ジクパー 結論として、幸せは金で買えると言えなくもないのだが。

それは確かに一風変わった誌面だった。
思い思いの体勢でくつろぐ猫たちが、同一ページに何匹も写っているのだが……なぜか揃いの下着を身に着けている。
エルーンの女性をイメージした、というコンセプトでもなんでもない、ただの編集者の趣味がそこにあったのかもしれない。
(これを見て研究しろとメーテラがやけに強調して押しつけてきた雑誌だったが、理解が及ばなければ効果は薄いのではないだろうか)
若干痛くなりかけた頭に、パーシヴァルは思わず手を当てる。古雑誌の整頓のついでにからかわれたのだ、と一蹴しようかとも思いはした。
しかし、メーテラ一人ではなく、服飾関連の職業人であるコルワまでもが、同意を示したとなれば話はまた変わってくる。
お腹を見せつつ仰向けに横たわっている猫が、どうして女性用の下着を身に着けている特集の組まれた雑誌が参考資料になるのか。女性陣にはわかるのかもしれないが、性からして異なるパーシヴァルにはまず見当がつかない。
それでも、つい先ほど交わされたやりとりを思い返しながら、パーシヴァルはページを繰った。

自由奔放を地で行くメーテラが、自室を片づけていた時の出来事だ。
個人個人の裁量で使える金銭の投資先として、彼女は服飾費を選び判断材料の一環にと雑誌も合わせて買い求めていた。ついでに身に着ける可能性の低い衣類なども一緒に整理整頓し、不用品をまとめたところ、当分は目を通さない見込みの雑誌が何冊か生じたため軽い気持ちでパーシヴァルに押しつけたようで。
そう、軽い気持ちしか当初はなかったはずなのだ。
ジークフリートの存在という触媒さえ、メーテラが思い出さなければ。
パーシヴァルとジークフリートとのただならぬ関係は、メーテラのいたずら心を刺激する材料として十分すぎるほどで……パーシヴァルに雑誌の特集を読ませて入れ知恵し、二人の仲を後押ししてやろうかという思いに至っていた。
メーテラが個人的に、より面白くなると思える方向へと舵を切るように。

メーテラが寄越した雑誌の誌面に話は戻る。
今期の新作と銘打って組まれた特集は、色々なタイプの下着を取り扱った記事だった。
(特集の記事だけは、絶対、ゼッタイ読んでおいてね)
念押しされたものを読み飛ばしたと知れれば、メーテラの機嫌を損ねるだけではすまないかもしれない。
パーシヴァルはそう考え、真面目に律儀に一字一句も逃すまいと目を皿にして文字とそれに紐づいている写真を追いかけた。
丸くなって眠っている猫が身に着けているのは、黒い豪奢なレースが全面にあしらわれた、両サイドを紐で結ぶタイプの下着。
伸びをしている猫を同じ目線で真後ろから撮ったものは、清純な白が持つシンプルな美しさの裏に隠れている、自分好みに相手が染まっていくほの昏い欲望を思わせるきわどいローアングルからの一枚。
さて次のページは、と一枚捲ったところで、パーシヴァルの手は不意にとまった。
何かに跳びかかろうと体を屈曲させている猫だろうか。猫本体のかわいらしさ愛らしさの方に気を取られつつあったパーシヴァルが、意識を一気に下着へと引きずり戻された一枚だった。
赤い地に、黒と緑の糸を駆使しての刺繍が施された、手作業でかなりの手間を要する一品。
パーシヴァル個人に比較的なじみのある木苺ではなく、地を這う種類の野苺模様が浮かび上がる見事な仕事は、蔓の描写にも手を抜かず優美な曲線を描ききっていた。
(身に着ける、着けないではなく。これだけの仕事をやってのける職人に、相応の対価を支払いたい)
いつしかパーシヴァルは、特集の最後のページに記載されている購入場所に関しての記述に目を向け、購入の下準備をすすめていた。

半月ほど後。
物資の補給がてら寄港した島は偶然にも、個人的に支援したいと思っていた職人のアトリエがある島だった。
作業の邪魔になってはいけないからと品物と金銭の交換のみ、最低限度の会話を交わす程度で足早に頼まれている物資の調達へと戻ったパーシヴァルだったが、華奢なつくりの下着を購入した後のことなどまるで考えていなかった。
手元のリストに書かれたもの全てを恙なく調達し騎空挺に戻ってきてようやく、自分が購入したものは単なる私物で片づけるにはどうにも不都合が生じやすいものなのでは、と気が付いて。
さて、この下着はどこからどう見ても女性用なのだが、どう扱うべきか。
サイドテーブルの上に件の下着を置いたまま部屋の真ん中に立ち、ひとり思案している最中。
ノックもなしに唐突に、ジークフリートが部屋を訪ねてきた。




「突然すまないな、パーシヴァル」
そう言いつつも、ジークフリートはちっとも申し訳なさそうな素振りを見せていない。
「心にもないことは口にせずとも……」
「ん? その布切れは、何だ?」
軽くため息をつき、いつもの調子でジークフリートを招き入れようとしたパーシヴァルは、サイドテーブルの上に部屋には相応しくない物品が鎮座しているのを、一瞬失念してしまった。
扉を開けているパーシヴァルの肩越しにひょいと覗いたジークフリートが、どうしてこの日に限って目ざとかったのかは不明だ。
だが、部屋に入ってまっすぐに、件の下着を手に取り不思議そうに眺められては、パーシヴァルも事の一切合切を白状せねばならなくなって。
本棚に残しておいた例の雑誌も併せて見せながら、他意はない点も繰り返し確認させて話を終えた頃には、合点のいった顔をしたジークフリートが目を輝かせていた。
「ところでパーシヴァル」
「……何だ。よからぬ事でも考えているのなら、話は聞かん」
嫌な予感がしたパーシヴァルは、先に釘をさす方針を採用した。
だがそれは裏目に出る。
「よからぬ事を考えてもいいのか?」
恋仲の相手の部屋にこんなものがあっては。
想像するなという方が無理があるのではないか。
耳元で囁き、耳朶に舌を這わせる濡れた音を聞かせながら、ジークフリートは『お伺い』をたててくる。
淫靡な響きが膝を震わせ、立っているのをつらくさせる。
そんなパーシヴァルの変化などお見通しなのか、ジークフリートの手はパーシヴァルの腰を支えながらもベッドに腰を下ろさせようとしていて。
素直にその手に従えば、視線がぐっと下がると同時に一気に安定感が増す。体重をしっかりと受け止める感触にパーシヴァルが安堵したのもつかの間、ジークフリートときたらパーシヴァルの目の前に買った下着をぶら下げたではないか。
「……な、なんの、つもりだ……?」
多少表情がひきつっている、自覚はある。
いくつかの可能性が、これから起こり得る未来として思い浮かんでは、いやこの男に限ってそれは、と必死に打ち消そうとする自分がいて。
そんなある意味で少女よりも少女らしい葛藤を抱えたパーシヴァルは、ジークフリートの答えを待った。
変な汗をかきながら。
「いや、苺の意匠が実に華やかで、お前にさぞかし似合うだろうなぁと思っていてな」
運の悪いことに、当たってほしくない方の可能性が選ばれてしまった。
よく見たら全部手刺繍じゃないか、と呑気にしているジークフリートは、パーシヴァルが不埒な思惑を抱えてこの下着を買ったとは思っていないらしい。その点だけはパーシヴァルにとってプラスに働いた。
だがパーシヴァルにとって好ましかった情報はそれくらい。
当然とばかりにパーシヴァルの着衣を解こうとしてくるジークフリートが、ろくでもないことを考えているのはもはやパーシヴァルの中で確信へと変わっていた。
まさか。まだ夕方だ。だというのにこの男は、欲情しているとでも。
とん、と肩口を押された拍子につい条件反射で上体を倒してしまってから、しまった、とパーシヴァルは胸中で後悔した。
ベルトに手をかけられてつい腰を浮かせてしまったのも、事態に拍車をかけた。
「これなら、着られるかもしれんなぁ」
まさか。
とうとうおかしくなったか、ジークフリート。
起き上がって魔手から逃れようとするよりも前に、ジークフリートの手はパーシヴァルの着衣を下着ごと脱がせにかかり。
あえなく下半身を丸裸に剥かれたパーシヴァルだったが、災難は続き、足首にショーツを通され引き上げられてしまった以上、自室から逃げ出せる可能性は潰えた。

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