ヴェパシ ワンドロお題:傘

雨傘を差して駅までの道のりを行く。本降りになった時に備えてレインコートも着てきたし、パーさんの分のレインブーツも持ってきたけど、出来れば使わずにすまないかな……なんて思いながら歩いてると、うっかり水たまりに足を踏み入れてた。かかとが半分水に浸かるくらいの深さだったから、足下から雨対策しておいてよかったなぁ、ってつくづく思った。
楕円形に広がってる水たまりを突っ切って出ると、丁度通った車のライトが濡れた路面に反射して眩しくて、通り過ぎるまで立ち止まって目を閉じやり過ごす。
煮込むだけに仕込んでおいたポトフの鍋も途中で火を止めて家を出てきたから、帰ってからまた煮るとして……どれくらいかかるかな。いつもの時間に一人で帰ってくる段取りで調理をすすめてたから、こういうイレギュラーに遭遇すると色々と後ろへずれ込む。そうなっても文句を言わないパーさんだから、俺に迎えに来いって連絡を寄越したんだろう。
それにしても。
俺のことを、無職か何かだと勘違いしてないかな〜?
急に降られたのはわかるよ。今日の天気予報は晴れで、雨の予報じゃなかったから傘を含めた雨具一切を持たずに家を出たのを覚えてる。
雨具なしで歩いて帰れる雨量じゃなかったし、タクシーは使いたがらない性分を考えると、駅前で売り切れの傘売り場を見てすぐに俺を呼べばいいって結論に達したんだろうな。こっちにも都合ってものがあるって何回も話してるのに、時々こういった類のおねだりをするんだ、俺の恋人は。
在宅での仕事は時間の融通が利く、ってところは否定しない。今日は午前中に締め日の近づいていた案件を終わらせておいたから、午後は家のことをして過ごせてたのも事実で。
パーさんと同棲するにあたって、俺はいい稼ぎの恋人のヒモにならないように自分を戒めるべく、こなす仕事の量をあえて増やし相応の収入を得られるように勘定した。この目論見そのものはうまくいって、ちゃんと恥ずかしくない収入を継続することができている。
しかし俺の胸算用をあざ笑うかのように、今住んでるマンションの鍵を俺に渡したときに、パーさんは照れながらもこんなことを言ったんだ。

「家賃は折半というのが定石なのかもしれないが、支払いは一括で済ませてある」

そうです。そうなのです。俺の恋人はたいそうよくお稼ぎになるお方なので。貯めたお金でちょっと無理して頭金支払った〜とか。長々と続くローンの支払いを二人で協力して払っていく〜とか。そういうのを全部越えて、管理費とか共益費とかそういうのもまとめてぽんとポケットマネーで支払ってしまったんだそうな。
住む場所の心配しなくていいから楽でいいよ?
けどさあ、なんか、情緒?
そういうの、欲しくない?
お金はあるに越したことはないけど、生活費は二人で半分ずつ負担してるけど、パーさん餌付けしてるの俺だけど。
パーさんが俺に甘えてくれる場所ってベッドの中だけなのかなって、ふと思ったりもするんだよ。
金銭的に自立しすぎてるから、俺だってちゃんとパーさんを養える経済力くらいはあるのに、なんか霞むというか、さあ……。
あー、もう!
じめじめしたこと考えるのはきっと、いや絶対、この天気のせいだ!
パーさんをどろどろに甘やかしたいのにそうさせてくれないのも、全部この分厚い雨雲がいけないんだ。
そうに違いない。
やや後ろに傘を傾けると前方の視界が変わり、濃紺のスーツに身を包んだ愛しい人の姿が見えた。
けど、何かおかしい。
嫌な予感がして、歩みを速めた。
顔の向きはこっちを向いてるのに、俺に気付いてない。他の人とは足並みを合わせずに一気に近づいていっても、それは変わらない。
まさか、何かあったのか。
心臓が早鐘を打つ。開いた傘が受ける風の抵抗が鬱陶しい。傘を閉じて駆けだしても、表情が見えるような距離まで近づいても、パーさんは──パーシヴァルは、眉ひとつ動かさない。
声を、かけても。
手を握っても、顔を覗き込んでも。
わずかにミルクを落とした紅茶がようやく、のっそりと俺を捉えて。
ひとつの瞬きの後、ゆっくりとこちらへ倒れ込んできた体を急いで支えると、手のひらから不自然な温みが伝わって来て。
雨具を取り落としたのも無視し、俺は熱を体内に凝らせている恋人を抱きかかえる。
たちの悪い風邪をうつされただけなら、いいなあ。

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