を重ねているのに、どうしても生じるこの体格差が」
 腰骨のあたりを手が這う。平服の一部であるスラックスのフロントボタンを外し、律儀にも折り目の通りに畳んで傍らの椅子にかけておくなど、おかしなところでジークフリートさんはマメだ。
「大丈夫ですよ、ジークフリートさん」
 妙な杞憂を彼に抱かせてしまう自分のからだつきが、時折恨めしくなる。
「体質なだけですから。それに、得物が得物ですし、素早く動けるこの体を、俺は結構気に入ってますし」
 双剣を扱うにはそれなりに俊敏な身のこなしを必要とする。得物に適した体つき、というのもおそらく存在しているのだろう。パーシヴァルの片手剣ならともかく、ヴェインやジークフリートさんのような両手で扱う武器はおそらく俺の体には向いていない。それだけのことなのに、ジークフリートさんは心配性を斜め上の方向に発揮して……俺にだけ発揮してくれるんだから、喜ぶべきなんだろうけれど、少々複雑でもある。まだかの人に背中を預けられるほどの境地に、俺は立てていないのかと思い知らされもするから。
「そうか? ……それなら、少々手荒でも構わんのだろう?」
 どうしてだろう。一瞬、ジークフリートさんの目に怪しい光が宿ったような気がした。
「手弱女を扱うようにと心がける必要がないのであれば」
 野趣だ、これは。
「好きなように、させてもらうぞ。ランスロット」
 顔の横に両手を突かれ、四肢の檻の中に俺は閉じこめられる。
 ああ、これから俺は喰われるのだと、本質的な理解のかけらを手に入れた瞬間だった。

 下穿きだけ残し他の衣類を剥がされてからは、ジークフリートさんの思うがままに、俺は翻弄されていた。
 仮に自分で触れたとしてもこれといった特別な感覚を覚えもしなければ感慨も湧かないような場所でも、ジークフリートさんが触れでもしたら思いもよらなかった反応を返してしまう。
「存外、敏感な体なのか? ランスロットは」
 違います、ジークフリートさん。貴方相手だから、俺はこうなっているだけなんです。
 自分では何をしたって、こんな風には……なりません。なったことが、ありません。
 そう言えたなら、どれだけ楽になれただろうか。彼の目を見ると胸がいっぱいになって、何も言えなくなってしまう。なのに、彼からずっと目が離せない。彼の一分一秒を独占している至極の贅沢を堪能したいと思ってしまう俺は、他人が考えるよりもずっと俗っぽくて欲張りだ。
 上ずった声が僅かに喉奥から漏れ出る程度で、そこかしこを触れてくる手に感覚のすべてを持っていかれる。
「──ランスロット、わかるか、自分の体がどうなっているのかを」
 不意に呼ばれて目に神経を集中させる。すると、ジークフリートさんが俺の背中に腕を回して、俺を少しばかり抱き起した。
「その、念のため聞くが……漏らしたわけでは、ないのだろうな?」
 徐々にはっきりとしてくる視界。その中央にあったのは、股間の部分だけ色を濃く変えているグレーの下穿き。先走りというには盛大が過ぎるほどに色が変わっていて、自分の生理現象なのに俺は思わず目を背けた。
「も、漏らしてませんって!」
 思わず声を荒らげると、あの大きな手の平でそっと口元を覆われた。
「皆が起きては事だ、声量は抑えておけ、ランスロット」
 こくりと頷くと、ジークフリートさんは手の平を外し、俺の頬に添えてもう一度口づけを落とした。
 今度は躊躇なく舌を突っ込み、俺の舌を捕まえて吸い上げてくる。俺を部屋に呼ぶ前に口にしていたのか、ほのかにレモネードが香る。さっきは夢中で気が付かなかった。俺にも少しだけれど、余裕が生まれていた。
 舌を絡ませるようにしてやると、口づけがより深まって、口の端から唾液がこぼれていく。体に篭る熱も比例して高まり、また下穿きが濡れていくのを感じた。
 目をすっかりぎらつかせたジークフリートさんが、濡れきっている俺の下穿きを剥ぎにかかる。気恥ずかしいものはあったけれど、その先に進むには不可欠なステップだったから、ゆっくりと腰を浮かせる。反り返っててらてらと光る、すっかり出来上がってしまっている自身を見られると、どうしようもない居たたまれなさに襲われた。
「ジークフリートさん、その……」
 目こそ野生の雄を感じさせるそれをしていたけれど、まだ冷静さと余裕を幾許か残しているように俺には見えて。
 その上に、まだ彼は着衣を大して乱していない。胸元のボタンを外している数だっていつもと同じだけだ。そんな姿とは対照的に俺は素っ裸。股間のものも反応しきっていて、見るに堪えない格好をしているのは明らかだった。
「ああ、俺が脱がないのはやはり不服か……どれ」
 一旦ベッドから降りて、部屋の扉に鍵をかける。これで、緊急時に団長が用いるマスターキーか、それぞれが持つ鍵を使わなければ、内からも外からも出入りが出来なくなった。密室。その事実に、俺は生唾を飲んだ。
 そして、目の前に立つジークフリートさんもまた、俺と同じ姿になるべく着衣に手をかけた。
 大剣を扱うに相応しい、重心の低いがっしりとした体つきだ。俺とは筋肉のつき方がかなり異なる。個々人の持ち味と言ってしまえばそれまでとは言えども、ああいう体つきになれれば、という羨望もまだ俺の中には残っていた。
 そんな人の股の間には、立派な体躯に相応しい立派なものがついており、一切こちらから手を出していないせいかわずかに兆した程度だった。
 
 そして。
「ん……っ……、はぁ……っ」
「痛かったらすぐに言え、ランスロット」
 俺は今、男としてかつては抱いていた矜持を、自分から砕きにかかっています。
 具体的に言ってしまえば……ジークフリートさんに、自分の尻の穴を預けています。
 どんな伝手で手に入れたのか、ジャスミンの香る潤滑油を惜しげもなく塗りたくり、収縮を繰り返す穴を丹念に解していく様は意外と滑稽であるのかもしれない。
 それでも、慣らし始めた時は一本しか入らなかった指が二本に増えた時点で、ああ、この人に任せておけば大した問題もなく俺達の距離はゼロになるのだなと思えた。
 うつ伏せになり枕に顔を埋めて、俺は極力声を殺す。腰だけ高く上げて膝を立てた体勢は楽とは言い難かったが、血反吐を吐きかねなかった訓練やしごきに比べれば何ら問題のない範疇だった。
 何より、俺達の間には……目には見えなくても、強固な繋がりがあったから。
 くちゅっ、ぐちゅっ、と淫靡な水音が大きく聞こえてくるにつれて、体内を抉る動きに容赦がなくなってきて。
 内臓を持ち上げられるのにも似たある種異様な感覚に耐えていると。
 強烈な快感が背すじを走り、必死に枕を抱き締めながら視界で点滅している星たちをぼんやりと感知していた。
「うぁ……っ、ん、ジークフリートさん……?」
 わけのわからないままに射精して、シーツを汚してしまっていたようで。肘から先に力を込めて上体を持ち上げ、汚してしまったと思われる現場を見てみると、手巾で何度も拭っているジークフリートさんの手が見えた。
「申し訳ありません、汚してしまって……」
「いや、『そう』なる場所を探していたのだから、いつ『そう』なってもいいように準備しておかなかった俺の落ち度だ。ランスロットは気にしなくていい」
 それでも、と食い下がりたかった。ただ、ジークフリートさんは単なる事故としてさっさと今の出来事を片づけて、続く行為に時間を割きたいのであろうと予想もついたから、深くは追求しないことにした。
 仰向けに寝直して、ジークフリートさんの方を向く。前髪をかき上げて後ろへと流した姿はいつもとはまた違って、別人にも見えるかもしれない。けれど、見た目がどう変わろうと、ジークフリートさんは彼のまま。思い慕っている、ただひとりの人。
 俺の頭の下から枕を引き抜いて、代わりに腰の下に差し入れる。さっきまでとは角度が変わり、色々な部分がよりかの人の目に晒されやすくなる。
 けれど……見られることに適応していかなくては、この先の行為など出来るはずもない。男同士ってのは、想像される以上に、楽でも簡単でもないから。
 足を開いたまま待っていると、潤滑油を足されて開拓が再開される。二本の指で中を広げるように動かされても、大した違和感を感じなくなっていた。それをジークフリートさんも感じ取ったのか、三本目の指があてがわれて、静かに体内に埋め込まれた。
 最初はやっぱり圧迫感がある。けど、二本も三本もそう大きな変化はないように思えた。時折例の星が見える場所を指が掠めて、口を噤むのに必死だっただけで。
 大体慣らし終えたところで俺はすっかり息が上がっていて、視界も少しばかり潤んでいた。痛みからくるものではないことくらいはっきりしているのに、ジークフリートさんは俺の目元を何度も清潔な手巾で拭いて、本当に大丈夫だったのかと問いかけてきて。
「痛かったら……ここは『こんな風』にはなりませんよ、ジークフリートさん」
 再び熱を持ち反り返っている自分のものを軽く握ってもらい、俺は続きを促した。
 階段で言う、最後の一段を上るように。

 結論から言おう。
 指と比べるのがそもそもお門違いだった。
 指は三本難なく呑み込むのに、それが束になった形状だと……なかなか思うようにはいかなかった。
 妙な焦りが生まれ、それがジークフリートさんにも伝わってしまい中断するかどうか逡巡もした。けど、安全な空域に滞在していられる期間はそう長くないし、何よりここまできて取りやめてしまうのは勿体ないと考えている自分自身の声が、どこからともなく聞こえた。
 だから……膝裏に腕を回して、足を自分から開く格好を取った。ジークフリートさんが、『行為』に専念できるように。俺の体を押さえる手間を、かけさせないように。
「……手間をかけさせて、すまないな。ランスロット」
 意図が伝わったのか、申し訳なさそうにジークフリートさんは眉尻を下げた。けれど──いや、だから中断はしなかった。させなかった。あてがわれたものの熱に怯みそうになる自分を奮い立たせて、落ち着きを取り戻すために深呼吸をする。
 何度か繰り返すうちに不要な力みが体から抜けて、ジークフリートさんの体温の微細な変化を感じながら──俺達は、『ひとつ』になった。
 肉の軋む音を聞いた気がしたと思ったら、猛烈な違和感ののち、ぴりぴりとした快楽が腰の骨付近から広がっていき。
 先端が埋まった後はそのまま流れで奥まで入れられて、ずん、と衝撃があった直後。
 ジークフリートさんの厚みのある体に足を絡めさせられて、体の一番深い部分で繋がれたんだとようやく知った。
「ランスロット……無理は、していないか?」
 やっぱり、ジークフリートさんはいつものように、俺を案じてくれる。
 額に張り付く髪を丁寧にはがして、後頭部の方へと流して。体の中で脈打っているものは節度を最も優先させているのか、俺の諾がない限りは動かすつもりもないらしい。
「大丈夫、ですよ……ジークフリートさん」
 まだ、ひとつになった時の衝撃をやり過ごし終えていないだけで。
 感慨に耽る余裕が生まれていないだけで。
 動きたいのを我慢して、俺の都合を優先してくれるこの優しい人を。
 愛しているのだ、と。
 いるかどうかはわからないけれど、神様に誓います。

 動き始めたジークフリートさんには、今度こそ躊躇がなかった。
 佳いところを容赦なく突いてくるし、先走りで腹を汚している性器も律動とタイミングを合わせて弄ってくる。
 喉から勝手に出てくる声はとうとう抑えきれなくなったし、女のそれには遠く及ばないにしても普段の自分からは考えられないような高い声が出た。
 気持ちいい。
 俺の中を行き来する、ジークフリートさんのぬくもりが。
 心地いい。
 時折締め付けると聞こえてくる、押し殺したジークフリートさんの快楽に満ちた声が。
 硬い肩にしがみついて夢中で抱きつけば、互いの骨が皮膚越しに擦れて痛みを生んでいるはずなのに。
 その痛みさえ忘れるほどの、圧倒的な充足感が俺達を包んでいた。
 いつの間にか陰茎から漏れ出ていた俺の精液を、ジークフリートさんが指先で掬って舐めていようと。
 そのまま長いこと亀頭を責められ続けて潮を噴いてしまい、シーツの交換を余儀なくされたとしても。
 俺たちの『夜』は、終わりを迎えなかった。

 それでも人の体には限界がある。
 何度目かわからない射精に伴ったのは、もはや拷問の域に近い快感と薄まった精液。
 肩で呼吸を繰り返している俺の腹の中はすっかりジークフリートさんのかたちを覚えてしまって、きゅうきゅうと締め付けて……ジークフリートさんの『絶頂』を求めていた。
 深い抜き差しを何度か繰り返したジークフリートさんのものの先端から、耐えがたきを耐え抜いた結晶がとうとう吐き出され始めて……俺はそのまま、飛びそうになる意識を保つためにも、脈打つジークフリートさんの性器を締めつけ続けた。
 体内を満たしていく粘液を、一滴たりとも零さぬように。
 子を宿しはしないこの胎を支配してくれたかの人に、少しでも多くの欲求を満たしてもらえるように。

 結局気を失ってしまった俺は、早朝にジークフリートさんに起こされるまで目を覚まさなかったようで。
 目が覚めてみれば新しいシーツの上に寝かされ、さすがに服までは着ていなかったけれども、体が冷えないように毛布をかけられていた。
 かすれた声しか出てこない喉を若干恨めしく思いながら朝の挨拶を交わそうとしたら、頬に口づけられて。
 そのまま熱い抱擁を交わして事に及ばずに済んだのは、鍵のかかったドアをノックする音が俺達を現実へと連れ戻したお陰だろう。
「ジークフリート、ランスロット、そろそろ仕度を終わらせろ! 駄犬が来てもおかしくない時間だろうが!」
 …………。
 ジークフリートさんの部屋の隣がパーシヴァルの私室だという事実を、今の今まで忘れていた。
 大慌てで俺達は服を身に着け、一息つく暇もなくヴェインが部屋にやって来て。
「あれ、なんでランちゃんがいるんだ?」
 ヴェインがぶつけてきた素朴な疑問にパーシヴァルが助け舟を出してくれなければ、俺達は今頃どうなっていたことか。
 パーシヴァルには大きな大きな借りがひとつ、出来てしまった。
 返せるあては、今のところない。

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