ヴェパシ ワンドロお題:むらさき色

祭祀用の装束に身を包んだパーシヴァルが身に纏っていたのは、常日頃の紅と白とは趣を異にする薄紫。
見事な奉納の舞を披露している姿は、自分たちの隣で剣を振るっている様子と似ても似つかなくて、不思議な感じがして。
自分たちとは違う世界をパーシヴァルは生きていて、共に過ごせるのは今いっときの偶然に過ぎない、そんな現実をあらためて突きつけられる。
いずれは離れ離れになり、それぞれの道を進まねばならない時が、必ずやって来る。
それは、わかっている。
わかっているが、祭壇を前にふわりふわりと袖を翻し、時に勇壮に時に優美に、さまざまな様相を見せつつ舞う姿を愛でる権利くらい、ヴェインにだってある。
蒼天を仰ぎ見たパーシヴァルの目尻を彩っているのは、黒紫色のアイシャドー。
今日の早朝、着替え終えたばかりのパーシヴァルにヴェインが施したいろ。
まだヴェインの指先には、その紫の名残があった。

「お祭り?」
少しの間騎空挺を留守にしたい、というパーシヴァルの申し出があったのは、もう随分と前のことだ。
丁度その時ヴェインは食事当番で、鍋で野菜を煮込んでいたのだが、団長に話しかけているパーシヴァルの話を偶然耳にする機会に恵まれた。
「ああ。このところ周辺国との関係が不穏でとりやめになっていたが、利害の衝突は当面避けられる見込みであるとともに国内も落ち着いてきたからと、久方ぶりに開かれることになってな」
手は止めずに聞き耳を立てていると、団長が年相応にはしゃぐ声が聞こえてくる。
「お祭りって、ウェールズのお祭りだよね?」
ヴェインからは見えない位置で団長とパーシヴァルは会話をしていた。目を輝かせた団長が、何事かの許しをパーシヴァルから得ようとしていることまではヴェインは知らない。
声が弾んでいるのだから、余程興味があるのだろうな、と思うに留めて、手元に集中しようとしたのだが。

「その祭で、舞を奉納するお役目があってな。いくつかある条件を満たしていて連絡の取れる候補が、今回はもう俺しかいないという話でな」

なんだって。
当然ヴェインの手は止まり、盗み聞きに全神経が勝手に集中される。

「最低でも数日はここを空けることになる。俺個人の都合で足止めさせるのも申し訳ないしな、先を急いでもらって構わん」

舞。パーシヴァルがその身に宿した教養は時として想像を超えてくるが、そんなものまで会得しているとは。
見たい。
見たすぎる。
見ずに先を急ぐだなんてとんでもない。
煮込む火を止めて完全に聞き耳を立てるのに専念したヴェインは、団長が『寄り道』する可能性に賭けた。

「そろそろ交代で休みを取ろうかって話をしようと思ってたから、ちょうどよかった。僕たちもお祭り、見に行くね」
さすが団長!
手を叩いて喜んだヴェインは、自分が聞き耳を立てているだけの存在であったことも忘れて二人に駆け寄って。
「話は聞かせてもらったぜ!」
パーシヴァルは呆れ、団長は驚き。
「パーさんのお守りなら任せとけ、勝手にどっか行ったら大変だもんな!」
ジークフリートでもあるまいに、とじっとりとヴェインをねめつけるパーシヴァルだが。
そんなものはどこ吹く風、すっかり上機嫌のヴェインは今後の休暇兼目の保養のことで頭がいっぱいになってしまっていて、指摘されるまで生煮えの野菜のことさえ忘れてしまっていた。

そんな日から祭の日まで指折り楽しみに──とはいかず、波乱万丈な日々を送っていたらいつの間にかパーシヴァルが話していた祭まで半月を切っており。
パーシヴァルはひとり先にウェールズ領に足を運んでいて、兄の補佐を始めとした政務に忙殺されかけていたのだが……。
「パーさん、ちょっとだけ久しぶり〜?」
客間として案内された部屋に通されても、そこには誰もおらず。
少々お待ちください、と言ったきりメイドはいなくなって、ヴェインは宙ぶらりんの時間を過ごさざるを得なくなった。
すると、そこへ。
足早に近づいてくる、軽い靴音。
そのリズムはパーシヴァルのもので間違いない、そう踏んだヴェインは出合い頭にひとつ抱擁でも、と企てて扉の真横に身を潜めた。
人が見れば親しい友人同士の麗しい友情、なのかもしれない。
パーシヴァル個人に語らせれば眉間に皺を寄せ、腐れ縁に近いかもしれん、と一言吐き捨てられるのかもしれない。
ヴェインが秘め隠しているのは、それらよりももっと厄介な代物だった。情欲を伴うくせに、この上なく清らかなものを汚さずに守っていきたいとも考えたりする、矛盾だらけの感情だ。
そんなものを四六時中隠していられるはずもなく、時折こうして悪戯心に背を押されて子犬のようなじゃれ合いに興じることで、敢えて名をつけずにいる感情が昇華されてはくれまいかと願った。
そんなことをつらつら考えていたせいなのか、ヴェインはパーシヴァルに抱きつきそこねた。
静かに開かれた扉の向こうから姿を現したひとに見入ってしまい、いつもの声が呪縛を解くまで指一本動かせずにいた。

「……おい。何を呆けている、駄犬」
膝立ちになっているヴェインに上から浴びせられた声は、間違いなくパーシヴァルのものなのだが。
記憶の中とあまりに違う装いは、当然目にしたことのないものだった。
「あ、あの……パーさん、だよな?」
腕組みし憮然としているパーシヴァル。
「パーさんはやめろと、少なくとも数十回は言ったはずだが」
ぽかんと口を開け、パーシヴァルを指さしたまま固まっているヴェイン。
それも仕方がないだろう。
丹念に櫛を入れられた髪はおりているし、鎧姿の彼からは想像したこともなかった紫に染めた薄絹を羽織っている。
実用性とは無縁の華美な装飾が施された布の手甲に、ともすれば踏んで転んでしまいそうな長さの下衣の裾まで──身に着けているものはすべて、色合いの多少の違いこそあれ、何から何まで紫で。
色が白なら花嫁さんみたいな衣装だ、とうっかり口を滑らせたヴェインは、拳骨のひとつでも落とされるかと瞬時に身構えた。
だがいつまで経っても拳骨は降ってこない。
「……そういう装束なのだ、仕方あるまい」
祭の当日まで披露されないものを特別に見せたのだから、きっちり働いてもらおうか。
人の悪い笑みを浮かべたパーシヴァルに顎で使われることが確定したヴェインだったが、雑務への対応には慣れている。指示のままに次から次へと仕事をこなしているとそれなりに信を置かれるようにもなり、祭の前日にはパーシヴァルの支度をする面々の実質的なまとめ役として慌ただしく動き回っていた。

お支度整いましてございます。
メイド長の声に導かれるようにして、ヴェインはパーシヴァルのいる部屋に入り。
うっすらと肌の透ける装束に申し訳程度に身を隠させたパーシヴァルが、部屋の中央の椅子に腰かけているのを確認した。
ヴェインが持っているのはアイシャドー。メイドたちが施した化粧の総仕上げともいえる、目元への彩りを加える役割だけは、他の誰にも譲らなかった。
難しくはない。下地を塗布して、その上にけばけばしくならない程度に色を乗せるだけだ。
体に手を加えられる行為に慣れきっているパーシヴァルは全体の段取りも当然把握している。コンパクトを手にしたヴェインが近づいてきただけで目を閉じ、彩色を施しやすいようぴたりと動かなくなった。
滅多に見ることの叶わない、無防備なパーシヴァル。
周囲にメイドたちもいるにはいるが、特別な事情がない限りは近づいてはこないだろう。
コンパクトを開いて、片側に備えられている肌色の下地を薬指の腹にのせる。
左目の目尻にごく薄くのばしてから、もう一度クリームを指にのせて、右目にも同じようにのばして。
手で扇ぎ乾いてきたら、今度は紫のものを指に取り、色をのせて。
フェイスパウダーで仕上げ、パーシヴァルの祭祀姿は出来上がった。
「──もう、目開けていいぜ」
ゆっくりと開かれていく目。
その目元を彩る紫。
日常をひととき忘れさせる、巫子が確かにそこにはいた。
「……そろそろ時間だ」
落ち着き払った声色で、今日一日の『はじまり』を告げるパーシヴァルは。
ゆったりとした所作で立ち上がり、正面にいたヴェインをやんわりと横へおしやった。
(きれい、なんだよなぁ)
絨毯の上を歩いていくパーシヴァルは、ヴェインの想いを知ってか知らずか。
部屋から出る間際、ヴェインを一瞥して。
彼にしかわからぬ程度に、口角を上げてみせた。

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