パーラン 原初の夜

パーシヴァルとランスロット。
因縁浅からぬ二人は偶然のような奇跡のような、そんな確率のもとで、同じ夢を見ていた。
こんな夢であった。

「……一体団長は何を考えているのか」
パーシヴァルは己にあてがわれた個室で書き物をしながら、時折頭を抱えていた。
『今日一日は各々武装を解き、寛ぎスタイルで過ごすこと』
そのようなある種の触書がグランサイファーに張り出されたのは、今日の早朝のこと。
鎧を纏う前にその触書に気付いたパーシヴァルは、思い付きで突飛な行動に出る不可解極まりない騎空団長に内心で呆れつつ、子供心からきているかもしれない戯れに付き合ってやることにしたのであるが。
事は、彼単独では完結しなかったのだ。

書き物も終えてしまい、胸元の大きく開いたプライベートスタイルで、パーシヴァルが甲板に出て風にあたっていたとき。
今しがた出てきたばかりの個々人の部屋の方向から、何やら喧騒が聞こえてきたのだ。
「どーすんだよランちゃん、服全部洗濯に出したって──」
「仕方がないだろう、まさか団長命令であんな指示が出るだなんて誰が予想──」
ああ、駄犬とランスロットか。
特に感慨もなく、はためく洗濯物をふと眺めてみれば。
なるほど確かに、ランスロットのものと思しき平服が、幾枚も紐に吊るされ干されているではないか。
細身な仕立てで、袖丈などは自分たちとそう変わらない男の服だ。
何の思い入れもない、はずであった。

ランスロットが、幼馴染──ヴェインの服を着せられた状態で、ひとり甲板に現れるまでは。

「ん? こんなところでどうしたんだ、パーシヴァル」
いつも彼の胸元を隠しているはずのボタンつきベストも、洗濯の例に漏れず紐につられている。
ヴェインとは体の厚みの異なる彼──ランスロットは、見る者が見ればなかなかに際どい露出度を自分がしていることに気付かないまま、視界の一角に狙いをつけて歩みを進めていく。
(……これは、駄犬同様の躾が必要かもしれんな)
胸中でため息をつくパーシヴァル。ぶかぶかのシャツは、平時こそ年相応の顔をして見える男を、心なしか幼く見せる効果でもあったのかもしれない。
「……何のつもりでこのような『恰好』をしている、ランスロット。答えろ」
胸ぐらをつかみ、ランスロットに問いかけるパーシヴァル。
その表情は柔和なものではない。紛れもなく、険しいものであった。
この場に騎空団長がいたのであれば即座に仲裁に入ったのであろうが、生憎先日騎空団に加入したばかりの新人と珈琲を楽しんでいる最中で、この一件に気付いてさえいなかったのである。
「何のつもりも何も……服を全部洗濯に出して着るものがなかったから、仕方なくヴェインの着替えを借りただけなんだが」
まずかったか?
そう言いたげに、パーシヴァルの目の前の男は首を傾げてみせた。
その拍子に。

見慣れているはずの。
特段珍しくもなんともないはずの。
自分の胸元にもあって当然のものが。

パーシヴァルの視点から、垣間見えた。

途端。
ぱあっと、パーシヴァルの視界に花びらが舞った。
常識を覆されるような体験を幾度も繰り返している歴戦の戦士であるはずの彼も、さすがに動揺した。
たかが戦友の乳首ひとつで、何故ここまでの高揚を覚えるのかわからずに困惑していた。
しかし瞬時には、その困惑にさえ取り合ってやれる余裕もなく、胸ぐらをつかみ上げた手を下ろしてやることしか出来ずにいて。
何が起きたかわからずにきょとんとしているランスロットを尻目に、一言も発さずその場を辞したパーシヴァルは、自室に夜まで篭ることになった。



グランサイファーをアウギュステ付近に停泊させ、それぞれが思い思いに夜を過ごしていた時の事。
ナイトガウンを身に着けたパーシヴァルは、昼間の非礼を詫びにランスロットの部屋を訪れていた。
二回のノックののちひょっこりとドアから頭をのぞかせたランスロットの個室内が乱雑に散らかっている点にはもはや目を閉じ、パーシヴァルはランスロットを昼間同様に甲板へと誘った。
何の含みも感じ取ろうとしなかったのか、同じくナイトガウン姿のランスロットは大人しくパーシヴァルの後ろを歩き、甲板へと向かう。
開けた甲板に出れば、海蛍が甲板まで上がってきており、幻想的な光を放っていた。
「佳い夜だな、ランスロット」
「そう、だな……海蛍が、こんなにも沢山いるのは予想外だった」
ほわりふわりと空を漂う海蛍のうち、一匹がランスロットの髪にとまる。
すぐにその海蛍は再び空へと飛び立ったが、ランスロットの髪にはわずかな光の粒子が残ったままで。
一部始終を見ていたパーシヴァルは、そんな光景を単純に、純粋に──美しいものだと、感性のままに口にしていた。
その言葉は勿論、ランスロットの耳までは届かなかったのだが。

「ランスロット、これだけの夜だ、ひとつお前に面白い『遊び』を教えてやる」
「遊び、か?」
「何、簡単なものだ。発光しているこの球を互いに打ち合い、落とした方が負けという規則があるだけの。……こんな夜でなければできないからな、試してみないか」
用意周到なことに球と共に球を打つための『ラケット』と呼ばれる専用の打具まで一組持参していたパーシヴァルが、ランスロットを言葉巧みに誘う。
パーシヴァルの言葉の裏の裏までは考慮しなかったランスロットは、パーシヴァルがそこまで言うならと誘いに乗り、ラケットを利き手で握りしめ。
どこからでもかかってこい、とばかりに片手剣の要領でラケットを構えてパーシヴァルを失笑させたのだが、ともかく勝負は始まった。

勝負の蓋を開けてみれば、実に一方的な展開が待っていた。
光球を追いかけて左右に振られ走らされているばかりのランスロットに、余裕綽々で大して動きもしないまま息も着衣も乱していないパーシヴァル。
それもそのはず、ウェールズの家で夜の嗜みにと叩き込まれた『遊び』の一種であるこれは、パーシヴァルの得意とするものであったからだ。
右へ、左へと、繰り返し走らされているうちに、息が乱れる前に纏うナイトガウンが徐々に開けてきているランスロット。
その様子を目を細めて見つめているパーシヴァルの脳裏には、長兄の言葉が蘇っていた。

『いいか、パーシヴァル』
『この遊びの神髄は、勝ち負けとは違うところにある』
『お前もいずれは誰かと褥を共にする日が来るだろうが──相手をその気にさせなければ話にならん』
『自分は極力動かずに、相手のみを走らせ体力を奪い、夜着を乱させる。夜着を乱した後どうするかはお前次第だが、手間をかけた据え膳は往々にして美味だ』
『貴族の男の嗜みだ、この遊戯だけは本気で勝ちに行け』

いつしかパーシヴァルも相手が初心者であることを忘れ、拾うには骨の折れるような球ばかりを打つようになっていた。
「これならどうだ、ランスロット!」
しかしそれも、ランスロットはぎりぎりのところで打ち返してくる。
「は、っ、まだだ!」
高々と上がった球を、パーシヴァルの視線は冷静に追いかける。
「そうか、ならそろそろ、仕舞いとするか」
決着がつくのは一瞬だった。
ランスロットが体勢を立て直し構えるより先に、パーシヴァルが素早く球をランスロットの足元目がけて打ち返し。
トン、と軽い音を立ててグランサイファー号の床面を光球が叩き、遊戯には決着がついた。
「……っ、もう一度だ、パーシヴァル!」
今度は負けない、と闘志を燃やすランスロットとは対照的に、パーシヴァルは道具を片づけようとしていた。
「今日は仕舞いだ、ランスロット。あまり遅くまで騒ぐと、団長がまたおかしなことを言い出しかねんからな」
ランスロットの手からラケットを没収したパーシヴァルは、幾許かの労と引き換えに手に入れた絶景を目に、息を呑んでいた。
(なるほど、これは確かに……佳い景色ですね、兄上)
ランスロットのナイトガウンは大きく開けており、衣服で隠すべきものが隠されていない点、丸裸よりもより煽情的であり。
太腿の際どい部分どころか下穿きまで露出している下半身は些かの昂りさえ見せていて、どれもこれもが平時のランスロットからはうかがい知れない姿だった。
その昂りを恭しく捧げ持つかのように掌で包み込めば、ランスロットがびくりと反応し。

視線を絡ませ合った彼らがその夜をどう過ごしたのかは、月しか知らない。



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