ヴェパシ ワンドロお題:勘違いじゃない&もし生まれ変わるなら

恋わずらいが死をもたらす病であったなら、この命はとうに燃やし尽くされていたに違いない。
そう思えるくらい、恋の炎は盛大に燃え盛り、身を焦がし、理性を焼き切り人を変貌させてしまう。
手放しで明日を信じ切れるほどの若さはとっくに失って、昨日と同じような朝を迎えられた幸せを感じる年に差し掛かった。生きてきた道のりの長さの分だけ、責任だとか重圧だとか、そういうものを背負い込む必要も出てきたけれど……ひとりの人を想う気持ちが芯になり、重しを双肩に感じようとも自分らしさを失わぬまま生きていける強さを身につけられているようで。
二歳。以前は何かにつけ感じた、隔てとしての年の差だったはずが、いつしか年齢よりももっと違う隔たりが俺とパーシヴァルをそれぞれの居場所へと繋ぎ止め解放しようとしなくなっていた。
お互いの立場だとか、身分だとか。同じ空域の、同じ島にいるはずなのに、指も吐息も絡ませた夜だって重ねた人がこんなにも遠い。
それも仕方ないのかもしれない。大国ではないにしても、そんなことをした相手は今や国王陛下だ。
騎士として何度も出向いた場所に、パーシヴァルは新たな国を作り、人々の生活を穏やかなものとするために今も心を砕いている。
情勢が不安定で、内乱の絶えない地域だった場所──統治がうまくいかなくて、長いことどこにも属さなかった国家の空白地帯。
それを、時間はかかりはしたけれど、パーシヴァルは見事にまとめあげた。
もともとは共和制を敷こうとしていたのに一悶着あったとかで、騒動の末に初代国王にまつりあげられたみたいなことを手紙に書いて寄越してくれたんだっけなぁ。
その手紙が届いたのも何年前のことだったか。
もう気軽にパーさんって呼べないんだよなぁ。昔と今とじゃ、何もかもが違い過ぎて。
そもそもお互いに、軽々しく国を空けられないし。
……はぁ。
溜息は似合わない、そもそもお前の信条に反するのではないかって、膝枕で甘やかしつつ叱咤してくれたりしないかなぁ。
しないか。
多分今が夜で、一日の疲れが考え方にまで影響してきてるせいなんだろうな。
そうに違いない。
でないと、昔のことが走馬灯のように巡って来るなんていう、不穏なひとときなんか過ごしたりしないんだけど。

ランタンの灯りを消せば、月明かりが窓から差し込んで。青白い光に照らされている窓の外を眺めていると、青い世界には不似合いなはずの紅が、一筋混じった。
その紅はこちらへと近づいてきて、近づくにつれてどうやら炎をまとった一羽の鳥類であるらしい、ということがわかった。
けれど……飛来してきた方角に、一抹の不安を覚える。
パーシヴァルが今日も一日健やかに過ごしたであろう、かの人の国のある方角だ。
かの人が変幻自在に操るのも炎。この鳥がまとっているのも炎。まったく同じ色とゆらめきをしていて、周囲を不用意に燃やしたりもしない。
遠目には確かに怪鳥という形容の相応しい威容を誇っていたはずの体躯が、窓を開け迎え入れた時には手のひらに難なく乗ってしまうほどにまで小さくなっていて。
文も何も持たされていないその鳥は手のひらに何度も頭を擦りつけ、ピィ、と力ない鳴き声を一度だけあげて、意味でもあったのか俺の前髪を一房ぶん軽く焦がしてから、満ち満ちた月に向かって飛び去った。
ものの数分の出来事だった。不可解な出来事として片づけてしまう選択肢もあったけれど、俺はそうしなかった。
パーシヴァルの炎と同じ炎をまとった鳥が、なぜ夜更けにやってきたのか。
嫌な予感がした。
思い過ごしであってほしかったのに、かの人の身に万一のことがあったのでは、とどうしても考えてしまい、月の傾く様子を時折眺めているうちに太陽が顔を出した。
疲労の色の残る顔で陛下の御前に出た、翌朝という実感のまるでわかない翌朝。
正式な訃報が届いていた。

なあ、パーシヴァル。
一緒にいられた時間は長くなかったから、次っていえる次がもしもあるなら、俺達──いや。今はまだうまく言えそうにないから、俺がそっちに行くまで、もうちょっとかかるかもしれないけど待っててくれないか。
次こそはパーシヴァルがどこかへ出立するにしても、一緒についていくから。



企業勤めも楽じゃないって聞いてたけど、手がかりなしで二十年以上のおあずけを喰らってもたった一人を探し続けてる俺って、一途っていうのか向こう見ずっていうのかどっちなんだろうな。
年度も変わって、今日から俺たちのチーム直属の上司も変わるって聞いてたけど、海外にいて今日帰国するって話だからそもそも今日顔を見られるのかどうか謎だしなあ。
机の前であんまり得意じゃないパソコンでの作業に打ち込んでいるうちに、昼の休憩時間がとっくに始まってた。
ポケットの中の財布の中身を一瞥して、携帯端末片手に席を立った時には、部屋にはもう俺しか残ってなかったなんてな。
会社近くのデリで何か適当に見繕って食べてくるかな。
それにしても誰も声をかけてくれてないなんてなー、ってぼやこうとした、そんな時。
近づいてくるゆっくりとした歩調が早足になり、小走りになって、俺の真後ろで止まり。
ふわりと香ったオードトワレは、記憶の中で何千回も反芻した香りと全く同じ。
視界の端を掠めた髪の色も、かすかに薫る肌のにおいも、体にまわされた腕の長さも、何もかもが──記憶に焼き付いて離れなかったかの人のものと同じ。
かすかに震えている彼の声に滲んでいる不安を払拭するために、ひりついた喉を気にも留めずにかつての愛称で呼んでみた。
もう彼は怒らなかった。


やっと、また会えた。

[ 24/37 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -