ヴェパシ ワンドロお題:内緒話

非番。晴天。昼飯後の腹ごなしの散歩。給金は思ったよりも出たし、きな臭い話もこれといって出てない。
散策兼買い物の日和として、最高じゃないか。
服のポケットに財布を入れて、混み合ってる大通りから何本か入った小路を行くと、人がまばらになった分ひとつひとつの会話が聞きやすくなる。
というか、聞こえてきやすくなる。

ひそひそ。

ほらね。けど何の話をしているのか、実のところ俺はさーっぱりわからない。
女の子は秘密が好きだから仕方ない、みたいなことをどっかで聞いた気がするんだけど、根拠さえもあやふやになってるんだ。

ひそひそ。ひそひそ。

けど、一度気に留めたら、なーんか気になるんだよなぁ。
今日は貴重な休暇で、溜め込まれてた騎士団の仕事もほとんど終わらせてきてあるから、好きなように時間を使えるはずなんだけどなぁ。
クリームパイでも焼いて差し入れにしようか、なんて考えてた一時間前の俺に戻れたのなら。いつもと同じ道から外れるなよって念押しした挙句、道から外れようものなら即座に連れ戻すんだけどなぁ。
道に迷ったりする場所じゃない、けど時折聞こえてくる声が持つ意味の奥底に……気になって仕方ない人の名があったんだから仕方ないだろ。
かたや庶民、かたや隣国の……えっと……貴族なのはわかるんだけど、パーさん爵位か何か持ってたんだっけ?
知っているようでよく知らなかったりする。パーさん……パーシヴァルが騎士団にいた頃、俺はまだこれといった役職についていない、ヒラの団員だったから。
プライベートなことを聞いても問題ないほどその頃から親しかったのなら話はもっと変わるのに、それどころじゃなかったからなぁ。
色々、あって。

ひそひそ。
ひそひそ……。

きゃあ、と女の子たちの声が高くなり、それきり内緒話は途絶えてしまい。
ちょっと聞き耳を立てた程度じゃ、彼女たちの話の内容にまでは踏み込めないかぁ。
諦めてもともとの用事の、買い物に戻った方がいいかなぁ、なんて考えてたら。

ぷすり、どころじゃなくて。
ざくっ、と。実に思い切りよく。
視線という名の気配に刺された。

好奇と興味の入り混じった視線で、背中をこれでもかと刺してくる知り合いはそんなに多くない。
というか、ぶっちゃけ、この遠慮のなさまで兼ね備えてるとなると一人だけに絞られる。

「今日は随分と軽装なのだな」
重たい金属音を大して立てずにその人は動けるけれど。
「そりゃあ、休みにまであんなの着てたら休まるはずの気も休まらないって」
背後、数歩の距離。歩いて近づいてくる靴音はいつもよりもずっと軽やかだ。
自重が違うに違いない。ってことは、だ……。
「今は確かに人のことは言えないが、有事への備えという観点からすると──」
「鎖帷子のひとつもつけてない今のパーさんに言われたくないね!」
振り返ってみれば、やっぱり目の前にいたのはその人で。
いつもの長剣こそ携えているけれど、それ以外は部屋着に毛が生えた程度の武装しかしていない無防備さ。
もちろん胸元はしっかり空いている。
目のやり場にこっそり困りつつも、色々な意味で夜の友になっていただいている以上は、口うるさく言わない方がお互いのためなんだ。

「ところで駄犬、俺たちは買い物の途中なんだが」
あ、痛いところを突かれた、って顔をしてる。けど同時に、ちょっと困ってもいるみたいだ。
「……見なかったか?」
急に声量を落として、パーさんが問いかけてくる。
「見なかったか、って、なにを?」
パーさんの一言だけで何もかもを察してあげられるほど、まだ俺はパーさんに関して詳しいわけじゃないからなぁ……。
「…………はぐれたんだ」
よほど聞かれたくない話なのか、すぐ近くまで寄ってきて話してくれる。
あ、いい匂いがする。なんの匂いなのかはよくわからないけど、騎士団時代のパーさんの私室でも同じ匂いを嗅いだのは覚えてる。
それにしても。
「はぐれたって、誰と?」
確か今パーさんは騎空団の一員として騎空挺に乗り込んでて、そこを拠点として動いてたはずだ。結構な大所帯だって話は聞いたことがあるけど、その中の誰かとはぐれたんだろうか?
「…………団長と、ルリアの二人だ」
あれ。
これはもしかして。
「……パーさん、もしかして」
この年で迷子に──
「言っておくが、その二人が突然駆け出して小路に入ったのを追いかけただけで、人垣さえなければ今頃は問題なく合流できていたに違いないのであって」
なんか、あやしいな。視線が若干泳いでるあたりが、とってもあやしい。
けどまあ、ここでパーさんに貸しを作っておくのもいいかもしれない。
それに。
「今日は蚤の市の日だから、いつもよりも人が多いんだ」
だから人とはぐれるのも無理ない。今日はそのくらい、市が混み合ってる。
そういうことにしておいた方がパーさんの矜持も保たれるし、きっと俺の好感度も不当に下げられずに済むはずだ。
ちょっとだけ頭を使ってみる。いつまでも駄犬駄犬と言われっぱなしの俺じゃないってこと、わかってもらいたいし。
ちょっと格好もつけてみよう。
「今度ははぐれないようにしないとだな」
探すのを手伝って、無事合流できるまで見届けよう。一人よりも二人の方が、目を配りやすいに決まってるし。
「当たり前だ。同じ過ちを二度繰り返すなど、愚か者のすることだ」
言質も取った。
ドサクサに紛れてパーさんの手を握って歩き出すと、呆気に取られながらもちゃんと隣を歩いてくれた。
かなり幸先がいい。
「……あれ? 嫌がられるとばっかり、思ったんですけど?」
いつの間にやら恋人繋ぎになってる手を見て、思わずこぼす。
恋人繋ぎに組み替えたのは、断じて俺の方からじゃない。
「…………うるさい」
さっさと探さないと日が暮れる、と急ぐ素振りは見せるのに。手を離そうとはしないパーさんの耳が、なんだか、あかい、ような。
えっ。
これは。
期待するなってほうが、ムリ。
無理だよ。気持ちにこれ以上、蓋をし続けるのは。
咄嗟に俺は、繋いだままの手を引いた。
よろけたパーさん──パーシヴァルの体を支えて、腕の中で囲い込む。
響いてくる心臓の音がうるさい。
けど、それは。
俺だけの音じゃ、なかったみたいです。

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