ジクパー 雨の慕情

きしり、とも。みしり、とも。
音を立てた木製のベッド上には、成人した男のドラフ族を基準に頑丈に作られているとはいえど、些かベッドが気の毒になる体躯の男が二人。
栗色の髪と紅色の髪を絡ませ合うような行為に明け暮れていた二人の肌はうっすらと汗を帯びていて、それが引くまでの寸暇を惜しみどちらからともなく口を吸いあっている。
名をそれぞれ、ジークフリートとパーシヴァルといった。

車軸を流さんとばかりの勢いで降りしきる驟雨をやり過ごすために軒先を借りたつもりでいた。
最中に街中で騒ぎさえ起きなければ。
騒ぎを耳に入れた二人が何事かと向かい、それぞれ己の武勇で騒ぎを起こした悪党を捕らえて自治団に引き渡すまでを、雨脚を度外視してやってのけたのだが。
せめてもの礼と、引き換えに水浸しとなった鎧を乾かすためにもと、商工会の頭に頭を下げられ通された宿で一夜を明かすことになったまでは、いい。
宿の主人も、想像しなかっただろう。
二人が恋仲であるなど。
……同じ騎空挺に乗り合わせているといっても集団生活で、ある意味での二人きりの時間などこのところ全く取れていなかったなど。

ぷつりと途切れた銀糸の架け橋を舐めとった、行為の主導権を握っていた男──ジークフリートが、パーシヴァルの唇をそっと指の腹で撫でた。
繰り返し、間違いなくそれがそこに存在しているのを確認するかのような執拗さで、気が済むまで続けるつもりだったのだろうか。
「やめろ、ジークフリート……そうされると、擽ったい」
ぷいとパーシヴァルが顔を横に向けて、ジークフリートの指先から逃れる。
そうか、とだけ短く返事をしたジークフリートは、なら次はと言わんばかりに額からこめかみ、顎関節に下顎に、今ではすっかり止んだ雨の代わりとばかりに口づけを降らせていき。
恋人のそんな振る舞いを咎められるはずもなく、パーシヴァルは無言の諾を一瞥とともに送り、当人の好きなようにさせていた。
そんな時だった。
いつの間にか膝立ちになっていたジークフリートの影が、パーシヴァルの視界を暗く変える。
己の体を支えるために用いていたはずの両の手を、パーシヴァルの首に添えて……男はこう告げた。
「長くても数年かもしれないな」
どちらかの寿命が近いわけではないのだが。
そうだな。
パーシヴァルは肯定する以外に選択肢がなかった。
二人で過ごせる時間は奇跡にも等しい。ジークフリートに放浪癖らしきものがあるのは事実ではあるが、パーシヴァルの抱えている環境背景はそれとは類を異にするものだ。
パーシヴァルは遊学の身ではあっても、帰らなければならなくなる瞬間は唐突に訪れる。
二人の恋路の末路は別離と決まっていたし、それを捻じ曲げられるほどの力も性も抱えて生きてはいなかった。
どちらかの性が異なれば、離れずに済む未来も見通せたのかもしれないが。
それぞれ同じことで心痛を経験し、諦観し今に至ってはいるのだが、それでも唐突にジークフリートは振り返る瞬間があるのだという。
「旅の終わりに」
今日のようなことがなくとも、二人きりになれるよう宿を取ろう。
そして別れの一夜を過ごして、別々に宿を出よう。
そんなような話があるのだとばかり、パーシヴァルは想像した。
だが違った。
「二人だけ、どこか遠い空域で降りて生きてみるのも面白いかもしれないな」
パーシヴァルの頸動脈を指先でなぞりながら、ジークフリートは続けた。

騎空挺を降りてすぐにウェールズの公子として生きていくのならば、俺はその決断を曲げさせることはできない。
だがひとときの夢を一緒に見てくれるなら、最大限の力を尽くそう。
違う国で再び、騎士として過ごしてみてもいいし、剣を置き代わりに農具を手にしてもいい。
どちらにせよ俺はお前の手で膝に矢を受けた身だ、望む手段で稼ぎに出るさ。
……いずれ故郷に戻る時に、懐かしむ過去は多ければ多いほど……。
死は、実り豊かなものになるだろう?

一瞬。
ほんの一瞬だけだったが。
ジークフリートの瞳がきらりと光ると同時に、指先に力が込められたのを、パーシヴァルは悟った。
ああ、この男は。
自分のすべてを手に入れたがっているのだろうか、と。
この上なく甘い眠りを迎える時に、一番近くにいる存在はこの男であってほしいと願ってしまう自分も、大概頭をやられているのかもしれないな、と。

力さえ入れれば相手を絞め殺せる位置まで移ったジークフリートの十指に、パーシヴァルの人差し指がゆっくりと重なる。
再び勢いよく、雨が降り始めた。
二人の声さえも、かき消して。

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