ヴェパシ ワンドロお題:二人きり&リップクリーム

グロス、ティント、ルージュ、などなど……。
女性の唇を彩る化粧品には様々な呼称や種類があり、実のところヴェインにはそれらがどのように違っているのかさっぱりわかっていない。
ただひとつ言えるのは、彼の恋人であるパーシヴァルは……ヴェイン同様に区別をつけられなかったとしても、それらのうち何かしらは常用しているのだろう、ということ。
そうでなければ、同性の唇があんなにもつややかで魅力的に見えるはずがない。
少なくとも、ヴェインは先ほどまでそう思っていたのだ。

そろそろティータイム、と女性陣が言い出しそうな時間帯。
ヴェインは厨房を少しばかり借りて、スコーンを焼いていた。
材料を混ぜて焼き上げるだけで、さくさくとした食感とほどよい甘さをあわせもつ、焼き菓子が簡単に出来上がる。
それでいて、甘いものがそこまで得意ではない彼の恋人も、それなりに好ましいものに接した時と同じ態度を見せてくれる。
手が空いているのに作らない選択肢はなかった。
オーブンから取り出した焼きたてのスコーンは、少し力加減を間違えればほろほろと崩れていきそうなほどで。
焼きたてのスコーンに、サワークリームやジャムをあわせていただくことも多いから、必要になるかどうかはわからないつけあわせを何種類か見繕って籐のかごに入れていく。
向かう先は、紅茶のおかわりを要求してきそうな頃合の、恋人の部屋。
スコーンを焼き始める前は確か、本を読んでいたはずだった。

念のため扉を軽くノックしてから部屋に入れば、そのままになっていた茶器が出迎えてくれた。ティーカップの中身は量を半分ほどに減らしていて、湯気はとうに消えうせている模様。
本のページも進んでいるところから逆算すると、どうやらパーシヴァルは水分補給もろくにせず本の情報に夢中になっていたようであった。
「……パーシヴァル」
ヴェインが声をかけてようやく顔を上げ、焦点をあわせるために何度か瞬きをして。
パーシヴァルがヴェインの手元を見、言わんとするところを察したようだった。
「──すまない、きりのいいところまで一気に読んでしまおうと思っていたら、思いの外結びが難解でな」
さすがに一息入れるか、と本を閉じたパーシヴァルは伸びをして。かごの中で熱を発散しているスコーンの温度を指先で軽く確かめてから、小さめのものをひとつ摘まんで歯を立てた。
さくり。
「ん、美味いな」
口の端についたスコーンのかけらを指先で気にかけつつも、咀嚼した分をのみ込んですぐにもう一口頬張る姿を──ヴェインはじっくりと観察していた。
今もまた、ハチミツや卵液を塗り焼き上げた菓子のようなテリというのか、ツヤというのか、とにかくそんなような印象をパーシヴァルの唇に対して抱いている。
乾燥しがちな自分のものとはかなりの開きがあるそこを、じっと見つめて。
じっと見つめて、いるうちに。
「……駄犬」
何をする、と言いかけた唇の動きが止まる。
ふにゅり。
しっとりとしていてやわらかな触感が、ヴェインの親指に触れる。
何かを塗った痕跡は、界隈の事情に明るくないヴェインではわからない。
もう一段階やわらかな、唇と口の中の境あたりを指の腹で押せば、甘い風味が移っていると思われる唾液が指を湿らせる。
その奥は。
その奥には、自分のよりもやや薄い舌があって、さらに言えば昨日ぶちまけさせていただいた喉があって──

不意にヴェインは袖口を引かれ、我に返った。
パーシヴァルの目が、昨夜と同じように蕩けつつある。
「あっ、ご、ごめん、パーシヴァル」
いくら私室に二人きりだとしても、白昼堂々行為を連想させるようなコトを強制させるわけにはいかない。
「ちょっと気になって……口に、何かつけてるのかなって」
パーシヴァルの口内から慌てて指を引き抜き、乾燥とは縁のなさそうな潤いを保っている唇に軽く触れて話をきりかえる。
「くち、に……か」
何やら思うところがあるのか、パーシヴァルはもったいつけてなかなか正解を明かそうとはしない。
「お前はどう思っているのかによっては、教えてやらんでもない」
少々いたずらめいた光を瞳に宿し、挑戦的にパーシヴァルは微笑む。
それもまた、ヴェインがこの上なく惹かれる表情のひとつではあるのだが、今このタイミングで手を出したら半月は冷たい視線を向けられるだけの期間を置かれるに違いない。
「え、ええ〜……うーん……多分、何かはつけてると思うんだけどなぁ……」
何か、である可能性のその先にある、具体的な名称については門外漢もいいところだ。
正解が気になって仕方のないヴェインは、パーシヴァルの目をまっすぐに見て、正解というご褒美が与えられるのを待った。
「──特に何かをつけているわけではないが」
習慣になっているものを含めれば、これが該当するか。
思案しつつヴェインの手のひらに転がされたのは、女性の小指ほどの大きさしかない筒。
「唇にあらかじめ塗っておけば、乾燥に見舞われてもほぼ気にせずにすむ優れものだ」
お前にも塗ってやろうか、と提案したパーシヴァルだったが、どうしてか彼は自分の唇にあらためて膏薬を塗り。
大人しくしていろ、とだけヴェインに告げて、顔を近づけていった。

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