ヴェパシ ワンドロお題:午前5時

目覚まし時計なる品が、けたたましくベルの音を響かせるにはまだ早い時間。
昨夜の疲労を癒している最中のパーシヴァルが眠っているベッドを抜け出すのは、毎朝のこととはいっても実に名残惜しいのだが……そろそろ朝晩の冷え込みが気になる季節だ。寝起きに温かいものを飲んでもらって、ほっと一息つくときに表情がやわらかくほどけてゆくのが見たい。
飲み物で体を内側から温めた後は、部屋着のままでいいからゆっくりと朝食を摂ろう。献立は昨日のうちにある程度考えておいたから、軽く手を加えるだけで口にできるものから順に出そう。

そこまで思考が及んだところで、十数歩の道のりを歩んでいたヴェインの足は目的の箇所で止まる。振動とモーター音の境界あたりにいる冷蔵庫と冷凍庫の稼働音しか存在しなかったところへ不意に混じったのは、内蔵の製氷機が氷を仕上げてカラカラとストックに加えていく音。
これといった華のない前奏は終わり、キッチンに相応しいケトルに静かに水を注ぐ音が次に始まる。まず湯を沸かしてコーヒーを淹れ、ケトルが空き次第今度は牛乳を温めてカフェオレをこしらえる算段だった。
換気扇のスイッチも入れ、水入りのケトルをコンロにかけている間にミルクを計量し、砂糖とハチミツを棚から出しておけば、材料は揃う。
そんなふうに淀みなく動いているヴェインの手なのだが、手の甲には昨夜の名残の引っかき傷がしっかりと残っている。
(ちょっと、いじめすぎたかなぁ……?)
一応ヴェインも、反省はしているようではあるのだが。
(思ってたよりずっと、後始末に手間取っちゃって体力使わせたってのもあるし……)
とろとろになった秘所の具合の良さを思い出さないようにあえて冷たい流水で手を洗っても、昨夜初めて味わうことを許された温もりも狭さも、そう簡単には記憶の奥底には眠っていてはくれないようで。
仕方なく一度火を止めて、早朝の訪問者にもある程度対応できる程度の服に着替えておこうかと、キッチンを離れた。

キッチンに戻るついでに昨日脱ぎ散らかした二人分の衣類もベッドルームから回収して洗濯かごの中に入れておくあたり、それなりに平時の理性も仕事をする気になってくれたようだ。勿論いつパーシヴァルが目を覚ましても支障のないよう、着替えも一式置いてきている。
あと何かやっておいた方がいいことは、と考えるついでに、再び火を点けて湯沸かしを再開し。
ドリップの器具にペーパーと挽いた豆も備え付けて、少し待ったくらいの加減で湯が沸いた。
細い注ぎ口から少量の湯を落とし少し待てば、コーヒー豆の膨らみとともに温まった空気がふわふわと特有の香ばしい匂いを鼻腔へと届けてくる。
休日の朝における、儀式のひとつのようなものだ。
膨らみ終えた豆に残りの湯を滴下させ、役割を半分こなしたケトルにはやや室温に戻りつつある計量済みのミルクを次に注ぐ。
沸騰させないよう弱火でじっくりと温めながら、パーシヴァルがまだ起きる気配のないことを確認して、まずは一人分のカフェオレカップを用意する。
底に砂糖を仕込み、やや多めにコーヒーをカップに注いで混ぜて、ちびちび口にしながらミルクの加温を見守るのがふたつめの儀式だ。
あくまでも飲み干さず、温まったミルクの訪れを歓迎するタイミングで等量になるよう、加減しながら飲んでいるのだが──恋人のパーシヴァルに言わせれば、もうひとつケトルを用意すればいいだけの話で、ひとつしかケトルを用意できないほど狭いキッチンを誂えたつもりはないんだが、と大抵首を傾げられてしまうのだ。
それが見たいからケトルを増やさないという理由もあるし、ケトルひとつの生活リズムに愛着があるというのもある。
理解の及ばない事項や事物に巡りあったとき、パーシヴァルの見せる様々な表情は、稀に心臓によろしくないこともあるけれど。
年不相応にきらきらした目をして未知に相対する姿を、できることならこの先ずっと眺めていられる一人になりたい。
かの人のそうした万華鏡を愛でる最初の一人にはもうなれないのだから、最後の一人になれる可能性を望んだりしてもいいじゃないかと贅沢を言ったりもして。
三度目にケトルの蓋をあけたときが丁度いい頃合で、カップに注いでかき混ぜ口に含み、舌の上で遊ばせると。
ミルクの甘みと砂糖の甘みにコーヒーのほろ苦い風味がかけあわされて、ようやくいつもの朝の味になった。

乱れながらも素直に甘えてくれた昨夜のパーシヴァルを思い出しながら、今日は一緒に何をして過ごそうか、とカフェオレを飲み干したヴェイン。
なかなかベッドから出てこないパーシヴァルを迎えに行った結果、またしても不本意な犬扱いを受けるのだが、こればかりはもうどうにもならないのかもしれない。

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